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終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編
1.違う世界
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目が覚めると、俺は沢山の人に囲まれていた。
初めて見る白衣の人……お医者さんと、看護士さん。それに俺の父さんと母さん。
てっきりそれだけだと思ったのに……その中には、俺の友達が混ざっていた。
親友の尾井川と、高校に入ってから友達になったシベとクーちゃん。俺の幼馴染で最近再会したヒロも、泣きそうになりながら俺の事を見つめていた。
けっこう硬派な所のある尾井川ですら、ちょっと涙を浮かべてたんだよな。
両親とヒロが涙ぐむのは解るけど、まさか友達全員が俺の事をそうやって心配してくれると思わなかったから、本当にありがたかった。
でも……そんな周囲の人達の喜ぶ姿を見ていると、心苦しくなってくる。
俺は、望んで帰ってきたわけではない。
本当はこの世界を捨てた人間で、こんなに喜んで貰えるような奴じゃないんだ。
そう思う度に、母さんに抱き締められても、父さんに頭を撫でられても、ヒロにぎゅっと抱き着かれても……申し訳なさが募るばかりで、とても辛かった。
だって俺は、この世界を捨てた人間なんだ。
一番大事な人の為に、もう二度と会えないと覚悟して捨てたのに――みんな、何も知らずに俺の事を心配して、良かったねと言ってくれる。
たくさん話しかけて、俺の事を励まそうとしてくれるんだ。
それが、どうしようもなく……つらい……。
唯一、尾井川だけは俺の気持ちを察してくれたらしく、何も言わないでいてくれたけど……本音を言えば、今は誰とも話したくなかった。
しかし、こっちの世界では今まで行方不明者だった俺は、ずっと黙っている訳にも行かなかった。両親にだけでなく、お医者さんや警察と話をしなければならない。
どうして警察が自分から俺の所へ、と思ったのだが……どうも、俺が「この世界に戻って来た時の姿」が問題だったらしい。
まあでも、当然だよな。
お医者さんが言うには、尾井川とヒロが俺を見つけてくれたらしいんだが、こちらに帰って来た時の俺は服を血塗れにした状態だったらしい。それに、まだ治り切ってない首や胸、腹の傷があまりにも不自然だったから、警察が動いたようだ。
……まあ、そうでなくとも神隠し状態で失踪したわけだから、事件性が有るかどうかを判断するために事情聴取には来たんだろうけど……まずい服装で転移させられてしまったなあ……。
なんせ、服に付いていた血は俺の血液だ。
それは鑑識か何かの鑑定ですぐに解っている事だろう。
普通に考えて、服を染めるくらい血を出していたのに数時間で目が覚めるのは変だとしか言えない。こっちではそうなんだ。でも、俺はあちらの世界ではファンタジー体質になっていたから、暫く何がおかしいのか気付かなかったんだよな……。
だから、病院のベッドの上で警察のお姉さんに事情聴取を受けた時、暫く何が変なのか解らず、それどころか異世界ボケが全く抜けてなくて「薬を使ったらすぐに治る傷なので……」とか言ってしまい、更に心配されてしまった。
こっちでは薬だけで治るもんじゃなかったのを、すっかり忘れていた……。
おかげで警察の人に数日監視される事になってしまったが、今の俺は動けないし、動く気力も無かったのでもうそれはどうでも良かった。
父さんと母さんに「学校は、しばらく療養してから復帰しよう」と言われたけど、それすら現実味が無い言葉に思えて、俺はベッドの中で永遠に眠ってたかった。
もう、なにも、興味が無い。
天井を見ても、外を見ても、違う世界みたいで酷く違和感がある。
薬品と清潔な布のにおい。香水みたいな洗剤のにおい。古びた木の匂いなど無く、草木の香りもしない。なにより……いつも傍に居てくれた、狭い部屋で小さいベッドで一緒に寝ていた、迷惑な二人のにおいが、しない。
それが酷く苦しくて、気分が悪くなった。
けれど少しでも外に触れたくて、ふらつく体で窓を開けようとしたが、警察の人に「君は今有名人だから、それは危ない」と言われて止められた。
そもそも点滴を打たれていたから、危ないって事も有ったんだろうけど……。
どうも、俺が発見された事がどこかから漏れて、外には知らない野次馬がたくさん集まっていたらしい。でも、そんなの俺にはどうでもいい事だ。
どうでもいい事なのに、窓を開ける事すら、今の俺にはままならない。
外の空気に触れる事すら出来ない自分がなんだか凄く悔しくて、その日はベッドの中で泣いてしまった。
……目が覚めて、色んな人と話をして、疲れていたのも有るのかも知れない。
とにかくもう、人に会いたくなかった。
