異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編

  知らない顔は知らない人 2

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※お食事中の人は読まない方がいい描写がちょっとあります。すみません…



「皆さま、随分と遅れまして申し訳ございません」

 そう言って優雅にお辞儀をするヒルダさんに、ようやく周囲の貴族達も声を取り戻す。でも、黙ったのも仕方ない。扉を開けて来た時のヒルダさんとお供の男は、まるで一枚の絵画のように美しい佇まいだったからだ。

 綺麗な水色の髪を結い上げて髪飾りを付けたヒルダさんは、胸が大きく開いた情熱的な赤のドレスを着ている。胸元の宝石やイヤリングは華美なドレスを引き立てていて、まるで女王のようだった。
 そんな美女の隣に立つ背の高い男も、彼女の美しさに負けてはいない。顔の上半分は白いマスクで隠されているけれど、豊かに波打つ赤髪は鮮烈で、しっかりとした輪郭や男らしい肩幅は、女達の視線を集めている。
 軍服にも似た黒に近い濃紺の礼装は、厳格な人間のような印象を与えていた。

「…………えっと」

 まさか、あれ、ブラック?
 ヒゲもないしヘラヘラしてないし、一言も喋らない。一回俺を見たけど、ヒルダさんに呼ばれたらそれきり顔を背けてしまったし、俺に関心がないみたいだ。
 普通、助けに来てくれたんなら俺に合図くらい送らないか。
 じゃあ、あの男はブラックじゃないのかな。

 あんなにきちっとして格好良く振る舞ってるなんて、アイツらしくないし……。
 まあ、赤髪なんてこのホールにも数人いるくらいはメジャーな髪色だ。俺に反応しないってことは、ブラックじゃないかも知れないよな。他人の空似かも。
 そうは思ったけど、どうしても俺は仮面の男がブラックにしか見えなかった。

 俺、目がおかしくなっちまったのかな。

「ラスター様、遅れて申し訳ございません」

 再び沸き起こる喧騒の中から、ヒルダさんがこちらにやってくる。
 後ろにはあの仮面の男が控えているけど、俺には相手の視線を読み取れなかった。

「ヒルダ様、ようこそお越しくださいました」
「こちらこそ御招き頂き、本当にありがとうございます。所用がございまして大幅に遅れてしまいましたこと、お詫びいたします」

 頭を下げたヒルダさんに、ラスターは微笑みつつ片手で大丈夫だと示す。

「それよりもヒルダ様、ようやく春が訪れたようですな。その後ろに控えている御仁が貴方の心を射止めた狩人ですか」

 ラスターの言葉に、ヒルダさんは扇子で顔を覆いながらも華やかに微笑む。

「あら、そんなこと……誰が仰ったのかしら。彼は優秀な薬師ですのよ。憂鬱にせっていたわたくしに良い薬を授けてくれたのです。その恩返しとして今日の宴に同伴させましたの。変な事を言ったのは貴方ね、ゼター。あまりわたくしをからかわないで頂戴」
「ごめんなさい、お母様」

 いつの間にかラスターの側へと移動していたゼターは、ヒルダさんの扇子攻撃を軽く避ける。その表情は先程の取り繕ったような笑みとは違い、少年のままの笑顔で、母親と仲がいいんだろうなと思わせる無邪気さだった。
 そっか、格好がきっちりしてるから思い至らなかったけど、ゼターも俺と同じくらいの年齢なのか。うーん、育ちの違いを見せつけられた気分。

「それで……その薬師様のお名前はなんと」
「ラークと言いますわ。旅をしている途中にザルクに立ち寄ったらしくて、わたくしの病気を聞いて薬を届けに来てくれたのです。この国の腕のいい薬師は全て王都に集まっていたし、薬も質が下がるばかりでしたが……このラークは木の曜術師として優秀なようで、薬もわたくしの病によく効いたのです」
「ほう……それは僥倖ですね。俺からも礼を言おう、ヒルダ様の憂鬱を晴らしてくれてありがとう、ラーク」

 ラスターの礼の言葉に、ラークと呼ばれた仮面の男はただ黙っている。
 じっとラスターを見ている眼は、なんだか怒気を帯びているようにも思えた。

「では、お母様とラスターさまの快方を祝って乾杯しましょう」

 そう言いながら、ゼターが自分のグラスの他に、ヒルダとラークの分のグラスも持ってくる。ラスターも自分のグラスを掲げて、俺にジュースの入ったグラスを持つように促した。め、めんどいな。
 五人で輪になり、それぞれのグラスを軽く打ちつけ合う。

