異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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出会うまで編

 前夜

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 人族国家の一つであるライクネス王国は、交易が盛んな国でもある。
 
 この国は大陸を支配する四つの国家の内で『最も武力に優れる』と言われるが、それはあくまでも武術や兵器によるもので、術師の生まれる数は圧倒的に少ない。その為、ライクネスは曜具ようぐによる発展は送れており、一昔前の世界を残した懐かしい風景を保っていた。

 壮年期半ばの赤髪の男にとっても、この風景は懐古の心を煽られる。
 異種族が混じると言えど他国ほど流入していないこの国は、表面的には長閑な国だった。……あくまでも表面だけ、だが。

 そこまで言うのには、理由がある。

 この国は貿易を生業とするものが多いせいか、それとも国家の歴史ゆえか、未だに奴隷と言う制度が名を持って残っていた。
 攫われて連れてこられた子供や見目麗しい者を、この国の人間は平然と商品にして売買しているのだ。そのため栄えた都市にはどこにでも蛮人街が存在し、街の治安は常に不安定となっている。
 勿論、交易都市と名のついたラクシズも例外ではない。
 この蛮人街があるせいで、盗賊と言う下賤の職業がまかり通っているのも、この国の負の部分だ。

 だが、下賤の職業というのは同時に「どんな汚い場所にでも潜める」という利点がある。赤髪の男がラクシズで利用しようとしたのも、そのような蛮人じみた人間達だった。

「蛮人街で情報通といや、娼館やってる『湖の馬亭』の女将ですかね。顔はひでぇが話の質は確かでさ。あそこの娼姫は上玉ってんで上からも下からも人間が来るし、女将も蛮人街に住んでるにしちゃ頭が回る。時々、俺達も情報を買うくれぇだ」
 
 ラクシズに到着してすぐ、酒場の隅に腰かけている情報屋に話を聞くと、そのような答えが返ってきた。
 情報屋と言うのは大抵酒場か街の広場などでたむろしている男なのだが、女でしかも娼館を営んでいるとは意外だった。
 だが、閨房では情報が漏れやすい。
 娼館の女将が情報屋というのも、頷ける話だ。
 早速、蛮人街に向かう事にした。
 
 ――蛮人街は大抵街の外れにある。
 商人や真っ当な一般人はこの街を恐れて殆ど近付かないが、腕に覚えのある者や盗品を扱う者、そして冒険者などは平気でこの地を踏む。
 わざわざ荒れた場所に入る理由は、自らも後ろ暗い者だったり特殊な物を求めたりと様々だったが、この地を訪れる理由で最も多い物があるとすれば、それは「安宿を求めた」か「性欲を発散させるため」の二つに分かれるだろう。

 このうち後者は、実に多種多様な人間の理由となる。
 蛮人街の娼館は、国家非公認のもので質も低い。
 だが、鼻っ面の高い公認娼姫よりも人間味に溢れ堅苦しくない娼姫を求める者は多く、親しみやすくて値段も手ごろな事から、下賤の物から貴族まで皆こっそりとこの蛮人街を訪れていた。
 娼館にも色々あるが、どうかすれば国公認の娼館より稼ぐ一流の娼館もあるわけで、外見はひっそりとしているが、実を言えば蛮人街の娼館は大いに賑わっているのだ。まあ、娼姫の美しさはまちまちだが。

(そういえば、僕が娼館にきたのはいつぶりかな)

 自分自身に問いかけて、赤髪の男は自分の髪と同じ色をした髭をしごく。
 この髭を生やそうと思ってからなので、五年ほどになるだろうか。
 今までずっと隠遁生活をしていた事もあってか、久しく人の肌には触れていなかった。触れてみたいとは思うが、今は生憎とそんな暇がない。

(せっかくの娼館だけど、何も出来そうにないな)

 ふっと苦笑し、赤髪の男は迷いなく【湖の馬亭】の扉を開いた。
 呼び鈴が鳴り、すぐに壮年の女性が奥から出てくる。恐らく女将だろう。情報屋が言っていた通り、確かに目つきが悪いが、抱けないということもない容姿だ。
 矯めつ眇めつしているこちらに、相手は少し不思議そうに首を傾げた。

「初めてのお客さんだね、宿かい? それとも娼姫をお求めで?」
「ああいや、僕は……」

 そこまで言うと、女将は目つきの悪い目を更に細めてにやりと笑った。

「成程、ですが高いですよ。あたしん所のはね」
「承知の上です」
「じゃあ、奥にどうぞ」

 カウンターの向こうにある応接室に通され、赤髪の男は勧められるままにソファに腰かけた。その間に女将は茶を持ってきたようで、些か無遠慮に目の前にカップを置く。粗野な仕草も蛮人街ならではだ。

「で、なんの話を聞きたいのかね」
「単刀直入に言うと、私いま、この街に黒髪の人族がいないか探してるんですよ」
「黒髪ィ? そりゃまた随分と珍しいのを……」
「ははは、わけありでしてね。金に糸目は付けませんので情報を頂けますか」

