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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
7.過去と不安と
しおりを挟むよし、とりあえず近しい兵士の人にさっきの事を知らせよう。
……とは言ったものの……誰に話したらいいんだろう。
とりあえず近場に居る兵士に話し掛けようとしたのだが、何故か彼らは俺達を避けてしまう。「あの~」とか「すみません」とか声を掛けたんだけど、兵士達の対応は別段変わらなかった。
「ロコツに避けられてるねえ」
「うーん……。でも、ちゃんと話しておかないとなあ……」
甲板にいる兵士達に海を注視して貰うのが一番いいんだけど、この状態じゃソレをお願いする事も出来ない。
何度かトライしてみたけど、どの兵士にも一瞥されて「邪魔だ」と言われるだけで、話すらも聞いて貰えなかった。ぬう、これは相当根深いぞ。
さすがにブラックもイラついて来たのか、最後に話しかけた兵士にはえらくメンチを切ってしまっており、話しかけた相手を怯えさせてしまった。
やっぱりブラックを同行させない方が良かっただろうか。いや、そんな事を言っても仕方がない。それより大事なのは注意を促す事だ。それに、兵士達は上官から俺達に関わるなと言われているのかも知れない。だから、真正面を向いて話をしたくても出来ないのかも。
だったら、直接上官に話を聞いて貰うしかない。
でもまあ俺達の目的は半ば達成したようなもんだけどな!
俺達は、甲板で見張りを行っている兵士達には「船の後方に白い何かが見えた」と言いながら話を聞いて貰えないか頼んでいた。もちろん、兵士達は聞いていないふりをしていたが、実際には聞こえているはずだ。
しかも俺はソレを“甲板にいる全員”に訴えているので、誰か一人くらいは無意識に気にしてくれているはず。俺達が信用出来なくても、どうせ周囲を警戒する事にゃあ変わりないのだ。ついでに見てさえくれればそれで良い。
いや、兵士ならそうしてくれるはずだ。
だから、正直な話、俺達の役目はもう終わっている訳で……でも、本当にそうしてくれるのかは解らないから、上官に話を聞くのである。
思い込みはキケンだもんな。やっぱそこはちゃんと直訴しておかないと。
「あの、しつこくてすみません。上官さんはどちらにいらっしゃいますか……」
一番近い所にいた兵士に問いかけると、彼は海の方を見ながら下を指さした。
相変わらず一言も喋ってくれないけど、まあ話を聞いてくれただけマシだろう。
お礼を言って、俺達は再び船内へと入った。
あ、もちろん、カップとポットを入れた未使用のバケツを持ってな。
「ブラック、大丈夫?」
「うん。ツカサ君のお蔭でだいぶマシになったから、船の中も平気だよ」
階段を下りながら後ろにいるブラックを振り返ると、確かに顔色は悪くない感じに見えた。とは言えさっきまで苦しんでいたので今も少しだけやつれた感じだが、それは無精髭が生えているせいかもしれない。
まあとにかく、平気なら良い。
「とはいえ……上官がいるところってどこだろうな」
「これだけ徹底して無視の命令が出てるんなら、もうさっきの“お茶をくれた男”の所に行った方が良いんじゃない? まどろっこしいし探すのも面倒臭いし」
「まあそれもそうだな。んじゃナルラトさんの所に行くか」
通路を歩きがてら、俺はブラックが誤解しないようにナルラトさんの事を話す。
彼は、プレイン共和国で俺達を助けてくれた鼠の獣人――鼠人族のラトテップさんの弟であり、俺達の事情を知ってお茶を出してくれた好青年なのだと。
その説明にブラックは「ほんとかなぁ」などと言う疑わしげな目つきをしていたが、ラトテップさんに一応の恩義は感じているのか、それ以上は何も言わなかった。
そう、彼は俺達の恩人なのだ。
