異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

26.大海を統べしもの

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「ええっ、ちょっちょっとツカサ君ったら!」
「おい、ツカサ!」

 ブラックの慌てたような声と、珍しくクロウが声を張り上げたのを背後に聞きながら、俺はイカちゃんが差し出してくれた数本の丸太のような触手に飛び乗る。

 土足で吸盤を踏むのが躊躇われたので膝立ちだったが、イカちゃんは乗った足の吸盤で俺の足をがっちりキャッチすると、吸盤のない一番長い触手で俺がずり落ちる事が無いようにぐるぐると巻き付き、そのまま自分の真ん前に連れて行ってくれた。

 ちょっと後ろを向いたら、ブラックとクロウが心配そうに俺を見上げていたけど……今は説明している暇がない。というか、後で絶対怒られそうだから振り向けん。

 俺は敢えて見ないふりをしながら、俺はイカちゃんと一緒に再び船の群れの中央に切り開かれた海路を進んだ。

「もうあんな所まで来てる……」

 さっきまでは水平線に走る横一線の黒い何かだったのに、その流れは徐々に俺達の方へと近付いて来ている。さっきよりもかなり速度がある。
 もしかして……相手もこっちの状況を見ているってのか?

 ……だけど、それを今考えている暇はない。

「イカちゃん、船から少し離れた所に到着したら、手を伸ばして俺を突きだして」
「ゴォォ」

 俺の言葉に、胴を支えるようにぐるぐる巻き付いている触手がうねる。
 何だろうかと思ったら、ぺたぺたと俺の頬を先端のヘラの部分で触れて来た。
 これは……心配してくれてるのかな。

「大丈夫。イカちゃんが支えてくれてたら安心してやれるからさ。でも、イカちゃんが巻き込まれないようにしておきたいんだ。だから、ね。お願い」

 自分の術がノーコンだとは思わないけど、万が一が起こったらと思うと怖い。
 俺達の事をこんなにも助けてくれるイカちゃんを巻き込むのは絶対嫌だった。
 そんな俺の言葉に納得してくれたのか、イカちゃんは触手の先端で俺の顎から頬にかけて気遣うように撫でてくれた。

 本当に優しい子だ。もしかしたら、イカちゃんとつがいだったメスのクラーケンも、本当は優しい子だったのかも知れない。今更悔やんでもどうしようもないけど、あの時彼女や赤ちゃんを助ける事が出来たら、イカちゃんも悲しまなくて済んだのにな。

 でも、それでも、イカちゃんは俺に恩を感じて助けてくれているんだ。
 その気持ちを無駄にする訳には行かない。今度は俺が態度で示すんだ。

「ゴォオオオ」

 凄まじい鳴き声を響かせながら、イカちゃんが海路を抜ける。
 俺達の視界を遮る物はもうない。いや、目の前にヤバいのがいるんだっけか。

 結局俺一人で前に出ちゃったけど……でも、今は怖くない。

 イカちゃんが俺をしっかりと支えてくれているし、それに……俺の後ろには、絶対に守りたい人達がいるんだ。それを思えば、何も怖くは無かった。

「…………ヒヨッコだけど、やれる限りやってみるさ……!」

 俺みたいな危なっかしいのは、本当なら強い人達の背後に隠れて居た方が良いのだろう。その方が、ブラック達も安心できたはずだ。
 力も弱くて、肝心な時に役に立たなくて、修行もロクにしてないような“使えない奴”だけど……それでも、やっと「出来る事」を見つけたんだ。

 これ以上被害を出さない、俺だけにしか出来ないことを。

「ごめんねイカちゃん、ちょっとだけ立たせてね」

 断って、イカちゃんの吸盤のある丸太のような触手に靴を付けて立つ。
 すると彼は俺が落ちないように吸盤で靴をしっかり固定してくれた。それと同時に、俺の腰にぐるぐるに巻き付いていた長い触手を解く。

 俺が何をするか、もう理解してくれているのだ。
 それを嬉しく思って「ありがとう」とお礼を言うと、俺は目の前に広がる黒い波をキッと見据え両手を押し出した。

 ……大丈夫。出来る、心配すんな。俺なら絶対に、やれる。

「――――っ」

 息を深く深く吸って、吐きだす。
 何も心配はいらない。二度も出来た事なら、今度も絶対に成功する。
 なあに、今回は範囲が広いってだけなんだ。それなら大丈夫だ。絶対に出来る。
 だって……。

