異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ゴシキ温泉郷、驚天動地編

9.いい加減にしろトラブルメイカー

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 さて。食堂に着いたら、まずは定食の確認だ。
 豪華な紫狼の宿とは言え、食事は庶民の食べるものと大して変わらない。川魚は生臭いし、肉は固い。椅子も固いがねーちゃんは綺麗。
 スーダラらったったーと言いたくなるくらい良い所の少ないメシだけど、アタリの日には美味いメシが食えるから一概には貶せない。どうか今日はアタリでありますように……とメニューをみると、そこには『本日は、紛う事なき美麗なる貴族であらせられるラスター・オレオール様より賜った最高級の【ウリボーホッグ】のステーキと、ロコンのスープです』……と書かれていた。

「なんだい、この恩着せがましい上に書かされた感満点の文章は」

 ごもっともでござい。
 あの野郎マジで鬱陶しいな。提供者がどうとかどうでもいい情報垂れ流しやがって……。助けるんじゃなかったとは言わないけど、どう考えてもお近付きになりたくない。さっきは俺だって気付かれなくて本当に良かった。
 あと、ブラックにはさっきの男と風呂場で会った奴が同一人物だって黙っとこう。なんか面倒なことになりそうな予感がするし。

「と、とにかく入ろうぜ。腹へっちまったよ」
「そうだね。美味しいといいけど」

 マズかったら散々に貶すんだろうなー。
 ブラックも俺と同じくこういう奴は嫌いらしい。自分も自己中な割に一般人的な目線は持ってるから不思議だよなあ、本当。

 色々考えつつ、俺とブラックは金と交換で定食を受け取る。
 この世界では前払いが基本だ。冒険者や犯罪者は金払いの悪い奴が多い。だから、何をするにも先に金を払う事が義務付けられているのだ。
 世知辛い世の中だよなあ。

 適当な席に向かい合わせで座り、俺は定食を確認する。
 
 ウリボーホッグとかいう可愛い名前の肉は、分厚く切られていて良い匂いがする。付け合せにはロコンのトウモロコシみたいな粒がごろんと置いてあるだけだが、俺の世界のステーキっぽい感じが出てて久しぶりに食欲をそそられた。他に野菜はないけど、贅沢は言ってられない。
 ロコンのスープも塩味の汁にロコン粒が浮いているという残念な出来だが、基本的にこの世界のスープはぶち込んだら完成だから以下省略。

「いっただきまーす」

 ぎこぎことナイフで肉を切り、二股のフォークで肉を突く。
 滴る油は、吉か凶か。意を決して口に入れて――俺は、瞠目した。
 ウリボーホッグの肉は、口に入れるとじわりとうまみが凝縮された肉汁が溢れて来て、噛む度に幸せな気持ちになる。しっかりウェルダンに焼いてあるにも関わらず、ほろりと溶けるようでたまらない美味しさだった。
 こんな肉、食べた事ない……!!

「うぐっ……うますぎ……!」

 ああ、感謝したくないけどしたくなってしまう……!
 ありがとう、ありがとう貴族! ありがとうウリボーホッグ! この世界で初めてめちゃウマなものに出会った気がする……!!
 あとは白飯が有れば天国だけど、本当に残念だがこの国にはコメの流通がないからな……。そもそもお米が存在するのかどうかも謎だけど、今は肉だ。肉が美味しいと言う事を存分に堪能するのだ。
 ブラックもあまりの美味さに驚いたのか、目を見開いて固まっている。

「オッサン?」
「僕が今まで食べていたのは……靴底だったのかな……」

 なにどっかの外国人みたいなこと言ってんのこの人。気持ちはわかるけどさ。

「キュキュッ! キュゥウ~!」
「ああっ、ごめんごめん! ほら、ロクもあ~ん」

 小さく切って、ロクの口に運んでやる。
 一生懸命口を広げて肉を頬張ったロクは、頬(蛇に頬ってあるの?)を膨らませて咀嚼する。暫く頬一杯のお肉をもごもごしていたが……急にぼたぼたと泣き出してしまった。そうか、それくらい美味かったのかロクショウよ……。

