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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
11.相手の気持ちを透かす術はない
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危機は去った……と言いたいが、実際の所そう楽観してもいられない。
数人の兵士達が“謎の影”に襲われて再起不能になり、ガーランド達と同じように昏睡状態に陥ってしまったからだ。
影達はいつの間にか居なくなっていたが、またすぐに現れるかもしれない。それを考えると、悠長にはしていられなかった。
とにかく、俺に出来る事は一つ。彼らを【アクア・ドロウ】で救う事のみだ。
幸い、昏睡状態に陥った人は五人程度だったので、なんとか医務室で治療する事が出来たけど……これ以上だったら流石に危なかったな……。
黒籠石は予めシアンさんに数個持たせて貰ってたけど、沢山持っていると俺の体にも差し障りが有るから、そこまで所持出来なかったんだ。それに、そもそも俺自身の体力がヤバかったってのもある。
【アクア・ドロウ】は呪い……っぽい物の解除にはかなり効果的みたいだが、その実とても体力を使う。制御が難しいと言うか……なんだろう。黒籠石を持ってるせいなのか、それとも「毒を吸い出す」という術は案外力を使うのか、使えば使うほど、他の曜術よりも体に疲労が溜まって行くのだ。
もしかして、悪い物を吸い取るたびに、俺にもちょっと流れて来ていたりするんだろうか。でも昨日は寝たら治ったし……結局、MPを尋常じゃ無く消費すると言う事で良いのかな。よく分からないけど、とにかく助けられてよかった。
放って置いたらとんでもない事になってたかもしれないからな。
……それにしても、今回の影の攻撃は何だったんだろう。
何の為に攻撃して来たんだ。俺達が近付いて来たから? それとも接触ポイントに入ると自動的にアイツらがやってくるのか?
そもそも“謎の影”ってどこからやって来てるんだ。
迎撃してるのか獲物を狩りに来ているのかそれすら解らない。ただ分かっている事は、あの影に襲われたら、体を巡っている“大地の気”を吸い取られてしまうと言う事だけだ。それ以外、相手の名前も倒し方も不明だった。
それでも、船が軽傷で済んで兵士達も無事なのは幸運だったな。
処置が早かったお蔭か、兵士達もそこまで気を失わずに済んだみたいで、一時間ほど経つとみんな安らかな寝顔に変わってたけど……ガーランド達が攻撃を受けた時と同じ攻撃だったのか、未だに判断が付かないな。
完治したっぽいのは喜ぶべきだ。しかし、結局“謎の影”の部位とかも手に入れる事が出来なかったし、今回の調査は成功なのか失敗なのか……。
うーん……色々と考えると頭が痛くなるけど、悩んでもどうしようもないよな。
停泊している間、もうあの影もクラーケンも襲って来なかったし……。
「おーいツカサ、起きてる奴いるか? スープ作ろうと思うんだが」
「あっ、ナルラトさん」
唸りながら考えていた俺の耳に、ドアを開ける音とナルラトさんの声が届く。
どうやら甲板の修復が終わったらしいな。
俺は今まで座っていたベッド横の椅子から立ち上がり、ナルラトさんに近付いた。
最後の兵士を治療してからずっと病人の横でウンウン唸ってたから、すっかりここが医務室だって事を忘れていたな。
ドアに挟まるように立っているナルラトさんに近付くと、相手は口の端を片方だけ上げて笑った。
「なんだ、随分熱心に看病してたみたいじゃねえか。あのオッサン達が嫉妬するぞ」
「そ、そういうんじゃないですってば! えーと……それで、スープですっけ。まだ全員寝てるから……たぶん、帰港するまで起きないんじゃないかな……」
「そっか。じゃあ、兵士達にメシだけでいいな。お前なんか喰いたいモンあるか」
急に問われて、俺は目を丸くして言葉を飲み込んでしまう。
兵士達にって言ってたから、てっきり普通に献立とかあるんじゃないかと思ってたけど、この船では別にそういうのはないのかな。
でも流石にこの状況で食べたいものを言うのはワガママだよなぁ……。
「俺は何でも食えるから、とりあえず疲れがとれるか、栄養が有りそうなものが良いんじゃないすかね」
「んだよ、お前の好物は無いんか」
「いや、そう言う訳じゃないんですけど、この状況ですし……」
俺の好物よりも、兵士達の休息の方が必要だろう。
そう説明するが、ナルラトさんは不満げな表情だ。……なんか「何食べたい?」て聞かれた時に、「ステーキ!!」と素直に答えた時の母さんの表情に似ている。
何で聞かれた事に正直に答えたのにそんな顔をされにゃいかんのだ。
「はぁー。お前な、もうちょっとガキで良いんだぞ? な?」
何故か憐れんだような声を出されて、頭をポンポンと叩かれる。
やめろ、身長が更に縮む、やめろ!