ラトテップさんは、初めて出逢った時、胡散臭い糸目の商人の格好をしていた。
けれど、その実態は……自分が仕える国の行く末を憂い、何とか議会の暴走を止めようとしていたプラクシディケ議員に従う斥候だった。
クロッコに操られとんでもない戦争の道具を造り、俺をその部品の一部にしようとしていた奴らの中に単身入り込んで、俺達を救ってくれた人なのだ。
……その、ラトテップさんは……俺とレッドを救うために命を落としてしまったが、俺は彼の事を今でもはっきりと覚えている。
忘れようとしても忘れられない、今でも出来る事なら恩を返したいくらいの、大事な命の恩人だった。敵だらけの場所にたった一人で監禁されて、心が壊れそうだった俺を、彼は救ってくれたんだ。それに、何かおかしくなっていた兵士達に犯されそうになった時も、助けに来てくれて……俺からすればヒーローみたいな人だった。
――あの時の事は、今でも思い出すと胸が苦しくなる。
ラトテップさんは俺を心配して「気に病むな」と最期に笑ってくれたけど……それでも、つい「あの時何か出来たんじゃないか」と考えてしまう。
なにも恩返し出来ないまま彼を死なせてしまった事を考えると、目の奥がじわりと熱くなって鼻を啜りたくなった。でも、それじゃだめなんだ。ラトテップさんは、俺の事を最後まで気にかけていてくれた。その思いを無駄には出来ないから。
……だけど実際、彼の弟であるナルラトさんに会うと、その決心も揺らいじゃうよなぁ……。だって、ナルラトさんからすれば俺は…………。
「ツカサ君」
「ん゛っ」
更に下の階層に降りる階段を目の前にして、唐突に肩を掴まれる。
何事かと思ったら、くるりと反転させられてブラックの方を向かされてしまった。
思わず相手の顔を見上げると、ブラックは何だか神妙な顔をしている。
どうしたのだろうと思ったら、ぎゅっと抱きしめられてしまった。
「っ! お、おいっ、ここ通路……っ」
「どーせ誰も居ないんだから良いよ。……ツカサ君、考えてる事バレバレ」
「え……」
何が、と目を丸くした俺に、ブラックは不満げに眉根を寄せて口を尖らせる。
「あのネズミ男は、確かにツカサ君の恩人なのかも知れないけどさぁ。でも、死んだ奴の事を考えて落ち込んで、それで何か解決するの?」
「…………」
「死人は死人だよ。悔やんでも生き返る事なんて絶対に無いし、悩む時間が無駄だ。だからさぁ、もう悩むのやめなよ。悩んで得する事が有るの? 思い出して、何かが救われるの? そんなこと考えるヒマがあるなら、恋人である僕のことを構ってよ。まあ、あの男が僕より大事だって言うなら、別だけど」
「そっ、そんな言い方……」
ずるい。
そんな言い方するなんて、ずるいよ。
確かにラトテップさんは死人だ。生き返ることはないし、俺が落ちこむ時間も無駄以上の何物でもないのかも知れない。隣で生きている人の事を考える方が、大事なのかも知れない。もう二度と、あんな事を繰り返さない為にも。
だけど、だからって割り切れないよ。
忘れようとしても、思い出してしまう。ナルラトさんという弟が今ここに居ると知ってしまったら、何と詫びたらいいのかと考えてしまうのも当然じゃないか。
なのに……考えるな、無駄な時間だ、なんて。
そりゃあ、ブラックからすればそういう感想しか抱かないのかも知れない。
だけど俺は、俺は…………。
「ツカサ君は、僕より死んだ男の方が大事なのかな」
「…………バカ……っ」
言わせるのか、それを。
それを言えば、俺も人でなしだと罵られるだろう事を知っていて。
……ブラックは本当に、ずるい、意地悪だ、人でなしだ。
恋人じゃなかったら、本当に……はっ倒してるのに……。
「……ム? なんだ、こんな所で抱き合って」
「っんん!?」
声を掛けられて驚いて思わず振り返ると、そこには今まさに階段を上がり切ろうとしているクロウがいた。
