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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
5.普通、攫われるのは美少女の役目でしょうが(憤怒)
しおりを挟む「おっ、おっ、おまっ、なんっ、で」
「いずれこの俺の側室となる、麗しきリタリア・フィルバードの様子を見てこよう……。そう大いなる慈悲を抱いて正解だった……。ああそうだ、常に私は正しい! そんな正しい俺の意思のおかげで、またお前に会う事が出来るなんて……やはり俺は神に愛されし神の落とし子、幸運を約束された存在なのだな!」
誰が神の落とし子だ。タツノオトシゴの間違いじゃないのか。
ツッコミたいけど口が動かない。
「リタリア、もう体はいいのか」
「はい……ツカサさんが回復薬を下さって、そして今不思議な力で……」
ああああ言っちゃダメですリタリアさんんん!
「ああ、俺もその瞬間をここで見届けていたぞ。ツカサの握る手から伝わる、緑の清浄な光……それに包まれてお前が回復していく様子がな!」
見てたんかいお前!
ああもうどっちにしろアウトだったんじゃん、いつから潜んでたんだお前は!
「はい……あの、それで、ラスター様は私のお見舞いに……?」
「おおそうだ。ゴシキ温泉郷に静養に出向いたついでだが、宴の後で体調を崩したと言うのでな。土産を買ってきているので、あとで食べると良い」
「ありがとうございます……」
先程までは元気だったのに、ラスターが来た途端リタリアさんが大人しくなってしまった。だけど、ラスターはそれに気付く事は無い。
見事な金の髪を掻き上げて、鷹揚に頷いた。
「礼はいらん。お前は来年俺の側室になる女だからな。このラスター・オレオールの屋敷に来るからには、最大限の施しはしてやらねばならん。これからも何かあれば遠慮なく言うがいい。体が治ったのなら、装飾品も色々と要り様だろう。あとで見繕ったものを贈ってやる」
「は、はい……」
俺の屋敷に来る。
ってことは、ま、まさかリタリアさんはコイツの屋敷に行くのか!?
えええ国王様も何考えてんだよ、いっくら英雄の家系だからって勧めていい話と勧めちゃいけない話があるでしょ。どう考えても、この俺様男にか弱いリタリアさんを輿入れさせちゃダメでしょ。気疲れして倒れちゃうってば。
何にせよ、コイツがハーレムの主となると余計にムカついてくるな。
二人の恋はラスターによって引き裂かれるのか。
現実で寝取られとか勘弁してほしい。ラーミンとリタリアさんが本気で好き合ってるのを見せられて、「ほーん?」って呆けて鼻ほじってる奴にはなれないわ俺。
胸糞悪いのも嫌いじゃないけど、それはリアルじゃ見たくない。
くっそー、なんか無いのかなあ、リタリアさんが救われる方法……元気になってもこれじゃあハッピーエンドにならないよ。
「ところでツカサ、お前は今一人か」
「え? あ、まあ一人ですけど」
そう言って、いつの間にか視界の外にいたラスターに振り返ろうとして――――俺は、がくっと体勢を崩してしまった。
「うえっ!?」
なんでいきなり俺の体傾いてんの!?
と、思ったと同時に、背中に何かが取りついて来る。なんかこう、がしっと。
なんだこれ。あれ。もしかして、俺ってば誰かに受け止められてる……?
「そうか、今は一人なのだな。ならば話は早い。お前はもう俺のものだ。リタリアの無事な顔も見た事だし、屋敷に帰るとしよう」
俺の目の前に、ラスターのびっかびかに美形な顔が現れる。
……おい。この背中に張り付いてる手、もしかしてラスターの手か。いや、違う、そうじゃない。問題はそこじゃない。
落ちつけ俺。ラスターは今、なんて言いやがった?
お……俺の物、だって?
「おおおおおいおいおいお前何考えてんだよ! ちょっ、こらっ、抱き上げるな! 恥ずかしいだろ!!」
お姫様だっこじゃねーかこれ!
やめろおおお十七歳の男が何が悲しくてこんな恰好しなきゃならんのだあああ!
