異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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パルティア島、表裏一体寸歩不離編

2.医者って小奇麗な老紳士だと妙に信用できるよね

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 港に降り立った俺達は、到着するのを待っていてくれた宿の人に人力車に乗せて貰い、宿に荷物を置いて治療院へと向かった。

 この島では馬車よりも人力車が主力の移動手段らしく、街のそこかしこに白い布にベルト一丁の屈強な男達がたむろしている。ローマ式人力車って感じだろうか。なんにせよ、この街は実に古代の西洋っぽい。

 家とかは普通に煉瓦だったり木造だったりなんだけど、どうして服装だけ開放的過ぎるんだろう。日中暑いからかな。それとも風呂に入り易いから?
 何にせよ、女性はいいが男の半裸は暑苦しい。夏を感じるからおやめ下さい。

 そんな街を人力車の上で見物しつつ、俺達は山のふもとにある温泉街エリアへとたどり着いた。ここに「物凄く優秀な水の曜術師の医者」であるサリクさんが居るらしい。人力車のお兄さんに聞いてみると、サリクさんの治療院は街一番の公衆浴場のすぐ隣にあるとの事だった。

 公衆浴場。うーんますますローマっぽい。
 ゴシキ温泉郷は風呂と宿のセットが普通だったけど、この街では公衆浴場がゴロゴロあるのが普通だ。パルティア島の温泉は元々島民が使っていたものだし、宿は観光地になってから作られたのでセットになってないんだろう。
 日本でも、観光地じゃない場所の温泉は、公衆浴場とか野菜の洗い場になってたりするもんな。

 杖を使って歩くブラックと俺は、そんなパルティアの賑わいを横目に見ながら、ゆっくりと歩いて目的の治療院へとたどり着いた。

「うお……さすが凄いお医者さん……診療所デカいな」

 白亜の壁の巨大な公衆浴場……の隣にある、三階建ての煉瓦造りの家は、絶えず人が出入りしていて忙しない。
 日本に居る時は医者は儲かるとかいうゲスな話をよく聞いたが、少なくともこの世界の医者はそれに当てはまるらしい。いや、まあ、入院病棟とかもあってデカいんだろうけど、それを考慮に入れてもやっぱ個人経営の病院としてはデカいよ。

 俺のかかりつけの小児科病院だってこんなデカくねーぞ。
 十七歳になったのに昔馴染みという理由だけで小児科に通わされる俺に謝って。いや、それはどうでもいい。何の話だ。

「ねえツカサ君……やっぱりやめない? ほら、治療費高そうだしさ」
「何言ってんの、アンタの怪我の治療費だってシアンさん持ちなんだぞ。そこまでしてくれてるのに、治療しないって方が失礼だろうが」
「ツカサ君時々妙に大人みたいなこと言うよね……」
「アンタが子供みたいにだだこねるからでしょうが! ほらほらさっさと入る! こう言うのは厚意を無にするのが一番失礼なんだからな!」

 俺の物言いは婆ちゃんゆずりだ、文句が有るなら婆ちゃんに言ってくれ。
 ブラックをずりずり引っ張って治療院のドアを開ける。
 そこには小さな受付があり、木製の質素な長椅子が並んでいた。待っている患者さんは少ないけど、これは回転率がいいからなのかしら。
 不思議に思いつつ、俺はブラックを座らせて受付に向かった。

「すいません、サリクさんに診察をお願いしたいんですが……」
「あら、丁度でしたね。サリクは今往診から帰ってきたところですの。少しお待ち頂ければすぐ診察できますわ」

 そう言いながら笑ってくれたのは、髪を白い布で覆った看護婦さん風の美人なお姉さん。一重の目がいつも微笑んでいる顔を作っていて、オリエンタルな魅力だ。藍色の髪色も綺麗だし、当然美女だし最高か。うーん、二重もいいけど一重もね!

「ええと、診るのはあちらのお父様でよろしいですか?」
「あっいや……あいつは冒険の仲間です……」
「あらやだっ、す、すみません早とちりで……では、簡単にで結構ですので、この紙にお名前と症状を書いて下さい」

 差し出された紙には、本当に簡単な項目しかない。これだけで分かるのかな。
 不思議に思ったが、ブラックの名前と怪我の事を書いて紙を返す。

「あら。お名前だけですか。家名などは?」

 家名……苗字ってことかな。
 そう言えば俺、ブラックの苗字知らないな。今まで気にした事もなかったけど、考えてみればアイツ、苗字すら教えてくれてないんだ。

 ……そりゃ、言いたくない事は言うなと言ったけどさ。でも、苗字すら知らないってどうなんだろう……。
 俺、そんなに話しちゃダメな奴だと思われてるのかな。

「どうなさいました、ご気分が優れませんか?」
「あ、ああ、違います、大丈夫です! いや、家名は解らなくて……」
「解りました、お名前だけでも診察は出来ますので、安心してくださいね。では、用意が出来ましたら名前をお呼び致しますので椅子に掛けてお待ち下さい」
「はい……」

 うーむ、悔しいようなムカつくような。何か変な気分だ。
 でもそんな事を言うとブラックにまたからかわれそうだったので、俺は何も気にしていない風を装い、ブラックの隣に腰かけて順番を待った。

 数十分くらい待っただろうか。人が何人か出入りした後、ようやく俺達は診察室へと呼ばれた。俺は付き添いだけど、ブラック一人で行かせるのは色々不安なので一緒に付いていく。

 診察室の扉を潜ると、そこには狭い部屋が一つだけ作られていた。
 部屋には古めかしいベッドや机が置いてあり、一人の老人が優しい笑顔を浮かべて椅子に座っている。老人は銀にも似た白髪を後ろに流し、きっちりとした洋装を着こなしていて、その姿はまさに紳士だった。

「ようこそ、私がサリクと申します……。ええと、患者はそちらのブラックさん、足の怪我ですな。どうぞそこにお座りください」
「は、はあ」

 ベッドに座らされて、ブラックが怪我をしている足を見せる。
 まだ縫合したかのような痕が大きく残る足を見て、サリクさんは迷う事なく患部へ手をかざした。途端、サリクさんの手に青い光が生まれ、患部を照らす。
 これ多分……水の曜術か何かを使ってるんだよな……無詠唱で術を発動するのって相当難しいんだったよな? やっぱスーパードクターって凄い……。

「あの……それって水の術、ですか?」
「ほう、君も水の曜術師でしたか! ええ、ええ、そうですよ。君達、その様子ではあまり医者に掛かった事がないようですね」

 サリクさんの話では、医者は九割が水の曜術師で、あとの一割は木の曜術師なのだという。その理由は、水の曜術師は人の体内を流れる血液やその他の脈の流れを感じる事が出来、どこが悪いのかを直感的に知る事が出来るから。
 医術も彼らの曜術に依存するものが多く、故に医者は曜術師である事が大前提で、一般人にはとても務まらないんだとか。
 この世界でも医者ってのはエリート職業なのか。ううむ世知辛い。

「ふむふむ……これは……中々難しい状態ですね」
「と、言うと……」
「傷は塞がってますがねえ、何と言うか……再生した部分の肉が、まだ体に馴染んでいないのです。激しく動けば、傷口が開いて再生した部分がまた落ちる可能性が有りますな」

 うげえスプラッタ。想像しただけでヤバいぞそれ。
 っていうかそんな状態で動いてたんかいコイツは!
 こらブラック、ちょっとは自覚してよ怖いってばもう!

「ぶ、ブラックの怪我は治るんですか?」
「それはもう。安静にして……そうですね、温泉に入って血行を良くしたり、沢山栄養を取ったりして、あまり動かずに寝ていれば大丈夫。再生した部分はすぐに体に馴染むでしょう。動くと肉がずれますからね、自己治癒が追いついていないのはそのせいだ。一週間は安静にしてる事です」

 なんか生々しくて気持ち悪くなって来たけど、良く解った。
 今までは階段登ったり歩いたりして、なんだかんだ結構動いてたもんな。じゃあ温泉に入れてメシ食わせて寝かせれば後は安心か。
 けれどもブラックは何か不満なようで、口を尖らせる。

「一週間も寝てなくちゃいけないんですか」
「ええ、なるべく動かない事です。薬を使えば再生した部分を無理に繋げてしまう。ここまで治っているのに引き攣れや痛みが残っているのなら、それは逆効果だ。この状態で無暗に回復薬などを飲めば、後遺症として痛みが残ってしまいます」
「なるほど……じゃあ体を温めて血のめぐりを良くすれば、じきに馴染むんですね」
「左様、まあ簡単に言えば、彼を甘やかしてあげる事ですな」
「ほう」
「ちょっとそこ、変な事考えるなよ。……あ、あと先生……ちょっとこの子を見て欲しいんですけど……」

 ウェストバッグの中からぐっすり寝込んでいるロクを取り出し、サリクさんに見せる。相手は突然のヘビに一瞬驚いたが、すぐに興味深げにロクを観察しだした。

「ほぉ、ダハですか! これは珍しい……君の守護獣……ではないみたいですね。懐かせて一緒にいるのですか?」
「はい、ちょっと縁が有って……」
「それもまた珍しい事ですな! ダハは臆病な上に集団で行動する故、手懐けるのも難しいと言われていたのに……それを手懐けて、その上に信頼関係のみでお供をさせるのは、そう簡単な事じゃない。君は獣の扱いにとても長けているのですな……しかし、このダハがどうしたのですか」

 興味津々のサリクさんに、俺はロクの事を事細かに説明する。
 もしかしたら病気ではないか、と言う俺に、サリクさんは嫌な顔一つせずロクの体をまんべんなく手で照らして診てくれた。しかし、全てを見終わると唸りながら腕を組んでしまう。

「うーむ……これと言って不審な脈の動きもないし……体内に何かの異変が有る訳でもありませんな。サーペント種なら何匹か診療した事が有りますが、その物達の体と異なっている構造も有りませんし……」
「そう、ですか……」
「いやしかし、一つ不思議な点が有ります」
「不思議な点?」

 首を傾げると、サリクさんはロクの心臓辺りに手をやった。

「強い力の流れを感じます。これは……恐らく、力を蓄えているのではないかと。何故そのような事になったかは判りませんが、この長い眠りは決して悪い物ではないでしょう。ただ……あまり眠り過ぎると栄養が取れませんので、起きた時はロクショウ君にも栄養のある物を食べさせてあげて下さい」
「解りました、ありがとうございます……!」

 そう言えばロクは今まで一度も脱皮をしなかった。だから、もしかしたらこれはロクが成長するために必要な物なのかもしれない。
 悪い物じゃないのなら、ひとまずは安心だ。

 栄養が必要ってことは、ロクの好きな肉をたくさん用意しておかなきゃな。
 蜂蜜も栄養が有るし、こうなったら大盤振る舞いだ。
 ロクの為ならなんでもやるぞ!

「念のため、起きたらまたここに連れてきて下さい。私もダハは初めて診察したので、不安な部分もありますし……」
「はい、わかりました!」
「……話終わった?」

 おいテメェ、俺の大事なロクの話だってのに、つまらなそうな顔とはいい度胸だな。怪我人じゃなかったら殴ってたぞ。
 ムカムカしたが我慢我慢。安静にしてなきゃ早く治らないしな。
 俺達はサリクさんに深く礼をすると、お金を払って治療院を出た。
 
 後払いオッケーでしかも安かったけど……普通この世界じゃ前払いが基本なのに考えられない。サリクさん良い人過ぎるな。絵に描いたようなお人好しのお爺さんだったけど、あれで病院の運営は大丈夫なんだろうか。

 服装からしてパルティア島の人っぽくなかったけど、でもこういう島だから博愛主義の人が集まっちゃうんだろうか。うーん、良い話だ。

「それで……これからどうする?」
「そうだな……ひと遊び……と行きたい所だけど、アンタは安静にしてなきゃ駄目だしな。宿に帰ってメシ食ったら、俺ちょっと買い物してくるよ。アンタもロクも栄養つけろって言われたし、お菓子でも作ってやろうと思ってな」
「えっ、本当!? ツカサ君作ってくれるの!?」

 お菓子、と聞いた途端に顔を輝かせるブラックに、俺は苦笑した。
 本当こいつ分かりやすいよなあ、こういう所。

「と言っても簡単なもんしか出来ねーぞ」
「何でもいいよ、ツカサ君の作る料理は全部美味しいから! 今度はお菓子か~、異世界のお菓子だよね? 本当楽しみだなあ……! ああでも早く帰って来てね。一人にしておくと心配だから」

 買い物に出るだけと分かると安心したのか、ウキウキした様子で俺に肩をぶつけてくる。中年のノリがウザいけど、まあ仕方ない。
 喜色満面の顔では悪い気もしなくて、俺は笑ってブラックを押し戻した。

「はいはい、じゃあさっさと帰って昼飯食べようぜ」
「うわぁ、楽しみだな~! 僕昼食は食べずに待ってようかな~」
「バカ! 食わないと駄目って言われたばっかりだろ!!」
「あー……そうだった」

 メシが美味いって散々説明されてたのに、それでも俺の作る料理の方がいいらしい。そう言う所は正直ちょっと、嬉しい……と思わんでもない。

 だって、料理の腕は黒曜の使者の力と関係ないしな。
 しょぼい物しか出来ないけど、喜んで食べてくれる奴がいるってのは本当にありがたい事だ。例えそれがセクハラ中年でもな。

 だから、まあ……。そこまで言ってくれるんなら、頑張ってみたい。
 母さんが作ってた料理のうろ覚えでしかないけど、この世界の材料でスイーツとやらに初挑戦してみるか。









 
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