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アコール卿国、波瀾万丈人助け編
6.初めての商売、初めての野宿
しおりを挟む翌日、朝日が昇ると俺達は早速出立の用意を整えた。
ムルカちゃん手料理がもう食べられなくなるのは悲しいが、そうも言っていられない。だって、早めに出ないと、それだけ次の街への到着が遅れるからな。
転移魔法も飛行魔法もないこの世界では、馬が買えなきゃ徒歩で頑張るしかない。仮に買えたとしても、馬がいる分結構お金食っちゃうから、金を持ってる冒険者以外は徒歩しか選択肢がないんですけどね。
うむ。つまり俺達には充分な金がないって事だ。ファンタジーにありがちな貧乏冒険者キタコレ。でも正直チートものだったら所持金とか心配しなくて良かったんだけどね! 世の中上手くいかねえな畜生!
そんな貧乏くさい事を考えつつカウンターに行くと、親父さんはもう起きていて何やらカウンターを掃除していた。いつ行ってもカウンターにいたけど、親父さんいつ寝てるのかな。なんか怖いな。
挨拶をしつつ行先を告げると、親父さんは目を丸くした。
「ほう、じゃあお前さん達ハーモニックに行くのかい」
「そうなんです。だから、出来るだけ早く出ようかなって」
地図上では、ハーモニック連合国の位置は丁度アコール卿国の隣になっている。南端に面したハーモニックは大きい国で、どこからでも入れるように思えるけど、山の位置や距離を確認すると真南に突っ切る普通の道を行くしかない。
この世界は国境に山脈や谷が有る事が多くて、それが天然の国境線となっているので、おいそれと普通の道を外れる事が出来ないのだ。
もし外れれば、過酷なサバイバルが待っている。モンスターだってうじゃうじゃいるだろう。そんなルート、素人冒険者の俺が通れるはずがない。
しかし……その一番楽なルートも結構な長さなんだよなあ。
途中に町や村が二三個あるけど、それでも一気に行くには遠すぎる。ブラックが言うには、昼夜歩き通しでも一週間はかかるらしい。宿屋で休みながらだとそれ以上に時間を食うだろうな。
だから、出来るだけ早く国境に着きたくて俺達は朝食抜きで出発する事にしたのだ。昨日は蜂蜜瓜も食べたし、半日くらいは体を休める事が出来た。筋肉痛も大分和らいだから、出発するなら今だろう。
親父さんもそれを察したのか、頷きつつ俺達に向き直る。
「おうおう、そうか。南の方へ行くなら、次の街まで大分かかるからなあ。しかしもう出立か。世話するつもりが色々と世話になっちまったな、坊主」
「いえいえ……あ、そうそう、ムルカちゃんいます?」
「誰かあたしの事呼んだ~? あっ、ツカサさん達もう行っちゃうんですか?!」
カウンターの後ろにある扉から、元気よくムルカちゃんが出てくる。
可愛いカントリーガールとオサラバするのは非常に寂しいが、次の国には念願の牛耳巨乳……いや、神族のシアンさんが待っているのだ。急がねば。
惜別の念に駆られつつも、俺はムルカちゃんに小瓶を手渡した。
「これは……?」
「えっとね、トリートメントって言う髪の艶出し剤だよ。これを使えば、今の俺の髪みたいに艶が出るようになるんだ。ムルカちゃんの役に立てばいいなと思って」
「本当だ……ツカサさんの髪綺麗です、昨日よりつやつやしてます……! えっ、これを使ったらあたしの髪も綺麗になるんですか!?」
「うん、きっと綺麗な赤髪に戻ると思うよ」
そう言うと、ムルカちゃんは感極まったのか泣いてしまった。
あ、あわわ、そういうつもりでは……。
女は髪が命って言葉が有ったような気がするけど、やっぱりそれくらい気にしてたのかな。俺的にはパサついてようが可愛い子は可愛いんだけど。
使い方とかも丁寧に教えてあげると、ムルカちゃんはとても喜んでくれた。天然素材なんでお子様にも安心ですよ奥さんゲヘヘ。
とかふざけてたら、後ろから冷たくて痛い視線が突き刺さって来たので黙る。
「けど、こんなに良いお薬……ツカサさん、もしかして薬師さんなんですか?」
「うーん、まだ資格は無いんだけど、一応薬師は目指してるんだ。ほら、これ俺が作った回復薬で……。それも俺の作った奴」
