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終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編
信じて、待っていた
しおりを挟むかつて、世界は六度巡りました
一巡する世界は再判定され、失敗と成功に分かれました
成功、失敗、失敗、成功、判定不能、失敗
変化によって何度となく繰り返された世界は
無限の時間によって積み重なり
不自然を常態化し通常へと成す工程を経て巡ります
成功を判定する存在は世界の外で監視を行います
失敗を判定する存在は世界の中で行動を行います
――――変わり巡る、それが世界と言う物の輪廻転生
不変を望む時、世界は終わり隔てられる
世界は、既に六度異なる一巡を全うした
七度目は、いずれ失敗する世界
終わる世界
滅ぶ世界
失われる世界
何もできず、何も変わず、何も選ばずとも誰も指図しない
世界は、ただの世界。滅ぶとて生きるとて、ただの世界
例え神と言う存在が失われようが、何も変わる事は無い
不変を、望む限りは
◆
「ま、待ってよぉ、尾井川君……っ、足、早いよぉ……っ」
背後から、男らしくない情けない声が聞こえる。
その声に苛つきを覚えたものの、仮にも友人である相手に怒鳴るのは失礼だろうと必死に抑え込んで、尾井川は脂肪と筋肉で太く固められた首をやっと動かし鬱陶しい背後を見やった。
「遅いぞ野蕗、毎日登っといてなんで毎回息切れしてんだよお前は」
そう言いながら下を見やると、長身で肩幅の広い大男が身を屈めながら、手すりを掴み必死に急な石段を上がって来ている姿が見えた。
ひいひいと息を漏らしながら、顔をしょぼくれた犬のように緩めて、なんなら顔中の汗が涙や鼻水に見える。もしかしたら見えるのではなく本物かもしれない。
その姿と言ったら哀れの一言で、同じ男として同情を禁じ得なかった。
(ったく……相変わらず言動で全部台無しなやっちゃなコイツは……)
自分の親友の幼馴染という肩書が無ければ、交流する事も無かっただろう。
そもそも尾井川はこういう“誰かに酷く執着するような”軟弱な男が嫌いだった。
しかし、そんな奴を親友が甘やかして友人だと言うのだから、仕方なくこの男とも友人として付き合い、最近は同じ目的の為にやっと彼の行動にも慣れて来たのだ。
……とは言え、それでも苦手意識は拭えなかったが。
(そもそも、なんでコイツはこんだけ恵まれた容姿のくせに、ソレを無駄遣いするんだ。どうせなら俺に寄越せっての)
少し長めの前髪に癖のない陰鬱そうな黒髪。目尻は鋭く酷薄そうな印象を与えるが、しかし下がり気味の太眉が彼の容姿を和らげていて、がっしりした顎としっかりとした高い鼻梁は彼の顔立ちが“きちんとすれば”整っている事を表していた。
野蕗千尋という男は、本当に勿体ない男だ。
しかしそう思うのも、尾井川が己の容姿に少しだけコンプレックスを持つせいかも知れないが。……なにせ、この体は固太りで横にも前にも太い。
全てが肉という訳ではないが、筋肉に上乗せされて余計に太く見えてしまう。
そのうえ、顔も今時のイケメンという訳ではない。頬は膨れ男らしくブツブツしているし、眉は太い。スッキリした目と言えば聞こえはいいが、要するに一重だ。
そのお蔭で「強そうだ」と思われるし、実際強いと己で自負してはいるが、やはり女性に好かれる容姿となれば、野蕗を羨まずにはいられなかった。
(……そんなこと考えてる場合じゃないか。今日も一応、見ておかないとな……)
野蕗が追いつくまで待とうと、尾井川は再び前方……いや、上を見やる。
長く急な階段。相当に古いこの石の階段は劣化しており、所々すり減って斜めになったり割れて適当に補修されたりしている。
それだけでも相当な歩き辛さなのに、そこかしこに草が芽吹き、酷い時には青々とした苔が植わっている。段が狭く急で、長身で足も大きい野蕗や、柔道の修練だけのせいではない横に太い尾井川のような体格の物には非常に辛い道のりだった。
だが、ここを登らない訳にはいかないのだ。
「ふぅ……。ったく、アイツよくこんな所でサボってたな……」
自分の親友は、とある失敗でクラスの女子から信用を失い、いじめにも近い仕打ちを受けていた。最初は耐えていたのだが、最近は流石にクラスの空気に耐え切れなくなり親に内緒で授業をサボり、ここ古い石段の先にある神社に来ていたのだ。
勿論、自分達はそれを知っていて黙っていた。
……いや、彼の「失敗」は自分達にも非があるのに、彼はその事をむしろ否定し、自分が集中砲火を受けるだけで良いと友人の尾井川達を庇ったのだ。
だから、尾井川と他の友人達は彼が受ける行為を黙認するしかなかった。
庇えば同じ仕打ちを受けると彼に言われた事に怯え、隠れてしまっていたのだ。
それがどれほど愚かな事か、考えれば過去の自分を殴り倒したい衝動に駆られたが……今更遅いだろう。自分の過ちを悔やむのなら、やるべき事がある。
その一つが、この石段の上の神社に毎日詣でる事だった。
「ね、ねぇ……はぁっ、はぁ……つ、つーちゃん……っみ……み、みつかる、かな」
吃音を漏らしどもる癖がある、美形が台無しな野蕗。