「よかったなあ、ロク」
「ンギュッ! キュキュキュッ! キュキュ~!」

 もぐもぐしながら尻尾を振って喜ぶロク。やだもうマジ可愛い。
 こんなに喜んでくれるなら、ステーキどんどんあげちゃう。

「ねえ、ツカサ君」
「あに?」
「僕にもあーんてしてくれないかな」
「寝言は寝て言え」

 はいはい無視無視。ステーキ冷めちゃうから早く食べよう。
 そうして一心不乱に食事を続けていると、廊下からドタドタと煩く走る音が聞こえてきた。その音は、段々こっちへ近づいて来る。
 ……なんだかデジャブだな。いや、まさかな。
 気にしないように努めて食事を続けたが……ロコンのスープを飲んだところで、俺は食事を続けられなくなってしまった。

「おぉおい!! ツカサとやらはどこにいる!!」

 このロコンのスープ味うっすぶはーっ。

「うわっ、きたなっ」
「ぐはっ、げへっ、煩い鼻水中年!」
「ツカサとやらはここにはおらんのか!」

 俺がぶちまけたロコンのスープに俺達がわたわたしている最中も、デカくて煩くてよく通る凛々しい声は誰かさんの名前を呼ぶ。
 ツカサって誰かな。誰でしょうね。
 あの金髪の人煩いね。ホント誰だろうね。
 ブラックは大声を張り上げながら食堂に入って来た人物を気にしてるみたいだけど、そんなことしちゃいけない。目を合わせるなと睨んで首を振る俺に、首を傾げながらも机の上のスープを黙って拭いていた。

「キュ~」
「お前は懐に隠れてな……」

 バレたらあかん、バレたらあかん。
 だらだら汗を流しながら、俺はどうしたもんかと頭を抱える。マジでどうしよう。黒髪なんてこの食堂には俺しかいないよ。なんで名前ばれてんの。
 もしかしてアレ? さっき助けた時にブラックが叫んでたの聞いちゃったの?
 最悪なんですけど……。

「これはこれは、オレオール様。このようなむさ苦しい所にお越し頂いて……」

 料理長か誰かが、金髪大声野郎……ラスターに近付いていく。
 頼む、そのまま気を逸らしてくれ。

「おお料理長。どうだウリボーホッグのステーキは……ってそんな場合ではない。お前、ここにツカサという東方の人間が来ているか解らないか」
「ツカサ……ですか? そのものが何かご無礼でも……」

 恐る恐る訊く腰の低い料理長に、ラスターは胸を張って威厳を示すように腰に手を置く。偉い人のポーズ。

「そやつには俺からの途轍もなく光栄で庶民には得難い大事な話があるのだ。早急に手を回して探させよ。ツカサという東方の人間は食堂に行くと言っていた、間違いない」

 間違いですぅうう。
 心の中で叫びながら机の下に潜り込む。
 なにこれ。なんでこんな事になってるの。

「つ、ツカサ君……あいつ誰?」
「さっきの死にそうな奴……」
「ええ……なんでもう復活してるの……」
「ムムッ、そこの赤髪の冴えない中年! 今ツカサと言ったか!」

 オッサンのバカぁあああ!
 っていうかアイツなんで聞こえてんの、ここからラスターの場所までかなり距離あるでしょ! どう考えてもひそひそ声届かないでしょ!!
 しかしラスターはロックオンとばかりにこちらへ近づいて来る。
 机の下の俺の目の前に、磨き上げられた鳶色のブーツが突き付けられた。それと同時に、上からあの凛々しい声が降ってくる。

「今ツカサと言ったが、そのツカサというのは黒髪の少年か?」

 威圧的で居丈高な上から目線の声。
 相手がどんな顔をしているか俺には解らないが、机の上から小さな舌打ちが聞こえた。あれ、ブラックさんイラついてます?

