異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

  貴方の全てを信じている2

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「……その様子じゃ、海について詳しく知らなかったみたいだな」

 ああ、マグナの顔が疑わしげになってる。目が疑惑に細められている。
 これはイカンぞ。そうではないと言う事を知らしめなければ。

「いや、海は曜術師には操れないって事は聞いてたけど……」
「だからこそ無謀だと言っとるんだ! いいか、この海は人族にとって害のある気や力によって構成されている。だからこそ、人は長時間海を泳ぐことはできないし、この中に住めるのは自浄作用を持つ魚とモンスターだけなんだ! それをお前は知ったような顔をしてあんな風に……」
「う、うう、えっと……それは……」

 そんなレベルでヤバいとは知らなかった……とは言えないよな……。
 だって、ブラック達からは「操れない」とだけしか聞いてなかったし、ちょっと変なだけで、俺の世界の海と他は変わらないと思ってたし……それに、俺は前に二度ほど海を操った事が有ったから、てっきり大丈夫だとばかり思ってて。

 けど、そんな危険な場所だなんて知らなかった。
 それを知ってたら……どうだったんだろう。海の恐ろしさを知ってて、それでも俺がやらなくちゃいけなかったら――俺は多分、飛び出してたんだろうな。
 だってアレは、他の誰にも出来なかったんだから。

 ……だけど、そんな事を俺が思おうが心配していたマグナには関係無いワケで。

 口籠った俺に、マグナは眦を釣り上げて憎々しげにすら見える表情で俺を見て、船の縁に拳をじりじりと擦り付けていた。

「どう動かしたのかは知らんし知りたくもないが、なんでお前はそう毎回他人に心配をかけるような無茶をするんだ!! あの時だって、俺は……っ」

 そう怒鳴って、マグナは拳で船の縁を叩く。
 鈍く聞こえた音は、相当強く叩いていると知れた。そんなに怒っているなんて、知らなかった。だけど……あの時って、どの時だろう。

「……マグナ……?」

 伺うように問いかけると、今まで横に並んでいた相手がこちらを向く。
 そして、マグナは俺の肩をグッと掴んだ。

「あの時……俺を守るためにお前が赤髪の男に立ち向かった時、俺がどんな気持ちだったかお前には分かるか?」
「ぁ……」
「解らんだろうな。お前はそういう奴だ。お前に出来ない事だと知ったら、お前は己の事など顧みずにすぐに飛び出す。俺の事など考えもしない。お前を……お前の事を想っている者の気持ちなど考えずに、自分がただ矢面に立てば解決すると思って、簡単に自分の体を犠牲にするんだ」

 ぐうの音も出なかった。
 だって、その通りだから。

 ……でも、仕方ないじゃないか。俺は今までずっと、色んな人に守られてきた。今も色んな人に迷惑を掛けているんだ。そんな人達の為に自分が役に立つのなら、すぐにでも飛び出したい。それは悪い事じゃないだろう?
 この力は俺自身の力じゃないけど、でも、これが有れば人助けが出来る。
 大事な人達が救えるんだ。そしてこの力は、俺にしか使えない。

 だったら、飛び出すしかないだろう?
 俺は死なない。死ねないし、いつかは必ず生き返ってしまう。
 一度死ぬことで数百の人間が救われると言うのなら、俺が死なない理由も無い。だって、俺は“黒曜の使者”なんだ。神を殺すためにこの世界に来た。

 それがこの世界を幸せにするためだと言うのなら、神を殺す事も出来ない今、俺はこのくらいの事でしか人を救えない。ブラックを、クロウを助けられない。
 なら、もう、こうするしかないじゃないか。
 俺が飛び出して、術を発動させて、命懸けで人を救うしか、もう……。

