1,255 / 1,264
終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編
6.君は何も変わらない
しおりを挟む「こ、この光……どういうこと? 尾井川、お前なんか変な所触った?」
どうしてこうなったのか分からなくて、思わず尾井川に問いかけると、相手は目を丸くして俺に激しくツッコミを入れて来た。
「いやお前も知らねえのかよ! なんかその、シベん所に持って行こうと思ったら、突然変な風に光り出してこうなったんだよ! こ、これ大丈夫だろうな!?」
いくら俺の話を信じてくれたとは言え、尾井川はまだオカルトに懐疑的なスタンスを捨て切れていない。っていうか、そうじゃなくてもこんな風に指輪が光ったらそら当然驚くだろう。信じる信じないの問題じゃない。
俺だって、ブラックから貰った婚約指輪がこんな、懐中電灯みたいに光るのは知らなかったから、ちょっと驚いてしまったが……この指輪は、ブラックが「ツカサ君を敵から守るために」と色々な機能を付けてくれたものだったっけ。
もちろんそれにも限度があるし、基本的に俺は後衛だから、ブラックもそのつもりで作っていたみたいで、剣での戦いに於いてはお守りとして機能しなかったけど……でも、この指輪はレッドに支配されそうになった時に俺を助けてくれたんだ。
それに、この指輪には……――――。
「あっ……!!」
そこまで考えて、俺は慌ててその指輪をハンカチの上から奪った。
光を邪魔しないように指で抓み、そして窓の方向へと指輪を向ける。
すると、なんとその光がバーナーの炎のように膨れ上がり、一方向へと強く放射し始めたではないか。尾井川が「おぉ」と慄くが、俺はその光が最も伸びる方向を探し腕を動かす。どこにあるのかと探っていたら、窓から少し外れた方向に光が伸びた。
どうやらこの方向のようだ。
「お、おい、それ何か解ってんのか」
心配そうな尾井川に、俺は強く頷く。
「これ、多分……対の指輪がある方向を指してるんだと思う」
「そんなアニメみたいな……って、そういう世界なんだっけか、アッチは」
尾井川の呆れたような言葉を聞きながら、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
そうだ。この指輪はこの世界の物ではない。この世界で言う、魔法……曖昧な力が具現化した世界の物なんだ。不思議な事が起こってもなんらおかしくはない。
だけど、まさかこの世界ででも指輪が動いてくれるなんて思わなかった。
レッドの時はピンチだったから発動したわけで、ブラックも「チャージし直さなきゃ」と言ってたから、その「俺を守ってくれる力」が有限である事は想像が付いたけど……それでも、こんな機能があるなんて。
でも、考えてみればそうだよな。
ブラックは記憶喪失の俺を探しに来た時、指輪を頼りに探していたと言っていた。
と言うことは、この指輪には片方の指輪の所在を指し示す機能も有るんだろう。俺は不覚にも人質になる事があるので、その時に助けやすいようにするために、こんな機能を付けてくれたんだろうな……情けないことだが……。
いやしかし、そのヘマが今、こうして奇跡を見せてくれてるんだ。
この指輪が光り、ブラックの指輪が存在する方向を指していると言う事は……。
「もしかしたら……この光の方向に行くと、あっちに跳べるのか……?」
「お、おい、だからって屋上から飛び降りるとかやめろよ」
「それは失敗した時痛いからヤダよ!」
さては尾井川、俺が異世界恋しさのあまりにヤケになると思ってるな。
甘いぞ、俺は避けられる痛みは全て避ける男だ。それに、仮に崖から飛び降りる事になったとしても、失敗して死んだら嫌だし確信が無ければそんな事絶対にしない。
俺だって、死ぬのは嫌だ。生きてブラックに会いたいんだ。無謀な事はしないよ。
そんな俺の軟弱さを知っている尾井川は、すぐに俺の真意に気付いて安堵の溜息を盛大に噴き出した。尾井川はガッチリしてるから息も凄いんだわな。
「それなら良いんだが……行くのか? お前、そのままだと装備ゼロだぞ」
「う……でも、他に服とかないし……」