「ライクネス王国の繁栄に乾杯」

 それぞれが――正確には、俺とラーク以外がそう呟いてグラスに口を付ける。
 俺はおっかなびっくり見よう見まねで、ラスター達に習ってグラスを煽った。ラークという男も、ゆっくりとグラスを傾ける。
 その仕草が大人っぽくて、俺は思わずドキリとしてしまった。

 ブラックが酒を飲んでた所なんて、そういえば見た事ない。泥酔した格好悪い姿は見た事が有るけど……もしかして、あんな風に格好良くグラス傾けてたのかな……いや、違う、考えるな。アイツは薬師なんだ、ってことは、ブラックじゃない。ブラックが使えるのは炎と金の術だけ。月の曜術師だ。だから、ラークをブラックだと思ったのは、俺の勘違いなんだ。
 それより今はラスター、ラスターの様子だ。

 隣を見上げて、ラスターがまだにこやかにしているのを見ると、俺はホッとする。どうやら毒は入ってなかったみたいだな。

「では、わたくしたちも楽しませて頂きます。後程夕食会でお会いしましょう」

 それだけを言うと、ヒルダさん達は去っていく。ラークは相変わらず無愛想だったが、ゼターだけは少し離れた所でもう一度振り返り、心配そうな顔でこっちを見てくれた。ラークが無愛想だから俺達の反応が心配だったみたいだ。
 こちらが微笑むと、少し戸惑ってから笑って、ゼターも人ごみに紛れて行った。
 お気遣いの紳士だなあ、ゼターって……。

「ツカサ。あのラークという男……どう思う」
「…………無愛想……としか」
「そうだな。だが、薬師というのなら毒物の扱いに長けているのではないか」
「ヒルダさんがラスター毒殺の為に新しく雇ったってこと?」

 ありえない事じゃないけど、だったらホイホイ連れて来るかな。
 疑念の材料みたいな存在をこれ見よがしに見せて来るのって、どう考えても愚策としか思えない。

「そもそもヒルダさんの病気ってマジなの?」
「ああ、確かな事実だ。と言っても気が滅入った事による病で、鎮痛剤や緩和剤、回復薬もあまり効き目はない。彼女が求めたのは人のぬくもりだからな」
「……ってことは、薬ってやっぱり……一発ヤッたってこと?」
「お前は時々遠慮がない言い方をするな。だがまあ、そういう可能性はある。未亡人と言う者は、力強く雄々しい男に惹かれがちだからな」

 ……そっか。ラークって奴、ヒルダさんとえっちしたのか。
 …………べつに、モヤモヤなんかしてないし。
 ラークはブラックとは別モンだし。似てるってだけだし。ていうか俺はモヤモヤしてないし。別にあのオッサンが女とどこでエッチしようが関係ないし。
 別にそんな、羨ましいとか考えてないし。

「ツカサ、なんで怖い顔をしてるんだ」
「はぁ!? してないし!!」
「な、なんだ良く解らんなお前は。まあ、怒った顔も愛らしいから、存分に怒ってくれて構わんが」
「かっ……! ばっ、ばっきゃろおまえっ」

 そういう返し方が一番反応に困るんだよバカ!
 思わずラスターの胸を叩こうとして、寸時。

「ぐっ……」
「っ!? ら、ラスター?!」

 ラスターが口を押さえて、咄嗟に屈みこんだ。それから、ホールの死角になってる部屋の隅の柱の陰に歩いていく。
 何が起こったのか解らなかったけど、ラスターが吐くんだと思って俺はそこら辺にあった布巾を取った。トイレで吐けよと思うかもしれないけど、出入り口は一つで俺達の主催席は出口の対面にあるんだよ。つまり、超遠い。
 招待客を押し除けて走るのは貴族としてはマナー違反だし、仕方ないんだ。

 俺は慌ててラスターの後を追い、大きな柱の陰で膝をついているラスターに駆け寄った。そうして、何枚かとってきた布巾を床に敷いてやる。

「大丈夫か?」
「っぐ……すまん、大丈夫だ……ッ」

 けれど、その言葉とは裏腹にラスターは顔が真っ青だ。
 どうしよう、俺が殴ろうとしたから? そんなワケねーか。あれだ、もしかして、毒を盛られたのか。でもどこで。最初の挨拶以外は、俺がずっと側に居たのに。

「っ……」

 我慢できなくなったのか、ラスターは体を曲げて布巾へと顔を近付ける。
 俺はラスターの背中をさすりながら、注意深く周囲を警戒した。
 よし、誰もいない。今なら大丈夫。

