異世界日帰り漫遊記

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首都ラッタディア、変人達のから騒ぎ編

13.古代遺跡・地下水道―4日目・基因―1

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 四日目の朝(だと思う)俺達はついに、扉を開ける方法を知る事が出来た。
 ……が、それはとても難解な物で。
 起きて早々、俺達は扉の前で頭を悩ませる羽目になってしまった。
 何故かと言うと、昨日コータスさん達が一生懸命に解読してくれた文章が、とんでもなく面倒くさい物だったからだ。

「うーん……まいったなぁ……」
「扉の内部を走る水管の中の『水が通っていない管』を叩けって……扉はこんなに大きいし、それに内部の水管と言っても……耳を当てても水音が聞こえないしね」

 それぞれ悩みつつ色んな事を試すが、やはり扉は開かない。
 コータスさんが思いつく限りの場所を叩いてみるも、やっぱり変化はなかった。まあ、手当たり次第に叩いて開くようなら、とっくに中に入れてるよな……。

「なかなかに厄介な鍵だね……ツカサ君、どう思う?」
「ええ、俺……? うーむ……昨日の門は、水を使って開く仕掛けだったじゃん。だからさ、この扉も水の曜術師が鍵を開けるんだと思うんだよ」
「うん」
「だから、少なくとも普通の叩き方じゃ解らない所に水管はあるんじゃないかな。耳で探るのは無理って事は、人間の手が届く所に有るって事だろうし……」

 ここはやっぱりスタンダードに水の曜術を使えって事だよな?
 俺は暫し考えて……ピンと閃いた。

「そーだ! 今こそあの術を使う時だよワトソン君!」
「ちょっ、僕ワトソンじゃないよ! 誰、その人誰!」
「細けぇことはいいんだよ。とにかく、ちょっと試してみるわ」
「うん……?」

 未だにピンと来てないらしい中年を連れて、俺は扉の横の壁に近付いた。
 壁には、轟音を立てて流れ落ちる滝がある。
 そう、これがきっと扉の鍵を見つける糸口なんだ。水飛沫が掛かってきそうなのはちょっと嫌だったが、覚悟を決めてその瀑布に近付く。
 そして、ゆっくりと深呼吸をしてから手を翳した。

「この水の流れづる水脈を今ここに示せ……【アクア・レクス】……!」

 叫んだ、瞬間。

「ア゛ッ……!!」
「ツカサ君!?」

 手が、腕が、頭が痺れる。
 視界とは違う別の場所で真っ暗な視野が展開されて、その中を青く光る線が急激に走って広がって行った。

 耳の後ろで誰かが騒いでいる。聞こえるのに聞こえない。膨大な情報が流れ込んできて聴覚に意識が行かなかった。

 視界ははっきりしているのに、目の前に別の視界が生まれる。
 黒い別の視野を知覚した瞬間、そこには膨大な光の線が生まれ広がって行った。縦、横、奥、眼球がそれを読み取ろうとして忙しなく動く。黒い視界にいくつもの光が道を作るたび頭がごちゃごちゃになって、俺は思わずひざまずいた。

「ツカサ君、ツカサ君!」
「おい坊主……ッ、な、なんだ、何が起こってんだ!?」

 解らない。俺にも何が起こっているのか。
 ただ、光の線が迷路のように広がっていくたびに頭が痺れ、混乱し、衝撃が走って、息が詰まる。それが「水路の情報」だと理解しているのに、何が起こっているのか解らなくて、怖くて、俺は小刻みに震えながら瞠目するしかなかった。

 まさか、これは、永遠に、続くんじゃないか。
 そう思って息を呑んだ、刹那。

「っあぁ゛ッ!!」

 バチン、とテレビが唐突に消えたかのような音を立てて、いきなり体のこわばりが解けた。対応しきれず、俺は真後ろに倒れる――事は無く、しっかりと誰かが俺の体を支えてくれた。

