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アコール卿国、波瀾万丈人助け編
8.モフモフうさぎに懐かれて
しおりを挟む川で水浴びとは言っても、出来る事など高が知れている。
石鹸のない俺達には、せいぜい布で体を擦ったりするのが精一杯だ。何故石鹸がないのかと言うと、それはもう一言ズバリ。金がないから。
この世界でも、石鹸の生成は中世よろしく手作りで手間がかかる。
そのため当たり前のように高価で、庶民でも中々手が出ない。冒険者なんていうアコギな職業をしていたら、そんなものを買うなら食料を買うとなってしまう。
俺としては石鹸も買いたかったんだけど、調合器具やら携帯調理器具やらと道具を買いまくっていたら、女将さんから貰った給料の半分以上を使い込んでしまい、石鹸は泣く泣く諦める羽目になっちまったんだよな……。
買い食いしまくらなかったら買えたんじゃないのか、というツッコミは出来ればしないでほしい。だってファンタジーな食い物って気になるんだもの。美味しそうだったんだもの。
どうせ俺は色気より食い気だ。
川の中で水に流されないように立ちつつ、俺は自分の体を擦る。ラッキーな事にクキマメはそれほど臭いが残る物でもないらしく、体も口も濯いだらすぐに独特の臭いが消えた。ずっと臭ってたら困るなと不安だったけど、こんなに簡単に臭いが消えるなら、またニンニク系の料理を作ってもいいかも。
肉とかソースが手に入ったらもっと美味い料理が作れるんだけど、とかなんとか思いつつ体を擦っていると、近くの茂みから間抜けな声がした。
「ツカサくーん、まだダメー?」
「まーだー! あと少しだからぜってーこっち向くなよ!!」
「信用ないなあ……」
信用ないなあって、興奮すると見境ないオッサンのどこを信用すればいいんだ。
茂みの奥からちらちら見える赤い髪を睨み付けながら、俺はトリートメントの瓶を取った。こういう物って本当は週一で使う程度で良いらしいんだが、俺は効果を確認しなきゃいけないからな。
瓶からジェル状のトリートメントをほんの少し取って、髪に馴染ませる。
ふわりと漂う甘い蜂蜜の香りに癒されながら髪を流して、俺は頭を振った。
なんかこういうコマーシャルあったよな。美女が川で髪洗ってんの。どうせなら川で水浴びしてる美女とかに出会いてえなあ。
さっきから見るのはペコリアだけで、人の気配とか全く無いけど……。
「ウキュ~」
「ん? ロクもペコリアが気になるか?」
河原で大人しく待っているロクは、ちょろちょろ動くウサギが気になるようだ。
腹は減ってないので、純粋に相手に興味が湧いているんだろう。
川から上がって服を着つつ様子を窺っていると、またペコリアが茂みからこっちを覗いているのが見えた。しかも今度はわりと近くまで寄って来ている。
なんだ、臆病なのに随分と人懐っこいのも居たもんだな。
こちらにぴょんぴょんと飛びながらやってくるペコリアに、ロクは不思議そうに首を傾げている。ペコリアはロクを少し警戒していたが、何か通じ合うものが有ったのか、やがて近付いて鼻を合わせた。
……あ、やばい。凄い可愛い。種族を越えたご挨拶。
「ロク、仲良く出来そうか?」
「キュー!」
「クゥー」
一緒にペコリアも鳴く。……って兎って殆どが鳴かないんじゃ。
いや、異世界だから鳴くのか。
そうだよな、ヘビが鳴くくらいだもんな……固定概念って面倒臭い。
しかしどうして臆病なペコリアが近寄って来たんだろうか。
二匹の何か話し合う様な光景に暫し黙っていると、ロクがペコリアと一緒に近付いてきた。そうして、俺の手に持っている瓶を見上げる。
「トリートメントの瓶……あ、そっか。これ蜂蜜だもんな。もしかしてペコリアはこれが気になってるのか?」
「キュキュー!」
「クキュー」
正解だったのか、ペコリアが後ろ足だけで立って、前足を俺に向けてちょいちょいと動かす。あっあっ、まって、やばい、これは噂のおねだりポーズ!
