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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
和風のお菓子と嫌な雑談2
しおりを挟む色々考えてても仕方がないし、俺はお気楽モードに切り替えて部屋に戻った。
「ブラックー、お菓子出来たぞー」
がちゃり、とドアを開けると、目の前にいきなり長細いものが飛び出して来る。
何が飛んで来たのかと思わず身構えたが、首に巻きついて来る馴染みの感覚に、俺はすぐ警戒を解いた。これって、もしかして。
「キュキュー!」
「おおおロク! 起きたんだなっ、体はどうだ? 大丈夫か?」
「キュゥ、キュー」
心配する俺の頬に、ロクは元気いっぱいに頭をぐりぐり擦りつけてくる。
ハハハ、頬が削げちゃうぞ愛い奴め。
でも丁度良かった、これで美味しいうちに食べて貰えるぞ。
「ツカサ君、お菓子ってどんなの?」
「待て! まだ準備があるんだ。ちょっと待ってな」
顔を明るくしてベッドから降りてこようとするブラックを制し、俺はテーブルに芋団子とお茶セットを置いた。せっかくだから、緑茶も味わって貰いたい。
急須に茶っ葉を入れ、温めてきたお湯を注ぐ。唸れ俺の田舎暮らしスキル。
「それ……グリーンティだね。その丸いおやつに付き物なの?」
「あ、知ってたんだ」
「生産地のヒノワ国に行った事有るからね。地元じゃ緑茶って言うんだっけ」
「そうそう、俺の世界では爺ちゃんや婆ちゃんが良く飲んでたんだ。俺も結構好きだったんだけど……まさかこの世界に在るとは思わなくて」
杖をつきつつ近付いてきたブラックを椅子に座らせて、ちょっと味を見る。
俺の世界の緑茶と違って、この世界の緑茶はわずかに甘味を感じた。気になる程じゃないけど、やっぱ何でも同じって訳には行かないなあ。
少し残念に思ったが、ブラックが飲んだ事が有るのならまあいいか。
俺みたいな拒否反応は出ないだろう。
「さ、どうぞ」
陶器の茶碗に暖かいお茶を注いで、芋団子を差し出す。
ロクにはお茶は熱いだろうから、団子と冷ましたお茶な。
差し出された芋団子に二人はしばし警戒していたようだが、一つをつまんで口に放り込んだ。そうして、料理長のようにしばしモグモグしていたが。
「わっ、これ美味しいね!? イモって言うからパサパサしたのを想像してたけどしっとりしてるし、何より甘くて口の中で溶けるよ……! 凄く美味しい!」
「キュー! キュッキュー!」
「そ、そうか。どんどん食えよ! ほら、口が甘ったるくなったらお茶も飲んで」
「はぁ~、なるほど、口の中がさっぱりする。緑茶もいいもんだねぇ」
「ふっふっふ、これが和菓子の美味しさよ」
これ和菓子って言っていいのか知らんけど、まあ団子だし和菓子って事で。
やっぱ美味しいって言って貰えるのは気分いいな。俺が婆ちゃんと一緒に作った事のある物だから、なおさら嬉しい。ブラックは洋風世界の人間だから団子は口に合わないかなと少し心配だったが、杞憂に終わってよかった。
そんな事を考えている内に、団子は次々にブラック達の胃の中へと消え、団子が山ほど積んであった皿はものの数分でカラになってしまった。
「ツカサ君、お茶ー」
「はいはい」
まだ温かい急須からおかわりのお茶を注いでやると、ブラックは気の緩んだ顔をしてずるずると茶を啜った。
その様子を真向かいの席でじっと見る俺。
……うーむ、この構図って……。
「はぁ~……のほほんとするねえ」
「そ、そうか」
「ねえツカサ君」
「なに?」
「こうしてると夫婦みたいだね」
「バカ!!」
ちょっと思ったけど言わなかったのに!!
なんでコイツは言わなくてもいい事を言うかな、って言うか主人にお茶を入れる妻ってシチュエーションは日本だけじゃないの。なんでコイツそんな電波を的確に受信してんの。お前本当に俺の心読んでないだろうなコラ。
「キュー……キュゥ~」
「えっ、あ、ロク……また眠いのか?」
「キュゥ~……」
思わず手を伸ばすと、ロクが覚束ない足……いや、胴取りか? どっちでもいい。とにかくいつもより緩慢な動きでにょろにょろと俺の所にやって来て、膝の上に降りてくる。
そうしてまたとぐろを巻いてすやすや眠ってしまった。
まだ眠らなきゃいけない時期なのか……。
起きる時間が不安定だから、芋団子ばっかりあげるって訳にも行かないよな。
本当なら日持ちするクッキーとかの方が良いんだろうけど……。
「なあブラック、バターとか牛乳とかいう食べ物、聞いた事有るか? 牛乳ってのは、ウシって生物のおっぱい……母乳なんだけどさ。俺の世界ではそれを飲むのが一般的で……他のお菓子を作るのにもそれが必要なんだけど」
ブラックは博識だし、何か知らないかなと聞いてみる。
すると、相手は茶を啜りながら思案するように片眉を顰めた。
「うーん……? ウシの母乳ねえ……ヒポカムは母乳なんて出さないし……牛ってセンティコアみたいなクジャタ種の事だよね? あのモンスターから乳を搾るのは難しいと思うよ……クジャタ種は総じて暴れ牛って言われてるし、大体クジャタ種の殆どは二足歩行だ。センティコアを見つけるのは難しいんじゃないかなあ」
うん? 二足歩行? 暴れ牛が二足歩行?
