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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編
16.知識を与えられたものは
しおりを挟む「なんだよアレ……!!」
「まさか……プレインの兵士達……なのか……!?」
俺の動揺した声に、マグナの「信じられない」というような言葉が被さる。
いつものマグナじゃない、動揺した声音だ。けれど、それは無理もない。
だって、今まさにブラック達と相対そうとしている敵は……今、俺達が背にしているプレインの兵士達と同じ格好をしていたのだから。
「でも……あの姿は……」
あの酷い姿は、一体どういう事なんだ。
背後にいる兵士達の声にならない声を聞きながら、俺は息を飲む。
いや、もう「どういう事か」なんて解っている。ちゃんと理解出来ているんだ。けれど俺は、その事を納得したくなかったんだと思う。
だって、彼らが「この島で殺された兵士達」だ理解すれば……戦えなくなってしまいそうだったから。
「惨い事を……ッ!!」
「ひでぇ……ひ、ひでぇよ……!!」
「あ、あぁ……あああ……」
ジェラード艦長の苦しそうな悔しそうな声の後に、泣きそうな兵士達の声が続く。
気弱で、兵士らしくない声だ。けれど今は誰もそれを責められなかった。
目の前にいる七体ほどの「死んだはずの兵士達」は、かつて仲間だった彼らが直視するには、あまりにも哀れ過ぎたから。
「バカにしてるね。こんな鈍足の敵で僕達を足止めできると思ってるなんて」
「腐臭だけは一人前だがな」
ブラックとクロウはそう言うけど、あの兵士達は何度見ても酷い有様だった。
……鎧の所々が汚れ朽ちて、その隙間から除く布はどす黒い色に染まって、未だに水を含んだように鈍く揺れている。それだけでも直視が辛くなる有様だったのに、彼ら自身の体は形容する事も憚られるほどに腐り、爛れ、朽ちかけていた。
肌の色は最早、生きた色とは言えない。例え肌の青い魔族であっても、こんな艶のない肌にはならないだろう。間違いなく彼らは、もう死んでいるのだ。
死んでいても……こうやって、動いている。いや、動かされている。
…………恐らく……あの男のせいで……。
「おい腰抜け艦長! こいつら倒して良いんだよな!」
「……っ!」
部屋の中に籠る腐臭に負けず、ブラックが声を張り上げる。
そうだ、今は絶句している場合じゃないんだった。例え相手が死人で、俺達にとって組し難い相手であっても、逃げる訳には行かない。
だとしたら、もう戦うしかないんだ。
でも、あの敵じゃあ、兵士達は戦えない。仲間の死にかなりショックを受けていた人達なんだ。その傷も癒え切らずに押し込めているのに、ゾンビのようになった兵士を躊躇いも無く斃せるわけが無い。……じゃあ、もしかしたらブラックは、あいつら全員を自分で倒そうとして憎まれ口を叩いたのかな。
……ブラックの事だから「覚悟のない奴に出て来られたって邪魔」って思ってるだけかも知れないけど、俺には何だか気遣っているように思えなくも無かった。
そっか。そうだよな。ブラックの言う通りだ。
怯えているわけにも、躊躇っているわけにも行かない。相手が向かって来る以上、俺達は戦わなければならないんだ。それに、彼らをあのまま放って置くなんて絶対に出来ない。ここで逃げてしまえば今までやって来た事も台無しになってしまう。
例え相手が切り結ぶ事も難しい相手であっても、戦わなければいけないんだ。
戦い慣れしているブラックとクロウは、それが解っている。だけどそれは多分、冷酷という事じゃなくて……親しい相手が敵になることで心が動揺する事を、二人は深く理解しているんだと思う。
だから、兵士達を邪魔だと思って「自分達だけで良い」と思っているんだろう。
切り離すような言葉も、二人にとってはそれが最善たるが故の言葉なんだ。
――――なら、俺も動かなきゃ。
出来る事を、やらなければいけない。ブラック達に怪我を負わせない為に。そして、目の前にいる兵士達をこれ以上苦しめない為にも。
「……みなさんは下がってて下さい。マグナも。ブラック達は俺達が行くと戦えない」
「ツカサ、お前はどうするんだ」
横で腕を取ったマグナに、俺は口を笑ませてみせた。
「俺はここで援護するよ。近くには行けないけど、出来ることは有るから。……それに、万が一の時のためにも、みんなを守れるようにここに居なくちゃな」
