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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
8.無意識の理解者1
しおりを挟む「ザイアンさん、あの……この檻壊れないですよね」
「ええ、と言うか……彼らは檻を壊すほどの力はもうありませんので」
目の前で睨み吠え続ける獣達を見ながら、俺は軽く深呼吸をした。
優しくない考え方かもしれないけど、今は気を抜けば殺されるから檻の頑丈さは重要だった。人の意思を理解できない獣なら絶対に檻は必要だし、理解出来る相手ならなおさら檻が必要になる。
檻という境界が無ければ、脆弱な人間はすぐ殺されるだろう。
それが、彼らにとっては一番手っ取り早い「煩わしい物を消す」方法だからだ。
わざわざ対話を持たずとも、相手は俺達を組み伏せる力が有る。それ故に、彼らは暴力的になって俺達を殺そうとするんだ。
彼らにとって人間は敵。
なら、殺されない為には敵ではないと理解して貰う必要がある。
だから、相手と対話するには、どうしたって「仕切り」が必要だった。
「……あの、ご飯をやるってどういう風にですか?」
そう言うと、ザイアンさんは目に見える程に顔を輝かせ、俺を洞窟から連れ出し食料庫へと案内してくれた。
ビルのような無機質な施設の中にある食料庫には、多種多様な果実や野菜が保存されている。ザイアンさん曰く、週に一度財団が用意してくれた船が食料を届けてくれるのだとか。だが、中には少し熟しすぎて腐りかけた物も有って、お世辞にも立派な食糧庫とは言えなかった。
ここからなるべく栄養のある物をと思って与えているらしいが、それでも彼らは食べなかったり、酷い時には持って行った職員に果物をぶつけたりすると言う。
人間を憎んでいるなら、それも無理からぬ事かもしれない。
色々考えたけど、やっぱり俺は彼らの世話をすることに決めた。
このまま帰ったらなんか凄い後悔しそうだしなあ。
どこまでやれるかは分からないけど、出来るだけやってみたい。
手探り状態だけど、まず、慣れて貰う所から始めることにした。
その為にはまず、食べ物を持って行ったり話しかけたりしなきゃな。顔見知りになれば警戒も解けるかも知れないし。
いつもの食事を用意して貰いながら、俺はザイアンさんに彼らの事を聞いた。
「あの……彼らの種類って解りますか?」
「正直な話、彼らは図鑑にも載っていない種類の物達でして……私達でもよく把握できていないのです。マンティコアやミノタウロスなどの種族が知れているモンスターは、彼らの事を考えた食事などを与えてやれるのですが……」
モンスター図鑑にも書かれていないって事は……空白の国と呼ばれる“未踏地域”にいる奴らなのかな。じゃあ、ザイアンさん達が戸惑うのも無理はないか。
そんな調子だからか、彼らに出す食事も当たり障りのないものだ。
皿に乗せられた食材は肉の塊だったり果実だったりして、これと言って特別感は無い。ひっくり返されると解ってはいても、どうしようもないんだそうな。
うーむ……これは難儀な事を引き受けちまったな……。
でもやってみるしかない。
ザイアンさんを洞窟の入口に待たせ、俺は一人で食事を持って檻へと向かった。
何故そんな事をしたかと言うと、新参の俺に対して彼らがどんな反応をするのかを改めて見てみたかったからだ。
もし先程と同じ反応をするのなら、彼らには理解の意思がないと解る。
だけどもし、俺がずっと檻の前にいるのに騒ぐのを止めたりするのなら、彼らにも俺を観察して考える程度の冷静さはまだ存在している事になる。
つまり、俺が敵かどうかを判断しかねているような素振りが有れば、分かり合える可能性があるって事だ。
だから俺は檻の頑丈さを聞いておいた。檻が脆かったら死ぬしな。
流石に「天国のような島でマジ昇天!」とかは避けたいし……。
「ごはんですよー」
そんな事を思いつつ、俺は檻へとたどり着いた。
またあの怒りの声が耳を苛むのだろうかと思ったが……彼らは以外にも、一度も叫ぶことはしなかった。ただ、最初に遭った時の様に俺の事をずっと観察している。その目はまるで人間のようで、少し居心地が悪かった。
だけど……これは多分……彼らも俺を判断しかねてるって事だよな?
ポジティブに考えつつ、俺は口をぎゅっと噤みつつ檻に近付いた。
「食欲はある……かな。あの、食べた方が良いと思うんだ。これで傷が治るのかは分からないけど……」
そんなことを言いつつ、船のオールみたいな棒で檻の近くへと食事の乗った皿を近付ける。彼らは食事の乗った皿を一瞥したが、しかし檻から腕を伸ばす事は無くただじっと俺を見つめていた。
……食べないのかな。警戒してるとか?
こういう時って俺が最初に食べたりすればいいのかな。再度自分の所へ引き寄せて、俺は果実を食べてみた。うー、やっぱりこの世界の一般的な果物ってあんまし美味しくない。でも、うまそうに食べなきゃ。
「えーっと、毒とか入ってないぞ? ほら、食べてるし」
もしゃもしゃと咀嚼して、にっこりと笑う。
そうしてもう一回食事を檻の前へと突きだしたが、彼らは興味を示さない。
唯一、金色の長い毛を蓄えた巨大な猿がちらりと食事を見たが、結局手は出さなかった。うーん……腹減ってないのかな……。
こういう時にロクが居てくれたら話が出来るんだけど、今日は朝から寝てたから部屋に置いてきちゃったんだよなあ。
意思疎通が出来ないって本当大変だ。でも、ここで逃げたら男が廃る。
獣の臭いと血の臭いが充満していて鼻が曲がりそうだったが、負けてなる物かと俺は数十分ほどじっとそこで座って檻を見つめていた。
――すると。
「グッ……グゥ……」
猿が低い声で呻いて、檻の中の壁に凭れ掛かり俺から視線を外した。
それが合図のように、獣たちは次々ぐったりと体を横たえて行く。何が起こったのかと目を丸くしていると、彼らの何匹かは軽く舌を出して空を舐めていた。
舐めるって……なにかを飲みたいのかな。
「あの……水が欲しいのか?」
そう言うと、隻腕の青い虎が金の瞳でじっと俺を見た。
なんだろ……良く解らないけど、そうだって言われてる気がする。
水は既に貰ってるもんだと思ってたけど、もう飲んじゃったのかな。
ダメモトでやってみるか。
俺はすぐに施設に戻り、でっかい桶に水を汲んで荷車で持って来た。いつの間にかザイアンさんが居なくなってたので、独断での行為だったが仕方ない。
トイレ行くんなら行くって言って下さいよザイアンさん。
「水持って来たぞ……っと、重ッ……ほ、ほら!」
水が入った桶を近付ける。が、よくよく考えたら檻の中の奴らがその水を飲めるはずがない。しまったと思ったが、そこでへこたれる俺ではないぞ。
ふっふっふ、水の術を使える俺に死角なし!
「ちょっと待ってろよ、飲ませてやるからな……水よ、玉になって浮き上がれ……【カレント】……!」
手を桶の方へと翳して、気持ちを整えつつゆっくりと唱える。
すると、桶の中の水がまるごと空中へと浮き上がり、その水玉は鉄格子を越えてふよふよと檻の中に入って行った。動物たちはそれを驚いたように見つめていたが……やがて、巨大な猿がぺろりと水を舐めた。
「やった……!」
その行為に釣られて、まだ起き上がる気力の在った獣たちが水の玉をペロペロと舐めはじめる。横たわって動けない獣が口を動かすのを見かけて、俺はその獣の方へと水玉を少し変形させた。そうして、ギリギリまで地面に水を近付ける。
すると、奥の方に居た横たわる獣もやっと水を飲み始めた。
良かった、やっぱ水だったんだ。
「水を操るだけの術ってイミフだったけど……良く考えたら、水を作る必要もないのにアクア使うのも変だもんな。こういう使い方も有ったか」
水は飲んでくれたし、もしかしたらみんなそれほど人を嫌ってないのかな。
食事だって食べられない理由があるのかも。
たくさん舐められて徐々に小さくなっていく水の玉を見ながら、俺は守護獣達の状態を見た。どの獣も起き上がったり座っているのがやっとで、檻の近くまで動いて人を襲う気力はないようだ。
吠える気力のある獣達も片手で数えられる程度で、他はどの獣も横たわって目を閉じている。生きているのかどうか解らない獣まで居た。
傷だらけで血だらけなのは解る。だけど、こうも症状の違う獣をいっしょくたにして檻に入れていい物だろうか。
なんか、おかしい。とにかくこのままじゃいけない。
考えていると、獣達がにわかに騒ぎ出した。それを合図にしたかのように、ザイアンさんがやってくる。
「クグルギさんすみません、ちょっと用事が有って抜けており……」
「あ、ああ。丁度良かった! あの、お願いがあるんですが……」
「はい、なんでしょう?」
「重症の獣だけを隔離して、俺に手当てさせて貰えませんか。……この檻に一緒に閉じ込めていたら、怪我の具合も見れない。無理だったら、一匹ずつでも……」
どうかお願いしますと頭を下げると、ザイアンさんは俺の頭上で暫し唸っていたが――――仕方がないとでもいうように、溜息を吐いた。
「動けない守護獣に限定するのであれば、そうしましょう。彼らは本当に凶暴ですので、それ以上は譲歩できませんよ」
「あ、ありがとうございます!」
そう言うなり、ザイアンさんはすぐに職員の人を呼んで手配をしてくれた。
ネムリタケを使って作ったと言う眠り粉で檻の中の獣達を眠らせると、職員の人が特に重傷な獣達を六体連れ出して荷車に乗せる。
死んでるんじゃないかと思って不安だった獣達は、動けないだけでなんとか生きていたらしい。良かった。
「動ける守護獣は、猿型、虎型、狼型の三匹だけですので……いや、ずいぶんと檻が広くなりましたね……」
血塗れで眠るモンスター達を見て、ザイアンさんが呟く。
そう言えば、檻の中ってどうなってるんだろう。汚れてたら傷に障るし、どうせなら掃除した方がいいんじゃ……。
そう思って檻の中の状態を観察しようと思ったんだけど、眠り粉はすぐに効果が切れてしまうらしいので、俺は檻に入れて貰えなかった。
なら、寝ている間に檻の中の彼らの治療も出来ないかとお願いしたけど、巨大なモンスターだと暴れる可能性が有るので、危険だと却下されてしまった。
うーん……せめて回復薬だけでも飲んでくれればいいんだけど、水じゃないヘンな臭いがする飲み物なんて、彼らは飲んでくれないだろうしな……。
ぶっかけても嫌われそうだし、どうにか出来ないものか。
いろいろ悩ましい部分が有ったが、ここで考えても仕方ない。
俺は重症の獣達に付き添いながら施設へと戻った。
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