異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

25.やっと気付いてくれた

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「あっ、あんなの放たれたら僕達まで危ないぞ!!」

 そうだ、もし影達にぶち当たったとしたら、こっちにまで衝撃が来るかもしれない。
 だけど今から逃げたって間に合わない。俺達だけ逃げるなんてそんなの出来る訳がない。それに、今から動いてももう間に合わないだろう。

 もう、どちらにしろどうにもならない。

「来るぞ……!!」

 クロウの言葉に、ブラックが俺を咄嗟に抱き抱える。
 それほどヤバい状況なのだと一瞬にして総毛立ったが、目の前の大波が動く様をただ見つめるしかない。

 クラーケンの背中の向こう側にある、その巨体すら超える波が滝のような音を立てて影の群れを覆い隠していく。
 思わず息を呑んだ、その、瞬間。

 波が、一気に前進するように動いた。

「――――……ッ!!」

 海鳴りのような凄まじい音を立て、波が前方へ倒れて行く。
 その壮絶な動きに空気すらも振動するのが恐ろしくて思わずブラックにしがみ付くが、しかし――――事態は、俺達が想像した物と全く違っていた。

「あ……あれ……!?」

 大波が動くと同時に、周囲は大きく荒れ、大惨事が起きる……はずだった。
 しかし、俺の視界に広がる海原は全く動きが無い。ただ凪いだような海面に無数の船が浮かんでいて、その先にクラーケンの巨体と、体を傾けて行く大波しか存在していなかったのだ。そう。あれだけの大波が動いていると言うのに、周囲には恐ろしいほどの静けさが存在しているのだ。

「これ、もしかして……あいつの特殊技能か……!?」
「それって、モンスターが使う曜術みたいな奴……?」

 驚いたように言葉を零すブラックに問いかけると、視線を落とさないまま頷く。

「これは多分、海のモンスターが起こす【タイダル・ウェイブ】という技だよ。大きく体力を消耗するから、クラーケンですら滅多に起こさない技だって言われてたけど……」
「それを……あの影に……?」

 信じられないとでも言いたげな声を漏らしてしまった俺の横に、クロウが近付いて来た気配がする。

「では、あの巨大イカはオレ達に攻撃をしたのではなく……あの影達を攻撃しようとして、甲板を叩き壊したと言う事か?」

 その疑問長の言葉に、俺はハッと気付く。
 ああ、そうだ。良く考えたらそうじゃないか。もしあのクラーケンが“謎の影”を倒そうとしていたのだとしたら、最初の攻撃は俺達を狙ったものじゃないんだよな。

 謎の影だけを排除したかったのだとすれば、俺達に攻撃せずに逃げて行ったのも当然だ。クラーケンは最初から俺達に対して敵意は無かった事になる。
 じゃあこれって、本当に……本当に、クラーケンが助けてくれているのか?

「おい、バカな事を言うな小僧ども。モンスターが守護獣契約も無しに人族を助けるなんて有り得ねえ事だろうが。脳みそいっぺん海水で洗ってこい!!」

 夢みたいな事を言って現実逃避するなと怒るジェラード艦長に、俺達は思わずウッと言葉を詰まらせる。確かにその通りだ。
 だけど、ブラックは何故か少し笑って俺を抱き締める腕の力を少し強めた。

「まあ、普通はそうだけど……ツカサ君なら、そうとも言えないかもよ」
「え……?」

 なにそれ。どういう意味?

