異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

22.大きな不安に寄り来る黒波

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   ◆



 ――――ピルグリム島。

 プレイン共和国領海のはしに存在する、小さな孤島だ。

 四方を海に囲まれており、船が通る道とされる「海路」から離れた場所に存在するため、その存在を知る者は少ない。
 プレイン共和国内でも、この島の存在を知る人間は上層部と海上機兵団に限られ、古くからのわれが存在する島を守り続けて来たらしい。

 ……ジェラード艦長いわく、かの島は奇跡に満ちた島なのだという。

 隆起した尖塔のような岩の群れに囲まれた絶海の孤島は、底の浅いワイングラスのような不可解な地形になっており、絶対不可侵の様相を見せつけて来る。
 どこから上陸すれば良いのかと絶望的になるその様は、まるで「神のみが降り立つ事の出来る島」にも見え、海路を模索していた商人達の間ではしばしば「天寵の杯」と称されて、古くから信仰の対象とされてきたと言う。

というのも、このピルグリムは生命の入る余地が無い島にもかかわらず、その杯の器の部分には荒野の国であるプレインが羨むほどの瑞々しい緑と青い山、そして思わず手を伸ばしたくなるほどの大量の水を海に流す光景が広がっているからだ。
 ごくわずかな確率でその島の森の上を極彩色の美しい尾長鳥が舞う光景も、縁起物として尊ばれて来たほどだったと言う。

 その話を聞くだけでも、ピルグリムが地上の楽園のようなところだと解る。
 だからこそプレインの兵士達が守って来たと言う事も充分にうなずけた。

 でも……いにしえの神々をまつる島とはどういう事なんだろう。
 それに……ピルグリムには……アイツがきっと、待っている、のに……。

「文献……というか、我々の国教であるアスカー教の経典によると、ピルグリムは代々の神が人族などに気兼ねなく降りる事が出来た、唯一の【神坐かみざ】とされている。だから、器の形をしているんだそうだ。そもそも人が入れる形じゃねえんだよ」

 木製のパイプで煙をふかし、ジェラード艦長はもっさりと蓄えた髭の中に吸い口を埋れさせた。ううむ、なんだかアニメで見たような光景で非常にグッときてしまう。めっちゃ怖いオッサンなのに。

 どうでも良い事を考えつつ潮風に吹かれている俺に構わず、ブラックは何だか納得できないような顔をして腕組みしつつ反論する。

「そうは言っても、どうせ盗人か何かが入り込んでるんじゃないのか? お前らだって、島の保全なんつう名目で調査してるんだろ?」
「ムゥ、宗教関係はロクなことがない」

 クロウも言うねえ。
 でもアスカー教って俺達からして見たら、今の苦しみの根源みたいな神様を祀っている宗教だからなあ……。俺とブラックの話を聞いたクロウなら、そう言いたくなるのかも知れない。なんだかんだ俺達の事を大事にしてくれてるよな、クロウってば。

 ちょっとホロリとしてしまう俺を余所よそに、ジェラード艦長はパイプを吹かす。

「まあそら、渡る手段も有るし警備もおるわな。そこの汚ねえ小僧が言ったように、馬鹿どもは思ってもみねえ方法でお宝を探しにきやがる。宝なんてあの島にはねえんだがな。まあ、自然が宝だっつうならそうではあるんだが。だから守ってんだ」
「きっ、汚い小僧……」

 おお、ブラックがワナワナと震えている。どうやら屈辱を感じているらしい。

 そうなんだよなあ。ブラックって自分より年上のオッサンにはあなどられまくってて、小僧とか言われる事が多いんだよな。……まあ、言動が全然オッサンらしくないから仕方ない気もするけど。そりゃ更に年上のオッサンからすれば小僧にも見えよう。
 俺からすればオッサンがオッサンに小僧扱いって、なんか妙に思えるけどな。

