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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編
13.分かりやすい罠にかかる余裕はない
しおりを挟む「な、なんだここは……」
ジェラード艦長の驚いたような声が背後から聞こえる。
だが、その声に笑う事など俺には出来なかった。だって、俺達が見ている光景は、驚いても仕方のないようなものだったのだから。
「マグナ、ここが【神域】ってヤツなの……?」
霧が晴れきらぬまま手を繋いだ状態で言うと、マグナは振り返って頷く。
マグナがそう言うなら間違いないのだろうが……しかし、ここは【神域】というには、いささか趣が違うような感じがした。
――俺達が今いる場所は、ことごとく建造物が崩れ落ちた白い庭だ。
地面は大きな四角い白石できっちりと埋まっており、その敷石が崩れたり割れた所からは草木が芽吹いている。そこかしこに有っただろう“何か”は、土台や欠片を僅かに地面に遺すだけで、後は粉々に砕けてそこらじゅうに散らばってしまっていた。
しかし、それだけならよくある遺跡だっただろう。
俺達だってそこまで驚いていなかった。ならば何故驚いているのかと言うと――
白い庭の遥か先に、二体のガーゴイルらしき彫像を門番に置いた、黒く光る建造物が、そこに静かに鎮座していたからだ。
「…………これは……遺跡……?」
「にしては、妙に小奇麗な気もするが……」
ブラックとクロウが、こっちに近付いて来る。
咄嗟に手を離そうとしたんだけど、マグナは何故かてを離してくれない。まだ曜気を補給し終えてないんだろうか。う、うう、仕方ない。マグナの背中に隠れるようにして、今はやり過ごそう。
それよりも遺跡だ。ブラック達が言うように、確かに視線の先に在る遺跡は素人目にも妙な感じがした。遺跡自体がヘンってのもあるけど……クロウが言うように、どことなく綺麗過ぎるような気がするのだ。
だって、普通人の手が入っていない遺跡なんて、この前庭のようにヒビ割れる所が出てきたり、そうでなければ汚れたりするもんだよな。
しかもこの湿気のある気候だと、コケが生えてもおかしくないし……。
……やっぱり、ここは【神域】だから違和感のある綺麗さなんだろうか。
星の終わりに存在した遺跡【エンテレケイア】もそうだったけど、何か超常的な力が加わると、遺跡や家はいとも簡単にその姿を劣化する事無く留めてしまう。
俺の世界じゃ考えられない事だけど、この世界ではありえることなんだ。
それを俺はこれまでに何度か目の当たりにして来た。となると、今回も神様の力で綺麗に保たれていると思うべきなんだろうけど……だけど、それだったら前庭だって、あの遺跡と同じようになっていても良いはずなんだよな。
なのに、そうではない。それが余計に違和感が有るんだと思う。
まるで……あの遺跡だけが必要だって感じみたいに見えてしまうんだ。
それが異様な感じを抱かせるんだと思う。
「しかし、あの異様な形は何だ? あの悪魔のような像は明らかに罠か何かだと解るんだがな……」
ブラック達と共に、ジェラード艦長も前に出てくる。
霧が消えたと言う事は自由に動いていいと言う事だと理解したのだろう。
俺は出来るだけつないだ手を隠しつつ、マグナの背後から遺跡を覗いた。
「…………なんか……ちょっとサイバーっていうか……なんなんだろ……」
遺跡の前面は、よくある盾……ダイアモンドの形を引き延ばしたような形の滑らかな一枚岩がドンと掛かっており、その中央には何やら紋様が刻まれている。
その背後には、黒光りした継ぎ目のない壁が聳えており、ところどころには採光の為か窓のような穴やベランダのような物が見えていた。高さからして五階建てくらいの遺跡のようだが、ダンジョンって中身と外身は違うからな……もしかしたら、外観と比べ物にならない中は広いのかも知れない。
それを考えると……なんだか、入ろうと言う気が萎えてしまうな。
盾のような一枚壁の下には入口が有るんだけど、これみよがしに開き俺達を誘っているみたいで、逆に警戒心が拭えなかった。
それはブラック達やジェラード艦長も同感だったようで、それぞれ苦虫を噛み潰したような顔をして、遺跡の入口を睨んでいた。
「明らかに罠っぽいな……」
「ウム……だが、こうまであからさまだと逆に安全なのではと思えてくるぞ」
「いやまて小僧ども。そういう慢心が危ねぇんだ。……しかし、どうしたもんかね」
悩むブラック達。俺もどうしたものかと思ったけど……周囲に広がる森を見て、ふとあるアイディアを思いついた。
「あ、じゃあ、俺が蔓を【レイン】で操って、あの彫像を縛ってみようか?」
そう言うと、ブラックとクロウがこっちを向く。
と、俺の姿を一度上から下まで見て、目を見開いた。
……あっ、やばっ、マグナと手を繋いだままだった!