 思わずブラックを見上げたが、相手はニヤリと笑って答えてくれない。

「とにかく、どうなるか見てみようじゃないか」

 答えを言わないまま、ブラックは俺を抱えて再び船首の向こう側を向く。
 波がクラーケンよりも低くなり、海鳴りのような凄まじい音が更に強くなって――目の前で、大きな音を立てながら海に思い切りその身を溶かした。

「わぷっ……!!」
んん……~~~~ッ!!」

 ドッと言う音が聞こえた瞬間、強い風が巻き起こり飛沫が肌を叩く強い雨のようになって襲ってきた。まるで小石が当たったような痛みを齎す飛沫に、思わず俺達は体を縮めて顔を覆う。これでは、何が起こったかすら分からない。

 ガーランド達の船団はどうなったんだ。クラーケンは、影はどうなった。
 いや、それよりも……イカちゃんは、無事なのだろうか。

 確信できない予想を持っているけど、確かめなければ安心できない。
 俺は必死に顔を拭って潮の痛みを消すと、再び船首の向こうを見やった。

 すると。

「あっ……かっ、影が……影が消えてる……!?」
「えっ!? そ、そんなまさか……」

 ブラックはそう言うけど、でも、俺が見ている光景はそうとしか言えなかった。

 すぐそこまで迫って来ていた海面を覆う程の大量の影達は、大波を撃ち込まれたと同時に姿を消している。いや、もしかしてこれは……波に呑まれたのか?
 どっちなのかは解らないけど、それでも相手の侵攻が止まったのは確かだった。

 と言う事は……俺達は、助かったのかな……。

 でも、まだ油断はできない。クラーケンが何を考えているのか解らないからだ。
 もし「邪魔者を消して、ゆっくりと人間を食べよう」と思っているのなら、俺達は無暗に相手にフレンドリーに接する事は出来ない。

 俺はあのクラーケンに対して怖いとか思えなくなっているけど、それも本心かどうかまだ判断が付かないんだ。自分の気持ちを優先させる訳には行かない。
 それに、あのクラーケンがイカちゃんに何かしたとも考えられる。もしそうだったら、俺は本気でアイツを斃すつもりだった。

 だけど、クラーケンはと言うとゆっくりこちらに振り返って、自分が無理矢理に作った海路を逆戻りして来る。こっちに向かって来てるけど、まさか……いや、でも……。

「お、おいこっちに来るぞ」
「チッ……主砲でどうにか撃退出来るか……!?」

 下の方から、ガコンと何かを動かすような音が聞こえる。
 まさか、クラーケンを撃とうとしてるのか。そんな。駄目だ。まだ確かめてないのに。

「まっ、待って、待って下さい! 打つ前に試させて!!」
「あ゛ぁ!? ヒヨッコが何を悠長なことを……」
「お願いします!!」

 髪に滴る雫を拭いながら必死に頼む。
 そんな俺に、ジェラード艦長は何か言い淀むような顔をすると……凄く苦しそうな、納得が行かなそうな顔をして、思いきりケッと唾を吐いた。

「ああチクショウ!! これだからガキは嫌なんだ! このクソッタレのヒヨッコがっ、アフェランドラが壊されたらお前に弁償して貰うからな!!」

 もちろん、そんな場合じゃなくなるのは艦長も解ってる。
 だけど、俺に「やれ」と許可をするにあたって、そう悪態でも付かないと格好が付かないんだろう。きっと。……でも、ジェラード艦長は俺の好きにさせようって思ってくれたんだ。その気持ちを無駄にするワケには行かない。

 俺はブラックに離して貰うと、船首の一番出っ張った所に駆け寄った。
 そうして、こちらに小さな波を立てゆっくりと進んでくるクラーケンを見据える。

 …………もしかしたら、違うかも知れない。だけど、やってみなくては。

 大きく息を吸って、肺にいっぱい空気を入れ込むと……俺は、大声でクラーケンに呼びかけた。

「イカちゃ――――ん!! イカちゃんだったら、まるってして――――!!」

 精一杯の大声。喉がガラガラと疼くほどの声を出して、必死にクラーケンに叫ぶ。
 すると、目の前の白い巨体は――――

「ゴォオオオオオォオ」

 触手の中でも特に長い二本の触手をあげて、大きく「まる」の形にしてくれた。

「やっぱりイカちゃんだぁ……!!」

 無意識に声が嬉しくなる。そうなるともう、我慢出来なくて、思わず船の縁に足を引っ掛けてギリギリまでイカちゃんに近付こうとすると、相手は焦ったようにこちらに近付いて来て丸太ほども有る触手を伸ばしてきた。

