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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編
11.疲れると色々雑になる
しおりを挟む洞穴……というモンだから、てっきり婆ちゃんの家の近くに有った防空壕みたいな少し低い穴倉みたいなのを想像していたんだけど、実際はかなり違った。
滑り台のように斜めに掘られている穴を慎重に下りて行くと、そこにはブラック達も難なく立てるほどの広い空間が有り、そこからは三つの通路が伸びていた。
マグナが言うには、通路はそれぞれ会議室兼食堂・トイレ・個室へ通じているらしいが、個室は三つしかないとの事だった。元々、ピルグリムの調査は少人数でバラけて行っていたとのことなので、それは仕方ないよな。
しかし、それよりも俺はこの洞穴の造りに一番驚いていた。
だって、天井も壁も洞穴と言うにはとても滑らかで、軽く小突いてみてもポロポロと零れないんだぞ。土の中を掘った洞窟なら、いくら硬かろうがちょっとの欠片ぐらいは出てくるだろうに、それもなくしっかりと壁の役目を果たしているんだ。
恐らくここは土の曜術師が作ったんだろうな……でなければ、こんなにキッチリした壁にはならないだろうし、この世界じゃセメントなんかもないだろうからな。
しかし見事な出来だなあと思いつつ周囲を見回していると、ジェラード艦長が一息置いて号令を掛けた。
「よし、まずは設備の確認だ。土が混じって水が濁っていたらいかん」
おお、そう言えばそうだ。どのくらい使われていない施設か判らないけど、無暗に使って大事になったら大変だもんな。水道もそうだけど、トイレだって不備が有ったらとんでもない事になって、最悪逆流しかねないし……。
そういう事なら俺も手伝おうかと思ったのだが、艦長と兵士達が「休んでいてくれ」というので、残念ながら終わるまで会議室兼食堂室で待つ事になってしまった。何だかよくわからないが、みんな気を使ってくれているらしい。
まあ、確かにずっと先頭を歩いていたし、正直休憩させてくれてホッとしてるけど、休ませた方が良いと思われてしまうような顔でもしていたんだろうか俺は。
ううむ……なんというかそれはそれで不甲斐ない……。
兵士の人達も俺に気を遣わせないようにと思ってかニコニコしててくれたし、むしろ無理に手伝おうとする方が悪い気もするんだよなぁ。はぁ、俺がもうちょっとムキムキしてて頼りがいがありそうだったら、兵士達も筋肉神として崇めてくれたんだろうか。
いや、崇めなくてもいいけども。
「ツカサ君だいじょうぶ? 何だか凄く疲れてるみたいだけど……」
簡易で作られた事が判る粗雑な木製のイスと机が二列並んだ窮屈な部屋。
もちろん、窓は無く周囲は焦げ茶色の壁ばかりだ。
兵舎と比べるとかなりの閉塞感が有るが、それは俺の両隣りに図体のデカい中年が座っているからかも知れない。だが今二人は俺を心配してくれているワケで、変な事を考えてはいけないと俺は首を振って答えた。
「まあなんとか……。でも、さすがにちょっと休まないとムリかも……」
こういう時、変に取り繕うとブラックもクロウも怒るからな。それに、こういう場合では体調不良になったら変に隠さない方が良いだろう。後々面倒な事になったら嫌だし、休める時にキチンと休んでおいた方が良いからな。
そう思って素直に答えたのだが、ブラックは不機嫌そうな顔をして横から俺の顔を覗き込んで来た。な、なんだよ。俺変な事言った?
「んもー、それは解ってるよ。ツカサ君ココに来てから顔色悪いし、汗もかいてるし」
「え゛っ」
「声も小さい。元気がないのは丸判りだぞ」
そう言いながら、横からクロウが俺の額を手で覆って来る。
う、うおお。言われてみると確かにクロウの掌が温かくて気持ち良い……。そうか、頭がやけにガンガンすると思ったけど、やっぱり俺ってば限界近付いてたのか。
などと思っていたら、今度は横から手が伸びて来て、俺は上半身をブラックの胸に引き寄せられてしまった。ちょ、ちょっと。この体勢キツイんですけども。
っていうかおいっ、向かい側にマグナ座ってるんだけど!
やめろいや心配してくれるのはありがたいけど今はやめてお願いっ!