「俺は、神サマすら脅かせる……黒曜の使者なんだから……!」

 思いきり息を吸って――――俺は、腹の底から声を出して

「大地を抱く青き大海よ、今こそその美しき水面を揺らし我に応え給え……――」

 詠唱を始めた瞬間、下から風がゆらゆらと吹いて来る。
 普通の風とは明らかに違うその流れに息を飲みそうになったが、俺は真正面に目を凝らして、心の中から湧き上がる文言をそのまま続けた。

「我が望むは怨敵の排除、大洋の安寧、悪しき力を持たんとす理に背きし“ならざる者”を、平静を持って分かつこと」

 背後でざわめく音がする。
 俺の視界の下の方で、また、あの“魔法陣のような円形の模様”が幾つも出現し、大小さまざまなそれらが歯車のように重なりゆっくりと廻っていた。

 ……いつの間にか、俺の両腕にはあの青い光の蔦が何本も絡まっていて、それらは肩まで侵食しているようだった。
 そのせいか、酷く心臓が動いている。汗がどっと噴き出て来て、集中していないと今にも意識が途切れて倒れてしまいそうだった。

 こんなに。大規模で「本来なら操れない術」は、これほど辛いのか。

 だけど倒れる訳には行かない。何も出来ずに終わる訳には行かないんだ。
 足に力を籠めて、骨の内側から震えるような謎の衝動に腕が苛まれながらも、俺は頭の中に浮かんでいる言葉を……最後の言葉を、叫んだ。


「然らば青き大海よ、主たる我の願いを持って今こそ力を示せ!!

 薙ぎ祓え、【タイダル・ウェイブ】――――!!」


 ――刹那、轟々と血液が流動するような音が耳を支配する。
 一瞬耳が外の音と切り離されたと思った瞬間――――俺の髪の毛や服を一気に吹き上げる程の強風が下から巻き起こり、魔法陣がこれ以上ないまでに光った。

「…………ッ!!」

 あまりの風に、声が出せない。
 光の壁で遮られて一瞬視界が白く塗り潰されたが、しかし光の蔦の絡まった掌が当てられた先には、その出ない声すらどうでもよくなるような光景が広がっていた。

 ……海が、視界を覆っている。

 いや、違う。
 今、目に見える限りの海が、まるで滝のような爆音を立てながら隆起している。もうすぐそこまで来ていた影達を覆い隠すかのように立ち上がっているのだ。

 だが、その周囲の海は全く動いてはいない。恐ろしい程に凪いでいる。
 そんな事は有り得ないのだと誰もが一瞬で解るのに、それでも今見える光景は、俺達に容赦なく飛沫をぶつけて来て、これが夢ではないのだと叱咤した。

 海が、動いている。
 周囲を荒立てる事も無く、ただ、目の前で海が壁を作っていた。

「あ……っ」

 がくん、と膝が落ちる。
 完全に無意識だった体の動きに俺は思わず声を出したが、しかし腕に絡みついた光の蔦も、俺を中心にして展開している魔法陣も消える事は無かった。
 それどころか、魔法陣の光は増し、海が、まるで生き物のように唸りを上げる。

 そうして、海は――――その身で、黒の波を完全に包み込んでしまった。

「――――~~~~ッ……!!」

 刹那、その波の動きで巻き起こった凄まじい風が俺達を襲う。
 イカちゃんも流石に耐え切れなかったのかわずかに後退し、背後からも多くの悲鳴が聞こえた。きっと背後にも強風が吹きつけてるんだ。
 だけど、それを和らげようと思っても、俺にはもう体力も無かった。

「っ、ぐ……うぅ……ッ」

 立ち上がろうとしても、体がガクガクと震えて動けない。
 完全に曜気を失った時の症状だった。

 ……海をこんな風に大規模に操ろうとすると、こんなことになるのか。

 今まで使って来た黒曜の使者の力では感じなかった極度の疲労感が襲って来て、俺は思わず荒く呼吸を繰り返す。
 こんなの、限界まで曜気を吸われた時より酷いぞ。
 海は普通なら操る事が出来ないってブラックが言ってたけど、黒曜の使者の俺でも多大な代償を支払う事になるんだな……イカちゃんが何度もこの技を使えないって理由が少しわかった気がするよ……。