「はわあ~! す、すごいっ、あたし木の曜術師さんなんて初めて見た!」
そういや木の曜術師ってあんまり冒険者とかにならないんだっけ。
薬師とかいう高給取りの安定職業があるし、王都とかに召集されてたりもするから、冒険者になる奴はよっぽどの変わり者とか言われるんだよな。うん、まあ、俺異世界人だし変わり者ではあるけどね。
感動しているムルカちゃんにドヤ顔になりつつ説明していると、親父さんが幾つか回復薬を買ってくれた。大怪我をした人が運ばれてきた時の為に、回復薬を備蓄しておきたいんだって。
回復薬の相場は銀貨二枚、つまり200ケルブだけど、最初の客なので安くしておいた。こっちも材料はタダだもんな。ガラス瓶の仕入れ値にちょっと上乗せして売れたらそれでいい。
その代わりに、ムルカちゃんと親父さんには「このトリートメントが幾らなら村の奥さんは爆買いしてくれるか」を考えて貰った。富山のトリートメント売り作戦は、まず奥様に受け入れられる値段で出さないと始まらない。
二人が言う事には、この品質の薬であるなら銀貨五枚ぐらいまではふっかけてもイイ、と言う事だった。となると、最低でも銀貨三枚程度か。お高めだ。
しかし、この世界の奥さまもへそくりはそれなりに隠してるんだな。一日の食費五日分って結構な金額だぞ。これ。
まあ、とりあえず結構な収入になるみたいだからいいか。
試作品なので、何かあったら俺の第二の故郷である湖の馬亭に手紙を書いてくれと念を押し、俺達は居心地のいい【綿兎の宿】から旅立った。
――ヒュカ村を出て、進路は南。
途中で別れる道を道標を頼りに進みながら、ひたすら歩く。
道の周囲は相変わらずの草原が続いていて、遠くに森や山が見えるってぐらいの長閑な感じだったんだけど、幾つか分かれ道を越えて歩いていると周囲に木々が生え始めた。草原地帯を越えたのかな。
ちょうど昼時だったので木陰でドライフルーツを齧りつつ、俺達は再度この国の地図を確認した。
「うーん、今俺達の居る場所ってどこら辺なんだろ」
「ウキュ」
「ええとね……二つ三つ道標を抜けたから……ここかな」
二人と一匹で覗くアコール卿国の地図の上に、ブラックが指を落とす。
その場所はまだ何も目印のない広い草原だったけど、南の方へと視線をずらすとなにやらモコモコとした一塊の四角が道を遮っていた。
「ん? この先のこれって……森か?」
「そうみたいだね。ふーむ、綿兎の森って書いてあるね」
「綿兎って……」
「ツカサ君見た事あるでしょ、イスタ火山の草原にいたペコリアの事だよ」
「あーっ、あいつね!」
ゴシキ温泉郷のあるイスタ火山の草原で遭遇した、ヒツジみたいに毛がモコモコしているウサギか。なるほど、綿兎ってあいつの事だったのか。
ヒュカ村の宿屋にも綿兎って書いてあったけど、じゃあ、あの名前ってこの森が近くにあったから名付けたんだろうか。
「ペコリアって臆病な生き物だったよな。あれがいっぱいいるのか」
「綿兎って名が付いてるくらいだからねえ。って事は、そう危険な森でもないか」
確かにそうかも。俺が落とされた森は【捕食者の森】とかいう明らかに致死率が高い名前の森だったもんな。それと比べると平和なもんだ。それに、あんな可愛い生き物が沢山いる森なら絶対にファンシーだろう。
「結構広い森みたいだけど……これなら野宿できっかな?」
「大丈夫じゃないかな。危険があるかもしれないけど、森の中を道が通ってるならそれほど危ないモンスターは出ないだろうし」
そういや、今まで歩いててモンスターに出会った事ないな。
俺達が運がいいのかそれともモンスター自体あまりいないのかは知らないけど、そうしょっちゅう出くわす物でもないのかね。じゃあ、ちょっとは安心かな。
回復薬はあらかじめ結構作ってあるけど、出来れば出会いたくないもんなあ。
なんの果物かは解らないけど、結構甘くなってて美味しいドライフルーツを一気に口に入れると、俺達はまた再び歩き出した。
綿兎の森は、その名の通りほんわかした森だ。
木々は青々としていて木漏れ日が差し、鳥が美しい声で囀っている。
時折リスっぽい小動物や綿兎のペコリアが動くのが見えて、これで花でも咲いていたらまるきり乙女チックだ。ナイスファンシー。
こんな場所でモンスターを出せっていう方が無理があるな。
いや、ペコリアって恐らくモンスターなんだろうけども。
「ツカサ君、平和そうな森だからって油断しちゃいけないよ。狼くらいは出るかもしれないし……ロバーウルフがいたら、こっそり食料を盗まれたりするからね」
「それはかなり困る……ていうか、良く考えたら俺ってマジの野宿ってした事ないんだけど……どうすりゃいい? やっぱり交代で見張りしたりする?」
野宿って言っても、俺がやった事あるのは林間学校でのキャンプ程度だし、この世界での野宿も安全な場所でしかしていない。モンスターに襲われる可能性のある野宿は初めてだ。二人しかいないから見張りをするのが辛いけど、荷物を盗まれるのは嫌だしやるしかないよなあ。
そんな感じでわりと深刻に考えていたのだが、ブラックは軽い調子で俺の問いに答える。
「ああ、見張りは僕がやるから大丈夫だよ。代わりに、ツカサ君は晩御飯お願い」
「いや徹夜になるだろそれは……」
「僕は旅慣れしてるし、一人で野宿する事も有ったから徹夜も平気だよ。だけど、ツカサ君はまだ歩くので精一杯だろう? 無理はしない方が良いよ。無理して体を壊したら動けなくなっちゃうからね」
「うー……そりゃそうだけど」
いいのかなあ。旅って持ちつ持たれつだろ。
でもぶっちゃけ歩き通しで疲れてるっていうのもあるからなあ……。
うーん、色々と引け目が有るけどここは素直に従っておこう。
旅は長いんだし、慣れてきたら俺も見張りやろっと。
「じゃ、日が暮れる前に野宿する場所を決めようか。洞窟が有ればいいんだけど」
そっか、暗くなってから探すんじゃ色々面倒だもんな。
まだ日は高いけど、焦りは禁物だ。今日はここまでにして休める場所を探すか。俺はブラックに異議なしで同意すると、早速休める場所がないか見渡した。二手に分かれて探すってのは、俺が弱いのでまだできない。
二人でしばし道を外れて探していると、ちょうど良さそうな洞穴が見つかった。
昔何かの動物が使っていたようだが、もう動物の臭いはしないし周辺に獣がいた痕跡もない。内部は蜘蛛の巣が張っていて、長年放置されているようだった。
洞穴は二人で寝転べる程度には広いし、道からそう離れてはいない。今日はここで野宿をする事に決まりだな。しかし案外早く決まっちゃったなあ。
うーむ、夕食まではまだ時間が有るし手持無沙汰だ。
「なあブラック、ここで野宿すんなら、森の中ちょっと探してきていいか」
「あ、まって。一緒に行くよ。何を探すんだい?」
「森の中だし、薬草とか色々あるかなって。もし料理に使えそうな野草が有れば、この前みたいにちったあマシな食事になるだろ?」
そう言うと、ブラックは顔を輝かせた。
おっさん分かり易過ぎィ!
「ほんとかい!? あっ、じゃあ善は急げだね。さ、早く行こうっ、さあさあ」
「アンタそんな食いしん坊キャラだっけ」
「だってツカサ君の手料理が食べられるんだもの。楽しみだなあ~」
「手料理ってほどでもないんだけど……」
この前のだって、ぶつ切りしたもん入れて煮込んだだけなんすけどね。
まあ……うん、その程度で喜ぶって言うなら、まあ、作ってやってもいいけど。
俺の料理の才能ってやつを見せちゃってもいいけどね?
いや嘘です才能ないです、めっちゃ適当でしたすみません。
でも、どんな奴にでも喜んで貰えるってのはやっぱ嬉しいし、頑張ってうまそうな植物見つけてみるかな。そこらへんに川とかあれば釣りも出来るんだけど……。
「ツカサ君、夕飯楽しみにしてるね」
「お、おう。まあ期待せずに待ってろよ」
ニコニコとだらしない顔で笑うブラックを見てると、なんだか居た堪れなくなってしまう。別にその、意識してるとかじゃない。でもさあ、そんな顔されると……なんか見てられないんだよ。誰か解ってこのモヤモヤした気持ち。
あーもー、本当このおっさんわけわかんない。
俺はブラックとは別の方向を見ながら、夕飯の材料を探すことにした。
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