そう言えばそうだ。飛び出して行っても、この病人丸出しの服では脱走だとすぐに気付かれてしまう。それどころか、狂人かと思われて写真を取られ、いい笑いものになる可能性だってあるぞ。この世界に俺の珍妙な写真が残り続けるのは嫌だ。
さすがにそれは両親にも申し訳ないし……。
「ハァー……。解った、お前の服は俺が用意して来てやる」
「さすが俺の師匠……!!」
「それは良いが……お前、そもそも、アッチに戻る覚悟が本当に出来てるのか?」
「……?」
「戻れば、厄介な役目が待ってるんだろう? それに……お前が数日前にいた場所に戻れるとも決まった訳じゃないんだぞ。その後上手くいく保証も無い。……それが解っていても、お前は本当に異世界に戻るのか?」
「………………」
そう言われると、何も言えなかった。
確かに、そうかもしれない。元の時間軸に戻れる保証もないし、戻った瞬間に俺は【黒曜の使者】でもなんでもなくなっているかも知れない。ブラックを助ける事すらも出来ずにすぐ死んでしまう可能性だってあった。
俺が戻って、ブラックを助けられる保証は無い。
それどころか更に状況を悪化させる可能性だって十分にあった。
そもそも……何の力も無い俺が帰って……どうにか、なるんだろうか……。
「……そっか……俺……あっちに戻っても何も出来ないかもしれないのか……」
もしあの時間に戻れるとしたら、俺は間違いなく戻る事を選ぶだろう。
だけど……今度は【黒曜の使者】として戻れないかも知れないという不安を思うと、さっきまでの勢いが消えて行った。
今度異世界に跳んだら、チート能力すら無くなるかもしれない。もしそうなれば、俺が気付いた本当の【裁定】も出来ず……誰も助けられないだろう。
戻っただけでは、世界が滅んでしまうかも知れない。それどころか、こちらの世界の両親をまた悲しませる事になってしまう。
だとしたら、俺は…………。
「……バーカ、なに似合わねえ深いこと考えてんだお前は」
「うぐっ」
ポン、と頭を強く抑え込まれて思わず呻く。
急に思考を中断されて思わず尾井川を見ると、相手は笑っていた。
「何も出来ないって、出来なくて当然だろ。お前は陰キャのエロオタクだぞ? ……けどよ、だからってお前は諦めるのか? お前はそんな奴じゃ無かっただろ」
「…………」
そりゃ、そうだけど。
思わず口をほんのちょっとだけ尖らせてしまった俺に、尾井川は呆れたような息を吐いて、また頭をポンポンと叩いて来た。おい、やめろそれマジで。
「女子に総スカン喰らっても、バカみたいに頑張って学校に来て、俺達の事だって守ってくれたじゃないか。……何も出来なくたって、お前は最後まで足掻く奴だ。俺達を守るために、一人でガンコに矢面に立って這い蹲る根性を持ってる。……お前は、昔からそんな奴だ。例え異世界で何が有ろうが、なんも変わらねえよ」
「尾井川……」
……俺は、異世界でいろんな体験をした。
自分を庇ったせいで人が死んで、自分が関わったせいで人が死んで、挙句の果てに大事な人を守るために“人だったもの”を殺してしまった。
それでも、尾井川は俺を「変わっていない」と言ってくれる。
ああ、そう言えば……ブラックも、同じことを言っていたっけ。
何が有っても、俺は変わらないんだと。
ずっと自分が見て来た「ツカサ」に変わりないんだと……。
「……俺……人殺しだけど、いいのかな……」
一番気にしている事を言うと、尾井川は背中をバンと叩いた。
「だーから、倫理観が違う世界の事を気にすんなってんだ!! 大体、それでお前が変わったんなら俺はハナからお前とダチになってねーよ、俺の眼力舐めんな!」
「ううう、ひ、ひどい……」
背中も痛いけど罵倒も痛い。
でも、硬派な尾井川が言いたい事はよく解る。
昔から仲良くしてくれた、ちょっと変わった奴。俺のオタク道の師匠。ずっと俺と友達で居てくれた奴の言いたい事は、多くを語らなくても理解出来ていた。
――尾井川は、俺の事を信じてくれている。
どんな事になっても、俺は変わらない、変わってないって言ってくれるんだ。
だけどそれは嘘じゃない。本当にそう思ってくれている。だから、こうもハッキリと俺に言い切ってくれるのだろう。……俺が、自分自身を信じられるように。
ほんと……本当に……俺、人に助けられてばっかだなぁ……。
