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終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編
3.学んだ記憶
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また、夢を見た。
だけど今度はいつもと違っていて。
指輪を探す俺の前に出てきたのは、闇じゃ無くて……ブラックだった。
俺との婚約指輪を嵌めて笑っている、ブラックだったんだ。
ああ、そうか。ブラックがずっと俺を呼んでいたのか。
だから、一緒にいようと俺を闇に引きずり込んでいたんだな。
そう理解してからは、むしろそれが幸福な事のように思えてしまっていた。
だって、ブラックと一緒にいられるなら何も怖くない。闇の中だって、二人でなら脱出する事も容易いもんな。それぐらい、ブラックは凄い奴だから。
指輪だって、二人で探せばすぐに見つかる。
闇の中でそう微笑んで抱き締めてくれたブラックに、俺は笑って頷いた。
……そうだよな。いつもそうだったじゃないか。
いつだって俺達は、お互いを見つめて旅をして来たんだ。
お互い完璧じゃないし、約束だって破ってしまうけど。でも、それでも俺達は相手に失望する事なんて無かった。……俺は弱くて、ブラックは稀に見る外道で、お互いそれを理解していたから、それでも受け入れたから、信じていられた。
俺には……俺だけには、優しい。
最後の最後で絶対に助けに来てくれる。ブラックは、そういう奴だから。
だから……目が覚めた時、俺は久しぶりに呼吸が出来たような心地がした。
朝が清々しいと思ったのは、久しぶりだったかもしれない。
それくらい、心が軽くなっていたのだ。
自分でも不思議だけど、でも……それを言うのなら、昨日の夜の一件の方がもっと不思議だった。俺はアレを夢だと思っていたんだが、どうやら違ったらしい。
いや、鏡の中の事は幻覚だったかもしれないんだけど、どうも警備のおじさんが例の“黒い水”を見たらしいんだよな……。
それに、俺の点滴が外れているのもしっかりと目撃していたらしい。
だから朝の交代の時に、俺にこっそり「昨日、確かに凄い水漏れしてたよな?」と不思議そうに聞いたり、点滴針が外れた腕の事を心配してくれたんだと思う。
アレは、確かに現実の事だったんだ。けれど、あの“黒い水”は一瞬で消えてしまい俺も倒れたスタンドも濡れる事は無かった。水漏れの報告もナシだ。
この件を、警備のおじさんが寝不足で見た幻覚だと思い込む事も出来たけど……俺は、昨日の事を信じたいと思うようになっていた。
……俺の中の記憶は、記憶でしかない。嘘か本当かも解らない記憶だ。
だけど、警備のおじさんがもし本当に「なにか」を目撃したのだとしたら。
なら、もしかして……俺は本当に、異世界の記憶を持ってるんじゃないのか。
オカルトとしか思えない事象が、もし本当に起こっていたとしたら……俺は、もう一度あの世界に帰れるんじゃないのか?
そう思うと、なんだか心が逸ってどうしようもなかった。
――――無論、勘違いだった可能性もある。集団幻覚かも知れない。
けど、ソレを信じられなくなったら俺はもう二度と異世界に行けない気がする。
でも、だからって全てを信じるのも危険なんだよな。
だから、疑いは捨てなくて良い。それが俺を冷静にして、本当か嘘かを見分ける慎重さを与えてくれるから。もしそれらが全て「俺の狂った精神状態」が見せた夢だとしても、真実が訪れるまでは信じていたって良いはずだ。
あの世界でも、そうだった。
信じることから曜術は生まれる。その人を信じる事で、相手も信じてくれる。
なにより、自分の力を信じない事には冒険者なんて到底出来ないんだから。
そう思うと、にわかに力が湧いて来て。
……ブラックの夢を見ただけで元気になるなんて、我ながら笑えないくらい恥ずかしい事だけど……でも、アイツがいつも俺を元気付けてくれたのは事実だもんな。
そんな夢を見ては、泣いてばかりもいられない。
ブラックは、いつだって俺の事を助けに来てくれた。
別の世界だってのに、夢の中でまで俺を励まそうとしてくれたんだ。
例えそれが都合のいい夢だとしても、構わない。
俺の記憶には確かに「ブラック・ブックス」と言う人が存在していたって事実が、今は一番大事な事だったから。
「よし……じゃあまずは……宿題を片付けるか…………」
朝から元気になったは良いが、そういえば部屋に積み上げられた悍ましいブツをすっかり忘れていた。シベが持って来た「毎日の宿題」だ。今日、この宿題の一部が完成しているか見に来るとか恐ろしい事を言っていたので、やらねばならない。
幸いな事に今日は医者も警察も来ないみたいなので、それだけは良かったなと思いつつ、俺は夕方になるまで辞書やノートと首っ引きでなんとか宿題をやった。
久しぶりの勉強は、やっぱり頭がパンクする。
普段も赤点ギリギリなのに、良く考えたらなんでこんな勉強してるんだろう。
シベや尾井川の要点を抑えたありがたいノートのお蔭で、なんとか尾井川達が来る前にギリギリ完成したけど……なんかもう、口から数式とか文が零れてる気がする。
夕方にやってきたシベに確認して貰い、なんとか及第点を貰ったが、多分明日にはもう忘れてしまっているだろう。シベもそう思っているのか、超イケメン眼鏡キャラまんまで冷ややかに目を細めて俺を見ていた。
……友達だから許すけど、イケメンって本当にいけ好かない奴だと思う。
俺を励ましてくれるヒロやクーちゃんには感謝しつつ、今日も恙なく終わったな……と思っていたのだが。
「…………ぐー太、ちょっと良いか」
「んへ?」
みんな帰ったと思いきや、何故か尾井川だけが部屋に残っていたのだ。
そう言えば……尾井川、ずっとなんか変だったよな。
いつもたくさん喋るって訳じゃないし、教室の片隅とか人がいない所以外での公共の場所じゃエロ話だってしない、意外と常識のある奴だけど……なんていうか、今の尾井川はいつもの調子じゃないなって感じというか。
もしかして何か怒ってるのかな。いや、それなら尾井川の事だからゲンコツを俺に振るって来るはず。そもそも他人にイライラとかぶつけないタイプだし、俺に不満があるなら、ハッキリ言うもんな……。
だったら尾井川自身に何かあったんだろうか。
思わず心配になって顔を歪めてしまうと、相手は深い溜息を吐いて首を振った。
「違う違う。俺じゃなくて自分の事を心配しろお前は」
「あれっ」
「ったく、やっと元気が出たかと思ったら、前以上に判り易い顔になりやがって」
えぇ……俺、前から表情判り易かったの……?