「珍しい鳥や植物を盗みに来たりする奴らもいるという事か」
「そういうこった。だからと言って、観光地な訳じゃねえぞ」
「おいっ、けなすだけけなして放置すんな!!」

 クロウとは普通に会話してるから余計にブラックをおちょくってるように見える。
 しかし、このオッサン……いつの間にか俺達と会話してくれるようになったよな。最初は近付くな話しかけるなって感じだったし、兵士達にもそう命令してたのに。

 どんな心情の変化が有ったんだろう。
 それを聞いたら不機嫌になりそうなので何も言えないけど、しかし何事もなかったかのように振る舞われると、それもそれで不気味だ。

 何度も会議とかで話したから慣れた……ってことなのかなあ。

「ともかく……ピルグリムは特別に神聖な島だ。もしそこが、本当にあのクソッタレな影どもの本拠地だとしたら、非常にマズい事になる」
「神聖な島なのに、モンスターに支配されたかも知れないからですか?」

 俺が問いかけると、ジェラード艦長はジロッと何か言いたげな目で俺を見たが、少し狼狽したかのように目を動かし反らすと、再び煙を吹かした。

「それも、あるが……。まず、あそこにゃモンスターに対抗しうるものが何もない。ヘタすると自然や固有の生き物を破壊されている可能性もある。それに、もし本当にあの島が影どもに占領されてしまったのだとしたら、緊急連絡が来るはずだ。なのに、俺は連絡など一度も受け取らなかった。……だとすると……」
「島に居る兵士達は、既に息絶えている可能性もあるな」

 クロウがそう言う。
 ジェラード艦長も頷いたけど……俺とブラックは、顔を見合わせて別の懸念を強く抱くようになってしまっていた。
 別の懸念。それは……考えるまでも無い。

 もし謎の影を操っている首謀者が、クロッコだとしたら……――――

 島自体が、最早「神聖」という名を失っているかも知れない。
 その島に居た兵士達も、何をされているか……。

「…………っ」

 考えるだけで、恐ろしい。
 アイツが居るんじゃないかと思うと、どんな最悪な状態を考えても間違いではないような気がして、悪い想像ばかりが頭に思い浮かんできてしまう。

 名も知らない相手なのに、まだ見た事も無い島なのに、クロッコとアイツが作ったのであろうモンスターが島を占拠していると考えたら、俺の想像の中に浮かんでいるピルグリムは暗雲立ち込める魔物の城にしかイメージ出来なくなってしまっていた。

 それに……一番、心配なのは……。

「ダークマター……無事なのかな……」

 俺に「ピルグリムに、いつか必ず来い。ずっと待っている」と言ってくれた、俺を何度も助けてくれた、謎の声の主。
 アイツは無事なんだろうか。姿が無い存在なら大丈夫なのかな。でも、俺は本当のアイツを知らない。もしかしたら、ダークマターは実体が有ったのかも知れない。

 だとしたら、クロッコに見つかれば何をされるか…………。

「ツカサ君」
「っ……ブラック」

 急に肩をつかまれて少し驚いてしまったが、見上げたブラックの顔は少しも不快そうな表情をしていない。それどころか、俺を励ますように少し笑っている。
 ……今の状況じゃ、真剣な顔をしても俺を不安にさせる。そう解ってるんだ。
 確かにその通りで、察せられるとくやしかったけど……でも、ブラックのその気遣いが今の俺には嬉しかった。

「大丈夫だよ。ツカサ君に助言をくれるくらい偉そうなヤツなんだろ? そんな奴がどうこうされるワケないさ。だってそれじゃ格好つかないでしょ?」
「……はは、そうかも……」

 そう、かもな。そうだよな。
 ダークマターは俺より頭が良さそうで、俺の事を冷静に考えてくれていた。
 もし俺がダークマターだったらダメだったかもしれないけど、アイツなら絶対に、クロッコなんかに負けたりしない。きっと、どこかで無事でいてくれる。

 でも……それで安心したとして……。
 そもそも、兵士達が守る「誰も入れない島」に居るアイツって……なんなんだ?