「ま、お前がどうするかは……お前次第だけどな。だが、俺はお前が何を選ぼうが、全力で応援してやる。後押ししてやるよ。三次元の女のために、こんなに必死になるお前なんて……初めて見るしな。……それに、今が男の見せ時だろ?」
今やらなくて、いつ決断するんだ。
どこかで聞いたような言葉を言われて、俺は思わず笑った。
「ははっ……尾井川って、ほんと……オタクなのに体育会系だよなぁ」
「お前よりは頭良いけどな」
「言ってろ!」
そうツッコミを入れるように言葉を吐き出して……俺は、ようやく解った。
ああ、自分は変わってなかったんだって。
……いつもみたいな、あの世界に行く前の、本当に「いつもの」みたいな会話。
それを、俺はいま尾井川と繰り広げている。
もし、俺が変わっていたとしたら……この世界を振り切るほどに決心して居たら、もう尾井川とこんな風に“いつも通り”に掛け合う事すら出来なかっただろう。
だけど俺は、それを気にしなくても出来ていた。
どれほどあの異世界で衝撃的な体験をしても、それだけは変わらなかったんだ。
――――そうだよ。俺は、いつも何も出来ないただの高校生だったじゃないか。
酷評を跳ね返す力も無くて逃げたし、異世界でもネズミみたいに片隅でちまちまと生きていた。冒険者になってもブラック達の背中に守られて、筋肉も度胸もつかず、いざって時以外は役に立たない事の方が多い奴だったじゃないか。
それなのに泣き喚いて怒ってワガママを吐き出して、優柔不断で八方美人で、何も捨てきれずにクロウの事も結局なし崩しになっちゃって……マジで、情けない。
こんな奴がチート小説の主人公だったら、これほどつまらない物語も無いと思う。それに、守ってやるハズだったオッサン達にも結局丸め込まれたりして、ちっとも頭も力も良くならなかったし……。
……そう。ずっと、長い間旅をしても……俺は、全然変わらなかった。
何も変わらず、そのままの自分でこちらの世界に還って来た。
十七年間生きてきた俺そのままで、帰って来る事が出来たんだ。
――――ブラックの言う通りだったんだな。
自分の中の何かが変化しても、恋人が出来ても、大事なものが移り変わっても……変わらない。俺は、どこまでいっても「潜祇 司」のままだった。
ただ、受け入れる事が出来なかっただけなんだ。異世界での自分を。
『何かが変わっても、本質は変わらない』……ブラックが言っていた言葉の意味が、やっと解ったよ。アレは、こういう事だったんだな……。
ブラックはそれを最初から理解していて、俺を指輪の持ち主に選んでくれた。
尾井川も俺を信じ、変わっていない事を認めてくれたんだ。
だったらもう、答えなんて決まり切っている。
いや、俺は……最初からそれを望んでいて、思いきる事が出来なかったんだろう。自分一人では確信が持てなかったから。だから、尾井川みたいな……俺の情けない所まで全部知っている大事な親友の確かな目で……自分を評価して欲しくて、いままでずっと答えを決めきれなかったんだろう。
…………ほんと、変わって無くて嫌になるよ。
でも、今はそれが……尾井川やブラックが肯定してくれた事が、嬉しかった。
「…………良い顔してんじゃねえか」
目の前の親友にそう言われて、俺は頷く。
誰よりも信じてくれる存在が居るのは、本当に幸福な事だった。
だから俺は…………。
「……尾井川。俺、あっちの世界に行くよ」
「ああ……そうか……」
「でも、ここでお前とお別れってわけじゃないからな」
ハッキリそう言うと、尾井川が片眉を上げて不思議そうな顔をする。
だけど、俺は口元の微かな笑みを深くしてそのまま続けた。
「やっと……俺があっちの世界に転移させられた理由が解ったんだ。……まだ予測でしかないけど、失敗するかもしれないけどさ……やれるだけ、やってみようと思う。もし本当に俺の望み通りになるんだとしたら……きっと、また会えると思うから」
「そんな策が本当にあるのか」
驚くように言う尾井川に、俺は自信を滲ませるように口を弧に歪める。
「あるけど、成功する保証は無い。でもやってみる。……もう、そう決めたから」
「…………お前、ちょっとだけ度胸がついたな」
褒めるようにそう言われて、俺は今度こそ素直に笑った。
→
11
お気に入りに追加
3,649
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる