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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
23.たった一つとその他の大勢
しおりを挟む「敵は南東!! 速度落とせ――――ッ!!」
空気を震わせんばかりのジェラード艦長の雄叫びに、アフェランドラが船首の向きを変えながら、どんどん減速していく。
何故だ。このまま突っ込むのではなくて、敵を待つと言うのだろうか。
艦長が何を考えているのか解らなくて相手を見上げると、俺の視線の意味を察したのか、相手は目を細めてパイプをひっくり返し船の縁にカンとぶつけた。
「これから我が艦は船団の最後尾に移動する。異論は認めん」
パイプの中から、白い煙を伴った煙草が海の中に落ちて行く。
それを見て、俺は相手が言っている事に気付き慌てて食い下がった。
「ちょっ……それ、ガーランド達の船を盾にするってことですか!?」
「察しが良いな。戦い慣れしているのか臆病者か」
「どっちでも良いです! なんでこの船が下がらなきゃいけないんですか、今の最大の戦力はアフェランドラでしょう!?」
砲門の数も、乗っている曜術師の数もその術の練度も、こっちの方が高い。
なによりこの船は主力艦と言っても良い。なのに、どうして下がってガーランド達の木造帆船を肉壁にしなきゃいけないんだ。
あいつらはそりゃあ海のエキスパートだろうけど、あの“謎の影”は物理攻撃も魔法攻撃も無効化するとんでもないモンスターなんだぞ。
そのうえ、こっちの人員を問答無用で無効化する【ドレイン】を使って来るんだ。それを喰らったら、どうなるかなんて分かり切った事じゃないか。
なのに、抵抗する術を何も持たないガーランド達を盾にするのか。
それじゃ無駄死にになるじゃないか。最悪、船が沈むかもしれない。
凄い船なのに、どうしてアイツらを守ってやれないんだ。
一気に頭がカッとなってヒゲモサの強面艦長に掴みかかりそうになるが、そんな俺の体をブラックが後ろからいち早く羽交い絞めにしやがる。
そのせいで鎖に繋がれた狂犬の如く寸止めを喰らってしまったが、ジェラード艦長は余程察しが良いのか、俺に対して冷めた視線を送って来た。
「賢いかと思ったら、やはり脳みそはスカスカのガキだな。大将艦が前線に出て撃沈でもされたらどうするってんだ。大破した戦艦のゴミに足を取られて動けない背後のクソッタレな部下共にピーチクパーチク助けでも求めんのか? おら、言って見ろ」
「ぐ……」
「指示をする大将が乗る船は、本陣に坐していつでも逃げられるようにしとくもんだ。最大の攻撃力を持つ主力艦は、他の木っ端な船とは違う。それ一つで敵を数百も屠る力があり、そこに知略を巡らせる人材が乗っているのであれば、例え他の子分船が死のうが絶対的に逃げるのが定めだ。立て直すには、大将が必要なんだよ」
それは……解る……。解るけど。
たしかに、大将は陣地に構えて戦況を見守るのが普通だ。戦場の流れを見極めて、最も効率的に勝利を手のする事を常に考え、自軍を鼓舞するのが仕事だ。
その人がいるからこそ、そこに兵が集まる。大将はそういう存在なのだ。
だからこそ、絶対的に大将は守られなければならない。それは解ってる。俺の世界の漫画でも映画でもゲームでもそうだった。大将は必ず最後だったんだ。
でも、今は状況が違うじゃないか。
こんなの、ただ生贄にしてるだけだよ。あの船には回復したばかりのガーランドや、その部下のちょっと怖い顔の部下たちが沢山いる。
彼らはアイツらに対して何一つ対抗する術がない。俺達だって、あいつらを助ける方法の一つも無いんだぞ。なのに行かせるなんて、自殺行為じゃないか。
それなのにどうしてこんな事をする。
ガーランド達も、シアンさんも……大変な事になるかもしれないのに……!