「吐いて、ラスター」

 背中をさすりつつ、ラスターの髪に液体が掛からないように、片手で前髪を押さえてやる。すると、ラスターはついに我慢出来なくなったのか呻いた。
 丁度音楽が賑やかな曲に変わっていたから、声は誰にも聞かれちゃいない。
 咳をしながらえずくラスターを気に掛けつつ、俺は彼が落ち着くのを待った。

「……もう、ゲホッ、心配ない……ッ、すまん、ツカサ……」
「いいよ、気にすんなって。……それより、どうしたんだ。アンタが飲みすぎてゲロるって考えらんないんだけど……もしかして、毒か?」

 予備で取っといたナプキンを渡すと、ラスターは口を拭きながら首を振る。

「わからん……ただ、急に喉の奥が酒を拒否したようになって……」

 酒を拒否?
 布の上の残骸を見ると、確かに胃から出たものではないのが解った。
 ラスターが吐き出したのはまさしく酒だけだったらしく、布巾は薄桃色に濡れているだけ。気になって臭いを嗅いでみたが、胃酸が混ざっているという事もないし、変な臭いもしない。……これはどういうことだ?

「ラスター、薄桃色の酒って、いつ飲んだ?」
「主催席に戻って来てからは、軽い果実酒ばかり飲んでいたからな……だが、薄桃色の酒は、先程乾杯の時に飲んだ物だけだ」
「さっきか……」

 俺は布巾の上の吐瀉物が下に零れていない事を確認すると、それを丸く包んだ。

「これ、毒物が入ってるかどうか調べよう」
「しかし……そうなると、ツカサ」
「……たぶん、ヒルダさんが怪しいと思う。これを入れた人間が誰かってのは解らないし、もしかしたら時間差で毒が効いたのかも知れないけど」
「解った。毒物の調査はメラスにやらせよう。あいつは最近の事件で毒物について勉強している。俺達では時間のかかる事もすぐに分かるだろう」

 メラスさん本当にラスターのこと大事なんだなあ……。
 ちょっと感動しつつ、俺とラスターはこっそりと主催席に戻り、メラスさんに事情を説明して早急に調べて貰うよう頼んだ。この世界だけの常識なのかもしれないけど、何の毒かを調べるのはそう難しい事じゃないらしい。

「でも、なんで吐き出したんだろう……そういう毒だったのか?」
「いや……酒を飲んだ時、なにか舌がチリッとして嫌な感覚があった。そして、酒が喉を通るとやけに吐き気が込み上げて来てな。こんな事は初めてだ……もしかしたらお前が作った免疫酒の効果かもしれん。そう言えば気の流れが急に早くなっているし、喉の辺りに暖かさを感じる」
「え……免疫ってそういう意味……?」

 免疫……確かに漢字で書くと「疫を免れる」だけど……もしかして【毒耐性】って飲んでも平気って事じゃなくて、体に害のあるものを受け付けないようにさせるってことなの……? そんなバカな。それ毒耐性って言う?
 てか簡単な効果説明じゃ解りづらすぎるだろおい、本!

「けど、じゃあ、さっきの酒ってのは……」
「俺の感覚が正しいものだとすれば、間違いなく毒だろう」

 焦って馬脚を現したな。
 ラスターはそう言って、口直しとばかりにジュースを煽る。
 俺はそれを見ながら、もう一度人ごみを見やった。

「…………」

 騒ぐ人たちの中に、あの三人が見える。
 誰も俺達を気にしてなんかいない。三人とも楽しそうに歓談していて、ラスターに殺意があるようにはどうしても思えなかった。
 だけど、そうして彼らを見ている最中に……あの目と視線がかち合う。

 仮面の下に隠された目でじっと俺を見る、ラークと。

「…………ラスター、今すぐ捕まえるのか?」
「そうしたいが、決定的な証拠がない。疑わしきは罰せずがこの国の法だ。だが、毒殺に失敗したと知れば、相手も平常心ではいられないだろう。わざと隙を見せて誘い出す。ツカサ、手伝ってくれ」
「……わかった」

 仮面の男から視線を外して、ラスターを見上げる。
 首のあたりになにか冷たい視線が突き刺さったような気がしたけど、俺はもう一度相手を見る事は出来なかった。













※犯人すごい簡単さですがもう少し茶番にお付き合い下さい(´;ω;`)
 てかラスターが吐きキャラと化してて本当ごめんね状態
 
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