異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

  悪魔2

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「ツカサ君に口でシて貰った事を言ってるのかな。覗いてたなんて悪趣味だなぁ」
「ッ……!! 違うっ、俺はツカサが心配で……!」
「心配? 心配だからなに?」

 心配だから、恋人同士である自分達の事を覗いたと言うのだろうか。
 しかしその事とは違う部分にブラックは苛立ちを覚えて、掴みかかって来た相手を睨み付けた。

「心配だから後をつけて来たのか。心配だから黙って見てたってのか? ハハハッ、笑わせるね……心配心配って、簡単に口にするなよ小僧」
「この……ッ!」

 小僧、と呼ばれた事にカッとなったのか、相手の拳が振り上がる。
 だがそれを寸時で捕えて、ブラックは握り潰さんばかりの力を加えた。

「この、なに? この野郎? 何それナニサマの言葉? あのさあ、この際だから言うけど、お前調子に乗りすぎなんだよ。ツカサ君の友達ってそんなに偉いのか。僕達の愛し合ってる行為に対して上から目線で説教垂れるほど位が高いってのか?」
「何が……ッ、愛し合ってるだ……!! あんなのは、ツカサを言葉で支配して、好き放題に犯してるだけじゃないか……ッ」

 この程度で痛がるような顔をするなんて、馬鹿なのではないだろうか。
 モンスターの骨を砕くほども行かないのに、これでツカサの事を「心配している」だなんて笑わせる。大体、この小僧が心配したからどうなるというのだろうか。善意の押し付けでしかなく「心配するだけ」で実際は何も出来ていない癖に、自分の無力さを棚に上げて逆上するなど片腹痛い。

(そもそも、お前が僕とツカサ君の何を知ってる。お前に僕達の絆が理解出来るとでも言うのか? 出来ないからこんな下らない事を言いに来たんだろ。それすら自分で理解出来てないのに、ヤケになって僕に当たるのはやめてほしいね。まるでご婦人方の癇癪病みたいだ。思い通りにならない事を人に当たらないでほしいよ)

 そもそも、ツカサの心配をしているというが何故それでここまで怒るのか。
 ブラックには今の今まで「友達」というよく解らない物が居なかったから解らないが、この単語を指す存在がこうも献身的ではない事だけは知っている。

 だからこそ、解るのだ。この小僧が本当は何に怒っているのかも。
 故に、目の前の小僧が睨み付けて来るたび苛つきが募って行った。

 ――――もう、うんざりだ。
 思わず相手の拳を砕いてしまいそうな衝動を抑え込みながら、ブラックは最大限に怒りを抑え込んだつもりで、口を開く。
 ……その声は、自分でも驚くほど低く唸るような声だった。

「好き勝手言ってくれるね……部外者の癖に……」
「グッ……」
「お前に何が解る。僕達の何が判る? お前はツカサ君が僕に何をくれたのか、何を受け入れてくれたのか解るのか。ツカサ君が今までどんな苦しみを負って、ずっとすっと旅を続けてきたのかお前は全部解ってるってのか? 解る訳がないよなだってお前は部外者だ。友達とは名ばかりの赤の他人なんだからな!!」

 汚らしい物を掴んでいたくないような衝動に駆られて、相手の手を離す。
 が、勢いが付き過ぎたのかそれなりに体格の良かった体が簡単に吹っ飛んだ。
 鈍い音を立てて床に倒れ込む相手に、追い打ちをかけて足で踏みつけてそのまま内臓でも潰してやりたい気分だったが、必死に押し殺しブラックは続けた。
 もう、言葉が止まらなかった。

「いいかクソ小僧、お前はツカサ君の何も知らないんだよ何も解ってないんだよ!! ツカサ君は僕を恋人だと認めたんだ婚約者だと指輪も受け入れてくれたんだ、僕のためなら股だって簡単に開いてくれる!! それは僕達が愛し合っているからだ、お前の薄っぺらい『心配』なんか欠片もいらねえんだよ!!」
「ッ、う゛……っ。この……ッ、クソオヤジ……!」
「本性が出たなクソガキ……! 何もやましい事なんて考えてないって振りをして、ツカサ君に近付いた挙句に、案の定ツカサ君をいやらしい目で見やがって……ッ! お前の魂胆なんかお見通しなんだよ!!」

 そう、最初からこの男はそうだった。
 普段は曜具以外の何にも興味が無いというような顔をしているくせに、ツカサの前に来ると露骨に態度が変わって、必死に好かれようと媚びる。
 あれが「友達」という物の行動なのだとしても、ブラックにとってこの小僧の行動はただの「好きなメスに言い寄るオス」の行動にしか見えなかった。

 同じオスであるが故に……いや、多くの欲望を見て来たが故に、解るのだ。
 この小僧が「友情」とやらを盾にして、ツカサに近付こうとしていたのが。

 …………だから、酷く不快だった。
 この男とツカサが仲良くするたびに、ツカサの魅力をこの男が思い知り更に恋慕を募らせていく様にどうしようもなく殺意が湧いた。
 あまりにも目に余る行為をこの男が続けていたから、ブラックも対抗したのだ。

 セックスしている所をわざと見せつけて、ツカサは自分の物だと思い知らせた。
 あえて目の前で愛し合う所を見せつけ「お前の入る隙間は無い」と牽制したのだ。

 ――だが、それでも、この忌々しい小僧はツカサに近付いてきた。

 それだけでも深い極まりないのに、今度はブラックに見せつけるように、今まで以上にツカサに接触し肌に触れるようになったのだ。
 これが調子に乗っていないと言うのなら、どんな単語を当てはめろというのか。

 この小僧は、明らかに調子に乗っていた。
 ツカサの心を奪うつもりで、虎視眈々と彼に触れ表面だけの優しい言葉を掛けて、ツカサを絡め取ろうとしていたのだ。

(本当に忌々しいガキだ……ッ!!)