「……お前は軍人には向かんな。頭がお花畑すぎる」
「っ……捨て駒にされた勝ち目のない奴らを心配して何が悪いんだよ!!」
「ツカサ君」
ええい離せ、なんでお前らそうなんだよっ、お前らは心配じゃないのかよ!!
なんだかもう悔しくて、やるせなくて、ブラックに羽交い絞めにされても振り解けない自分が情けなくて、どうしようもなく腹立たしい。涙が出て来そうだった。
だけど、目の前で俺を鬱陶しそうに見るジェラード艦長は、呆れたように溜息をつくだけで。まるで、俺の方が悪い事をしているみたいな態度だった。
「この事態は最初から予想されていた。つまり、あの海賊のクズどもも全て織り込み済みだ。本拠地を見つけられずに“影”に遭遇したとしても、こうして発見したとしても、やる事は最初から変わらん。全ては最初から決められていた事だ」
「なに、それ……」
「ツカサ君、僕達が離れた時あったでしょ? ……あの時、事前に役割分担を話してたんだよ。どうせ三度目の出港する予定だったし、その時に影に遭遇したら、生贄を出して影の動向を追う事にしようって」
なんだよ、それ。聞いてない。俺一人の時って、お前らが朝飯食べたりとかトイレに行ってた時か。あの時、俺に内緒で決めてたってのかよ。
その決めた事が、この肉壁作戦ってことなのか?
ガーランド達もシアンさんも納得済みだって言うのかよ。
「なんで、そんな……」
ブラックに抱えられたまま、力が抜ける。
だけど、自分でずり落ちる事すら許されない。
そんな情けない俺に、ジェラード艦長は目を細めた。
「お前にはコレが“無駄死に”に見えるのか?」
「え……」
だって、みんな、戦う術も無くて、ただ逃げ惑って力を奪われるだけなのに……。
それが無駄死にじゃなくて何だと言うのか。
何を言っているのか理解出来なくて顔を歪める俺に、相手は自分の髭を指で軽く擦って、少し間を置いてから答えた。
「本拠地を見つけた。今からその地に降りる準備がある。精鋭のために命を賭して道を切り開き、一刻も早くこの事態を収束させるために敢えて壁になる。……それが、お前には無駄死にに見えるのか。もしそうなら、お前は大馬鹿モンだな」
「………………」
「兵は、切り捨てられるために存在するのではない。自軍の勝利を確実なものにする為に存在する大切な駒だ。駒は、その一つで確かな力を発揮する。バカは意味を取り違えるが、駒たり得るからこそ兵なのだ。……だからこそ、あいつらも動く。我々の道を作るために、死ぬ覚悟でな」
解る。分かるよ。
アンタの言葉、今なら少し理解出来る。アンタがガーランド達を使い捨ての道具と思っていない事も、ちゃんと言葉の端々から感じた。
だけど……今度気を吸われたら、あいつらだって……。
「つーかーさーくんっ」
「っ……」
解放されて地面に足が付いたと思ったら、そのまま反転させられて、顎を大きな手で捕らわれる。その事に何か考える暇もなくブラックの顔を見上げさせられて、俺はグッと唾を飲み込んだ。
なんだか、何も言えない。
そんな俺にブラックは苦笑交じりの顔で笑って、指で俺の頬を撫でて来た。
「アイツらだって、何も死ぬわけじゃないんだよ? だから大丈夫だって。それにさ、死なせないために、シアン達があっちの船に乗ってるんだから。……ね」
「…………大丈夫だと、思う?」
「大丈夫さ。シアンだってグリモアの一人だよ? それに、今は昏睡状態になる謎も解明出来ているんだ。後は僕達が頑張らなきゃ。だろ?」
「……うん……」
確かに、そうかもしれない。
でもそうなると、俺達はピルグリムに上陸すると言う事になる。
あの黒い竜巻は俺の【アクア・ドロウ】でしか除去できない事を考えたら、島に上陸してしまったら……倒れた人達の治療が間に合わなくなるかもしれない。
それを考えると、とても怖いんだ。もし誰か死んでしまったらと思うと……。
「ああもう鬱陶しい! お前がウジウジ悩んで何が変わる!!」
「うぎゃっ」
なっ、なにっ、なんかでっかいのが頭掴んだっ、なんか頭グリグリしてるうう!
