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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
17.未だ見ぬ巨大な力
しおりを挟む「ツカサ!!」
「ツカサ君!」
二つの声が重なって聞こえて、俺も咄嗟に避けようとしたが無理だった。
首根っこを掴まれて引き上げられる。途中視界にラスターの手が映ったような気がしたが、そのまま捕えられて距離を離されてしまった。
なんだこれ、えっ、俺また引きずられてる?
何が起こったのか理解する前に、首筋に何かを押し当てられて俺は固まった。
「僕は新しい国を作る。勇者はいらない。貴族もいらない。僕のこの計画を今まで見破れなかったバカで下等な貴族達はみんな殺す。殺して、僕の能力を生かせる国を作るんだ……!!」
「ツカサを離せ、ゼター!!」
は、離せってラスター、そんな……まるで今俺が捕まってるみたいじゃないか。
なんて思いながら自分を確かめてみると。
「ひえっ、は、刃物」
がっつり血管が切れそうな鋭くて切れ味の良さそうなナイフが、首に押し当てられている。あれ。ちょっと待って。コレマジでちょっとでもナイフ動かされるとヤバくない? 俺ってば、すぐ死ぬんじゃない?
てか病弱って言ってたくせに俺より力強いってなんなのこの人!
全然動けないんですけど! 嘘つき、めっちゃ嘘つき!
「ラークには悪いけどさ、コイツはラスターの唯一の弱点だ。ラスターが息絶えるまで利用させてもらうよ……おい、お前ら!」
ゼターの言葉に、今まで潜んでいた黒いローブたちが一斉に立ち上がる。
ラスターは彼らを確認して、低い姿勢を取った。
やばい……今、剣持ってないんじゃないっけ、ラスター。流石に何十人も相手にしたら、うっかり倒されちゃったりするかも。
慌ててブラックを見ると、相手はじっとこっちを見ていた。
「お、俺はいいから助けてやってよ!」
「本当に君ラスターに誑かされてるんだね……これじゃ、ラークも愛想を突かしたんじゃないかな」
「るっせー! アイツは俺の事ちゃんと解っとるわい!」
「煩いのは君だ……! やれ!」
ゼターの鋭い声に、男達が一斉にローブを捨てる。
正体を現した刺客達は、剣や斧、ナイフなどで武装していた。鎧で体を固めて、いかにも傭兵ですって出で立ちだ。もしかしてこの人達が決起隊……?
「ゼター、もしかして決起隊の元々の隊員って、この傭兵達……」
「やっぱり頭いいね、君。傭兵って便利だよ。金さえ払えば何でもやってくれる。王都での暴動ではいい働きをしてくれた」
「こ、の……!」
やっぱり全部仕込みだったのかよ!
くそ、普通の市民に騎士団が圧倒されるなんておかしいと思ったんだ。
「ラスター、俺の事はいいから思いっきりやれ!」
「だ、だが!」
「良いからやれっつっとんじゃ!! こっちはどうにかする!」
そう言うと、ラスターはわずかに迷ったようだったけど、強く頷いて男達に構えを見せた。ブラックは相変わらず動かない……けど、その口が何か呟いているのが見えた。……もしかして、呪文……?
注視すると、ブラックの周囲に紫色の透明な光が集まっているのが見えた。
やっぱり何か術を使おうとしてるんだ。
ブラックも協力してくれる。俺もどうにかしてこの状態を脱出しないと。
俺は周囲を見て、考えた。
この場には植物が死ぬほどある。俺の初級の曜術でも、動かすぐらいは出来るんじゃないか。考えて、俺はなるべく穏やかな気持ちになる事を努めながら、ゼターに気付かれないように足元にあった雑草に手をかざした。
伸びるイメージ、強い蔦になって巻き付くイメージ。そう育つように曜気を取り込み、翳した手の先に意識を集中させる。
いつでも術を発動させられるように。
「ラスター、ブラック!」
解れよ、俺がやってること、解ってくれよ!