つーかナルラトさん俺の事ガキ扱いしてない?
完全に高校生以下の扱いしてない!?
あのっ、俺この世界では成人扱いなんですけど、立派なんですけど!!
「頭叩くのやめて下さい!」
「そがん文句は一丁前の大人になってから言わんとなあ。ま、ちゃっちゃと作るからよ、呼びに来るまでお前も休んでろ。いいな」
「ぐぬぬ……」
そう言うなりナルラトさんは部屋から出て行ってしまった。
ったくもう……本当、俺がこの世界じゃ子供並の身長らしいからって、誰もかれも俺の事をガキ扱いしやがって……俺だって元の世界だったら平均身長なんだからな、きっとこの世界でちょっと伸びて、平均身長に届いてるんだからな!!
でもそう言う事を口に出すとよけい惨めだから言わないけど!!
「ぐううう……見てろよ、俺だっていつかモテ筋肉の高身長になってやるんだからな、格好良くヒゲだって嗜むんだからな……!!」
怒りを抑えつつも、踵を返して改めて医務室を見やる。
ベッドが十床ほどある広い部屋である医務室は、思ったよりも俺の世界の保健室などに近い。とはいえ木の壁に木の天井だけど、他の場所に比べると壁にニスが塗ってあるような光沢があるし、かなり綺麗に清掃されている。
ガラスが嵌め込まれた鍵付きの戸棚は、俺の世界で言う所の薬品棚として何かの瓶をずらっと並べているし、そういえばドアの近くには診察するための机と椅子があるみたいだ。でも医師は最初から居なかったよな……。
俺が治療している間も見かけなかったけど、どこに行ったんだろう?
もしかして、人員不足で乗せられなかったのかなあ。
「ま、いっか……。はぁ……ちょっと疲れたから、マジでひと眠りしようかな……」
甲板の修理具合が気になるけど、俺が行ったってどうにもならないし……それに、ブラックとクロウが手伝ってるみたいだから、上手くいっているだろう。
あの無骨で声がデカいコワモテのヒゲオッサン(上官らしい)なら、ブラック達を厳しく監督してそうだしな。何とかなってるなってる。
便りが無いのが元気な証拠、と思いつつ、俺は兵士達が眠っているベッドが並ぶ列と向かい合った、反対の壁にくっついているベッドの一つに寝転んだ。
さすがに兵士の人達と並んで眠るのは後で色々言われそうだから怖くて無理。
「意外と柔らかいなこのベッド」
スプリングが無い藁か干し草のベッドかと思っていたが、医務室のベッドには何か特別な処理が施されているのか、俺の世界のベッドとかなり似た感覚だ。
ぽいんぽいん跳ねるし、柔らかくて体が適度に沈む。
こう言う所はプレイン共和国の技術力が働いてるって事なんだろうか。
まあ何にせよこれなら気持ち良く寝られそうだ。
「はぁ……」
息を吐くと、体がずしりと重くなってくる。意外と疲れていたらしい。
でもまあ、無理も無いか……朝からドタバタしてたし、ブラックの船酔いを治そうと船を下りたり上ったりしてたし……。
なんだか、うとうととしてくる。
一瞬意識が途切れてハッと気が付く間隔が長くなってきて、もうすぐ眠りそうだ。
そんな風に思っていると……何か、扉が静かに開くような音がした。
なんだろう。ブラックとクロウが来たのかな。それともナルラトさんかな。
目を閉じてうつらうつらしていると、ドアが静かに閉まる音がした。
誰だろう。声がしないから解らないけど……ブラック達なら俺の名前をワアワアと呼んだりして、煩いはずだから……別の人が入って来たんだろうか。
仲間が心配で見に来た人かな。だったら、起きて何か説明を……ああ、だめだ、目が開けられない。もう眠りそう。
そんな事を考えていると……足音が、大きくなって。
なんだか、耳にはっきりと聞こえて来て……。
「――――――」
あ、吐息が聞こえる。
俺の事、誰か尋ねて来たのかな。
じゃあ寝ちゃいけない。起きないと……起き、ないと……。
「…………」
…………頭が、気持ち良い。
額……撫でられてる……のかな……。
ああ、気持ちいい。でも、だめだ。起きなきゃ。
こうしてくれるって事は、知り合いのはずだ。俺を訪ねてきたのかもしれない。
起きなきゃ、起きないと……。
「…………――――」
吐息が肌に触れる。
それが瞼や頬にかかって、ぴくりと体が動く。
あ、目が醒めそう。そう思って、俺はぎゅうっと目を絞めてゆっくりと開ける。
――――と。
「っ……!」
「…………ぁ、え……ま、ぐな……?」
……そうだ。銀色と、赤い色。これは、マグナだ。
マグナ、起こしに来てくれたのか。
目を擦ろうと手を動かすと、マグナはびくっとして小さくなった。
…………小さく。あ、なるほど、今まで凄く顔が近かったのか。
「お……起きたのか」
「う゛う……ごめ……ちょっと、寝てた……」
目を擦りつつ上体を起こすと、マグナは頬を掻いて目を逸らした。
「まあ、その……また【アクア・ドロウ】と言う術を使ったんだろう? それなら眠ってしまっても仕方ない。……しかし、今回はそれだけ酷い症状だったのか?」
「いや、流石に連日だと疲れるみたいでな……ふあぁ……」
「そうか、まあそうだな……。あの影と接触した後、お前の声が聞こえなくなったから、医務室で倒れてやしないかと心配だったんだが……取り越し苦労だったか」
「うわひっでぇ! 俺頑張ったんですけど!!」
むしろ褒めて欲しいぐらいだわと怒ると、マグナは苦笑して俺の頭を叩いた。
あーもーお前もか!
「そう怒るな、お前にご褒美があると言いに来たんだぞ俺は」
「えっ、ごほーび!?」
なにそれなにそれ、美味しい物ですか、それとも魔法のアイテムですか?
マグナがくれる物だったら、絶対に良い物に決まってるよな!
もうバッチリ目が覚めて輝かんばかりの目を向けた俺に、マグナは苦笑を深くして「仕方がないなあ」と言わんばかりに腰に手を当てて肩を軽く竦めてみせた。
「お前も本当ゲンキンな奴だな」
「いいじゃん誰だって欲しいじゃんご褒美! なにっ、何くれんの」
「くれる、と言うか……まあ、お前が大好きなモノだな。他の奴も使うことになるが、お前を一番乗りにしてるつもりだったんだ」
「一番乗り?」
良く話が呑み込めなくて首を傾げると、マグナは少々勝ち誇ったような顔になり、ふふんと鼻息を拭いて見せた。
「まあ、ランティナに帰ってのお楽しみだ。それまでゆっくりしていろ」
「う、うん……?」
ポンと肩を叩かれるが、何の事だかイマイチ分からない。
なんだろ、マグナが一番に使わせてくれる物って……?
まさか、改良版の鍵蟲……とかじゃないよなあ、さすがに。
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