「ゴォオオオオオ」
「ぅ……ぁっ、あぁ……だ、だい、じょうぶ……だから……」

 徐々に魔法陣と腕を支配する蔦が消えていく。
 それを見取って、イカちゃんが心配そうに鳴きながら触手で俺の体をぺたぺたと触って来た。とても心配しているらしいその動きに、俺は触手を掴んで撫でる。

「へい、き……だから……」
「ゴォオオ」

 大きくても、やっぱりイカちゃんだ。
 心配させちゃってごめんな……。

「…………敵、は……」

 もしあの攻撃で倒せてなかったらどうしよう。
 それが怖くて、ゆっくりと真正面を確認する。と……。

「…………あは……」

 荒れ狂っていたはずの海。そのはずだったが、今目の前に在る海原は、さっきの事が夢だったかのように静かに小さな波を立てて揺れているだけだ。
 水平線の向こう側を見ても、妙な形をした小さな島影が一つ見えるだけで、黒い色をした何かなんて、一つも見えなかった。

 …………勝った。俺の賭けは、勝ったんだ。

「ゴォォオオオオ」
「ん……っ、いか、ちゃん」

 なんだか心配そうに鳴いたと思ったら、イカちゃんは俺を再び触手でぐるぐる巻きにして、来た道をいそいそと戻り出す。少し焦っているのか、今までの動きよりも大きく海が揺れていて、周囲の船が迷惑そうにちょっと上下したようだった。

 それでもイカちゃんはそんな事を気にせず、すぐにアフェランドラに辿り着くと、俺をいそいそと甲板の上に戻す。その時の動きも、俺を本当に気遣ってくれていた。

「イカちゃん……」

 ああ、何て優しい子なんだろう。
 思わず感動してイカちゃんの触手を抱き締めようと思ったら――――

「もおおおお!! ツカサ君ッ! どーして君はそう毎回毎回自分が何か出来ると思ったら危険とかカンケーなくそんな風にぃいいいい!!」
「ツカサ!! 無謀な事はするなと言っただろう!!」
「ひっ、ひぃい……」

 オッサン二人が物凄い剣幕で素早く近付いて来た。
 あっ、あっ、ごめんなさいごめんなさい調子に乗りました。でも待って、まだ今は力が戻って無くてお説教をちゃんと聞けるほど体力が戻ってないんだよお。

「結果的に成功したみたいだけど、こんな信用していいかも解らないイカに」
「どうしてお前はそう後先考えずに動くんだ! これがもし失敗して居たら」
「あぁああ……ごめんなしゃいごめんなさい……」

 仰る通りです、もう一部の反論もございません。
 でも今は無理なんだって、頼むから少し休ませて。もう意識がヤバい。

「ゴォオオオ!」
「おいコラ待て待て! ヒヨッコが死にそうだろうが!」

 あっ、イカちゃんが遮ってくれてる……てか今の声って……まさか、ジェラード艦長だったりする……?
 あれ、あの人の方が今一番俺に説教するような気がしてたのに……。

 少し驚いて、霞みがちな目でジェラード艦長を見上げると、相手は何とも言えない感じの表情を浮かべながら、パイプを吹かした。

「……まあ、なんだ。…………とにかく、よくやった」
「はぇ……」
「お前のお蔭で、船員が全滅せずに済んだ」

 …………。
 ジェラード艦長……。

「まだ油断は出来んが、とにかくお前は休んでいろ。もしかすると、またクソッタレどもが強襲しに来るかもしれん。その時切り札になるのは、お前とこのイカだけだ」

 もしかして、俺が何故ああしようと思ったのかを理解してくれたんだろうか。
 だとしたら……やっぱりこの人、ただ者じゃ無かったんだなあ……。

「あっ、ツカサ君!」
「おっおい、倒れるな!」

 何だか背後にキュッとした感触がするが、もう何だかわからない。
 とにかく頭がぼうっとして働かなくて……。

「もう……っ、心配ばっかりさせるんだから……!」
「ツカサ……」

 その声を聞いて……俺の視界は完全に真っ暗になった。











 
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