でも、泣いたって次の日はやってくる。
誰とも会いたくなくても、警察やお医者さんが来たら会わなければならない。
お医者さんに「栄養失調どころか、資料より肉付きが良くなってるね」と言われたのには少しだけ笑ってしまったけど、思えばそれが帰って来て初めて無意識に笑った出来事だった。今まで、笑う気力すらなかったから。
いや、少しだけ「あちらの世界」との繋がりを実感出来て、だから嬉しかったのかな。だって、今の俺には何も無かったから。
服は没収されたし、血も洗い流された。傷はこの世界でだって出来る物だから、あっちの世界のものだとは言えない。なにより、一番大事な物が……ない。
ずっと胸にあった感触が、無かった。それが一番悲しくて、仕方なかったんだ。
まるで、もう二度とブラックに会えないと言われているみたいで……――。
「……ブラック…………」
夜中に目が覚めて、誰も居ない個室でそう呟く。
カーテンで閉め切られているのに月明かりはやけに明るくて、それだけはこっちの世界でも同じなんだと思うと、なんだか無性に心がささくれた。
胸を掴んでしまうけど、もう、そこには何もない。
この薄水色の病人服も、自分の服じゃない。
でも、今しがた見た夢は……いつもの、あの世界の服装の、俺で。
……なんとも、悲しい夢だった。
真っ暗な空間で、俺はずっと失くした指輪を探しているんだ。何故か夢の中の俺は「絶対に見つかる」もんだと思い込んでて、必死に闇の中を探していた。
そこがどこかなんて考えもせず、闇の中をもがいていたんだ。
すると、闇がボコボコと泡のように浮き上がって来て、指輪を探す俺を捕え闇の底に引きずり込もうとして……俺は、その時ずっとブラックの名前を呼んでいた。
必死に呼んだけど、でも……起きたら、ここだった。
俺が選んだ世界じゃなく、俺が元いた世界に戻って来てしまっていたんだ。
まるで、全ては夢だったんだよと言われているかのように。
異世界での事も、俺が特別で厄介な存在だったことも、長い旅も、出逢った人達も、大事な人の事も、その人から貰った……指輪も、全部。
全部夢だったんだって、突きつけられているみたいだった。
「夢……だったのかなぁ……」
この三日、ずっとそうだった。夢は真っ暗で、探しても何も無い。
確かに異世界で着ていた服もなくなって、傷だってもう治りかけていて……俺には何も残されていない。全部夢だったみたいに……なにも、なかった。
「……っ…………」
このまま、忘れてしまった方が良いのかな。
もう二度と戻れないのなら、夢だって思った方が良かったのかな……?
「やだ……やだよ……ブラック……ブラック……っ!」
いやだ、忘れたくない。夢だったなんて思いたくない。
本当だったと信じたい。俺は確かにあの異世界に居たんだと。
あの世界に、自分の命を捨てても良いと思うほど大事な人がいたんだと。
「っ……う……う、ぅうう゛……っ」
この場所では、大声で泣けもしない。
声を押し殺して泣かなければ、誰かが気付いてしまう。俺を心配してしまう。何がそんなに悲しいのかと問い質されてしまう。
この世界には、理由がいる。ただ泣くだけでも誰かの目に留まれば説明しなければならなくなる。ただ泣く事すら、今の俺には許されていない。
だけど、それがこの世界を捨てようとした罰だと言われたなら、もう何も言えなくなりそうで誰かに吐き出す事すら出来なかった。
――――この世界の俺には、大事な人の名前をただ呼ぶ事すらも、許されない。
それが何よりも、つらかった。
俺が今まで精一杯積み上げてきた思いすら、ここでは「何も存在しない」んだ。
いずれ、傷も消える。もう、俺には何もない。
でも、だったら俺の中に残ってる記憶は何だと言うんだろう。これもいずれは夢だと言われてしまうんだろうか。俺が長い間妄想していた、色んな漫画や小説が混ざる都合のいい長い夢だったと思い込まされてしまうんだろうか。
そんなの、嫌だ。絶対に嫌だ。
俺は確かにあの世界に居た。あの世界で、ちゃんと生きていた。
大事な人の為に……衝動的に、人すら、手にかけて……。
「っ……う……ぅ、ぅう…………」
そんな人間が、今更普通の生活をして良いものだろうか。
この記憶が嘘じゃないなら、俺はこの世界では狂人じゃないのか。
それも忘れろと言われるんだろうか。妄想だと笑われてしまうんだろうか。
俺はあの時の感覚を……ブラックとクロウが死んでしまうかも知れないと言う恐怖を、確かに覚えているのに。
「夢じゃない……夢じゃ、ないのに……っ!」
けれども、それを証明する術など、俺には無い。
ただ、頭を抱えて布団に顔を押し付ける。
今からただの高校生に戻れと言われたって……もう、戻れそうになかった。
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