「ぅ……ぁ……っ」
「ツカサ君……」

 荒い息をしながら顔を上げると、無精髭を生やした情けない顔の中年が見えた。

 ……ああ、そっか……。
 ブラックが、俺を抱き留めてくれたのか。

 混乱していた頭が、ブラックの心臓の音でゆっくりと落ち着いていく。
 まだ目が回るような感覚を覚えたが、俺はブラックに礼を言って体を起こした。

「ぼ、坊主、どうしたんだ?」
「大丈夫かい……? なんか、青い光がアンタを囲ってて、手が出せなかったんだけど……一体どうして……」

 心配そうに俺を覗き込むセインさんとエリーさん。二人の言葉のおかげで、自分がどんな状態だったかを知り、俺は深く息を吐いた。
 そっか……最上級の術って、発動したら周囲に属性の光が出るんだ……。
 格好いいけど……こんな負担かかるんなら自分じゃ見れないな、それ……。

「ツカサ君、喋れる?」

 心配そうに後ろから抱き着いて来るブラックに、俺は怒鳴り声を返そうとしたが、あまりに体が疲れていて何も言えずに頷いた。
 駄目だ、力が入らない。
 だけど知った事は伝えなきゃと思い、俺はみんなに説明した。

「いま……水路の情報を、術で…………読み取った」
「何……!?」
「全部は……読み取れなかったけど……この門の、水管の位置は、分かった……」
「そ、それで……水が通ってない場所はどこか判ったのかい」

 にわかに興奮するコータスさんにゆっくりと頷き、俺はある一点を指さした。
 それは、扉の端。高い身長の人間の手が辛うじて届く場所だ。
 このぶ厚い扉の内部には何重にも水路が走っていて、水がどう流れているのかを知覚出来れば、水が流れていない水管の位置を知る事が出来る。
 つまり、この扉は【アクア・レクス】を使わなければ、絶対に鍵の位置が解らない造りになっているのだ。

 ってことは……ここって、相当重要な場所って事だよな。
 上級術が使える曜術師がいないと扉が開かないだなんて……。

「こ、ここだな」

 セインさんが軽く扉を叩く。ブラックに支えて貰ってなんとか立ちながら、俺は深く頷いた。そう、そこを叩けば扉が開くはずだ。
 俺の確信を持った行動に、セインさんはその場所を思いきり剣で叩いた。

 ごおん、と言う、鐘が響くような音が辺りに谺する。

 と――――扉の両側の壁から勢いよく水を放出していた滝が、更に強さを増した。しかし、爆音を響かせる滝はやがてすぐに落ち着きを取り戻し、水は昨日までの安定した流れを取り戻す。
 すると、どこかから何かが動く音がした。

「お、おい……扉が軽いぞ」

 フェイさんの言葉通り、片方の扉がいとも簡単に音を立てて内部へと動き出す。
 コータスさんが慌てた足取りでまた扉に近付き、赤紫色の短髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「そうか……! 扉の内部を何重にも縦横無尽に循環する水がおもしになって、本来は軽い扉を酷く重くしていたんだ! そして、それは、鍵を閉める役割も果たしていた。だから、扉から完全に水が抜けることで、内部の鍵が外れたと……ううむ……これは凄い技術だぞ」
「水の曜術……曜術を使う事で開く鍵の仕掛けか……そんな発想があったとは」

 マグナも扉の方を見ていて、何やら感心したように何度か頷いている。
 あはは……みんな扉に夢中だな……。解ってたけどちょっと悲しい。
 そんな俺の切なさを感じ取ったのか、背後から俺を抱き締めていたブラックが、くるりと俺の体を自分の方へ向けさせ、心配そうに伺って来た。

「それより……ツカサ君、大丈夫……?」
「ん……あ、ああ……。初めて本気で【アクア・レクス】使ったら、とんでもない情報量が流れ込んできて……ちょっと混乱しただけだ」
「そっか……いや、でも無理もないよ。ツカサ君は査術さじゅつだって使った事ないし……そもそも術で自分の五感や意識を操作した事もない。そんな体で水の曜術の最上級術を使えば、混乱しちゃうよ……」

 そう言って、抱き締めてくるブラック。
 体がまだ自由に動かなくて、俺はなすがままになって懐に顔を押し付けられる。だけど、不思議と嫌じゃなかった。

「ごめんね、ツカサ君……僕は君のの事ばかり考えてて、曜術以外の事を君に教えるのを忘れてた……アクア・レクスを覚えたのなら、なおさら査術や視覚拡張の術を教えておくべきだったのに……」
「そ、そんな……覚えたのは俺だし、別にアンタが悪い訳じゃ……」
「でも、辛かったろう? ごめん……こんな事させるつもりじゃなかったんだ……苦しませて、本当にごめん……」