あっ、そう言えば酔い止めの薬を頼んでたんだっけ。
「おい、良い雰囲気だったのに邪魔すんなクソ熊」
「ヌゥ……医務室に誰も居なかったから、薬が貰えなかったのだが……その調子に乗った様子なら、問題なさそうだな」
「は? 殺すぞ?」
あーもー二言目には殺す殺すってお前もー。
本当コイツは他人に辛辣すぎるんだよなぁ。
……でも、いつもみたいに話してくれて、ちょっと落ち着いた……かな。
「クロウ、ありがとう。何か言われなかった?」
ブラックに抱かれたまま聞くと、クロウは首を傾げる。
「特には……というか、誰ともすれ違わなかったぞ。人がいる気配はするが、かなり少ないせいか持ち場から離れられないようだったな」
「なるほど……だから誰ともすれ違わないのか……」
クロウの獣人の聴覚、さすがだな。
しかし、このレベルのデカい船なのに人がそれほど少ないってヤバいな……。
もしかして、シアンさんがあれほど焦っていたのはこういう事情もあったのかも。
「……それなら、なおさら報告しないとな」
「何をだ?」
「あ、そっか、クロウは知らないんだっけ……」
かいつまんで今の状況を離すと、クロウはナルホドと言うように頷いていた。
「うむ、変な物が有ったら出来るだけ報告しておいた方が良い。例えそれが岩や魚であっても、気にしすぎて損をするような事は無いからな。……しかし、厨房の人間に行って通るものなのか?」
「それは解らないけど……でも、ナルラトさんなら聞いてくれるかなって」
直接言いに行ったって「アポがないです!」とかよく解らん事を言われそうだし、だったら俺と普通に話してくれたナルラトさん経由で取り次いで貰ったほうが、まだ上官に話を聞いて貰える確率が上がると思うんだよ。
というか、この船で俺達に好意的なのって、マグナとナルラトさんしかいないワケだしな……。マグナは絶対に忙しいだろうし、俺に声をかけてくれた彼の方が余裕があるかも知れない。
そんな訳で、俺達は三人で食堂へと向かった。
クロウは船内に同じ獣人族がいると知ったからか、少し熊耳を緊張させていたが、なんというかその姿がちょっと可愛い。同族に会うのも久しぶりだもんな。
願わくば鼠人族が熊族を嫌ってるとかそう言うのが無いといいんだが。
そう思いつつ、階段を下りて食堂のドアを開けると。
「うわっ、さっきより凄い良い香り!」
「肉を煮込んでいる匂いだな。香草が色々使われているみたいだ」
「そう言われてみると、なんかちょっと鼻にくる匂いかも……」
ブラックが鼻を動かすのに倣って俺も鼻から息を吸い込むと、確かにスパイシーな香りが鼻孔を通り抜けて行った。
ううむ、他ではあんまり嗅いだ事のないニオイだな。ちょっとインドな感じだ。
そういえば獣人の国って南の方に在るみたいだから、もしかしたらそっち系の郷土料理なのかな?
……って、そんなこと考えている場合じゃないか。ナルラトさんを呼ぼう。
「すみませーん、ナルラトさーん!」
声をかけると、暫くして厨房の奥の方からドタドタと足音が聞こえてきた。
カウンターの奥から近付いて来るのは、さっきと同じ姿の相手だ。
「おう、ツカサ……と、そこのオッサン二人はツレか?」
「う、うん。俺の仲間。……えっと、あのさ、仕事中に申し訳ないんだけど、頼みが有って……」
かくかくしかじかと今までのダイジェストを話すと、ナルラトさんは「なるほど」と言わんばかりに頷いた。
「……ふむふむ、謎の白い影を見たと。んで、俺に取り次いでほしいと言う事だな」
「はい……」
仕事中に変な頼みをしてしまったというのに、ナルラトさんは快活に笑って己の胸を叩いて見せてくれた。
「そういう事なら任せとけ! でもまずは……腹ごしらえだな!」
……ん? どういうこと?
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