異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編

12.あなたに会えて本当によくなかった

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「……うまく引っかかるかな」

 不安を隠しきれない俺の言葉に、ラスターは大事ないといつものドヤ顔で笑う。

「なるようになれだ。ここまで来たら、相手の執念を信じるしかない」
「うん……でも、無理はするなよ」
「お前は誰に物を言っている。俺は神に愛されし誉れ高い騎士、ラスター・オレオールだぞ。完璧を箔押しした様な俺に失敗などない」
「はいはい……でも、戻って来るまで動くなよ、約束だかんな」

 そう言って、俺は席を立つ。
 メラスさんに毒物の確認ができたかどうかを聞きに行くためだ。それに、今からの事を打ち合わせしに行くためでもある。ラスターを一人にするのは心配だけど、何も口にせず主催席から離れないのなら、少しの間は一人でも大丈夫だろう。
 踊る人達をおたおたと避けつつ、やっとの事でホールを抜ける。メラスさんは一階の執務室で調べてくれてると思うけど……しかし、ラスターってば大丈夫かな。

「なるようになれってのは、そらそうだけどさあ」

 ぶちぶち言いつつ、玄関ホールにあるでっかい階段を下りる。
 俺が心配しているのは、いちかばちかの大勝負についての事だ。
 そう、俺達はこのパーティーが終わるまでに決着を付けようとしていたのである。

 俺とラスターの作戦は、こうだ。
 あの三人の前でそれとなく、ラスターは夕食会に出ない事と、夜に王宮へ向かう事を知らせる。それに加えて「仕事の為に食事は控える」と話しておくのだ。
 王宮には色々な術が何重にも掛けられていて、殺傷沙汰や謀殺を起こすのは無理らしいから、相手は夜に紛れての暗殺は無理だと判断するだろう。そして、ラスターが夕食に出ず食事もとらないと知れば、毒殺も無理だと考えるはずだ。
 となれば、今日ラスターを殺そうと思っていた相手が取る方法は一つ。
 直接どこかで殺しにかかるしかない。
 そうして強行に出ようとする相手を、こっちが手ぐすね引いて待ち構えて捕える……と、こういう感じ。

 結構おおざっぱな作戦だけど、だからこそ、いちかばちかなワケで。
 相手がこの場でラスターを毒殺しようとしたって事は、今日決着を付ける可能性が高い。人ごみに紛れて行動すれば、犯人が誰か判らなくなると思ったのだろうが、既に犯人を絞り込んでいた俺達にとってその行動は逆効果だ。飛んで火にいる夏の虫とはこの事よ。

「しっかし……夕食会以降は暗殺が無理だと思わせれば、必ずこのパーティーが開かれている間に行動してくる……っては言うけど、不安だなあ……」

 俺が戻って来たら、ラスターは俺と一緒にホールを出ることになっている。そして、それとなくラスターを一人にして犯人をおびき出し、俺とメラスさんが飛び出して犯人を取り押さえ……とやる予定なのだが、正直こんな方法で相手が食いついて来るんだろうか。あと二ヶ月で焦ってるとは言え、実質結構な時間がある訳だしなあ。

 ローレンさん達なら闇に紛れてグサリってのも可能だと思うんだけど……まあ、逆に言えばこれで犯人がより絞られる。
 ヒルダさんが今日行動を起こさないのなら、彼女にラスターを殺すチャンスはもう無い。彼女は遠方の領地にかかりきりだし、ラスターがさっきの毒に気付いたかも知れないと思えば、毒も使えなくなるだろう。本調子では無いとは言え、体力の戻ってきたラスターを暗殺する事も難しい。
 本気で殺そうとしてるんだから、そんなの我慢できないはずだ。

 どっちにしろ、あそこで毒殺しようとした時点で犯人は詰んでるわけで。
 急いては事をし損じるってほんとだね!

「っと……えーと、執務室ってこっちだっけ」

 リタリアさんの屋敷よりも広いこの屋敷、どこに何があるのかいまだに良く解らない。たしか玄関ホールから右だったと思うけど、入り組んでるからどこがどこやらって感じなんだよなー。
 迷路のような廊下の奥、物置部屋を抜けて屋敷の中心部辺りに位置する執務室。客に紛れた刺客や用のない者を簡単に寄せ付けない為の構造らしいけど、俺だったらこんな面倒な家に住みたくない。
 貴族って威張り散らして贅沢な暮らしをしてるだけかと思ってたけど、色々苦労があるんだな。俺、絶対貴族なんかになりたくないわ。