 女将は難しい顔をして、別の部屋に引っ込む。だがすぐに戻ってくると困ったような顔をして首を振った。

「残念だけど、今の所目ぼしい情報はないね。街にそんな珍しい人族が入ってきたら、他の情報屋の耳にもすぐ入るはずだし……そうだ、ちょっと待ちな。昨日奴隷屋のアビーが珍しい奴が入るって話をしてきたんだ。そいつがもしかしたら、黒髪かも知れない」
「本当ですか! ……あ、でも、何故貴女が奴隷屋と?」
「あたしん所は、使えそうな子が入ると優先的に回してもらうことになってんだ。……アンタ人に言わないでおくれよ。こんな事警備隊に知れたら、ココが潰れちまうからね」
 
 そう言う女将の顔は、一片の邪気もなくただ楽しげに歪んでいる。
 恐らく彼女は奴隷の身分に落ちた人間を娼館に抱えて、磨き上げるのが趣味なのだろう。結局娼姫にするのだからその行動は善とは言い難いが、無残な死に方をするよりはずっとましだ。

 奴隷に身をやつした者は、位の高い人間が口添えしてやらない限り一般人には戻れない。例えどこかから攫われた身分の高い者でも、この国では、攫われた時点で死者として扱われる。籍が抹消されてしまうのだ。
 そうなると、最早真っ当な職に着くのは難しい。
 籍の関係ない場所……蛮人街で暮らすしかないのだ。
 泥水を啜り、砂ぼこりに塗れた残飯を漁って。

 そんな飢えと汚れに満ちた生活を送るよりも、娼館で人を手玉に取る生活の方がマシだと、彼女は考えたのだろう。
 歪んではいるが、それが彼女なりの正義であり優しさということか。
 赤髪の男は彼女の意思に敬意を示しつつ、少し頭を下げた。

「私は客ですからね、告げ口なんてとんでもない。この店は中々優良な店だとのお墨付きがあるみたいですし、そんな勿体ない事はしませんよ。……で、その奴隷とは黒髪の人族なんですか」
「確証はないよ。ただ、その子は少年で、可愛い顔してるらしいってのは確かだ。でも珍しいってだけしか言わなかったから、黒髪かどうかは解らない。それに、アンタが探してる人族とは違うかも」

 確かに、奴隷にされた人間が黒曜の使者というのは少し解せない。
 災厄を齎すという力を持っていながら最下層に落ちるなんて、どう考えても無理がある。奴隷になる理由などないはずだ。

(だが……相手は普通の人族ではない。我々が想像もできないことをしようとしていたとしたら……。なんにせよ、可能性が有る以上確かめない訳にはいかないな)

 そもそも災厄がどんなものかもはっきりと解っていないのだ。ならば、全てを疑ってかかる事から始めるのも必要かもしれない。
 間違っていたなら、その時はその時だ。

「どうする? アビーの話によると明日の朝には来るよ。私んとこは娼姫として引き取るつもりだから、ここに連れて来るけど……」
「ああ。そうか、ここ娼館ですもんね」
「あと情報によると初物だって。それについてはアンタどうする?」

 突拍子もない事を言われて面食らったが、赤髪の男はふと考えた。

(少年の初物かあ。そういえばそれも中々お目にかかれないな)

 近頃は性の乱れかなんなのか、若いうちから恋人がいる少年は多い。
 それに少年少女は襲うべからずという風潮も強まって来ていて、赤髪の男ももうずいぶんと少年の裸と言う物を見ていなかった。
 そもそも少年の娼姫というもの自体、あまり見かけない。
 ここで逃すのは、少し惜しい気もする。

(…………まあ、来るまで解らないし。確かめる事も必要だし)

「どうする?」
「じゃ、じゃあ、お願いします。是非とも。あ、これは情報の前金です。もし本当に黒髪だったら、これのもう半分を後でお支払いしますので、よろしく」
 
 金貨が数枚入った袋を渡すと、女将は目を白黒させていた。
 それはそうだろう。この娼館の部屋を一年借りてもまだ余るほどの金だ。

「こんなに……よっぽどなんだね、その黒髪の人族のことってのは」
「ええ」
「解った。じゃあ、もしアンタのお目当てが違ってたとしても、情報は逐一あんたに届ける事にするよ。それくらいじゃないとこの値段はワリにあわない」
「助かります」

 この女将はやはり頭がいい。過ぎた金は迷惑を生む火種になると解っている。
 情報屋としても手腕が高いようだと満足していると、相手がふと、こちらをじっと見つめてきた。

「あのさあ、あんた」
「はい?」
「娼姫を買うのは良いけど、そのヒゲ……剃りなよ?」
「え」
「初物がヘンな嗜好に目覚めたらこっちも困るからさ」
「は……はは……」

 欲をかいたせいで、素性を隠す道具を失う事になってしまったようだ。






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