「聞き間違いではありませんか? 私は貴族様のように部屋中に響く程の偉大な声を発せられる口など持っておりませんので……よく言葉を聞き間違えられてしまうのですよ、はっはっは」

 朗らかな声だ。きっとブラックは笑顔を作っているんだろうけど、内心はイライラしてるに違いない。自分を卑下した言葉の端々から感じる刺々しさが、ブラックのいやらしさを強調している。そうだよなあ、大人ってこういう嫌味を言うんだよ。自分を一段下げて身を守る上に、その言葉で遠回しに攻撃するの。
 親戚の品のいいおば様がこのタイプだった。大人ってマジ怖い。
 でも、ラスターはそんな嫌味なんてものともしない。意味が解ってないだけかもしれないが、上から目線でフンと鼻息を荒くする。

「いいや、俺の神の囁きすら聞き取る麗しい耳はしかと聞いたぞ。お前は今さっきツカサと言った!」
「神様が囁いたのかもしれませんよ。私の声で。イタズラな神様ですねえ、これでは幾ら神の託宣を聞き取れても、間違いかと疑ってしまう」
「く~~~~っ! ああ言えばこういう! いいかっ、ツカサはどこにいるか言え! でないとこの地を出た時の貴様の命は保障せんぞ!!」

 ありゃりゃ、チンピラっぽい脅しになって来た。ラスターって、自惚れが強いだけに煽られるとすぐに激昂しちゃうタイプみたいだな。
 こりゃブラックと同じくらい迷惑なタイプかも。
 しかし同じ迷惑野郎のブラックも流石の物で、ラスターの脅しに動じた様子は見せない。

「貴族であらせられるというのに、蛮人街の人間のような振る舞いも出来るとは……いやいや、感服の極みでございます。大体、何故貴方のような方が自分の足でそのツカサという人間を探しておられるのです。まるで一般人ですよ」
「く……い、致し方あるまい……俺は先程覚醒したし、そやつを俺の家に召し上げるためには直接顔を見んと始まらんからな!」

 …………はい?

「……ええ、っと」

 これにはブラックも言葉が出ないのか、引き攣った声が出る。
 多分、目が点になってるよなコレ。俺もびっくりして固まっちゃったよおい。
 けれどもラスターはべらべらと喋り続ける。

「容姿は中々よいと思ってはいたが、此度こたび、忠誠心を持って俺を助けた事は大いに褒めるべきことだ! 下賤の民である一般人としては類稀なる知性を持っているようだし、この私の寝台に上がるには相応しかろう。よって今からツカサを連れて屋敷に帰ろうと探しているのだ。どうだ、頭がパプロネな庶民の貴様でも理解できたであろう。さあ、ツカサがどこにいるのか教えて貰おうか」

 召し上げるって、なに。寝台って……ベッド? ベッドの上に俺を上げる?
 よし、落ち着こう。静かに深呼吸をしよう。混乱してはいけない、気付かれてはいけない。えっと、これはつまり、あれだ。俺のハイムリッヒ法に感動したラスターが、俺を整体師としてベッドに上げてマッサージさせようとしてるってことだよね? だよね? 誰かそうだと言って。
  まさか、男と男のカップルが当たり前な世界だからって、俺をハーレムではべらす奴の一人として連れて行こうってわけじゃないですよね、って答え出ちゃってますよねこれ。
 俺今だけ鈍感系主人公になりたい! 凄くなりたい!!

「へ、へぇ……そうなんでございますか……しかし本人の承諾なしに連れて帰るのはどうかと……」

 ぶ、ブラック。声が引き攣ってる。頑張れ、頑張れ!

「何を言う! この眉目秀麗にして超絶完璧であるラスター・オレオール様の誘いに乗らぬものはおらぬ! ……いや、その、まあ多分……とにかく、ツカサには俺の屋敷に来て貰う!」

 あ、俺が風呂場で拒否したのちょっと引き摺ってるんだ。
 そんな余計な事を考えている間に、事態はどんどん深刻化していく。

「ほーお、そうですか……どうしても連れて行こうと……」
「お前のようなむさ苦しい中年に用はない。さあ、早くツカサを出さんか」

 ラスターさん、俺机の下に居ますよ。絶対出て行かないけど。
 それにしてもブラックの声がヤバい。完全に底冷えしてる。
 穏便に済めばい――

「僕のものを奪うなら、殺されても文句は言えないけど、いいのかな?」

 穏便んんんんんん!!

「お前のものだと!?」
「ツカサ君は僕の婚約者なんだ、勝手に連れて行ってもらっちゃ困るんだけどね」

 こ。
 こ、婚約者?!

