異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

17.愚かな選択

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『早く!!』
「ッ……!」

 声が、俺を叱咤するように叫ぶ。

 その頭を震わせる激しい「言葉」に俺は我を取り戻し、ブラック達の方を見た。
 息を飲む。残りの五体が俺の蔓を引き千切り、大きな腕で地面を蹴ってブラック達に再び襲いかかろうとしていた。

 まずい。あの勢いで五体も来られたらブラック達は対応できない。
 今だって亡者を斬ったばかりで剣も爪も攻撃力が鈍っているだろう。振るって血を落とす暇さえない速度で襲って来られたら、次の攻撃が出来ない。
 まさか亡者達はそれを狙っているのか。

 その俺の予想を裏切らず、亡者達の二体が飛び上がり三体が地上を飛んで二人を囲むように飛び込んでくる。ヤバい、動きを読まれている。
 ブラック達が飛んで避けられないようにしているんだ。

「ブラック、クロウ!!」

 思わず叫んだと同時、亡者の兵士達がブラック達に向かって腕を振り上げ一気に殴り潰そうとした、が、間一髪でブラックとクロウは亡者達の隙間を縫い地面を滑ってその囲いの中から抜け出した。
 よ、良かった。ブラックとクロウは無事だ。三体に減ったことで囲みに隙間が出来て脱出する事が出来たんだ。

 しかし、だからと言って安心という訳ではない。

『早く……早くしろ……! あいつらを止めるんだ!』

 声が俺を急かす。だけど、相手がもし凶暴性を高めただけの「生きている人」なら、その生命活動を止めると言う事は「その人の命をとめる」に他ならない。
 ……知らなければいい。戦っていれば、それすら仕方がなくなる。
 だけど俺は彼らと相対している訳ではない。直接剣を交えている訳ではない。
 遠くからブラック達を支援するだけの後衛……いや、後衛にもなり切れない卑怯者でしかないんだ。それなのに、自分の手を汚す事も無く相手を「とめる」なんて。

 そんなの。
 そんなの…………殺人と、一緒じゃないか……っ!!

「ああっ!!」
「っ!?」

 マグナの声に、いつの間にか俯いていた顔を上げる。
 見た、視線の先には。

「あっ……ぁあ……!!」

 四体の腕の攻撃を必死に二体ずつ抑え、徐々に押されている二人と……――

 その二人を、背後から殴り殺そうと腕を振るって駆け寄ってくる一体の亡者。

 ……そんな絶望的な光景が、あって。

「あ、ぁ……――――!!」

 ハッキリと、胸の中が凍りついた。



 ――――死ぬ。

 今度こそブラックが、クロウが、死ぬ。



 その予感にも似た「結論」だけで頭の中がいっぱいになり、動悸が激しくなる。
 見開いた目が痛い、喉が痛い、頭がガンガン痛くなって目の前が白く霞んでしまいそうになる。目の奥が熱くなって、今にも叫び出しそうだった。

 だけど、今見ている光景は酷く遅くて。
 まるで……あの時…………ブラックが片足を斬られた時と、俺が浮島から落ちた時みたいに、ひどくゆっくりと動いている。
 それがどんな状況なのかなんて、もう、イヤと言うほど解っていた。

 ……殺される。今度こそ、ブラックとクロウが殺される。
 そんなの嫌だ、二人が傷付くのは嫌だ、負けて欲しくない傷付いて欲しくない死ぬなんて絶対に嫌だそんなの許さない絶対に絶対に絶対にいやだ……!!

「ぅ……あぁ……ああぁあああああ!!」

 もう、何も考えていられない。
 それだけはもう嫌だ、絶対に嫌だ、死なせない、誰も死なせないもう誰も死なせたりなんかしない。あんなことに、あんなことになるのなら、俺は

「――――――っ、け…………蔦よ、貫けぇえええええ!!」

 叫んだ、瞬間。


 緑色に光る無数の蔦が俺の肩口まで一気に這い登って、立ち尽くした俺を下から照らすように、線と縁で構成され繋がった不可思議な魔法陣が展開した。

 その光に呼応するように蔓が蠢き凄まじい速度で増殖していく。
 増え、連なり束ね、鋭い一本の槍のように引き絞られたそれは――――動けないブラック達めがけ拳を振り下ろそうとしていた亡者に襲い掛かった。

「なっ……!?」
「ッ、グ……!?」

 ブラック達の声がする。
 だが、蔓は動きを止めずに素早く亡者の巨大な腕に巻き付き、ギリギリと音がする程に絞めて固定すると、そのままとがった先端を……。

「あっ……あぁ……!!」

 その、槍の穂先のように尖らせた先端を――
 腕の付け根に突き刺し、兵士のぼろきれのようになった体を貫いた。

「ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――ッ!!」
「~~~~~ッ!!」

 悲鳴が聞こえる。もう生きていた頃のように機能する事のない喉を必死に鳴らし、兵士が痛みに叫んでいる、断末魔の声を上げている。
 その声と共に、兵士の体からどろりとした暗い赤色の液体が噴き出す。
 鮮血とは違うような、だけど、鮮血にしか見えない何かの液体。