「ツカサ君……」
「わーっ! ま、マグナもう良いだろ!? 離……」
「いや、まだだ。ツカサ、もう少し握っていてくれ」
「あああああ」
マグナお前意外とゴーイングマイウェイだな!?
俺とブラックの仲を知らぬわけでも無かろうに、何故そんな事を……いや、マグナが自分本位なのは今に始まった事でもないし、ブラックと仲が悪いのはもう最初からで何も変わっちゃいないんだけども!
でもだからって今はそんな場合じゃないでしょうが、今は【神域】でしょうがああ。
「それよりボウズ、蔓で拘束すると言うのは本当に出来るのか?」
ジェラード艦長が不穏な空気を感じ取ってくれていたのか、俺達の間に入って話を進めてくれる。ああ、本当に艦長ってコワモテに似合わず良い人だ……。
俺は内心涙を流しながらもハイと何度も頷いた。
「この距離なら操れると思います。……ただ、あの像が本当に罠で、蔓の強度なんてものともしない相手だったら、ただ罠を発動させただけになっちゃいますけど……」
「いや、こっちのタイミングで行けるならむしろ好都合だ。やって見てくれ」
「は、はい……じゃあ、えっと……マグナ、いい……?」
恐る恐る相手を見やると、マグナは何だか不機嫌そうな顔だったが、やっとこさ手を離してくれた。ふ、ふう……良かった……。
朝からずっと曜気を供給していたけど、昨日よりはまだ体力が残っているから、蔓を操るくらいなら何とかなるだろう。俺は兵士やブラック達が体勢を整えるのを確認してから、改めて両手に力を込めた。
――――発動方法は、最早分かり切っている。心を静めてただ目標を見据える。
今の力の精一杯をもって、疑わしきは拘束しておかねば。
俺は離れた場所に見える二体の彫像を見て――――呪文を発した。
瞬間、森の中から勢いよく無数の蔓が伸びて来て、静かに題材に座っていた二体のガーゴイルを模したような像が蔓に絡め取られていく。
その勢いに押されてか、台座の上に載っていた像は切り離されて思いきり地面に落ちた。金属のような音がしたが、動く気配はない。そのまま、二体の怪しい像は蔓にぐるぐる巻きにされてしまった。
「…………どうやら、罠では無かったみたいだな」
「台座から切り離されたら発動する訳でも無かったか……。だけど、あの周辺に足を踏み入れたら発動するかもしれないね」
「……誰か、行ってみるか?」
そう言ったクロウの声に、大勢の視線が一点に向かう。
……それは勿論、ブラックだった。
「はぁ!? な、なんで僕が毒見係なんだよ!!」
「何故って、お前が一番俊敏性が高いだろうが。俺達を見て見ろ、動きが早いようにでも見えるか? え?」
ジェラード艦長の言葉に、ブラックはぐぬぬと唇を噛み締める。
しかし納得しきれないようで、ブラックは苦し紛れにクロウを睨んだが、しかし相手は横を向いてわざとらしく空を見て視線を避けていた。
おい、クロウ。お前意外とお茶目な事するな。
……まあでも、ここは確かにブラックが適任だもんな……強いし素早いし。
なんとかこなして貰わねばと思い、俺はブラックに近付いた。
「……僕やなんだけど。こういうのやりたくないんだけど」
「ブラックにしか頼めない事なんだよ。……その……」
耳を貸して、と袖を引っ張ると、ブラックは素直に腰を屈めてくる。
ちょっとイラッとしたが、俺は他の人に聞こえないように手を当てて耳打ちした。
「この中で一番強くて素早いのは、ブラックだって俺も思うし……。だ、だから、その、頑張って欲しいなって……」
だめかな。こんなんじゃ頑張ってくれないかな。
不安になって顔を離してブラックを見やると。