 そうして、吸盤が付かないよう触手の側面を近付け、俺が縁から海に落ちないように突っ張ってくれる。この優しさを見ても、まだ攻撃するべき対象と言うのか。
 俺は縁を降りると、すぐさま伸びてきた触手をぎゅっと抱きしめた。

 濡れてしまうけど、そんなの今更だ。もう俺の体は大波でびしょびしょになってる。
 だったら、もう、遠慮なく抱きしめたってかまわないだろう。
 どうせ後で乾かせばそれで済む話なんだから。

「イカちゃん……無事で良かった……!」

 すると、触手が少し動いて、大皿のような吸盤を目の前に突き付けられる。その中の一つが、本当に優しく俺の頬をちゅっと吸った。
 吸盤って吸い付かれたら痛い物だと思ってたけど、クラーケン……いや、イカちゃんの吸盤は全然優しい。ブラックのキス攻撃よりもソフトじゃん。

「ゴォオオオ」
「イカちゃん……ごめんね気付かなくて……」

 吸盤だらけの触手に再び抱き着くと、相手は構わないと言わんばかりに鳴く。
 本当に飛行機のジェット音みたいで声には聞こえないけど、でも、イカちゃんは確かに俺と一緒に居た小さくて可愛いイカちゃんだった。

 しかし……どうしてクラーケンの姿に。
 っていうか、もしかしてイカちゃんってクラーケンの仮の姿だったのか?

「イカちゃん。イカちゃんはクラーケンだったのか?」

 そう言うと、クラーケンことイカちゃんは再び長い触手でマルを作る。
 よく解らないけど……ということは、イカちゃんは最初から俺達を助けようとしてくれていたって事……? でも何で。俺達初対面……だよな……?

「おいヒヨッコ、大丈夫なのかお前……」
「あ、はい。この子はイカちゃんなので……」

 そう言えば後ろにオッサンが三人いるのを忘れていた。イカちゃんの吸盤にちゅっちゅと頬を吸われつつ振り返ると、ジェラード艦長はちょっとドンビキしたような顔をして俺を凝視していた。……うん、まあ……まあ、そうだよね。うん。

 でもイカちゃんは大きくなってもイカちゃんなんだから、仕方ないじゃないか。

「くっ……怒りたいのにこの光景を見ると怒れない……もっとやれ……ッ」
「ムゥ……お、オカズ……」

 あと横で何か変なポーズになってるオッサン達は何を考えとるんだ。
 やめてね。これ普通の感動的な場面だからね。

「それにしても……どうしてイカちゃんは俺達を助けてくれるの? 最初に出て来た時も、俺達じゃなくて影を潰そうとしてくれてたんだよね。俺、助けて貰えるようなことなんて、イカちゃん達にはしてないんだけども……」

 むしろ、クラーケンなら倒してしまったまである。
 どう考えてもイカモンスター一族から恨まれたっておかしくないのに、どうして俺達を沢山助けてくれたのだろうか。カトルセピアの姿になってまで。

 ちょっと困ってしまってイカちゃんの大きな目を見返すと、相手は長い職種の一本をうねうねと動かし、俺の目の前にヘラのような先端を差し出してきた。
 そのヘラのような先端に乗っていたのは、乳白色の割れた……小さな玉だ。