 やっぱり、それは――……。

「ッだあぁっ!! いつまでも張り付いてるんじゃねえ!!」
「グァアアアア!!」

 ブラックとクロウの咆哮のような鋭い声が部屋に響く。
 瞬間、二人がそれぞれ二本の腕を押し返して距離を取った。

 クロウが体勢を低くして、ブラックは赤い炎のような光に体を包む。
 美しい、紅蓮の炎。思わず耳を塞いだ俺の揺らぐ視界で、水底のようになった弱い視界の中で……それだけが、ハッキリと見えた。

「行くぞ!!」
「天に差す炎帝の波動よ、我が力に屈従し地上を駆けよ……!
 湧き起これ――――【ディノ・フラクタスフレイム】!!」

 クロウが動き出した瞬間、ブラックを中心として紅蓮の光が強く輝き、呼応するように亡者の兵士達の下から直線の炎が一気に噴き上がった。

「なんて力だ……!!」

 マグナの驚いたような声が聞こえる。
 だが、事は止まらない。

 ブラックの恐ろしい炎に面食らった兵士達は、泡を食って逃れようとする。けれど、その炎の線はあまりにも厚い。横に逃げようが縦に逃げようが、逃れる事は絶対に出来なかった。それでも、彼らはもがく。まるで焼かれるのを怖がるように。

 そんな亡者達をよそに、クロウは炎の中へ勢いよく突撃すると……そのまま、高速とも言える速さで四体の兵士達を引き裂いた。
 ……もちろん、その腕の根元を抉るようにして。

「ア゛…………ア゛ァ……」

 最後の亡者が、倒れる。
 それと同時、ブラックの恐ろしいまでに燃え上がった炎も消え去った。

「……ハァ……まったく、手こずらせやがって……」
「…………手が臭い」

 二人が軽口を叩き始めたって事は、もう完全に終わったと言う事だろう。
 俺達には遠くて解らないが、倒れた兵士達の息の音が止まった事を確認したのかも知れない。それを思うと、体が凍りついたが……ブラックは、俺達に「こっちへ来い」とでも言うように手招きをして来た。

「ツカサ。……ツカサ、どうした?」
「あ……あぁ……なんでも、ない……」

 今は、そんな場合じゃないんだ。固まっている暇なんてない。
 それよりも、一刻も早く罠を解除して先に進まないと。そして兵士達をどうするかを決めて、それから本来の目的を果たして…………。

「っ…………」

 歩くと、体が揺らぎそうになる。
 だけどそれは、何が原因なのだろうか。

 解らない。解らないけど……でも、今は動く以外に選択肢なんてなかった。



   ◆



 兵士達の完全なる沈黙を確認した俺達は、とにかく彼らを別の部屋に安置する事にした。まだ埋葬できないからって理由も有るけど、一番の理由は、その……あまりにも腐臭が強すぎて、あのままでは目的の部屋を探索できなかったからだ。

 だけど、そんな酷い状態の遺体を動かすというのも、酷く憂鬱な作業だった。
 特に俺は……俺が斃した……いや、殺して、しまった、相手を運ぶ時に……何だか言い知れない吐き気が込み上げて来て、情けない事にブラック達に運搬を代わって貰ったくらいだ。それほど、彼らの状態は酷いにもほどが有った。

 ……近くで見れば、彼らの体が酷使され、酷い改造をされていた事が判る。
 そんな状態でモンスターとして生かされていた事を思うと、どうしようもなく胸が痛くなって、頭がどうにかなりそうだった。

 だけどそんなの、結局俺の感傷でしかない。
 本当に辛いのは彼の仲間だった兵士達と……彼らの家族だろう。
 それを思うと余計に自分が情けなくて、なんだか汚らしく思えて堪らなかった。

「…………」
「ツカサ、大丈夫か」

 部屋の換気がてら一旦休もうと言う事になり、唯一彼らの臭いがしない朽ち果てたバルコニーで休息を取っていると、不意にマグナが話しかけて来た。
 ……ああ、そう言えば、俺ってばさっきからずっと体育座りで顔を伏せてたな。

 今更だけど、そんな格好してたら心配もされる。
 一応、気にされないように入り口横の壁に引っ付いて気配を消していたんだけど、それでも気配に聡い人には見つかっちまうよな……。

 また余計な心配をかけてしまったと思い、俺は緩く口を笑ませて首を振った。

「大丈夫。……ちょっと疲れただけだからさ」
「……そうは思えない顔色だぞ」

 言いながら、マグナは俺の頬に手を当てて来る。
 友達なのにちょっと距離が近いのは、俺が初めての友達だからなのだろう。
 少し恥ずかしいけど、本当に心配してくれているのが分かって嬉しい。でも、迷惑を掛けてはいけないと思い、俺は気力を振り絞って元気に笑って見せた。