 こんな状況でなければ、ツカサがこの小僧を「友達だ」と言わなければ、今すぐ切り刻みながら燃やしてやると言うのに。せめて、拳の一発でもくれてやるのに。
 ツカサが居る状況では、何も出来なかった。

 そんなブラックの悔しさを理解しているのか、倒れた相手が立ち上がる。
 技師とは思えない胆力ですんなり立ち上がった姿に少し瞠目すると、相手はニヤリと笑って顔の汗を腕で拭った。

「お、まえ、から……絶対に……ツカサを、救い出してやる……」
「拐かすの間違いだろクソガキ……!」
「いいや……“救う”だ。……これで解った……お前はツカサの優しさに付け込んで、その欲望をぶつけているだけだ……あの“悪しき禁書”の暴走によって……!」
「――――っ」

 悪しき、禁書。

 その言葉を聞いた瞬間――――体が、強張った。

「……図星か……。ハハッ……結局、お前もそうだ……大人は、痛い所を突かれたら沈黙する……まるで曜具みたいに沈黙して動かなくなる……!」
「ッ……ぐ……」

 今度は、自分が呻いている。
 その事に体の芯から屈辱が沸き起こって、焼け死にそうだった。

「お前は禁書の力を制御出来ていない、制御出来ているつもりで今も侵食されているんだ……! その禁忌の力に溺れた悪業の使途が、人を愛するだなんて片腹痛い……どうせお前は今まで欲望のままに好き勝手してきたんだろ……!」
「う……うる、さい……」
「本当に人を愛すると言う事がどう言う事かすら理解出来ていないくせに、ツカサの事を愛しているだなんて簡単に言うな!! お前がやっている事は、お前の欲望を満たすだけの浅ましい行為だ、そんなのはツカサのためなんかじゃない……。断じてツカサの幸せなどではない!!」
「――――――ッ……!」

 頭が、ぐらついた。

(…………幸、せ……。しあわせ……? ツカサ君、の……つかさくんの……)

 それ以外に何も繰り返せない。
 さっきは数えきれないぐらいの罵詈雑言が頭に浮かんでいたと言うのに、この小僧の予期せぬ言葉一つで、その全てが無に消え去ってしまった。
 もう、今は、何も思い浮かばない。
 ただ小僧の怒りに任せて嘲笑うような声だけが聞こえていた。

「俺はまだお前に敵わない……だが……お前があくまでもツカサを支配しそれを“愛”だと嘯くのなら…………俺は……お前とを手に入れてやる……」
「…………ん……だと……」

 がんがんと痛む頭を抑えて、振り向いた相手の顔は――――

「絶対に…………お前からツカサを奪ってやる……ッ!!」


 煌々と光る赤い目を見開き、鋭い牙を剥き出しにした……

 悪魔のような、顔だった。


(――――――……は…………はは…………)

 悪魔。
 ツカサの幸せを願うのが悪魔なら、自分はそれ以外の何だと言うのだろう。
 悪魔以上に邪悪な存在が在るのだろうか。邪悪。神でもない自分が、神と同等の邪悪にでもなったと言うのだろうか。

 笑えない。悪魔に幸せを選定されるなんておかしな話だ。
 だが「ツカサの幸せ」という言葉を突き付けられて……何も、言えなかった。

 考えても解らなかった、その言葉の意味。
 あの男が「ツカサの幸せのため」と身を引く姿を見た時から酷く記憶に残って、思い出すたびに何故か頭を描き乱すほどの焦燥感が沸き上がった。

 それが、なんなのか解らない。考えたくも無い。ツカサの幸せは自分の隣にいる事でしかないのだ。だからこそ、その言葉が気に入らなかった。
 自分の感覚を肯定しようとして、何度も「幸せだよね」と無意識に囁いていた。
 だが、それで心が落ち着く事など何もない。解っていた。
 解っていたが……どうしても、そうせずにはいられなかったのだ。

(なんだよ。幸せって、なんだ。解んないよ。ツカサ君の幸せってなんなの? なんで他人がそんな事を簡単に言えるんだよ解んないよ解んないよ解んないよ!!)

 わかるわけがない。
 何故なら自分は、ツカサと出会うまで「幸せ」なんて知らなかったのだから。
 ツカサと触れ合う事で知った感情ばかりで、他人の言う「幸せ」なんて判りようが無かった。だからこそ、他人の言う「ツカサの幸せ」が怖かった。酷く不快だった。

 ツカサはブラックを愛しているのだから、一生を共にすると誓ったのだから、それで良いではないか。それで生涯離れられなくなったではないか。
 それなのに、どうして「言葉」で邪魔をする。

 ツカサの「幸せ」などという意味不明な単語で、自分達を引き裂こうとするのだ。

(嫌だ……絶対に……絶対にツカサ君を離すもんか…………ツカサ君は僕と一緒に居て幸せだ、そうに違いない、絶対にそうだ、絶対にそうなんだ!!)

 部外者に、何が分かる。
 絶対に解らない。自分達がどれほど愛し合っているのかなんて、絶対に。
 ……だが、解らないからこそ……他人は、自分達を冷静に見ていられるのだ。

 その事を知っているがゆえに、ブラックは最後まで「幸せ」についての反論を、何一つ述べる事が出来なかった。













 
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