「おっとここだな。メラスさーん、入っていいですか」

 一際豪華な扉に辿り着き、俺はノックをして待つ。
 すると、中からどうぞという声がした。毒の調査は終わってるらしい。
 中に入ると、顔を布で覆ったメラスさんが出迎えてくれた。
 執務机の上を実験器具みたいなものでいっぱいにしている様は、危ないマッドサイエンティストお爺ちゃんにしか見えない。字面的にはコンピューターお婆ちゃんの方がなんぼかマシだ。

「ツカサ様、お待ちしておりました」
「結果、どうでした?」
「ええ……見事なまでに毒で御座いました。しかも、これは以前使われた毒と同じもの。無味無臭の即効性がある毒物で、少量でも胃に入れば効果が発動しすぐさま内臓を腐らせる……とても危険な劇薬です。……間違いなく、ラクシズの違法な店で取り扱っていたものでしょう」

 顔の布を外しつつ険しい顔で言うメラスさん。
 そっか、やっぱり同じ毒だったのか……。
 即効性って事は、やっぱり俺の免疫酒がいい働きをしてくれたようだな。毒耐性の意味が揺らぎそうだけど、この際それはもう不問にしよう。

「誰が入れたか判りますか」
「人物は特定できかねますが……以前からラスター様の御命を狙っていた、不届き者かと。今回の量は前回の倍以上ですし……この毒薬はおいそれと入手できる物ではありません。ラクシズの店が潰れた今となっては、この国での入手は不可能でしょう。高価で希少な毒を使えるのは、富を持つ者だけ。……この薬の量を考えると、相手はこの機会に勝負をかけていたようですな……まったく、ハレの日だというのに無礼極まりない!」

 ちょっと怒るポイントが違うような気もするけど、まあ、ラスター主催のパーティーなんだからそこで怒ってもセーフか。親代わりのメラスさんにとっては、今回の催しは息子の晴れ舞台と言っても過言ではないだろうし。

 しかし……メラスさんの見識を聞けば聞く度、犯人が焦ってるのが判って怖くなるな。お高い珍しい毒をそんなに惜しみなく使うのって、自分が金持ちの貴族ってバラしてるのも当然だし、少量で良いのに倍以上使ったって言うのが、犯人の心情考えるともうヤバい。
 だって、マジで今回で終わらそうとしてたって事だろこれ。
 オーバーキルになってもいいから、確実に死んでほしかった……なんて、普通に考えたら相手を相当憎んでる奴のやる事だ。

 でもそうなると、貧乏貴族のセルザさんは候補から外れるよな。そもそも、セルザさんはラスターが薄桃色の酒を持ってきた時にはもう主催席から離れていた。なので、即効性の毒を盛る暇なんてない。ローレンさんも同様だ。
 ってことは、改めて、ヒルダさんの周囲が怪しくなってきた。
 ……あ。そういえば、あの時……。

「ツカサ様、どうかなさいましたか」

 思考の海に飛び出しかけていた俺は、メラスさんの言葉に我に返る。
 格好良く推理しよっかな~と思ってたんですけど……まあいっか。

「とにかく……相手もかなり焦ってるって事ですよね。どうにかして相手が犯人である証拠を掴まないと……」
「左様でございますね……しかし、ツカサ様には本当に感謝しております」
「え?」

 また唐突に話が変わるな、と思っていたが、メラスさんがハンカチを目尻に当てていたので何も突っ込めなくなってしまった。
 これあれだ。身の上話が始まる奴だ。

「ラスター様は完璧であるが故、今までお一人で何でもこなしておられました。ですが……私としましては心配だったのでございます。幼き頃からこのオレオール家を背負い、当主として完璧を追い求められる姿は本当にご立派で御座いました。ですが、恥ずかしながら育ての親の私としては……それが無理をしているように思えてならなかったのです」
「メラスさん……」
「しかし、今のラスター様は違います。ツカサ様と言う寄りかかる事の出来る存在を手に入れて、まるで肩の荷を下ろしたかのように、生き生きとなさって……! 口惜しい事ですが……私ではラスター様の苦悩を受け止める事は出来ませんでした。ですから……本当にありがとうございます、ツカサ様」
「そ、そんな……俺はただ、自分の為にっていうか……このままじゃ我慢ならないから協力してるだけですよ」

 だって、これが終われば俺は旅に出られるんだ。
 ブラックや可愛いロクと合流して、やっと楽しい旅に出られるんだよ。
 だから協力してるにすぎないんだ。それに、自分の都合で人を殺したりデッカイ迷惑掛けてる奴の思い通りになるのは癪だからってのもあるし。
 結局の話、ラスターの為って言うか、これは俺が「イヤ」だからやってるんだ。