「へへ、大丈夫だって。ニオイとかでちょっと酔っちゃっただけだから……。それより、遺体を運ばせるの途中で任せちゃって悪かったな……」

 そう言うと、マグナは心配そうな顔のまま微笑んで首を振る。
 まだ日が高いからか、陽光が銀の髪をキラキラと輝かせていてとても綺麗だ。
 それだけでも少し気分が晴れるような気がして見上げると、相手はまたしても俺の頭を撫でた。ええいもう、そればっかだなお前。俺のこと何歳だと思ってんだよ。

 まあ、こんな事でヘバってる奴だしそりゃ仕方ないかも知れないけど……。
 …………やっぱ俺、迷惑かけてるのかな……。

「……大変だったか……?」

 問いかけると、マグナは息だけで笑った。

「気にするな。むしろ、俺達は今まで何も出来なかったんだ。このくらいはさせてくれ」
「でも……仲間の……それも、あんな事になった遺体を……」
「……あいつらも、このまえ散々泣いたんだ。もう覚悟は決まっているさ」
「そうかな……」
「ああ。だから、お前が気に病む事は無い。それよりも体調を治せ」

 言いながら、また俺の頭を撫でるマグナ。
 ……こういう時って、友達の存在が本当にありがたくなるよな。
 何も言わなくても理解してくれて、庇って、心配してくれる。血縁者ってわけでも無いのに、そんな事を何の見返りも無しにやってくれるんだ。
 本当に、ありがたいけど……申し訳なくなっちまうよなあ……。

 いや、駄目だ。そう思うなら、もっと元気になったって思わせないと。
 でも今の俺じゃさすがにはしゃぐことも出来ない。正直、もう疲れ果ててしまって、何をすれば「元気だな」と思って貰えるかも考えられなくなっていた。

 マグナに心配を掛けたくない。
 だけど……。

「ツカサ君、何してるの」
「…………ぁ……」

 知った声が聞こえてくる。
 ゆっくりと声の方向を見やると、そこにはベランダの出入り口から不機嫌層な顔をのぞかせている、ブラックがいた。

 お前そんな、何故に家政婦みたいな感じでこっちを覗いてんだよ。
 違うぞこれは密会現場とかじゃないんだからな。

「……部屋の確認は終わったのか」

 マグナの言葉に、ブラックはへぇへぇと声を漏らす。

「まあザッとだけど、確認はしたよ。……それよりツカサ君大丈夫? ほら、ちょっとこっちおいでよ」
「う……」
「お、おい!」

 腕を引かれてされるがままに立ち上がった俺を見て、マグナが慌てる。
 ああ、俺の事を心配してくれてるんだ。

「マグナ、大丈夫だから。……ブラック、なんかあったの?」
「ん。ちょっとね……」
「……一緒に行こうか……?」

 そう言うと、相手はさっきの不機嫌そうな顔とは大違いの上機嫌な顔になって、ニコニコと笑い出す。何がそんなに嬉しいのかよく解らないけど、気の抜けたその表情を見ていると、なんだか心が少しだけ安らぐような気がした。

 だけど、その顔もマグナにとってはあまり良い表情には見えないらしく。

「おい、ツカサは疲れてるんだぞ。なのに、これ以上連れ回すのか」

 やけに冷たい声音でそう言ったマグナを、ブラックは目を細めて見やった。

「ふーん。……で、お前にツカサ君の何が判るって?」
「…………っ」
「ブラック……?」

 何を言ってるんだ。
 よく解らずにブラックを見上げるが、相手は構わずに言葉を続ける。

「あのさぁ、一々“僕達”のことに口出ししないでくれないかな? 僕はツカサ君の事を、ちゃんと解ってあげられるし……何が必要なのかも知ってるんだけどなあ。心配しか出来ないような、誰かさんと違って」
「このっ……」
「文句でもあるの? それはこっちの台詞なんだけどねえ」

 ブラックの声が段々怖くなっていく。
 正直、今の頭じゃ何が何だかよく解らないんだけど、今のままじゃいけない。
 とにかく二人を離さなくては。そう思い、俺はブラックの服の袖を引っ張った。

「も、もう口喧嘩やめろって……! ごめんマグナ、俺本当に大丈夫だから……。さ、さぁ、早く行って用事済ませちまおうよ」

 な、と答えを促すと、ブラックは再び笑顔になって頷いた。
 ほっ……良かった……とにかく喧嘩は避けられたみたいだな……。

「ツカサ……」
「ちょっと、行って来るよ」

 心配ないと笑顔でマグナに振り返って、ブラックと一緒にバルコニーを離れる。
 マグナの顔は最後まで心配そうだったけど、それ以上どうにも出来なかった。











※かなり遅れてしまって申し訳ないです…_| ̄|○

 
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