 一瞬真珠かと見間違えたが、俺にはその宝珠に見覚えがあった。

「これ……もしかして……あのクラーケンの……?」

 気付いて、今目の前にいるイカちゃんを見ると、確かに納得が行った。
 そうだ。もし俺が思っている事が正しいとしたら、このクラーケンは……。

「あの時逃げる事が出来た、オスのクラーケン……?」
「ゴォォオオオ」

 そうだ、と言うように、クラーケンが鳴く。
 だったら、じゃあ尚更……。

「俺、お前のつがいのクラーケンも、子供のクラーケンも殺しちゃったんだぞ。なのに、なんで助けてくれようとしたんだ……お前の住処は北の海なんだろう?」

 申し訳なくて、触手をさする。
 すると、クラーケンは何か膜のような物で一瞬目を追おうと、潤んだ目を再びこちらに向けて来て、吸盤のない一番長い触手の先端のヘラで、俺の顔を撫でた。

「……恩返し、ではないのか」
「クロウ」
「あの時、ツカサはコイツを救っただけでなく赤ちゃんも殺すなと言った。それを、このイカは覚えていたんだろう。ここまで頭が良いなら、あの時起きた事がツカサのせいではないと解っているはずだからな」
「…………本当に……? 俺を、許してくれるのか……?」

 あの時の事は、元はと言えば俺が招いた事だ。
 戦ってくれたクロウに非はないし、操られていたクラーケン達にも罪は無い。
 裁かれるとしたら、それは俺だった。

 なのに、クラーケンは俺をじっと見つめて、ぺちぺちと俺の頬を撫でる。
 強く吸い付けば俺の骨なんて簡単に折る事も出来るだろうに、それでもクラーケンは俺に対して復讐するでもなく、吸盤で優しくキスをしてくれていた。

「うぅ……イカちゃん……ごめんねイカちゃん……」

 本当なら恨んだっておかしくないのに、それでも恩返しで助けに来てくれたなんて、どう考えても良い子以外の言葉が思いつかないよ。
 操られて無かったら、こんなに良い子だったなんて……ッ、ぐうう、あの時の俺に、モンスターと対話できる能力が有ったら全て解決してたのにっ!

「ツカサ君、感動の再会はいいけど……またソイツの力を貸して貰わなくっちゃいけなくなっちゃうかも知れないよ……」
「え?」

 さっきまでふざけていたブラックが、不意に変な事を言い出す。
 どういう事だと振り返ると、相手は船首の向こう側をゆっくりと指さした。

 そこに、何があるのか。

 振り返って――――俺は、息を呑んだ。

「う、嘘だろ……」

 影が消えていたはずの、青い海原。
 何も心配は無くなったと安心していたのに、ピルグリムの影が見える水平線から、再び横一線の黒い何かがこちらに向かって来ていた。

 それが、何かなんて、もう解っている。

「…………どうやら、本気で俺達を殺したいらしいなァ、島の黒幕は」
「しかし、タイダル・ウェイブは滅多に使わん大技なのだろう? だとしたら危ういな」

 ジェラード艦長の言葉にクロウが言う。
 そ、そうだ。ブラックの説明に因れば、イカちゃんの技はそう何度も使えないはず。
 だとしたら、今度は俺達と一緒に影に巻き込まれてしまうかも知れない。
 せっかく自由になったのに、このままじゃあ……――――

「…………」

 いや、待てよ。
 もしかすると……。

「ツカサ君?」

 ブラックに呼ばれるが、今は答えられない。
 自分の中の「もしかして」という予測を確かな物だと思いきれる要素が無くて、少し時間が必要だったのだ。でも、そんな時間がない事は解っている。

 一か八か。考えている暇はない。
 このままだと、またピンチになってしまう。だったら……。

「……イカちゃん、俺を乗せてさっきの所まで連れて行って!」
「つっ、ツカサ君!?」

 驚くブラックに振り返って、俺は表情を引き締めると強く頷いた。

「成功するか解らないけど……やってみるよ」

 これが一番良い事か解らないけど、でも、俺が先陣を切るべきだ。

 俺が気付いた「もしも」は、きっと俺にしか出来ないのだから。














※またもや遅れてしまい申し訳ないです……('、3)_ヽ)_

 
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