男達を相手に華麗に舞いながら戦うラスターと、何事か呟き紫の光を強いものへとしていくブラックへ叫ぶ。
二人は俺の方を見て、すぐに合点がいったのか頷いた。
「物凄く不満だが、致し方ないッ!」
「チッ……それ、こっちの台詞なんだけど」
それぞれ言いつつ、ラスターは大剣を振りかぶる男の攻撃を避ける。
横から薙ぐように襲い掛かって来た斧を踊るように飛んで避け、華麗な動きに翻弄されて散らばる男達から距離を取る。
それを見て、ブラックが男達に向けて手を向けた。
「な、なんだ、何をするラーク」
ゼターが初めて慌てる。ブラックが発動する術の気配が判ったのだろうか。
それもそうだろう。ブラックを中心として巻き起こっている紫の炎のような強い光は、曜術が使えない人間だって感じてもおかしくないほど激しい。
赤い髪が紫の光に染まって宵闇の色に変わっていて、その姿は恐ろしいくらいに綺麗だ。仮面をつけて綺麗な正装をしているからか、俺にはその姿がどこぞの魔王のようにも見えた。
魔王のその手に、紫電の光が生まれる。
それは蔦のように腕まで絡みつき侵食して、煌々と光った。
「あっ……ヤバ……」
これ、ヤバい術がくる奴じゃないか?
思わず口に出した俺に気付いたのか気付いてないのか、ラスターがブラックを見てギョッと顔を歪ませる。男達も何かが来るのは気付いたのか、ブラックを凝視して固まってしまっていた。
だけどもう、術は止まらない。
「……【紫月】を頂く名において、発動する……
この地に大地の災厄の在らんことを!!」
ブラックが腕に纏っていた光が、ドッという音を立てて直線に走り去る。
刹那、地が大きく揺れ……庭を崩壊させるような地響きの音と共に大きな尖岩が幾つも突き出した。
「うえぇえええ!?」
あっあっ、あれって、なんだっけ、格闘ゲームでよく見る技じゃん!?
ていうかブラックお前土の技使えないはずじゃん、なんで使えんの!!
いや待て驚いてる場合じゃない、俺もやらなきゃ!
ゼターがブラックの術に気を取られているのを確認して、俺は再び集中する。
手に溜めていた力を一気に放出し、そして、発動する言葉を叫んだ。
「巻きつけ、【グロウ】――――ッ!」
「ッ!? な、なにっ!?」
ブラックの術に驚いていたゼターが、急にがくんと体勢を崩す。
俺はその瞬間を見逃さず、体勢を崩したゼターの脇腹を肘で打ち腕から逃れる。走って距離を取りながらも後ろを振り返ると、慌てているゼターの足にはしっかりと雑草の蔦が巻き付いていた。
よっしゃ俺、完璧!!
「ブラック! ラスターは!」
「ああっ、ツカサ君よかった……!」
駆け寄るなり空いている方の腕で抱き締めてこようとする相手を押し除け、先程からずんずん出まくっている尖った岩の間にラスターを探す。
ブラックはそんな俺にぶすくれつつ、肩を竦めた。なんだよ、非常事態だぞ。
「残念ながらあの若造は無事だよ。ほら、見てご覧」
「えっ」
指をさされて、その方向を見る。
すると、ラスターは……空を飛んでいた。
「えええええええ」
空飛ぶ美青年。いや、そんな場合じゃなくて、そんなのアリ?
ていうかまあ、風の術ってありますけど、そういうのアリでしょうけどね。でも納得いかない。そう思っている俺に構わず、浮いているラスターは空中で何かを唱え始めた。ラスターの周囲に緑色の光が集まっていく。
あの光って……。
「木の曜気……?」
「ああ、術発動するんだ」
お前もアホみたいにでっかい術発動して呑気なこと言うなあ!
もう色々付いていけなくなりつつある俺に、ブラックはニコリと笑う。
「ところでツカサ君、ちゃんとラスター助けたんだから、後でご褒美くれるよね? ロクショウ君の時もお預けだったんだから、今度こそ……」
「あーっ、ブラック危ない!」
岩の影から男が強襲をかけて来た!