「はああああああああああ!?」

 あっ、やべっ、声出しちゃった。
 
「おお……ツカサ、やはりお前だったか……!」

 いーやー机の下見ないでぇええ!
 美形が朝日の如く暗い机の下を覗きこんできて、俺は慌てて脱出した。
 どこにも隠れる所が無くなってしまったので、とりあえず肉の盾ことブラックの背後に隠れてみる。ブラックは少し驚いたような顔をしていたが、やがてヤニ下がったドヤ顔を存分にラスターに披露しまくった。
 おいオッサン、俺別にお前が好きなわけじゃねえぞ。

「これでお分かりになりましたかな、オレオール殿。ツカサは僕の婚約者ですから、お渡しするわけにはまいりません」
「ぐっ…………っ、ふっ、ふははは。そんなもの妻側が破棄すれば問題にはならん。ツカサ、考えるまでもなかろう。このむさ苦しくて後は老いるばかりの中年と、美に愛された貴族たる俺だぞ? あまりに問題にならないではないか」
「いやー、どっちも嫌ですけど、アンタよりオッサンのがマシです」

 ガンッ、と何かの音が聞こえてラスターが一瞬でえびぞった。
 もしかしてこれはショックな時の行動なんだろうか。怖い。

「はっはっは、僕とツカサの愛は深いんですよ」

 自然と呼び捨てにしてやがるなこの中年め……。後で覚えておけよ。
 勝ち誇った顔でラスターを見下すブラックの横顔を見て、俺はぎりぎりと歯を噛み締める。後でガツンと言っておかないと、コイツの場合はマジで婚約者だと思い込むからな。面倒くさいオッサンだからなコイツ。

「こっ、ここが観光地でなければ今すぐ剣を抜いているものを……! くそっ、お前の言う事が本当かどうか、調べてやる……ツカサ、その名前覚えたぞ! 俺が迎えに来るまで待っているがいい!!」

 流石貴族、去り際もキラキラしてる。
 どうにか危機は去ったみたいだ。でも、この捨て台詞って絶対後々ヤバいことになる奴だよな……。
 ブラックから三歩以上離れて、俺は相手を見上げた。

「なあ、あれヤバくない?」
「大丈夫でしょ。君の籍は探し出せないはずだし、何より君はぽっと出た子だからね。ギルドにも役所にもどうしようもないはずさ」
「まあ、それはそうだけど……その、ここを出た時とか」

 あいつゴシキ温泉郷から出た瞬間に何かするとか言ってたような。
 巻き込まれたらたまったもんじゃないぞ。

「それより……本当に婚約しちゃおっか、ツカサ君」
「は?」
「ほら、これからずっと一緒にいるんだし、そうしたら婚約したほうが色々捗るんじゃないかなあって思って」
「ロク、噛んでいいぞ」
「ごめんなさいもう言いません」

 ここにはゆっくり休みに来たはずなのに、どうしてこう騒動ばかり起こるんだろう。俺もしかして呪われてる? それともこれが黒曜の使者の力なの?
 重ね重ねいうけど神様本当恨みますよ。
 男同士、しかも少年と中年が婚約するのが普通に受け取られてる世界って、どう考えても俺の言った「俺レベルのエロさでも受け入れられる世界」と違うでしょ。マジで。日本人の価値観からしての変態度はいい勝負だけど。

「しかしあれだね。このまま宿にいるのも面倒なことになりそうだし、ちょっくら観光にでも行こうかツカサ君」
「切り替え早いな」
「悩んでも仕方ないもの、なるようになるさ。で、火口でも見に行ってみる?」
「えー……」

 火口かあ。正直俺の世界で何度か見たしなあ。ああいう風に整備してあれば安心できるんだけど、この世界じゃなんか怖い。
 っていうか火口付近とか絶対火属性のモンスター出てきそうじゃん。

「なんでもそこには珍しい薬草が生えてるそうだし、名物もあるとか」
「いきます」

 名物と珍しい薬草と言われちゃ、行かない訳にはなんねえ。
 もしかしたら作れなかった薬も作れるかもしれないし、名物が何かも気になる! 名物に美味いものなしっていうが、それでもやっぱり期待しちゃうのが人情ってもんだ!

「よーし、出発だー!」
「キュキュー!」
「君も結構切り替え早いよねえ」

 いいじゃないか、嫌な事は早めに忘れるに限るってもんだ。





 

 
※長くなっちゃった…すみません(´;ω;`)
 うりぼーほっぐはイノシシの子供じゃなくて
 すごいアレな姿をしたブタさんなのですが、それはおいおい
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