「花嫁のように抱いて連れて行ってやろう。美の化身たる俺の花嫁になった気持ちはどうだ、天にも昇る様だろう? ハハハ、照れんでも良いぞツカサ!」
「照れるわけねーだろばっきゃろっ、お前ナニ勘違いしてんだよ! 俺は今一人だって言っただけだろうが、なんで連れ帰るって話になってんだ!!」
慌ててラスターのお姫様抱っこから逃れようとするが、こいつ優男っぽいくせして背は高いわ肩幅あるわで、力が強くて逃げられない。暴れてもびくともせず、俺はとうとう抱っこされたままで一階まで降ろされてしまう。
ちょ、やばい。これどう考えても連れて行かれるフラグじゃねーか!!
「お、お待ちくださいラスター様! ツカサさんは一般人です、恋人もいらっしゃいます! おひとりとは、恋人がおらぬという意味ではありませんっ!」
情けない俺の姿を見て、リタリアさんが必死に走って来てくれる。
あああ病み上がりなのにすみません本当ごめんなさいいぃ。
恋人ってのは否定したいけど、頑張ってる姿を見ると否定できないぃ。
だってのに、このクソ貴族は鬱陶しそうに後ろを振り返るだけで、足を止めようとしない。おいコラ、リタリアさんはお前のハーレム要員だろ、優しくしろよ!
「恋人? ああ、あの赤髪の不潔な男か。身だしなみも整えぬ美しくない中年など、ツカサの相手には相応しくない。よって、この眉目秀麗の貴族、ラスター・オレオールがツカサを貰い受ける。なによりここは高等区。そして、王侯貴族会で最高権威を持つオレオール家の子息が命じているのだ、二等権威のフィルバード家が俺の行動を制限することは出来ないはずだが?」
「そ、それ、は……」
リタリアさんが、階段の最後の段で足を止めた。
玄関へと向かうラスターの腕の中で、俺は必死にもがきながら、ラスターの肩越しにリタリアさんを見る。彼女は、泣きそうな顔で俺を見ていた。
違う、止められないのは、リタリアさんのせいじゃない。
俺が非力で逃げられない格好悪い奴だからなんだよ。
それに、ラスターの言葉からは、リタリアさんの家がこいつの家に逆らえないって事が読み取れた。貴族は立場が大事だ。何もできなくても仕方ないって。
「り、リタリアさん! 薬を飲んで安静にしてて下さいね、約束ですよ!」
「ツカサさん……!」
「あ、あと、ブラックに……こいつを……!」
投げちゃうけど、ごめんよロク。頼りはお前だけなんだ。
揺さぶられる懐から必死にロクを取り出し、俺はそっと下から床に降ろすようにロクを投げた。
「きゃっ、へ、ヘビさん……?!」
「ロク、頼む、お前なら俺の居場所が分かるはずだ……頼むぞ!」
必死にそう言うと、ロクは声を立てずに大きく頷いた。
色々こき使わせて本当にごめん、助かったら美味しいものをたくさん食べさせてやるからな。
俺の視線に、ロクは空色の目を潤ませていたようだったが……外に出たと同時、扉を閉められて……リタリアさんとロクの姿は、見えなくなってしまった。
「ツカサ、あれが俺の馬車だ。どうだ、俺に似合う典雅な馬車だろう」
暴れる俺をがっしりと掴んで離さないラスターは、軽々と俺の体を動かし玄関前に停まっている馬車を見せつけた。
ぐ……た、確かに……なんか金ぴかの装飾が付いてて豪華な馬車だけど。ケツも痛くなさそうなふっかふかな座席だけど!!
「なんでお前は俺を連れて行こうとしてるんだよ! 離せ!」
「照れなくてもいいのだぞ、ツカサ。しかしこの馬車に乗るには、お前はいささか美しさに欠けているようだ」
「ハァッ!?」
「暫く大人しくして、冷静になれ」
そう、言われた瞬間。
俺は、意識が遠くなり始めた。
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「大人しく微笑むお前は、もっと美しい。俺はそれを知っている」
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あ、も……だめ、だ。目の、まえ……が……――――
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