 …………しかしそれを言って、マグナが納得してくれるわけもないだろう。
 だってマグナは、俺が無鉄砲に飛び出す事を怒ってくれてるんだから。

「マグナ……」
「ああ解っている、言うな。結局お前は何が有ってもそうするんだ、そうじゃなければお前でない! だが、こんな……っ! 何も話さず、勝手に危険な真似をされるのは嫌だ!! お前が俺を友達だと言ったんだ、友達なのに何故俺には何も話してくれないんだ!! これでは……ただのっ……」
「……!」

 目の前に在る、マグナの怜悧な顔。
 あまり表情は動かない大人しい表情。いつもそう思って羨んでいた顔が……悲しみに、歪んでいる。気が付けば赤い瞳は潤んで、眦から涙が零れていた。

「俺は……ただの、他人じゃないか……っ」

 苦しそうに吐き出された言葉に、俺は息を呑んだ。

 ――――他人。
 友達ではなく、他人ではないか、と。

 そんな。違うよ、そんなの絶対に違う。マグナは俺の大事な友達だ。だけど、だからこそ迷惑を掛けたくなくて、守りたくて俺は…………。

 ……そうか。
 これじゃ……俺……俺が悲しかった事を、マグナにしてしまってるじゃないか。

 いつも、そうだった。
 ブラック達にいつも守られてばかりで何も話して貰えなくて、そんなに俺は頼りない男なのかって毎回悔しかった。
 だから、俺はブラック達を守りたかった。お互いに背中を預けて戦えるような関係になりたくて、あの弓も曜術も頑張ろうって思ってたんだ。

 いつか、すべてを話して貰えるような包容力のある男になろうって。
 ブラック達と一緒に駆けだせるようになろうって。

 …………まだそれは叶えられてないし、それどころか、一生敵わないんじゃないかって懸念もある体になっちまったけど……でも、きっとそれとマグナは同じなんだよな。俺がずっと悔しかった事を、マグナも味わってしまってるんだ。

 誰でも無い……俺の、せいで……。

「……ごめん……。ごめんな、マグナ……」
「……ッ、謝るな……ッ!」
「うん……でも、謝らせて……俺、お前に対して友達らしい事なんて全然してやれてなかったんだから……」

 そう言うと、マグナは子供が不満げな顔をするようにぐっと顔を引き締める。
 自分でも今の状況が格好悪いと思ってるんだろう。だけど、退く事も出来ない。その気持ちは俺にもよく分かる。頭に血が昇った時って、本当混乱するんだよな。
 そうなるくらい、マグナは俺の事を考えて、心配してくれてたんだ。

 …………だったら、いいよな?

 グリモアじゃないけど。俺達の事情を何も知らないけど……マグナにだけは、俺が“黒曜の使者”で異世界人だって……話しても、いいよな?

 それこそが、俺のために怒って泣いてくれるマグナへの誠実な対応で……こんなにも心配してくれる相手を、少しだけ安心させてやれる事なんだから。

「っ……」
「……マグナ……俺、今から突拍子もないような事を言うけど……それは、本当の事でさ。今まで言えなかったけど……マグナには全部分かって欲しいから、俺を知って欲しいから……言おうと思う。だから、聞いてくれるか?」

 真正面から見据えて、泣き腫らしている残念なイケメンの顔を見上げる。
 本当に、いつもはクールな美形なのに、これじゃ形無しだ。
 だけどこうして泣いてくれる事こそが、マグナの心からの気持ちなんだ。俺はそれに応えたい。俺の事を心底友達だと思ってくれている相手に本当の事を話して、マグナの不安な気持ちを解消してやりたかった。

 例えそれが、マグナにとって信じられない事だとしても。

 ……でも、俺は不思議と真実を話す事に忌避感は無かった。
 だって、俺の世界の友達も……きっと、いつかは俺の話を信じてくれるだろうから。

「俺に……話して、くれるのか……?」

 マグナの表情が驚きに開く。目を丸くして涙を一粒零したその顔に、俺は頷いた。

「マグナなら、信じてくれるって……俺は、思うから」
「ツカサ……」

 マグナなら、信じてくれる。俺はその確信を信じたい。
 だって、こんなにも素直に俺に対して感情をぶつけてくれる友達なんて……この先現れそうにないんだから。

 そう思って微笑むと、マグナはグッと口を噤み、それから拳で顔を拭うと、いつものクールな顔に戻って小さく頷いた。それでも、鼻頭や頬や目の下が赤くなっていて、ちょっとだけ可愛かったんだけどな。