ブラックにはすぐに見破られるから、てっきりアイツが凄まじい眼力の持ち主なんだとばかり思ってたのに……なんかショックなんだけど……。
「ああ、ちょっと待て…………よし」
しょんぼりしている俺に構わず、尾井川は一度外を見て、鍵をロックする。
そうして部屋の中を逐一調べ始めた。何をしているのかと思ったけど、これは多分盗聴器を探してるのかな?
「ある?」
「いや……無いみたいだな。ひとまずは安心だ」
そう言いながら、尾井川は椅子を持って来て俺のベッドの隣に座った。
よく解らないけど……盗聴器まで探して、立ち聞きされないように鍵を掛けたって事は、何かよっぽど重大な話をしようって事だよな。
一体なにを聞かされるんだろうかと緊張して尾井川を見やると……相手は、お饅頭みたいに膨らんだニキビ頬を掻いて少し目を反らした。
なに、なんだっての。
「……お前…………本当に、大丈夫か」
「大丈夫って、何が?」
「いや、その……」
要領を得ない。もしかして、俺が失踪した時のことで何かトラウマを抱えてるんじゃないかと思ってるのかな。それならこんな感じになるよな。
でも、悲しいことは有ったけど別にトラウマになるような事は無い。
……そうか。尾井川がいつもと違う感じがしたのは、俺に対して何を言ったらいいのか解らなかったからだったんだな。
尾井川って、自分の気持ちをあんまり外に出さない硬派だから、こういう時につい黙っちゃうんだよな。そっか、そういう奴だったなあコイツ。
なら、俺は普通に答える他ない。
「俺は大丈夫。元気になったから」
「……本当か?」
「なってなかったら素直に宿題なんてやってないよ。ズル休みしてみろ、シベに絶対気付かれて怒られるぞ。あいつマジでそういうとこ怖いからヤなんだよ」
そう言って肩を竦めると、尾井川は少しだけ表情を緩めた。
……ああ、そう言えば……昔から、尾井川には隠し事も出来なかったな。
俺が悲しいのを堪えてると、なんでか尾井川だけにはバレちゃって、バカみたいに我慢してんじゃねえってゲンコツ喰らったっけ。
でも、そのゲンコツもちっとも痛くないゲンコツで、むしろ俺に泣く切欠を与えるみたいな……優しい拳で。俺はいっつも尾井川に助けて貰ってたな……。
「…………ありがと、尾井川」
「なんだよ急に、気色悪りぃな……。いや、そうじゃなく……ぐー太、お前……本当に、失踪した間の事は覚えてないんだよな」
先回りして自分から伝えたことを、尾井川は何故か今一度確認して来る。
……異世界なんて信じて貰えないのが普通だし、俺も考えるのに疲れ果てていて、深く考える事すら放棄していたから……尾井川達にそう最初に伝えたんだよな。
それだけで何となく「あ、聞いちゃいけない事っぽいな」ってみんな解ってくれたみたいで、何も言わないでいてくれたけど……そっか、やっぱ気になるよな。
けど、こんな話をして尾井川が真面目に聞いてくれるだろうか。
尾井川は俺のオタクの師匠みたいなもんだし、ミエミエの作り話にも乗ってその後にツッコミを入れてくれるけど、真面目な「チート妄想」に対してはシビアだろう。尾井川はオカルトに興味が無いリアリストだからな。
そんなリアリストな親友に、自分の頭が狂ったかのような話をするのは……少し、気が引けた。だけど、何故だか急にブラックの顔が思い浮かんで、それではいけないのだと俺は思い直した。
ああ、そうだ。ブラックの事で散々悩んで、俺は「自分の正直な気持ちを伝える」という事がどんなに大事かを散々思い知ったじゃないか。
例え嘘だと思われても、失望されても、信じて欲しいなら伝えない理由が無い。
相手を信じているのなら、なおさら……例え一笑に付されても、伝えなければ。
そう考え、俺は息を吸うと……尾井川に向き直った。
「……じゃあ……聞いてくれるか」
「…………良いのか?」
恐らく尾井川は、悲惨な想像をしているのだろう。
その想像を覆す夢みたいな話をしたら、どうなるのか。考えると少し怖かったけど――俺は、まず自分がどういう経緯であの神社から消えたのかを説明した。
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