 見上げる顔はとても辛そうで、菫色すみれいろの瞳は微かに潤んでいた。
 まるで、自分が痛みを感じていたかのような顔。ブラックが辛く思うことなんて何もないのに、それでも相手は俺の辛さを自分の事のように思っているのだ。
 ブラックの気持ちが嫌と言うほど解ってしまい、俺は息を呑んだ。

 こいつがこんな顔してるのを見たのは、あの時以来だ。
 ラスターの屋敷で俺の事を逃したくないと泣いた、あの時。

「ブラック……」
「良かった……君が狂ってしまったら、どうしようかと思った……」

 そう言って、ブラックは再度俺を強く抱き締める。
 ……こいつ、いつも俺に酷い事をしようとして来るのに、こんな時ばっかり反省するんだな。俺にとっては、お前とヤるのも充分に辛い事なのに。
 こういう場面でばっかり、俺の事心配して……ずるい。

「…………」

 俺をすっぽりと包む大きな体と温かな鼓動が、今まで混乱して不快を訴えていた頭を優しく和らげていく。
 強張った体も力強い腕に抱き締められてほぐれ、緊張は薄れていった。
 悔しいけど……こういう時のブラックは、何故か……拒めなかった。

「あー……ゴホン」
「お二人さん……大丈夫か? 扉開いたから、行こうぜ?」
「ファッ!! ふあぁ!?」
「えっ、もう扉開いちゃったの?」
「ギャー!! バカバカバカ離せー!!」
「おぐっ」

 ああもう地の文で説明するのも恥ずかしい!!
 そう言えばここあれですね、ダンジョンでしたね!
 今は旅のお仲間が居たんでしたっけね!
 だああすぐ忘れる俺のばか鳥頭あああ!!

「つ、つかさく……ひどい……」
「あっ、うわっ、ごめん!」
「ゥキュー……」
「あわわわロク起こしちゃってごめんー! 寝てていいからねー!」

 ちょっとそこの傭兵三人、こっちを生暖かい目で見ないで下さい。そのカップル見守るみたいな感じの視線、泣きたくなるのでやめて下さい!
 今回は俺の事を気遣ってくれてるブラックには素直に謝り、ロクもちゃんと寝かせてウェストバッグの中に入れてあげてから、ようやく俺達は扉の前に立った。

「本当に開いてる……」
「ツカサ君のお手柄だね……本当、今回は君達がいてくれて助かったよ」

 にっこりと笑って、俺達をねぎらってくれるコータスさん。
 ううっ、ありがとうございます……俺もまさかこんなに曜術を使う事になるとは思って無かったけど、存外大活躍でなんか嫌です。
 だって、今までずっと地味な事ばっかりしてたから、急に主人公っぽい事するとなんか恥ずかしくて。うう……。

「しかし……扉が開いたのはいいけどよ、この先も普通じゃなさそうだぜ」

 フェイさんの言葉に釣られて扉の向こうを見やると、そこには緑色の光が照らす一本の通路が伸びていた。
 おお、緑のライトになるだけで余計に近未来感が増すな……。
 しかし、そこは既にもうSFな世界を体験した俺達だ。
 今更なので怯む事もなく、扉の内部へと侵入した。

「…………この先に、中枢部があるのかな」
「どうだろうねえ……。これだけ大仰な仕掛けをしてるんだから、スカってことは無いだろうけど……」

 カツカツと靴音が響き、高い天井にまで届く。
 これだけでもラスボス手前の通路って雰囲気満々なのに、辿り着いた場所が倉庫とかだったらさすがに俺も怒るぞ。
 けど、何故だか俺はそんな悪い展開は絶対にないと確信できていた。
 ……いや「何故だか」じゃない。知ってたんだ。

 だって、俺が「視た」この空間の水路は……迷路のように入り組み、扉を越えた先に鳥籠の様な空間を作り上げていたのだから。

 だからきっと、この先に何かが、ある。

「通路が……終わるね」

 ブラックが呟き、前を見据える。
 コータスさん達の背中の向こう。そこに在る光景を見ようと、部屋に足を踏み入れて――――俺達は、思わず足を止めた。













 
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