「ぶっ、ブラック! だっ、大丈夫だから少し休憩したら治るから!!」
「またまたそんなコト言ってー! ツカサ君がそう言って無理するの僕もう嫌ってほど解ってるんだからね!? もう今日は離さないっ、絶対にぃい」
「おい、やめろ。ツカサが嫌がってるだろ」
ブラックのヒートアップする言葉を、意外にもマグナがバッサリ切って捨てた。
というか、直視に耐えられなくなったのだろう。ごめん、本当にごめん。
しかしそんな一言で大人しくなるのなら、ブラックはブラックではないわけで……。
「は? 外野は黙っててろよ。ツカサ君は僕の婚約者なんだから、何しようとお前に関係ないだろ。見たくないならお前がどっかに行けよ」
「ちょっ……ぶ、ブラック」
さすがにそれは言い過ぎだ。つーか俺達が悪いだろこの場合。
お見苦しい物を公衆の場で見せてるのは俺達なのに、なんでマグナが退散しなきゃいかんのだ。慌ててブラックの腕から逃れようとするが、例によって動けない。
思ったより体力が削られていたのか、いつも以上に力が出なかった。
いや、元々貧弱なんでどうせ抜け出せなかったでしょうけどね、ええ!
そうじゃなくて、とりあえず今は発言の撤回をさせねば……。
「俺には関係が有る。ツカサは友達だ。それに、今は大事な助手でもある。ツカサの体力を更に削るような事になれば、ここを動けずに何日も滞在する事になるぞ。……お前らは、この狭苦しい空間で数日過ごしたいとでも言うのか?」
「ぐ……」
それを言われるとブラックも弱いのか、ぐっと口を噤む。
……まあ、ブラックは神様関係の事はどうでもいいってスタンスだもんな。異世界人に世界を捻じ曲げられていたって知っても、すんなり信じて「ふーん」で済ますくらいに興味がなさそうだったし。だから、このピルグリムに関しても興味が無いんだろう。
だから、さっさと帰りたがってるんだよな。
それは、その……正直、俺としてはありがたくも有るんだけど……。
…………な、ナシナシ。また頭が変な事になって来る。そうでなくて。
えっと、だから、マグナの言葉もわりと効いたみたいだった。
その隙を逃さず、マグナは少し不機嫌そうにブラックを見て目を細めた。
「ツカサには、最低でもあと一日は付き合って貰わなければならない。……解ったらその手を離せ。……ツカサ、こっちに来い。今日は俺と同じ部屋で寝よう」
「え゛っ」
「え……?」
ブラックの濁声が混ざった声と思わずハモってしまったが、マグナは関係ないとでも言うように立ち上がり、俺とブラックに近付くと引き剥がそうとして来た。
しかしそんな事をすれば、この俺を拘束しているオッサンが黙っている筈も無く。
「はぁあ!? テメェなにをバカなコト言ってんだ! あっこらっ、ツカサ君を勝手に触ってんじゃねぇ離せこの童貞小僧ッ!!」
ブラックはそう言いながら更に抱き込もうとするが、俺の腰を持って引き剥がそうと引っ張るマグナもかなりの力持ちなのか、全然差が埋まらない。
っていうか上も下も苦しいです頼むからやめてください。イデデデデ。
「さっさとツカサを解放しろ」
「お前こそツカサ君を離せ!!」
「煩い。そっちこそ離せ。お前らと一緒に寝せたら、ツカサの体力が更に減る」
「ぐうの音も出ない」
「こらお前駄熊ァ!!」
しかしマグナの的確な言葉に、妙な所で正直者なブラックは反論する事も出来なかったのか、思いっきり歯ぎしりをしながら渋々俺を手放したのだった。
まあ、大概一緒のベッドで寝てるけど、コイツ暇さえあれば俺の体をペタペタ触って来るからな……ヘタしたら体力回復どころかマイナスになるので、ここでの滞在日数と性欲を天秤に掛けた末で敢えて負けたんだろう。
……そんなこと解りたくも無かったが、ブラックはそう言う奴だから仕方が無い。
まあでも、今回は引いてくれて良かったよ。
明日の事を考えると、今日はさすがにブラック達と一緒に寝るなんてことは出来なかっただろうからな……はぁ……。
「ツカサ、今日はずっと俺の隣にいろ」
ブラックから引き剥がした後に、マグナがボソリとそう言う。
俺を庇ってくれているんだと思うとなんだか申し訳なかったけど、今晩はしっかりと休んでおかないと明日辛いからな。ありがたく甘えさせていただこう。
「ごめんな、マグナ。よろしく頼むよ」
そういうと、俺を引き摺りながら元の席に戻ったマグナは薄く笑った。
――――――その後、設備の確認を終えて問題なく使える事を確認した俺達は、遅めの夕食を摂って休むことにした。
一応、携帯食になるかと思って作って来たバターをたっぷり塗ったサンドイッチがあったのだが、それは今晩の夕食になった。