やだモコモコしててめっちゃ可愛いんですけど!!
あげたら触らせてくれるかな!?
「商売道具だからちょっとだけなー」
指で掬って、差し出してやる。
するとペコリアは鼻を動かしていたが、大丈夫と分かったのか舐めはじめた。
あ~、心がぴょんぴょんするんじゃ~。
「クゥッ、クゥッ!」
「うまかったか」
まあそりゃそうだよな、蜂蜜だしロエルは別に味が付いてるわけでもなし。
なんて思っていると。
「げっ」
がさがさと周囲の茂みが動く。しかも、一か所だけではなく数か所から……とか思っていたら、その茂みから一斉に綿兎が飛び出してきた。
「うわあ!? つっ、ツカサ君なにこれ!?」
「ひええええわかんないですうううう!!」
クゥクゥ鳴くモコモコの大群が押し寄せてくる。ものすっごい押し寄せてくる。
字面だけ見ればこの上なく嬉しい事だけど、考えてごらん、綿毛がドドドドとか言う物凄い音を立てながら自分に大挙して押し寄せてくる光景を。
「ぁああああああ゛!」
「ツっ、ツカサ君! ツカサくーん!!」
お母さん、これが筋斗雲の塊なら俺は間違いなく空を飛べますね。
なんて現実逃避しながら俺は綿毛に飲まれていく。ぎもぢいいけどぐるじい。
モコモコに押しつぶされて死亡とか嫌ですぅ。
どうする事も出来ずに埋もれていく俺。最早救出すら難しい。なんかブラックが騒いでるけどモコモコでよく聞こえない。こらだめだ、もうこのまま気絶するしかないんじゃないか、と思いかけた時――ロクの声が聞こえた。
「キュ――――ッ!!」
その大声に、綿兎の群れがぴたりと止まる。
何が何だかよく解らないまま固まっていると、モコモコが俺の周りから引いた。
「お……?」
俺を取り囲むようにして止まっているペコリア達を見回していると、ロクがどこからかぴょんと飛んできて、俺の肩によじ登る。
もしかしなくても、ロクが止めてくれたんだよな、これって。
そういえばロクは感応能力が有った。ブラックの索敵の査術も逆手に使えるほどの凄い能力だが、そういう事も出来るのなら、自分とは種族の違うモンスターとも意思疎通ができるんだろうか。
「ロク、ペコリア達にもうちょっと下がってって言って貰えるかな?」
そうお願いしてみると、ロクは任せなさいとばかりにキュウと鳴いた。
周囲で未だにモコモコしているペコリア達に目を向けて、ロクがキュッキュッと鳴いて見せると、相手は俺が言った通りに少しだけ距離を置き始める。
おおっ、やっぱりそうなのか、ロクは相手に意思を伝えられるのか!
「凄いぞロクー! お前他のモンスターと話せるんだな!!」
「キュッフ~」
思わず褒めちぎる俺に、ドヤ顔でロクは胸(らしき場所)を張る。
ああもうどっかの誰かさんと違ってドヤ顔しても可愛い!
ていうか可愛くて有能ってウチのロクショウは本当最高のヘビじゃないのこれ!
「ツカサ君大丈夫?」
「おうブラック、ロクが助けてくれたんだ。どうやらロクは他のモンスターと会話できるみたいで……感応能力のおかげかな?」
「会話か……どちらかと言うと、感応能力で意思を伝えるって感じかな。多分相互の会話は無理だとは思うけど……でも完全に種族が違うモンスターに自分の意思を理解させるって結構難しいから、それでも凄いよ」
ふーん、種族が違うとあんまり仲良くなれないのか。
まあそうだよな。肉食獣が草食獣の言い分とか聞けても意味がないし、言葉が通じたら多分食べるの躊躇っちゃうだろうしな。俺も肉や魚を捌く時に恨み言なんて聞きたくない。野生の生物にはそんな事関係ないのかも知れないけど。
でもロクの能力は凄い事だぞ。もしこれがドラゴンであっても、こっちの意思を伝える事が出来る。俺もちょっとはロクの気持ちが解るし、ロクは立派な通訳さんという訳だ。どーだ図鑑、ロクは凄いぞ! 万能通訳ロクショウ君だ!
「じゃあこれからはロクにモンスターとの通訳をお願いしようかな」
「キュ? キュキュー!」
「あはは、よろしく頼むな~!」
自分が必要とされたのが嬉しかったのか、ロクはまた俺の頬にぐりぐりと頭を押し付けてくる。いててて頬が削げちゃう。でも可愛い。
なんだかんだでロクには毒見とか色々とお世話になってるから、一緒に居てくれるだけでもありがたいんだけど……ロクにも思う所は有るんだろうなあ。俺ももう少しロクの言葉が解るようになれれば良いんだけど。
「そんな事よりツカサ君、ペコリア達はどうして君を襲ったんだい。彼らは臆病者で基本的には単独行動だ、こんなに大勢で集まるなんて滅多にないんだよ」
「ええ~……? えーと……多分、これ?」
手に持っていた小瓶を掲げると、ブラックは一瞬訝しげな顔をしたが、納得したように情けない顔ではあと溜息を吐いた。
「トリートメント……ああ、そうかソレかあ……。蜂蜜ってね、小動物とか熊とかの好物なんだ。だから、匂いを嗅いで集まって来ちゃったんだね」
「熊はともかく兎とかも好きなのか」
「うん、彼らは丈夫な歯を持ってるからね。たまにハニーターネペントの下部を齧って、流れ出た蜂蜜を啜ってたりするのを見かけるよ」
……それ、ネペント側を人間で想像したら物凄くスプラッタな光景なんじゃ。
うん、いや、深く考えないでおこう。
とりあえず、やっぱり蜂蜜が欲しかったわけね。そういう事なら話は早い。
少し勿体ない気もしたが、俺は彼らに蜂蜜を分けてあげることにした。
ハニーターネペントは花畑があれば見つけられるし、森を抜けたらまた暫く草原なんだ、見つけた時に採取すればいい。それに、術が使いこなせるようになれば、ハニビーとかの蜜蜂から直接蜜を入手できるようになるだろうしな。
一瓶丸ごと彼らにあげると、ペコリアは嬉しそうに蜂蜜を舐めていた。
うーん、可愛い。さっきは死ぬかと思ったけど、こうして見るとやっぱり綿兎は普通に可愛い。
やがて、彼らが蜂蜜を舐め終わって満足すると。
「……ん?」
群れの中から随分と大きなペコリアが出てきて、のそのそと近付いてきた。
「ごめんな、後は売り物とかに使うからあげられないんだ」
「キュキュキュ~、キュ~」
一生懸命通訳してくれるロクに、大きなペコリアは鼻を動かして聞き入っていたようだったが、そうではないとでも言うように首を振り俺を見上げて来た。
何だろう、何か話があるのかな。屈んでやると、相手は俺の手に顔を近付ける。どうやら手を差し出せと言っているらしい。
ブラックと顔を見合わせつつも、促されるとおりに手を差し出す。と。
「グゥッ」
野太い声で鳴いたペコリアは、モコモコした毛の中から丸い物を掌に飛ばす。
僅かに重みを感じるそれは、薄桃色の綺麗なビー玉だった。
いや、ビー玉な訳ないよな……。なんだろう、これ。
博識なブラックを見やると、相手は俺の掌の玉をじっと見ていたが――やがて、何かに思い当たったかのように何度も頷いた。
「はあ……! ツカサ君凄いよ、それって【召喚珠】だよ!」
「しょーかんじゅ?」
「一時的にモンスターを召喚するためのアイテムだよ。色が濃く出ている珠ほど、モンスターの信頼度が強いって証なんだけど……戦って倒したならともかく、こうして珠を託されるのは滅多にない事なんだ」
「そ、そんな物なのか……本当に俺にくれちゃっていいの?」