が、ブラックは相手を軽く蹴り飛ばすと話を続けようとして来る。
あの、おっさん、せめて相手の方向いて相手してあげません……?
「二回分なんだから、多少いいコトお願い……」
「待て待て待てほらラスターが!」
「……はあ。あの若造本当死んでくれてよかったんだけどなあ」
俺の必死の話題そらしにぶつくさ言いつつ、ブラックは光っている方の手の指をなにやら砂を手繰り寄せるように動かし始める。
すると、先程まで庭をぶち壊しまくって突き出ていた岩が全て消え去ったのだ。勿論、その中で悲鳴を上げていた男達も地面へと落ちる。
元通りの美しい庭となったその場所は、なにも無かったかのように花を咲かせていた。……そんなバカな。こいつ、確かに今、バカでかい術を使ったのに。
「ほら、ツカサ君。でっかいのが来るよ」
「うわっ」
ブラックに後ろから抱き着かれて、またラスターを見上げる。
すると、ラスターは緑の光を纏い神々しいまでに己を輝かせた。
……こ、小○幸子……。
「我が力に応え悪しき敵を縛めよ、その平穏たる緑に善を宿して!
出でよ、レイン・バァアアアル!!」
叫ぶラスターの体が一層光る。
頭上から降り注ぐ太陽のような光に呼応したかのように、辺り一面の植物が一斉に動いた。
その、瞬間。
「うわああああ!! くっ、草が! 草がぁああ!」
誰ともつかぬ叫び声が庭に響き渡ったが、それを咎められるものなんて誰もいやしない。俺だって、今目の前で繰り広げられている光景があまりにも非現実的で、目ん玉落っこちるくらい目を見開いているしかなかったんだから。
だって、まさか……庭中の植物が一斉に巨大化して、男達をその根や茎や葉で押さえつけて緊縛プレイするなんて……だれが想像出来る……?
さっきはめっちゃ怖かったゼターですら、涙目で固まっている。
もう格好つかないとかつくとかいう問題じゃない。
こんなの、明らかに悪夢だ。
「こ、こわい……」
思わずブラックに身を寄せてしまったが、許してほしい。俺子供ですもの。
しかしブラックは自分が頼られてると思ったのか、勘違いも甚だしくドヤ顔で術の解説をして来た。
「レイン・バール、木の属性での高位曜術の一つだよ。特定範囲の樹木を意のままに操る事が出来る術で、成長させる事も枯らす事も出来る。……なるほど、勇者に選ばれるにはそれなりの力があるとは思ってたけど……ここまでとはね」
「そ、そんなにすごいの」
「高位曜術は二級以上の曜術師しか扱えないし、この広範囲を操った上に風の術で浮き続ける事が出来ているっていうのは、相当な術師の素質がないとムリなんだ。……平たく言えば、最高位の限定解除級に近い大物曜術師だけが出来ることをあの男がやってるってこと」
なるほど、確かに凄い……。
大きな術を使いつつ持続するのが面倒な術を使うって、俺でも難しいと解るわ。やっぱりラスターってそれだけ凄い人間なのか。
いやでも、さっきのブラックも人並み外れてなかったか……?
「ブラック」
「なんだい、ツカサ君」
「あんた……なんで土の術なんか使えたんだ?」
自分で炎と金の【月の曜術師】って言ってたくせに、まだ何か隠してやがるな。
睨み付けた俺に、ブラックはとても嬉しそうに笑って……こう言いやがった。
「ツカサ君に嫌われたくないから、秘密にしておくね」
あーあーこういう奴だコイツは。
甘やかしたら甘やかすだけ付け上がる。
ラスターが優雅に地上に降りてくる姿を見ながら、巨大植物に囲まれてしまった庭園をぐるりと見渡す。もう叫び声は無く、俺達以外に立っている人間はいない。
……これで一応、一件落着ってことか。
植物に巻きつかれ泡を吹いて気絶してるゼター達をみて、俺はでっかい溜息を吐いた。
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