ぶっちゃけ、今日は疲れすぎていて料理を上手く作る自信が無かったので、みんなが了承してくれて助かったよ。
あ、でも、プレインの人達て乳製品慣れしていないから、バターの味はどういう物になるのかと少し心配だったんだよな。だってほら、あの国って荒野の国だから、バロメッツも育たないらしいし……。だから、拒否されないかとハラハラしていたんだが、みんな具材の厚さの方に喜んでくれたみたいで、バターに残る乳臭さなどは感じておらず美味しいと言って全部たいらげてくれた。
ブラック達はバターに慣れてるから心配してなかったけど、兵士の人達にも問題なく喜んで貰えて良かったよ。最初はよそよそしかったけど、料理を作る度に話しかけてくれるようになったし、仲良くして貰えるようになったから俺も嬉しい。
やっぱ食事って人の心を柔らかくするんだなあ。へへへ。
それだけでまた少し気分が良くなった俺だったが、それでもやっぱり曜気を長時間放出し続けていたのに疲れていたみたいで、特別に個室を貰った後は、ずっとベッド代わりの土の台の上でゴロゴロと転がっていた。
せっかくマグナとの相部屋になったのに、まったくもって情けない。しかしマグナは俺を責める事はなく、それどころかやけに世話を焼いてくれた。
もちろんマグナも【白壁香】の調節なんかをしていたんだけど、それでも頻繁に布を敷いた土のベッドに寝転がる俺に近付いて、水が欲しくないかとか気分は大丈夫かとか、色々聞いてくれた。額に手を当てて熱だって測ってくれたのだ。
本当マグナって友達思いの良い奴だよな……。
ただ、マジで十分に一回ぐらいのペースで熱を測ってくれるから、何というか、俺はマグナの方が大丈夫かなと思えて来てしまうんだが……まあ、頭が痛いって言っちゃったから仕方ないのかな……。
アフェランドラの時もそうだったけど、マグナって意外と心配性だしな。
俺が倒れた時だって、こうして額に手を当てて熱を測ろうとしてくれたし。
少し過保護な気もするけど、仮眠した時はそのままにしておいてくれたので、あれはマグナなりの不器用な優しさって奴なんだろう。
俺だけじゃ無く、マグナだって初めての友達って感じだったし、それなら距離感がちょっとおかしいのも仕方がないだろう。
しかしさすがに、その……トイレまで付いて来られるのは、ちょっと困るワケで。
「ツカサ、本当に大丈夫か。起き抜けだろう? 付いて行かなくていいのか」
「だ、大丈夫だよ。ほらあの、さっき少し寝たから頭痛も治まったし! な!」
そう、さっきまで仮眠して少し気分が良くなったのは本当だ。寝たおかげで尿意ゲージが溜まっているのも本当なのだ。
しかしマグナは中々俺を一人で外に出してくれない。
何故か頑なに連れションしようとしてくるのである。
「頭痛が治まったと言っても、まだ顔色が良くない。やはり、付いて行った方が良いのでは……」
「いやいやいや平気だって! ほら、大丈夫だからっ、な! すぐ戻って来るし!」
そう言いながらラジオ体操みたいな事をして見せたら、マグナは訝しげな顔をしたが……渋々と言った様子で俺を解放してくれた。
ホッ、助かった。
「……すぐ帰って来るんだぞ」
「大丈夫だって! 何かあったら大声で呼ぶから」
そう言うと、マグナは納得してくれたようだった。
よし、相手の気が変わらない内に外に出てしまおう。
「んじゃ行って来る」
元気に手を振って、何か言われない内にそそくさと個室から廊下に出た。いやー、良かった良かった。これで安心してトイレに行けるぞ。
いや、別にマグナと一緒なのがイヤってんじゃないんだけどさ、でも連れションって学校でやるとなんか言われるじゃん。それに、別に尿意も無いのに横に並ばれたら何かイヤだし……ああいうのって近くでやるぶん妙に気になっちまうんだよな。
だから、普通ならあんまり連れションてしたくないんだけど……マグナはそう言う事は気にしないのかな。マグナって意外と他人と距離が近いタイプなんだろうか。
うーむ、つくづく友達がいないってのが不思議な奴だよ。
そんな事を考えながら薄暗い廊下を歩いていると……前から誰かがやって来た。
「お?」
誰だろう。そう思って目を見張ると、シルエットですぐに相手が解った。
あの特徴的な肩当てとマントはブラックだ。
なんだアイツ、装備外してなかったのかよ。まだ寝ないのかな?
不思議に思いながら近付くと、相手もこちらに気付いたのか少し歩幅を大きくして早々と接近してきた。
→
※またちょっと遅れました…申し訳ない(;´Д`)
話もちょっと次に食い込む
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