異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

26.誰かの願いは誰かの罪

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   ◆



『覚悟は決まったのか』

 隠し部屋の水路から出て、モニタールームの中。
 薄暗い空間で、俺とブラックとキュウマは顔を突き合わせていた。

「決まったから来たんだろ。ここに来てなに今更なこと言ってんの?」

 キュウマを完全に敵と見做したからか、ブラックの声は昨日よりも辛辣だ。
 しかしそれをキュウマも解っているだろう。クロウが俺達の話を聞いていたと言う事は、彼もどこかで俺達の話を聞いていたはずなんだから。

 ……昨日は泣き過ぎて、頭と感情の留め金がバカになってて、我慢しきれずに色々ブラックに喚いてしまって本当に恥ずかしい。
 あ、あんなワガママ放題で、他人の事も何も考えてない子供みたいな事言って……ううう……返す返すも本当に情けないったらない……。
 一晩おくと冷静になると言うが、こんな状況ではいっそ冷静になりたくなかった。

 でも、今から行う事に一々泣いたり喚いたりはしていられない。
 その段階はとっくに過ぎたんだ。だから俺は、ブラックと一緒に居る。
 自分で決めた事だから、もう迷ったりしない。

『……ツカサから話は聞いたんだろう』
「ああ聞いたね。お前の勝手で胸糞悪い計画も全部。だが、僕達はお前の自己満足に加担する気は無い。ツカサ君を思い通りにはさせないからな」

 憂鬱そうな声を漏らすキュウマに、ブラックはハッキリと言う。
 いつの間にか俺の肩を抱いていたが、恥ずかしいのに何故だか今はその手を拒否し難くて、俺はただブラックと引っ付いてしまっていた。キュウマの前なのに。

 そんな俺の態度が目に余ったのか、キュウマは眉を吊り上げ眉間に皺を寄せた。

『お前達……ッ、いつ破滅するかも判らないんだぞ!? お前らのせいでこの世界が消滅してもいいのか、お前はコイツが神になって悲惨な運命を背負っても良いってのかよ! それでも恋人なのか!?』

 まくしたてる相手に、ブラックは何の感情も無い目で黙っている。
 そうして、目を細めて口を開いた。

「なんで恋人ならツカサ君を解放しなきゃいけないの? ツカサ君がそれを望んでるワケじゃないのに、どうして他人のお前の言う事を聞かなきゃならないんだ」
『ッ……』
「僕は世界なんてどうでも良い。明日破滅するなら勝手にすればいいさ。それより、ツカサ君が僕の傍にずっといてくれる方が何万倍も大事だ。どうせ滅びる世界なら、それが早まろうが遅くなろうが結局変わんないんじゃないの? そんな見通せない事を考えるより、僕はツカサ君と好き勝手して最後まで楽しく生きたいよ」
『お前……っ、人の心と言う物が無いのか!!』
「あるからツカサ君を帰したくないって言ってるんだろ。バカじゃないの? お前」

 人に易々と暴言を吐くが、それもまたいつものブラックな訳で、しかも今はその……正直な話、俺もあまりそれを止めたくは無かった。
 ブラックに喋らせるなんて卑怯者のやる事だと思うけど、俺にはここまでさらさらと言葉を吐き出す事なんて絶対出来ない。でも、ブラックと俺は同じ気持ちだった。だから、キュウマにもブラックにも悪いけど止める事は出来なかったんだ。

 けれど、ブラックの冷静な罵倒に怒ったのか、キュウマは俺達を睨み付けて来て。

『お前達……本当に、それでいいと思ってるのか……!? 何億もの生物が一瞬で、お前達のせいで死ぬかもしれないんだぞ……!』
「お前のせいだろ。問題をすり替えてんじゃねえよクソ眼鏡。元はと言えばお前達が考えなしに“ことわり”を無視して譲渡なんかしたから世界が狂ったんだろ? それなのに、なんで僕達がそれを清算しなくちゃなんないんだ?」
『ぐ……』

 ブラックの言葉に、キュウマが言葉を失う。
 だが、よほど腹に据えかねていたのか、ブラックは俺を深く抱き込み牙を剥いた。

「元はと言えば、お前が余計な事をしたからこんな事になったんだろうが!! よく調べもしないで勝手に実行して勝手に世界を狂わせた。全部お前らのせいだ!!」
『やめろ……やめてくれ……ッ』
「世界を救いたいならお前一人でやってろ。僕を、ツカサ君を巻き込むな。お前達が僕の世界を狂わせた、僕のツカサ君を苦しめた、僕はお前を一生許さない。この世界の何もかもが崩れるとしたら……お前のせいだ……!!」
『――――――……ッ……!!』

 やりすぎだと思う。
 でも、ここで俺が「やりすぎだ」と窘めたって偽善者にしかならない。ブラックの言葉と同じ事を、俺は心のどこかで思っている。理不尽だと怒っているんだ。
 まだ「俺が神に成れば……」なんて自己犠牲の気持ちが無いとは言えない。目の前で頭を抱えているキュウマに同情しないとも言えない。

 けれど俺は、決めてしまった。
 一番最悪な答えかも知れない事を、決めてしまったから。

『…………お前は……お前は、それで……いいのか……悪名を背負う覚悟が、あると言うのか……?』

 抱えた頭をほんの少しだけ上げて、やぶ睨みのようになってキュウマは俺を見る。
 俺はその顔に驚くほど冷静な気持ちで……頷いた。

「俺は、帰らない。神にもならない。最後まで足掻いてみる。……でも、その代わりに、俺に出来る事が何かないか、この世界で探すつもりだ。例え俺の役目が神になる事だったとしても……俺は、別の道を探してみせるよ。だから……それで許してくれないか、キュウマ……悪い事は、全部俺が代わりに背負うから……」
『俺達の【神格】は拒否できる物じゃないと言っただろう……!』
「じゃあ、なんで今までツカサ君は【黒曜の使者】のまんまだったの?」

 ブラックの声に、キュウマは目を丸くして顔を上げる。
 虚を突かれたような顔だ。だけど確かに、言われてみればそうだった。
 もし俺が「神として据えるため」にこの世界に転移させられたんだとしたら、最初から【黒曜の使者】じゃなくて【神】で良かったはずだよな。

 神の座が本当に空席なら、旅の途中で変化してもおかしくなかったはずだ。
 現に、キュウマは「ここまで来れたならいつ神になっても変じゃない」と言った。なら、俺の力は既に神と対決出来るほどになっているという事になる。それでも、俺は何も変わらなかった。ここまでずっと【黒曜の使者】のままだったんだ。
 いつ【神】に変わっても、おかしくないのに。

「ブラック……」

 思わず呼びかけると、ブラックは菫色の瞳で俺を見た。
 真剣で、強い視線。本当に大事な事を語る時のブラックの目だ。
 その瞳に思わず胸の真ん中に有る指輪を握ると、相手は口だけを弧に歪めた。

「そう、矛盾があるよね。ツカサ君が【神】に成るべく召喚されたとしたら、世界を混乱に陥れる災厄じゃなくて【神】で良かったはずだ。だけど、そうならなかった。今もずっと、ツカサ君は【黒曜の使者】で居続けている。もしそのことに意味が在るのだとしたら――――足掻く時間は、まだ有るんじゃない?」

 その言葉に、キュウマが沈黙する。

 俺は思ってもみなかった答えをブラックから貰って……言い知れぬ気持ちで、胸の中が一杯になった。

「ツカサ君、また可愛い顔してる」

 真剣な光を失わない目を笑みに歪めて、こんな状況だってのにブラックは嬉しそうに俺の頬を指で揉んでくる。だけど、その指がどうしようもなく温かくて。
 思わず顔を歪めてしまった俺に、ブラックは笑みを深めた。

「一緒に居られる時間は、長ければ長い方が嬉しいもんね。……ねっ、ツカサ君」
「っ……あは……っ、なん、だよ……それ……」

 本当に、ブラックには敵わない。
 俺が混乱して何も思いつかなくても、答えを見つけて導いてくれる。
 未熟で弱くても、なんだかんだで手を引いて俺を奮い立たせてくれる。

 ブラックは好き勝手に発言してるだけなのかもしれないけど、俺にとってはそれが何よりもありがたい事のように思えた。

『…………本当に、帰る気は無いのか』

 キュウマが、ぽつりと言葉を零す。
 その言葉に俺はゆっくりと首を横に振った。

「ごめん、キュウマ。もう、気持ちは変わらない」

 はっきりとそう言いきると、キュウマの体が揺らいだような気がした。
 何かおかしい。そう思った瞬間に、キュウマはまた頭を抱えて俯く。再び動揺しているようだった。

『じゃあ……俺が今まで、こんな姿になってまで、ずっとこの世界で生きて来た努力は、俺がこうなった意味はどうなるんだよ……!!』
「それはお前が決めた事で、僕達が背負う事じゃない。そもそも、お前の話を聞いてやっただけでありがたいと思うべきじゃないのか? そういうものだろ。どれだけ努力しようが、頑張ろうが、結局は自己満足だ。自分はこんなに頑張ったんだって叫んでも、誰にも見向きされなければただの徒労でしかない」
『………………』
「世界を救いたいと思うなら、お前が救え。僕達は好きに生きる」