そう言うと、マグナはホッとしたのか俺の腕を離してくれた。
……マグナの手も、震えていた。やっぱり、仲間をあんな風にされてマグナも辛くて堪らないんだ。こんな状態では、やっぱりみんな戦えない。
俺達がどうにかしないと。なんとか、彼らの動きを止めないと……。
「それにしてものろまだな」
「油断するなブラック。攻撃範囲に入ったら何が来るか分からんぞ」
ゆっくりと近付いて来る亡者の兵士達に対して、二人は余裕だ。
でも、言う通り攻撃範囲に入った瞬間が怖い。……範囲……そうだ、だったら、俺がまず先に相手を牽制すれば良いじゃないか。
「ブラック、クロウ、少し下がって! 俺が牽制する!」
「良いけど術式機械弓は駄目だよ、この部屋の設備を壊しかねない!」
「解ってるって!」
それでも、俺が攻撃する事を認めてくれたのは嬉しい。
俺もちゃんと「パーティー」の一員なんだと実感して、心が高揚した。
そうだ、俺も出来るべき事をやるんだ。それが、ブラック達の手助けになる。気合を入れて、俺は背後のベランダに伸びている蔦を見やりもう一度正面を向いた。
「我が声に応え、道を遮る敵を縛めよ――【レイン】……!」
背後に存在する蔦に、広げた両掌から力を送るイメージを保つ。
瞬間、自分を囲うように煌めく緑色の光が噴き出し、背後から凄まじい速度で無数の蔓が一気に飛び出してきて亡者たちに襲い掛かった。
「グ、ォ……ボッ……ゴポッ」
「ゴゴッ、ォ……」
蔓が、七体の亡者の足を捕える。その衝撃は流石に彼らも理解したのか、喉の奥で何かが発泡するような、形容しがたい気味の悪い声を漏らした。
最早声帯すらも機能していないのか。その事実に、喉が引き絞られて痛くなる。
かつて人だった存在と戦うのがこんなに辛いなんて、思ってもみなかった。
だが。
「――――!?」
蔓によって捕えられた亡者の兵士達が、ボコボコと泡が噴き出すような音をポッカリと開いた暗く黒い口から響かせて震え出す。
そのあまりにも異様な光景にその場の全員が硬直したと同時。
彼らの体が大きく震え、まるで、内側から何か別の生物が体を食い破っているかのように、上半身を空気が萎むゴム風船のようにバタンバタンと無機物のように激しく動かし、そして――――
体の二倍ほども有る、生々しい鮮紅色に染まった魔物の腕を出現させた。
「ッ……!? なっ、あ゛っ、あ゛ぁ……!!」
兵士達が思わず口を塞いだような声を出して呻く。
だが、それも仕方のない事だろう。何故ならその腕は……七人それぞれが、胸部を引き裂いたり腹を引き裂いたり背中をぶち破ったりして、出現させたのだから。
「う……ぐ……」
その光景の異様さは、最早筆舌に尽くしがたい。
人間の体積にまるで反している。あまりにも巨大な腕を出現させた事で兵士達の体は捻じ曲がったり折れたようになって、最早彼らの目はまともに機能しない有様だ。
だが、それでもその「モンスター」は、構わないようだった。
何故ならその「腕」は、ぐねぐねと勝手に動き刃を生やしたり……腕の側面に、幾つもの目を生やしてしまったのだから。
……あんなの、もう、人間でも何でもない。いや、あれは人間に寄生した何かだ。
兵士達は、死してなおあんなものに操られて、あんなものを植え付けられて……。
――――思わず唇をかんだと、同時。
腕を生やした亡者達が一斉に力を増幅させたのか、蔓を無理矢理に引き千切ってブラック達に一気に突進してきた。
「おいっ、冗談かよ!?」
「くっ……!」
大きな音を立てて腕を振り上げて襲ってくる七人の亡者達を、ブラックとクロウは上に飛んで辛うじて躱す。だが、彼らは空中に逃げた二人を逃さないようにとすぐにあの肉色の手を伸ばし捕まえようとした。
「ブラック、クロウ!」
思わず叫ぶ俺の目の前で、ブラック達は迫ってきた指の先を足で踏み、間一髪で別の場所に逃げる。だが、それでも奇怪な亡者達は大きな腕を振るってその反動で移動し、ブラック達に追いつこうとしていた。
兵士達の体に似合わない腕なのに、あまりにも自分の体を利用しすぎている。
あれは知能が無いモンスターの動きではない。確実に、戦い方を知っている。
だけど、それに気付いたってどうすりゃいいんだ。
「この……ッ、鬱陶しいんだよッ!!」
「大人しく墓に入っていろ……!!」
突撃して来た二体を、ブラックとクロウが苛ついたように大きく拳と剣を振り上げて打ち据えようとする。だが、相手の力があまりに強いのか、攻撃は相殺されるどころか、腕は二人を余裕で押し返してくる。