やっと一段下までやってきた相手に、尾井川は目を細めて息を吐いた。
「見つからなくても何百回も探すしかねえだろ。ぐー太は、この神社に来た。確かにここで、消息を絶った。なら、俺達は手がかりを探すしかない」
「で、でも……鑑識さん……っ、来ても……何も……うっ……うぅ……」
「泣くな! ったく……いいから登るぞ!」
「うぁあ、ま、ま、待ってぇ」
こんな奇怪極まる人種が現代に存在していることの方が驚きだが、それが現実なら自分の親友も――――ツカサも、もしかしたら、まだ無事なのかも知れない。
いや、もしかしたらではない。どうか、無事でいてほしい。
そう願わずにはいられなかった。
もしこの世界に神という非現実的な存在がいるなら、その存在に土下座をしてでもツカサを見つけてやりたい。最早、オカルトに頼る事も例外ではなくなっていた。
彼が消えてから、もう二週間だ。
友人の中で最も広い交友関係を持つ奉祈師部――シベが様々な所に情報を提供して貰っているが、未だにツカサの行方は杳として知れない。
ニュースも新聞もネットも、最早誰も「突如失踪した十七歳の少年」の事など話題に出さなくなった。もし犯罪に巻き込まれているとしたら……絶望的だった。
だが、諦めたくない。
こんな自分に心底懐いてくれていた親友を、たった二週間という短いタイムリミットで見放してしまいたくなど無かった。
今まで彼を矢面に立たせていた贖罪の気持ちだけではない。
ただ、元気な姿が見たい。昔からずっと変わらずに自分の親友で居てくれた大事な友人の無事な姿を、一目で良いから確かめたかった。
(ぐー太……どこにいるんだよお前……!)
階段を上る足が、知らずに逸る。ツカサの姿を思い出すたび、心の中に言い知れぬ焦燥感が募って堪らなかった。
どうか、いつもの元気で天真爛漫な姿を見せて欲しい。
悲しい思いなどしていなければそれでいい、だから一度だけ無事だと知りたい。
しぶとい彼が死んでいるはずがない。絶対に、生きている。そう信じたいから。
だが、この古い神社の階段を上るのも今日で何度目か。
登校前に確認し、帰宅時にもう一度確かめる。休日はトレーニングと言いながらも、不安でどうしようもなく何度も何度もここを駆けあがり下った。
けれど、それだけでは見つかろうはずもない。ただの高校生でしかない自分達にはそれぐらいしか出来なかった。
自分がどれほど彼に救われたかを思うと、何も出来ない事が苦しく悔しい。
だが、確かに野蕗の言う通りだった。
鑑識が神社をあらかた浚って行っても何も見つからないという話だったし、捜索願を出してもそれらしい情報は集まらない。本当に神隠しにでも遭ったようだった。
それなのに、自分達が探して見つかる物があるなんて普通なら考えられない。
だが、それでも何もせずにはいられなかった。
(チッ……胸糞悪い……何が【禍津神】だよ……いかにもな災いを運びそうな名前しやがって……)
禍津神の「禍」は、災いを表す。漫画や小説では良く出てくる漢字だ。
こんな名前を付けているのだから、寂れたとて当然とも言える。ツカサも恐らくは、こんな場所に人など来ないだろうと思い、よくここへ避難していたのだろう。
その気持ちを思うと、胸が痛む。膝が悲鳴を上げるよりもっと痛かった。
(ぐー太……頼むから、証拠の一つだけでも、何か……)
何か一つだけでも、手がかりが欲しい。
そう思いながら、階段を駆け上がる。最早背後で呻く男を待ってはいられない。
今度も草の根を分け地面を這い蹲ろうが証拠を探してやる。なんどだって、何かが得られるまで探してやる。全ての人間が諦めても、自分は絶対にあきらめない。
大事な親友の無事が判るまでは、何度でもこの神社に訪れるつもりだった。
「……ッ、はぁっ、はぁ……っ!」
もうすぐ頂上が見えてくる。そうなれば一息置いて、慎重に鳥居の根元から中へ目を向け再び「なにか」を探すのだ。今度こそ、彼の足跡を見つける為に。
そう決心し、あと数段の階段を駆け上ろうとした、刹那。
「――――ッ!?」
急にめまいがして空間が歪んだような感覚になり、思わず手すりを掴んだ。
だが、体も地面も揺れてはいない。地震かと思ったがそうでもないようだ。
ならば何が起こったと言うのだろう。考えて……――――
何か、虫の報せともいうべき妙な予感を感じた。
「あっ、お、おっ、おい、かわく……っ」
野蕗の声を振り切って、階段を駆け上る。
古びた石の鳥居をくぐると、そこには申し訳程度の短い参道が前方に伸びていて、ボロボロに朽ちかけた小さな社と森が広がっていた。
後ろを振り返るが、石のベンチとやけに頑丈そうな柵だけで、他は何もない。
こっちではない。森だ。森に何かある。
そう思い、社の方を見て尾井川は目を瞬かせた。
「……なんだ……?」
社が……いや、社の裏の方が、何か光っている。
妙な光だ。煌めく黒の光なんて、見た事も無い。
何が起こっているのか解らないし、自分の目がおかしくなった以外に説明のしようが無かったが……言い知れぬ予感は、その「社の裏を覗け」と訴えていた。
「……っ…」
にわかに胸が騒がしくなってきて、なるべく足音を立てずに近付く。
何が居るかすらも解らないその場所を、社の影からそっと覗く、と。
(なんだ……これは……!?)