ちょっと待ってブラックさん、この世界の牛って二足歩行が多いの?
「あの……メス牛も二足歩行なの?」
「いや、クジャタ種で雌雄があるのはセンティコアだけだよ。他のは全部オスで、なおかつ二足歩行なんだ。獣人の国周辺ではよく見るモンスターだし、空白の国でも見かけたって報告があるね」
「ミーノーターウーロースー!!」
「ツカサ君、良く知ってたね! 二足歩行のは全部ミノタウロスって付くんだよ。あ、あとツカサ君みたいな子が近付いたら例外なく種付けされるから、見かけても近付いちゃ駄目だからね」
いやあああ知りたくありませんでしたあああ。
まって、待って。この世界、人間に何もしない動物の方が少なくない?
なんで殆どのモンスターが人間を性的な目に遭わせたがるの?
バカなの? エロ漫画なら許されるけど現実でそれってバカなの!?
泣きたいけど、ものっすごい泣きたいけど我慢だ。これはこの世界では普通の事なんだ。ここには触手もスライム姦もあるんだよ。やったねたえちゃん。
嘘だよ全然やったじゃねーよ、更に旅に出たくなくなりました助けて救世主。
でも一応聞いておかねば、うう、くそ……知りたくなかった。
「えっと……じゃあ、二足歩行のウシには近付かない事にしておいて……ウシじゃなくても良いからさ、動物の乳を飲むって地域はないの?」
「うーん動物の乳かあ……。アランベール帝国か……じゃなけりゃ獣人の国であるベーマスなら飲んでるかも」
「アランベール帝国って、ハーモニックの上にある東の方の国だっけ。えーと……でっかい山脈を挟んで、アコール卿国の斜め下」
簡易の世界地図にはそんな感じで適当に記されていたな。
ブラックは何故か少し嫌そうな顔をしつつ、その通りだと頷いた。
「アランベール帝国では、バロメッツという家畜が育てられていてね。バロメッツの乳は栄養が豊富で、子供はそれを沢山飲まされるんだ。でも、アレは獣みたいな臭いがするし、僕は嫌いだったけどね。ベーマスではまた違った獣の乳を飲むようだけど……これは僕もあまり知らないんだ、ごめんね」
バロメッツ、か。
携帯百科事典で調べてみると、毛が異様に長いヤギのような動物が表示された。ヒツジの様に毛を刈ったり乳を搾って飲んだりするらしい。
ってことはこれ、ほぼヤギだよな。ヤギ乳か……ならなんとか出来るかも。
「バロメッツって世界中にいるかな?」
「うーん、アランベール以外だと、高級食品として使う所が有るらしいよ。毛が長い割に暑さにも強い生物だから、ここでも飼っている人はいるかもね。バロメッツは雌の方が肉の臭みが少なくて美味いと言うし、アレは屠殺してすぐに捌かないと臭みがでるみたいだから、居るなら雌の確率が高いと思う」
なるほど高級料理店か。買って来たガイドブック……というか観光案内を開いてみると、幸いな事に高級料理店がそこそこ有るようだった。
こんなに店があるんなら、バロメッツを飼ってる所も有るかも。
メスが居たら乳を分けて貰えるかもしれない!
「でも、あのマズい乳でお菓子なんて本当に作れるの?」
「まあ見てなって。失敗したらそんときゃそん時だ」
「えー、僕あんなの飲むくらいなら酒の方がいいよー」
そう言いつつぐだぐだと机に頬をくっつけるブラックに、俺は呆れて深い溜息を吐いた。本当コイツ好き嫌い多いなー。
でもそうだな、見つからない場合もあるし……なによりヤギの乳って確か独特のクセがあって、合わない人は合わないって聞くよな。
期待させるのもなんだし……あんまり言わない方が良いかも。
「てか、お前わりと酒好きだったんだな」
「ツカサ君と一緒にいるから、あまり飲まないようにしてるだけだよ。エールとかは良いけど、酒は酔うでしょ。飲ませたらツカサ君酒乱になりそうだし」
「ばっ……誰が!」
失礼な、俺は酒乱になったりしないぞ。
酒を飲んだと言っても、ちょっとだけど。甘酒を飲んだり父さんの酎ハイを味見したり、リタリアさんの屋敷で高級なワインを一杯飲んだくらいだけどな。
でも、その時は別に何もなかったんだ。足だってふらつかなかったんだぞ。
それなのに酒乱っぽいとは失礼にもほどがある。
泥酔して号泣してたオッサンに言われたくない。
ロクを抱きかかえて立ち上がる俺に、ブラックは机に突っ伏したままで俺を疑わしげに見上げてくる。くうっ、ムカツク。
「本当に酔わないー?」
「少なくともアンタみたいに泥酔したりしない!」
「じゃあ、明日お酒買って来てよ。ツカサ君が好きな奴で良いからさ。そんで勝負しよう。負けた方がいう事聞くって約束で」
「な……」
「負けるの、怖い?」
「はーぁ? 随分余裕じゃねーか。良いぜ、酒豪勝負やったろうじゃんか。ほえ面かいても知らねーぞオッサン!」
「そっちこそ、泥酔しないようにね」
にっこりと笑うブラック。
その笑顔を見て、嵌められたと気付いたが……最早勝負は流せそうになかった。
チクショウ、このオッサンのこういう所、本当嫌い!
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