その後ろから、残りの五人が腕を利用して跳び、上から襲いかかって来た。
「ッ!!」
「ぐっ……!」
「危ない!!」
助けなければ、と、咄嗟に手が動く。瞬間、俺の周囲に再び緑光が溢れ、その場に散らばっていた蔓が五体の腕それぞれに巻き付き、軌道を邪魔した。
「このっ……死にぞこないがァッ!!」
「舐めるなァアア!!」
その刹那、押し負けていたブラックとクロウが腕の力を横に凪いで押し流し、一気に腕を切り捨て、爪で引き裂いた。
「ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
ゴボゴボ鳴る嫌な音と共に、人間に似た叫び声が部屋に響く。
そのあまりにも生々しい声と、叫ぶ亡者の顔に思わず耳を塞ぎたくなるが、彼らは腕を失った事でその場に倒れた。同時、蔓で軌道を乱された残りの亡者達もその場に着地して体勢を崩す。
良かった、ブラック達が殺されなくて良かった。
だけど、あいつら思った以上に強い。気合を掛けて【レイン】で操らないと、どうしても力に押し負けて引き千切られてしまう。これでは俺の方が持たない。
それに、あいつらの「腕」の力はかなり強大だ。ブラック達も絶対に安全なワケじゃない。どうにかしてあいつらの動きを封じないと、今度こそブラックとクロウがピンチになってしまう……!
「っ、く……また、長くもたない……っ」
ぶちぶちと蔓を引き千切られている音がする。
地面じゃないから、どうしても蔓を根付かせて強度を高められない。
こんなんじゃ、いつか蔓がボロボロにされて小さくなって、使えなくなっちまう。
ちくしょう、こんな事なら植物を沢山バッグに詰めて来るんだった……!
「ツカサ、大丈夫なのか!? 俺も加勢に……」
「いや、駄目だ……ブラックとクロウ以外は、あいつらに力負けしてしまう……! でもこのままじゃ……」
このままじゃ、駄目だ。まだ五体も居るんだ。隙を見せたらやられてしまう。
だけど俺達では足手まといでどうする事も出来ない。速度も腕力も、完全にあっちの方が上手だ。普通の人間じゃどうしようもないんだ。
でも、だからって何もしないでいるなんて出来ないよ……!
そう思って、思わず臍を噛んだ。――――と。
『あいつらは、腕の付け根に擬似的な脳が存在する。それを壊せば止まるんだ。お前の曜術で蔓を操れ。内部の脳に食い込ませるだけで倒せる』
…………この、声……いや、この言葉……さっきの……?
さっきより何だか声が遠いみたいだけど、でも今はハッキリと理解出来る。
相変わらず「声」じゃなくて「言葉」でしかないが、それでも先程俺達を導いた声だと何故だか俺には解った。そうか、やっぱりコイツは敵じゃ無かったんだ。
でも、本当にそれで倒せるのか?
あの亡者達の体を……その……蔓で突き破るなんて……。
『相手はもう死んでいる。死んだ人間をモンスターに変えたんだ』
解ってる。解ってるよ。
そうだよな、死んでるんだよな。だから俺達は彼らが哀れでならないんだ。
あれほど無残に殺されても尚利用されている事が不憫でならなくて。
だから、解放してやらなくちゃいけないんだ。そうだ、やるべきなんだよな。
「…………」
そう思って、気合を入れようと息を吸った瞬間。
感情のない言葉が脳内に強く響いた。
『早くしろ、時間が経てば経つほどあいつらは学習して強くなるぞ。……使っているのは、兵士達自身の脳みそだからな』
「――――――っ」
のう、みそ。人間の、あの人たちの脳を使って、動いている……?
それ、って。
……それって…………本当に……死んでるのか……?
人間の脳みそを使って、モンスターに改造されたって……。
それって、死んだと思ってたけど……もしかして……生きてるんじゃ、ないのか。
モンスターにされてしまっても、脳が生きてるなら死んでないんじゃないのか?
だから彼らはあんなに悲鳴を上げて、だから、だから…………
『早くしろ』
「…………ぁ……」
『早く!!』
声が、急かす。だけど俺は、ここになって急に手が震えて来てしまった。
だって、あの人達がもし姿を変えて生きているんだとしたら、あんな姿になっても、脳みその中にまだ彼らの記憶や理性が有ったとしたら。
それを知って殺す俺は……
人殺しに、なるんじゃないのか……?
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