「……じゃあ、まず……俺の事から話すね」

 ――――それから俺は、マグナに自分の事を話して聞かせた。

 異世界から飛ばされて来たこと。ブラックとどういう関係なのかってこと。俺達がどうして旅をしていたのかと言う事や……プレインで起きた事の、おおまかな説明。
 それと、俺の能力についても少しだけ話した。

 さすがに痛みを快楽に変換するとかグリモアに殺されるとか、そういう後ろ暗い事は話せなかったけど、マグナはそんな俺の話を笑わずにただ聞いてくれた。
 そうして話し終わると、相手は一息ついて――――呟いた。

「……やっぱりお前は、馬鹿だ」
「む……」

 そんな、星を見上げながら感慨深げに言わなくても良いじゃないか。
 落ち着いたら早速それかよと顔を歪めた俺に、マグナは微苦笑して俺を見た。

「だが、それでこそお前なんだな……」
「バカバカ言うなよ」
「ああ、悪かった。……だけど……お前は今まで守られて、苦しい事はそう無かったんだな? あの中年達も、お前をちゃんと守ってくれたんだな」
「え? あ、う……うん……」

 そう言われると何か照れるな。
 だ、だってその、守られるとかガラじゃないし、そもそも俺男だからさっき思ったように背中を預けて戦いたい派だもんだから、守られるのは恥ずかしいし……。

 でも、マグナが言いたいのはそう言う事じゃないんだよな。
 俺が憂いなく旅が出来ていたかって言う事を確認してるんだ。
 だったら、俺は素直に頷ける。だってブラックとクロウと三人で旅をしていた時は、色々あったけど本当に楽しかったから。

「…………お前が苦しまなかったのなら、それでいい」

 そんな俺の思いを読み取ったかのように、マグナは今度こそ笑ってくれた。
 良かった、ちょっと不安だったけど、やっぱり話してよかったよ。
 だって、マグナはこの世界で初めてで来た友達だもん。腹を割って話し合うのが、友達ってもんだからな!

「だが、だからと言って無理するなよ。お前が不死の体だと言っても、絶対と言う保証は無いはずだ。それに……お前の故郷は……あまり戦いが無い世界なのだろう? 俺には異世界と言う物が良く分からんが、お前を見ていればよく分かる。黒曜の使者の力があるからと言って、無理だけはするなよ
「は、はい」
「……まあ、お前は言っても聞かないんだろうがな……」
「…………幻滅した……?」

 ちょっと心配になって聞くと、マグナは緩く微笑んで俺の頭にポンと手を乗せた。

「お前が不幸なら、幻滅していた。だが、そうでないならそれで良い」
「……っ」

 ちょっ、ちょっと! そのイケメンスマイル狡いんですけど、卑怯なんですけど!
 さっきはビービー泣いてたのに、なんでお前はそう切り替えが早いんだよ!

 俺が泣いたって格好悪いだけなのに涙もアクセサリーかお前はっ、泣いてすぐに笑って乙女心総取りか貴様ーッ!!
 ああもうこれだからイケメンは嫌なんだよっ、なんで俺がダチの微笑みにドキっとかキュンとかしなきゃいけねーんだこのー!!