「……あの、ジェラード艦長」
「なんだヒヨッコ」

 ブラックが小僧なら俺は生まれたてのヒヨコらしい。
 まあそりゃアンタにはそう見えるだろうがなとちょっとムカ付きつつ、俺はオブラートに包んだかのような曖昧あいまいな言葉で問いかけてみた。

「あの……島には、兵士しか居ないんですか?」
「……どういう意味だ」

 問われて、ひげおおわれた顔の船長は怪訝けげんそうな顔をする。
 そりゃこっちの表情だと思ったが、俺は続けた。

「いえ……その……兵士以外に暮らしてる人っていないのかなって……その人も影に襲われていたら、その……」

 なんとも煮え切らない言葉になってしまったが、ジェラード艦長はそんな俺の言葉に少し考えるようなそぶりをして、パイプの吸い口を噛んで軽く動かしながらたくましい腕を組んでみせた。

「ふむ。聞いた事は無い……というか、少なくとも調査では見つからなんだが……」
「……?」

 妙な感じで言葉を切ったけど、どういう事だろう。
 首を傾げると、ジェラード艦長は俺を横目で見た。

「不可解な現象が起こる、とは、言われている」
「……不可解な、現象……」
「俺にもよくわからん。島守は基本的に特別部隊だ。俺ですら全貌ぜんぼうを知る権利は無い。だが、あの島から帰って来た兵士はみな一様に不思議そうな顔をする。それで、言う事がこうだ。『なんだか、ずっと誰かに見られていたような、悪戯いたずらをされていたような不思議な事ばかりだったな』と。例外は無かった」

 それって…………どういう、事だ?

 情報が足りない。それではあの場所にダークマターがいると決めつけられない。
 だって、俺はアイツの正体を知らないんだ。声だけしか解らない。
 人の形をしているのかどうかすら解らないんだ。生きているのかも……。

 どういう事なんだろう。ダークマターは本当にあの島に居るのか。
 居るとして、今も無事なのか……?

「クィーッ、クィイー」

 混乱する俺の下で、イカちゃんが再び進路を指示するように小さな触手を伸ばす。
 その触手の先端が指す方向を見て、ジェラード艦長は呟いた。

「……南か。東を真正面に、更に南下……。こりゃあ、悪い予感が当たりそうだ」

 どこか自嘲したかのような笑い声を含んだ艦長の声に、俺は心臓がぎゅうっと引き絞られる。それってやっぱり、向かう場所は……。

「もし行き先がピルグリムなら、もうそろそろ爪の先程度に見えるはずだぜ」

 完全に南を向いて進み始めた船の船首から、はるか遠くを見やる。
 マストからでも無い、視界が狭いこの場所から見えるのだろうか。

 そう思いながら、目を凝らすと…………――――

「あ…………」

 何も無いはずの水平線に、何か。
 黒い点が一つ、何か見えてきてしまった。

 まさかあれがピルグリムと言うのか。とうとう俺はあの場所を知ってしまうのか。

 息を呑んだと、同時。

「クィイイッ! クーッ! クィーッ!!」
「なっ、なんだ!?」
「イカが騒ぎ始めたぞ」

 驚いた俺達を余所に、イカちゃんはバケツから飛び出て船首に跳び立つ。
 そうして、まるで猫が毛を逆立てるかのように体をぶるぶると震わせて、足の役割を持つ触手以外をバッと広げて海に向かい威嚇をし始めた。

 何が起こった。イカちゃんはどうしたってんだ。
 慌てて後を追い、船首の向こう側に見える水平線を全員で睨みつける、と。

「――――!!」
「来やがったな、クソッタレどもめ……っ!! 敵襲――ッ!! 敵襲――ッ、警鐘鳴らせボンクラどもがァ――――!!」

 息を呑んだ俺達の背後で、ジェラード艦長が大声を張り上げる。
 その声に急かされたように、船全体に響き渡る忙しない鐘の音が響いた。
 カンカンカンとまるで焦るような音は、海を越える。それが届くのは、アフェランドラの背後を進んでいたガーランドの船団だ。

 その音が意味するのは、ただ一つ。


「…………やっぱり、そう簡単には済ませてくれないみたいだね」


 「戦いに備えよ」という、体を戦慄わななかせる警告だった。











 
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