 冷たい表情で、笑みも無くキュウマに言い放つ。

 たしかに、そうだ。どれだけ努力したって、歯を食いしばり頑張ったって、誰かに理解して貰えなければ、それはただの自己満足でしかない。それを「何故誰も解ってくれないんだ」と嘆いたって、どうしようもない事なんだ。俺にもその気持ちは痛いほど解る。自分がミスをして名誉挽回するために行う努力は、最も理解されにくい。

 自分の評価が地の底に堕ちていればいるほど、努力は「当然の事」で、頑張った事すらも「ないこと」として受け取られてしまいがちだった。
 キュウマの辛い気持ちは……もしかしたら、俺が一番よく解るのかも知れない。
 だけど、それでも俺だって貫きたい気持ちが有る。キュウマを悲しませても、絶対に譲れない物が有るんだ。

 俺の肩を強く掴んで引き寄せてくれるブラックの手を、失いたくない。
 そう思うほど、俺はこの世界に染まってしまったから。

『お前達は……俺の最後の願いすら叶えてくれないのか……』

 キュウマの悲しみにくれた声が俺の方を向く。
 その言葉に俺は目を瞬かせた。

「最後って……」
『俺は、もう持たん。いずれは【神】の称号の余韻も消えて完全に塵になるだろう。そもそも……俺は、もう【神】であって【神】ではない。自分が何者かすらも曖昧なだけの存在になってしまったんだ。……だから、最後だけは……自分が消える前に、一つだけでも【神】らしく誰かを救おうと、約束を果たそうと思ったのに……』
「で……でも、大地の気さえあればなんとかなるんじゃないのか?」

 諦めるには早い。思わずそう言ったけど、キュウマは首を振った。

『称号が無い異世界人は、本来この世界に居てはいけないものだ。そう決まっている。だから、ナトラも消えた。俺がここに居るのはバグみたいなものだ。もう、元の世界にも帰る事が出来ないし……この世界で生きる事すら、出来ない』

 だからあんなに俺に「帰れ」と言ったのか。
 自分の境遇に想う所があったからと言うのもあるだろうが……一番は、何も出来ずに消えてしまう自分に恐怖を覚えて、何もなしていない事が悲しくて、だから……。

「でも……キュウマだって、まだ生きたいんだろ……? だったら、俺が帰らずに、気を送ったりして、どうにか……」
『俺はバグみたいな物だと言っただろ!! 俺だって……俺だって帰りたい、家族に会いたい、大事な奴と生きたい……! せめて、もう一度……消えるなら、もう一度だけでも……自分の世界に……帰りたかった……っ』

 涙が流れて行く。冷静だったキュウマが、眼鏡を除ける暇もなく上に押し上げて、顔を手で覆って泣いていた。

 ……そうか。キュウマは、この状態で長く生きたせいで色々な記憶を失っていた。
 その中で残ったのが「望郷の念」だったんだ。……だから、俺を必死に元の世界に帰そうとしていたのかな。それが一番幸せだって思ったから。

 いや……この世界で結ばれた女の子達の事もあったから、余計に必死だったのかも知れない。だって、この世界は自分の大事な人が暮らした世界なんだ。
 例え彼女達がいなくなっても、幸せであってほしいと願うもんだよな……。

「…………そっか、キュウマも……自分の願いを、叶えたかったんだな」

 ふと、言葉が口をついた。
 キュウマがゆっくりと顔を上げて俺を見るけど、言葉を撤回する気は無かった。
 ただ、少しブラックの手から離れて、キュウマに近付いた。俺より背の高い、本当は俺と同じ年齢だったキュウマに。

「キュウマが俺の都合なんてお構いなしに『願いを叶えたい』って思ったように、俺もブラック達と一緒に足掻きたいんだ。それが破滅する事に繋がったって良い。お前だって……帰った後俺がどうなろうが、どうでも良いと思っただろう?」
『そ……そんな、俺は……』
「同じことじゃないのかな。世界と俺が同価値なんて言うつもりはないけど……でも、アンタなりふり構ってないだろ? ……だから、俺もなりふり構わない事にしたんだ。だからさ、どう転ぶか解らないいけど……見守って、くれないかな」

 半透明のキュウマの肩に触れるように手をやり、大地の気を注ぐ。
 それくらいしか出来ないけど、触れる事すら出来ないけど、解って欲しい。
 元々俺達は、利己的な生き物だ。物語の中でだって、他人の事など関係なく自由に生きて好き勝手に爆走するのが一番気持ち良いと思ってる。