 今までずっと怖いって言えなかったラスターを可哀想だって思っちゃったんだから仕方ないだろ、そんな奴を放っといてさっさと逃げ出すなんて出来る訳がない。俺は小っちゃい頃から時代劇とか正義は勝つってアニメ見て育ってきてるんだ。
 日本人ってのは、とことんお人好しなんだよねって聞かされて育ってんだよ。
 ステレオタイプの言葉で洗脳された俺は、こんなの我慢できないんだ。
 だけど、メラスさんは優しい目をして首を振る。

「それでも、貴方の心は温かい。……私から見ましても、ラスター様は少々主張が強すぎるきらいがありますが……貴方は、それを受け入れて下さってるのですから。それは、ラスター様にとっては何よりも大事な事なのですよ」
「主張って……あの、やっぱ、メラスさんもアイツの台詞回しはダメだなあって思います?」

 今のって、遠回しにラスターの発言が「傲慢すぎる」って言ってるんだよな。
 ちょっと悪戯心が湧いて聞いてみると、メラスさんは涙を引っ込めて、内緒話をするように口に手を添えた。

「まあ、仰ることは大体はその通りですし、言葉遣いは個性だから仕方がない……という事で、諦めております」

 それってやっぱりダメって思ってるってことじゃん。
 お茶目にウインクをするメラスさんに、俺は思わず笑ってしまった。

「アイツ、本当メラスさんが執事でよかったですよね」
「そう言って頂けると、身に余る光栄でございます」
「……じゃあ、そんなしょうがない奴を守る為に、打ち合わせに入りましょうか」
「ええ。私の使命は、ラスター様をお守りし健やかに暮らされる日々を守ること。昨今の煩わしい横槍を叩き折るためでしたら何でもやりましょう」

 老人になっても勇ましいのは、やっぱりファンタジーの世界だからなんだろうか。叩き折る、なんて、そうそうおじいちゃんの口から出ないよな。
 しかし頼もしいメラスさんの言葉に少し元気を貰って、俺は手短に手順の打ち合わせを行った。打ち合わせと言っても簡単な確認だったけど、有能執事のメラスさんにはそれで十分だ。

 器具を片付けたら参ります、との言葉を貰って部屋を後にした俺は、自分でも確認するためにブツブツ言いながら廊下を戻った。

「ええと……戻ったらラスターの隣にいて、メラスさんが来たらそれとなく二人で外に出る……外に出たら合図を待って俺が離れる、ラスターを一人にする……」

 作戦の人数を増やすと、どこで情報が漏れるか解らない。
 なので、これは俺とメラスさんとラスターだけで行う事になっている。俺達がホールを出て、その後誰かが追ってくるようであればホールに残っていたメラスさんに確認して貰い、合図を送ってもらうのだ。

 けれど、メラスさんには犯人候補の事は知らせていない。だから、性別や年恰好だけを教えて貰う事になっている。もしかしたら、本人がやって来るんじゃなくて刺客が来る可能性もあるしな。

「よし、これで完璧覚えた……ハズ」

 後は早くホールに戻らなきゃ。夕刻まではあと数時間しかない。
 そう思って、俺はある部屋の前を通り過ぎた――――はず、だったが。

「ッ!?」

 服を強く引っ張られる衝撃が首に来て、俺は思わず息を止めた。
 その間に思い切り体を持っていかれ、勢いよくどこかの壁に叩きつけられる。滅茶苦茶痛くて、俺は呻いて体を曲げた。何これ、マジで痛い……!
 視界が急に早く動いたせいで、ここがどこか解らない。
 っていうか何が起こった?

 慌てて周囲を探ろうと、顔を上げて……
 俺は、固まった。

「…………やっと、捕まえた」

 耳を擽るような、低く渋い……大人の声。
 久しく聞いていなかったその声は、目の前で俺を睨んでいる男から吐き出された物だった。そう。あの綺麗な赤髪をした……仮面の男から。
 なに、これ。やっぱりコイツ……ブラックだったのか?

「ブラッ、ク……? やっぱり、ブラックだよな?」

 見上げながら問うと、相手は低い声で唸るように答えた。

「……あの若造と随分と親しげだったね。あいつは君を攫った男なのに」

 …………あ……。
 これ……アカンやつや……。

 お前は関西人じゃないだろうというツッコミが頭の中をよぎって消える。
 そんな現実逃避をしてしまうくらい、今の状況はヤバいと俺の理性が告げていた。だって、この声に滲んだ感情は……
 物凄く怒ってるって以外に……ありえないんだから。

「ねえ、どうしてかな。ツカサ君」

 酷く低い地を這うような声が、壁に付けた俺の背をぞわぞわと這い伝った。












※次は翌日22時以降更新です(´・ω・`)<つまりえっち
 最近うp時間まちまちでモウシワケナス…
 
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