「……ほっ……ほんと? ツカサ君、えへ……えへへ……ツカサ君、僕の事一番だって思ってくれてるの……?」
…………顔が。顔がとんでもなく緩んでいる。
これで大丈夫なのかと不安になったが、しかし今は必死い頷いて見せる。
さっきマグナと手を繋いだ事もブラックを不機嫌にさせた一因だろうし、何とか機嫌良く行って貰わないと……。そうでなければ、ブラックも怪我するかもしれないし。
強くたって、やっぱ気が立ってたらミスしやすくなるし心配なんだもん。
……だったら、浮かれてる方がまだ心の余裕があるし、ブラックの場合はそっちの方が冷静さも保ててる状態だからよっぽどいいかと思ったんだけど……ちょっと調子に乗せすぎたかな。すごい涎垂らしそうなんだけど。ブラックの顔……。
「そ、そこまで言われたらっ、へへっ、しょうがないなぁ! よーしやってやるぞー!」
そこまで浮かれてて本当に大丈夫だろうか。
いや、ブラックは強いし冷静なんだから大丈夫なはず。……大丈夫だよね?
ドキドキしながらも、黒い【神域】に近付いて行くブラックの背中を見守る。
なんだか胸が苦しくなるくらいで、思わずシャツの中に大事に隠している指輪をギュッと握り締めてしまったが……結果は実にあっけなかった。
なんの罠も発動しなかったのだ。
いや、ブラックが言うには「カチッ」という音が聞こえたらしいのだが、何も起こらなかったらしい。……もしかして、それであの像が動く手筈だったのかな?
今となってはよく解らないけど、まあブラックが無事だったならそれでいい。
後は、全員で近付いて念のために像を粉々に砕いて埋め、俺達は改めて【神域】の入口に立った。……近くで見ると、やっぱり異様だ。
「…………さて……ここに来たは良いが……中に入るのか?」
マグナが改めて言うのに、ジェラード艦長は頷く。
「俺達はあの“影”の出どころを探らなければならん。危険だが……この【神域】の中を確かめておかねばな。許可は既に取ってあるから心配はいらん」
「……そうか。…………ツカサ、何かあった時のために傍にいてくれ」
「あ、う、うん」
確かに、再び【白壁香】を使う機会が有るかも知れない。なんたってここには異形達の生みの親……恐らく、クロッコがいるかもしれないのだ。
それを思えば、気を抜く訳には行かなかった。
ブラックにまた睨まれそうだけど、今は仕方がない。許してもらわねば。
……だけど……なんでだろう。
この遺跡を見た時から、なんだか背筋がぞわぞわして冷たい物を感じる。
それは、ダークマターが「来い」と言った遺跡だからなんだろうか。ここに入ったら、俺に関しての何かがまた一つ明かされるかも知れないと思うから、無意識に俺の心が嫌がっているのかな。だけど、何だかそうではないような気がする。
っていうか……ダークマター、結局出逢わなかったけど……どこに居るのかな。
本当に無事なんだろうか。もしかして、この【神域】のどこかにいるのかな?
だとしたら、会えるんだろうか。
……何かを知りたいわけじゃないし、今は元の世界に帰りたくも無い。
だけど……無事なのか、確かめたい。
「……野郎ども、入るぞ」
ジェラード艦長の声に、俺達は歩き出す。
黒い遺跡の壁よりもさらに暗い入口に足を踏み入れて、俺は願った。
どうか、ダークマターがクロッコと出会っていませんようにと。
→
※だいぶん遅れて申し訳ないです_| ̄|○
明日は時間内更新目指して頑張ります(`;ω;´)
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