 だからこそ、一番大事な願いだけは諦めたくない。
 思いがぶつかるのなら、負けたくない。他の全てが誰かに負けたってそんなのどうでもいい。だからこの願いだけは……絶対に、負けて失いたくなかった。

『…………ツカサ……』
「絶対に、ただ待つだけなんて事はしない。最後まで足掻いてみるから。アンタの事も、このまま死ないよう考えるから……だから俺達のワガママを、許して欲しい」

 そう言うと、キュウマは少しだけ顔を下へ向けて目を伏せる。
 だけど、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。
 俺と同じ、濃い琥珀色の瞳で。

『…………わかった。もう、お前達の邪魔はしない……』
「キュウマ……!」
『……そうとなったら、生成装置を早く壊してしまおう。時間は有限だ。案内する』

 急に気持ちを切り替えたのか、キュウマは俺達を導き始める。
 その背中から、キュウマが少し自分の顔を拭ったのが見えたが……何も見ないフリをして、俺達はただ付いて行った。

 モニタールームで確認した「件の部屋」は誰も居なかった。キュウマの言う通り、クロッコは早朝から昼にかけて眠るようだ。都合のいい睡眠時間だなと思いつつも、廊下を進みここへと入って来たトイレの入口を越えて、奥へ向かう。

 すると、右へ逸れる突き当りが有って、そこを曲がると長い一本道が見えた。
 だが、扉は一つしかない。左側の壁に一際大きな両開きのドアがあるだけだった。

『ここだ。元々ここは召還儀式の場として一際大きく作られていたが、何物かに改変された時に奥へ押し込まれてこの場所に隠された。この部屋に生成装置がある』
「ツカサ君を帰す胸糞悪い装置も?」
『……もう言うな…………』

 ブラック、ここぞとばかりに攻撃してくるなオイ。やめて、頼むからやっとまとまった話を蒸し返さないで。ブラックを窘めて抑えつつ、俺はキュウマに聞いた。

「開ける方法は?」
『権限がいる。が、あのモニタールームと同じだ。この遺跡はグリモアか神か黒曜の使者でなければドアが開かない“決まり”がある。改変されても、そこは揺るがない。だから、改変した奴は元々の設備全てを奥へ押しやったんだろう』

 なるほど……ブラックが「地図が何か変だ」と言っていたのは、元々のテウルギア遺跡を捻じ曲げたからだったんだな。
 しかし、ちっと歩いて地図を見ただけでよく気付くよな。それが歴戦の冒険者ってモンなんだろうか。俺もいつかは、そうなれたら良いんだけどなあ。

「じゃあ、僕が開けても問題ないね」
『待て、グリモアでは罠が発動するかもしれない。ツカサ、触れてくれ』
「う、うん……」

 キュウマの言い方からすると、グリモアは認証相手としては一段落ちるのかな。
 でもまあ、グリモアって元々は神の敵だから、敵対してるグリモアが攻めて来たら困るし当然か。それに、クロッコが事前に「このグリモアを持つ者だけは排除しろ」なんて命令をどっかで入力しているかも知れないし……。

 それなら、最高権限らしい俺が開く方が安全か。
 俺はキュウマに言われるがままにドアの方へ歩いて行くと、大扉の横に有る四角く出っ張った所に触れた。刹那。

「うわっ……!」

 何かが起動するような音が響き、円と線を無数に走らせた不可解な文様が一気に扉全体に現れる。緑色の光を放つそれらは煌々と輝き、扉を左右に開く。
 古代遺跡によくある仕掛けではあるけど……やっぱりちょっと驚いちまうな……。

『さ、早く中に』

 キュウマが壁をすり抜けて部屋の中に入る。だけど、ブラックは俺の肩を掴み押し留め、自分が先に部屋の中に入った。

『……なんだ』
「ツカサ君は部屋の外で待っていてもらう。装置を壊すだけなら僕一人で充分だろ」
『俺はそんなに信用がないのか?』

 うんざりしたように言うキュウマに、ブラックは睨むような視線を送った。

「お前みたいな奴は信用しない方が上手くいく。そもそも、さっきまでツカサ君の事を強制的に帰そうとしてた奴を信用出来るとでも?」
『…………解ったから、さっさと装置を壊してしまえ……』
「ツカサ君、そこで待っててね! すぐ終わらせるから」

 そう言いながら、ブラックは上機嫌で歩いて行く。
 ……昨日「不意に行動されないためにも、絶対に部屋には入らない」と決めたとは言え、ブラック一人で大丈夫だろうか。古代の遺産だし、無事に壊せるかな。

 何だか心配になって来てしまい、俺はドアの端に縋りついて必死にブラックを視線だけで追いかけた。











 
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