いでっイデデデデ!
「あのバケモノどもの親玉を斃せば、全てが解決するかもしれんだろうが!! このまま接近して対峙を続けていたら、消耗するのはこっちだ。相手が何かを企んでおるとすれば、このまま上陸し叩くのが最適解だ! いいから用意でもしておけ!」
「んぎゃ!!」
「ああっツカサ君!」
頭を掴まれそのまま空中に浮かされると、俺はブラックと引き剥がされてポンと空を飛んでしまう。何が起こっているのか解らず混乱するが、やがて自分がジェラード艦長に後方へ投げられたのだと解った……けど、もう遅い。
気付いた時にはもう、俺は甲板に尻餅をついて着地してしまっていた。
「うぅうう……っ!!」
「テメェ、ツカサ君に何すんだ! 僕から引き剥がしてんじゃねえよ!」
「るっせえガキどもだなあ! いいから船室にでも籠ってお祈りでもしてやがれ! 本当に腹立たしいが、上陸にはお前らも連れて行けとの命令だ!!」
ブラックが怒鳴るのに、艦長は怒鳴り返す。
だがどちらも一向に引かなくて、クロウが無表情で呆れたように二人を見ていた。
ああ、そんな場合じゃない。そんな場合じゃないのは解ってるのに。
でも俺も何だか混乱してしまって何も言い出せない。
そんな風に、全員が海の向こう側の事を一瞬忘れていた、その隙に――――もう攻防は始まってしまっていた。
「艦長! 先頭の第一小船団が接触しました!! 今回は目測可能、敵は今までの倍以上、甲板に出ている海賊達が交戦中です!!」
いつの間にかマストの上の見張り台に登っていた兵士が声を荒げる。
その声につられて、船首の遥か向こうに進んでしまった船団の最奥で、何か怒号が幾つも聞こえているようだった。
しかしその声は、次第に周囲の船団にも広がっている。
何かがおかしい。
「何だ、声が……」
「第一小船団だけでなく、他の船団からも戦っているような音が聞こえるぞ」
クロウが耳を忙しなく動かして、周囲の音を拾いながら言う。
戦闘は第一小船団。なら、その後ろに見えるのは、その囲いと違うはずだ。
しかし、そこからも声が聞こえるとクロウは言う。それが本当なら……――
「こりゃあ、やべえな……。やっこさんも本気を出してきやがったって事か……」
ジェラード艦長が、少し深刻そうな声で汗を一筋流す。
見つめる先は、怒号が飛び交う多くの帆船の群体。さっきまでは何事も無く静かだった、船の群れだ。けれど今はもう、違う。
嫌な予感に背筋が寒くなる俺達に、またもや報せが降って来た。
「数がっ……かっ、数が、どんどん増えます……! ピルグリム方面から敵が大波のようにこちらにやってきます!! 総数計上不能、こ、このままでは……!」
見張りの兵士は言葉を失う。
最早、その次の言葉を素直に吐き出せないくらい絶望に慄いているのだ。
だけど無理もない。この状況では絶望を抱いても仕方が無かった。
「…………肉の壁とは言うけど、ピルグリムに上陸するまで、僕達が無事でいられるのかも怪しくなって来たね」
ブラックが不吉な事を言う。だけど、誰もその言葉を怒る事が出来なかった。
何故なら――――最後尾の俺達の目で確認できるほどの……海上を黒く染める影の群体が、こちらに向かって来ているのが見えてしまったのだから。
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