「しかし……お前が神と敵対する相手だと、やはりピルグリムは危険だな」
「えっ……そんなヤバいの?」

 憤っている俺の心の中など構わずに、不意に話題を変えて来るマグナ。
 一瞬戸惑ったが、しかしピルグリムの事となると軽く流すワケにもいかない。やけに深刻そうなマグナの声に心配になって返すと、相手は顎に手を当て思案するポーズをしながらコクリと頷いた。

「艦長に聞いたと思うが、あの島は神々の降り立つ島だ。俺は一度あの遺跡に調査をしに行った事が有るが……なんというか、とても……特殊な土地だった」
「特殊な土地?」
「……あの島は……得体のしれないものがいる」
「え……えたいの、しれないもの」

 おいおい、やめてくれよ。お化けでも出るって言うのか。
 そういうトーンで言うのは怪談を話す時だけにしてくれよ。お化けなんてこの世界には存在しないだろモンスターのゴーストが居るだけだろ!
 そ、そそっそんなおばおばおばけっ。

「違う、ゴーストとかではない」
「あっそっ、そうなの! まあ解ってたけどね!?」
「……そういう認識できる事柄ではなく……何か……何かとても、嫌な物が存在するような気がしたんだ。……それが何かは解らないが……」

 それって……何だろう。艦長も同じような事を話してたよな。
 お化けとかゴーストじゃなかったら、何が居るって言うんだろう。
 ダークマターなら……そんな風な感じじゃないよなきっと。だってあいつはとっても良い奴だし、おまけに俺より理性的だ。実態が有ろうがなかろうが、島に来た人達を悪戯に怖がらせる事なんて絶対にしないだろうし……。

 そもそも、居るって事なのかな?
 何か別の、例えば火山性ガスが漂ってるとか島が傾いてて三半規管が鈍っちゃうだとか、そういう違和感とかじゃないんだろうか。
 だとしたら、俺も安心できるんだけどなあ。

「何にせよ、油断は禁物って事か」
「ああ。……島には案内のために俺も行くから、迷ったりすることは無いだろうが……その事や、他にもあの影のようなモンスターがいるかも知れない。明日は油断せずに、無茶もせずに大人しくしているんだぞ」
「は、はあい」

 ちぇー、よっぽど信用が無くなってるのか、保護者みたいなこと言ってら。
 さっきまで泣いてたのに、年上風吹かせてきやがって。俺だってちゃんと身の程は弁えてるし、こう言うのはピンチの時しかしないっての!

「こら。その態度反省してないな。今度飛び出したら本気で怒るぞ」
「あーっごめんなさいごめんなさい! 頭掻き乱さないでーっ!!」

 解ってる。今日は、嫌と言うほどわかったから。

 マグナがどれだけ俺を大事に想ってくれているのかって事も、どんなに友達思いの良い奴かって事も。

 それに、俺自身もまだ弱いんだなって。何も出来ないんだなって解った。
 例え一発逆転出来る力が在ったとしても、俺にはそれを引き寄せる力など無いし、そこまで辿り着くだけの頭脳も知恵も無い。
 ブラックやクロウ、シアンさんやジェラード艦長やナルラトさん、それにイカちゃん。色んな人達に助けられて俺は今日の事をやっとやってのけたんだ。

 とても、独りじゃ出来ない。影を撃退出来たのは、みんなのお蔭だった。
 ……だけど、俺は非力ではないんだ。
 あの時の俺と今の俺は違う。少しだけでも強くなれている。
 だから、嘆く必要はない。

 一歩ずつ強くなれるから、たくさんの人に助けて貰いながら歩けばいい。
 こうやって怒られたりするけど、強くなろうと思う気持ちがあれば、もう二度とあんな悲劇は繰り返さないと誓い続ける事が出来るなら、それで充分なんだ。

 だって俺には……俺を心配して、責任を共に背負ってくれる人がいるんだから。

「……お前、俺が怒っているのを解ってないだろ」
「え? そ、そんな事ないって」

 真正面で俺を見ているマグナに慌てて否定したが、相手は不機嫌そうに顔を歪めつつ、これ見よがしに軽く口を尖らせる。
 その素直な顔が何だかおかしくて、俺は今度こそ思いきり笑ってしまった。















 
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