思わず声が出そうになって、思わず口を塞ぐ。
社の裏の、低木と草叢で隠れた森の中。その一角に、謎の黒く煌めく光と金色の光の粒子が散っていた。まるで、星のない夜空を飛ぶ蛍の光のようだ。
思わず息を呑み、それと同時に強烈な異臭が漂って来て、尾井川は口を塞いだ手で更に鼻まで覆った。この異臭は、嗅いだことがある。血の臭いだ。
(まさか……)
黒の光が収まって行く。
それと同時に黄金に光る粒子も減り、一か所に収束されていった。
もう、何も迷う事は無い。口を覆った手を離し草木の中に分け入る。
その先に有った、黒い光に守られていた、“それ”は。
「ぐー太……!!」
血塗れになって、ボロボロの服でぐったりと倒れている少年。
それは間違いなく……自分の親友である、潜祇 司だった。
「おいっ、おいぐー太、しっかりしろ!!」
小学校の頃からのあだ名を叫びながら、抱き起そうと駆け寄る。
すると、相手の目が開いて……ゆっくりと、ぎこちない動きでこちらを見た。
「ぁ……あ゛…………」
「良かった……お前、い、意識があるんだな!?」
思わず泣きそうになるが、涙を堪えて尾井川はツカサのすぐ傍に膝をつく。
血塗れと言う事は、どこかを損傷している可能性が有る。下手に動かしては危ないと思ったのだ。だが、ツカサは尾井川に気付いたのか、何だか必死に泣きそうな顔を歪めて胸に自分の手を持って行った。
「ぐ、ぐー太……?」
「う゛……」
苦しそうに呻きながら、ツカサは必死にシャツを引っ張る。
どうしたのだろう、胸が苦しいのだろうか。思わず近寄ろうとした尾井川に緩く首を振り、そうしてツカサはシャツの中から何かを取り出すと……その「何か」を握った手を、こちらに伸ばしてきた。
「…………?」
受け取れと、言うのだろうか。手を差し出すと、ツカサは力なく手を開いた。
尾井川の厚い掌に、何かが落ちて来る。それを思わず握った。
「っ……て…………たの、む……まも……っ……ぇ……」
手が、力なく地面に落ちる。
ツカサは、涙を零しながら必死に尾井川に何かを訴えていた。
きちんとした声にならない言葉を何度も繰り返して、体を震わせ泣いている。
その姿を見て、尾井川はとにかく頷いた。
「わかった、解ったからもう喋るな! とにかく救急車を呼んでやるからな……!」
「っ…………」
「お、おいぐー太!」
尾井川の返事を聞いて、ツカサが力なく弛緩する。
一瞬焦ったが、どうやら気を失ってしまったようだ。しかし、だからといって安堵する事など出来なかった。
「おっ……お、ぉ……おい、かわく……っ、なん、で……そこ……っ」
ぜえはあと判り易く息を切らせながら、社の影から野蕗がやってくる。
しめたと思い、尾井川は怒鳴るように叫んだ。
「野蕗、どっかから毛布持ってこい! 俺は救急車を呼ぶから!」
「えっ、ええ!?」
「いいから早く! ぐー太……ツカサが死ぬぞ!」
その言葉に、社の陰に居て姿が見えないはずの野蕗の雰囲気が変わった。
いつもとは違う、どこか言い知れぬ怖気を感じさせる空気。その空気のまま、相手は踵を返して階段を勢いよく降りて行ったようだった。
……これで、安心だ。あの男はツカサの事になると異様な力を発する。
そこがまた気味が悪いのだが、今思う事でもないだろう。
とにかく助けを呼ばなければと連絡を取りつつ、尾井川はツカサを見た。
(ぐー太……。お前……本当に、今までどこに居たんだ……?)
謎の光を追及する気は無い。自分の幻覚である可能性が有るからだ。
だが、それを置いておくとしても……この状況は、異常だ。
自分達の学校の制服とは全く違う、ボロボロになった謎の服装。
それだけでも不可解なのに、ツカサの服は血に塗れている。しかも、さっき何かにぶちまけられたかのように色は水分に満ちて鮮やかだ。
もし、誰かにここに放置されたのだとしたら……何故こんな事をする必要があったのだろうか。ツカサに対して何か恨みがあったのか、それとも……。
(……今考えても判る訳がないか……とにかく、生きてくれていて、良かった……)
託された物を強く握りながら、尾井川はそこで全身の力が抜けるのを感じた。
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追記:3.21
忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。
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