なんか凄いアイテムだけど、蜂蜜の代わりにくれるには高価過ぎないか。
でっかいペコリアに聞いてみると、相手はフゴフゴと鼻を鳴らして頷いた。
「ツカサ君が蜂蜜をあげたから懐いたんだね。その珠が有れば、いつでもペコリアを召喚出来るようになるよ。召喚には集中力を使うから、初心者には扱いが難しいけど……いざとなったら助けて貰うといい」
「本当凄いモン貰っちゃったんだな……ありがとな、でっかいペコちゃん」
優しく頭を撫でてやると、でっかいペコリアはふごふご言いつつ気持ちよさそうに目を細める。鳴き声は厳ついけど、こういう所は可愛いなあ。
とか思っていたら、他のペコリアも近付いてきた。
今度は殺到する事は無く、俺を囲んで恐る恐る体を擦り付けてくる。もしかして撫でて欲しいのかな。もう片方の手で撫でてやると、ペコリア達は我先にとばかりに掌に頭を摺り寄せて来た。
やばい。凄く柔らかい。気持ちいい。
あれ、ここはモコモコ天国かな……?
「ツカサ君、もうそれくらいで良いんじゃないかなあ……日が暮れちゃうよ」
「いや~マジでちょっと待って、もう少しこのままで居させて。本当これ可愛い奴だから。本当近年稀に見るパラダイスだから」
触れば触る程せがんでくる小動物の大群を誰が避けて通れようか。
もうたまらん、あーモフモフしてる! モフモフ!
ペコリア達は安心しきっていて、俺が抱き上げても嫌がらない。お腹を撫でると気持ちよさそうに伸びきっていた。はああ……やっぱモフモフもいいなあ……。
なんてことをやっていると。
「シャ――――ッ!!」
いきなりロクが威嚇して、ペコリア達が一斉に逃げてしまった。
こ、これが噂の「脱兎のごとく」か……。
「……ってロク、脅かしちゃだめだろ」
「ゥキュ~……」
「もしかしてヤキモチ焼いたのか? バカだな~、お前は俺の相棒なんだからモコモコしてなくて良いの。ロクにはロクの可愛さが有るんだから」
「キュキュ~!」
俺の言葉に、ロクは嬉しそうにくねくねする。やっぱりヤキモチ焼いてたのか、可愛いなあ。ロクのヤキモチは可愛いんだけどなあ。
「ツカサ君……お預け食らって待ってた僕には何もないのかい」
中年のヤキモチは可愛くないなあ。何でだろうなあ。
うっかり何か言うとまた藪蛇つつきそうだ。ここは華麗にスルーしよう。うん。
「見張りご苦労さん。さ、洞穴に帰ろうぜ」
「ふーん、それだけなんだ。ふーん」
「ああもう子供かお前は!! 明日もうまいもん作ってやるから拗ねるな!」
「ホントに? うわあ、楽しみにしてるね、明日はどんなのが食べられるかな!」
先程のやぶにらみはどこに行ったのか、ブラックはコロッと態度を変えて浮かれ調子で先に歩いて行ってしまった。あの、簡単すぎやしませんかブラックさん。
このオッサン、本当は俺より年下なんじゃないのだろうか。
色々と思う所は有ったが、気にしても仕方がない。
理不尽に掘られないだけマシかと思い直して、俺はブラックの後を追った。
あ、そうそう。
早速、湖の馬亭経由でムルカちゃんに注意書き送っておかなきゃな……。
小動物や熊に襲われるので、使用後は匂いが消えるまで外出厳禁って。
→
※明日は22時更新です。森の中長くてすんません(´・ω・`)
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