異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
1,184 / 1,264
曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

6.束の間のティータイム

しおりを挟む
 
 
 やっぱり厨房は銀ピカで、汚れ一つない。

 普通の船はこういう感じが普通なんだろうか。それとも、この船には綺麗好きなコックさんが多いとかそう言う感じなのか。
 どちらにせよ、どこかに触れるのがはばかられて、俺は周囲に触れないようにナルラトさんがいる方へと歩いて行く。

 ナルラトさんはカウンターから離れた少し奥まった所で、なにやら戸棚をゴソゴソとあさっているようだった。

「えーと…………おっ、あったあった。これだ」

 何かを見つけたのか、ナルラトさんの腕が止まる。
 しかしそのまま腕を引く事は無く、彼は俺の方を向いた。

「で、その船酔いしてる奴ってのは甘い物は平気か?」
「あっ、いや、どっちかって言うとあんまり食べない方です」
「じゃあコッチのが良いな」

 そう言いつつ戸棚から取り出したのは、リンゴぐらいの大きさのビン。コルクで封をされたビンを開けると、そこからは独特のスウッとする香りがただよってきた。
 うーん、嗅ぐだけで鼻の中が通る感じのこの香りは……。

「えーと……ミント……ハッカ……ですか?」
「おう、よく判るな。これは青藍薄荷せいらんはっかっつう奴で……一般的な薄荷だ」

 ナルラトさんが、ビンに入っていた物を油紙っぽい紙の上に出してくれる。
 外に出されたソレからはほのかに薄荷の香りが漂って来たが、出て来た物の見た目は俺が知っている薄荷とはちょっと違う感じの物だった。

 セイランハッカと言われる物は乾燥させた上で保存されていたらしく、ちりちりと丸まっていて高級なお茶っ葉のようだ。
 だけど、その色は緑でも深緑でもなく……少し紫が混ざった青色だった。

 これがこの世界のハッカなのか……。

「ちょっと噛んで見るか?」
「あっ、す、すんません俺ハッカ苦手で……」
「はは、大丈夫だって。まあ噛んでみいや」

 若干じゃっかん方言っぽさを感じる言葉づかいでそう言われて、俺は小さな欠片かけらを恐る恐る口にふくんでんで見る。すると。

「ん……! あれっ……なんか……」
「大丈夫だろ」
「は、はい。スッとするけど柔らかい刺激だし、甘みが有るから平気です」

 この味、どっかで……と思ったけど、アレだ。
 焼き肉屋で渡してくれる、ちょっとミント感が弱くて俺でも噛めるガムだ!

 なるほど、こんな感じだったら俺でも頬張ほおばれるぞ。
 清涼感があってスーッとするけど、鼻にツンと来るほど酷いってワケじゃないし、なにより果物くだもののような甘みが嬉しい。徐々に効いてくるタイプのメントールみたいな感じだが、これをどうするんだろう。

「うむ。じゃあ、そこのポットとカップを取ってくれ」
「あ、はい」

 かまどにめ込まれていた大鍋の一つを開けながら言うナルラトさんに従い、俺は食器棚の中に入っていたティーポットを取り出す。
 戦艦に似つかわしくない可愛らしいポットだが、コレを使うって事は……お茶でもれるのかな。そんな俺の予想通りに、ナルラトさんはポットに茶漉ちゃこしを装着して、軽く一つまみ青藍薄荷を入れた。そこに、熱湯を注いで蓋をしっかり閉じる。

 そうして二三分置いて、ナルラトさんは茶漉しを取り出した。
 これは……いわゆるミントティーって奴だろうか?
 でも、どうしてコレを作ってくれたんだろう。

 不思議だなあと思う俺に、ナルラトさんは答えてくれた。

薄荷茶はっかちゃは、船酔いしてる奴に効くんだ。……と言っても、胃が気持ち悪かったり、頭が痛いとか気持ち悪いってのに効くだけだが……それでも何もしないよりずいぶん楽になるんだぜ」
「へぇ……! じゃあ、これを飲ませたら少しは良くなりますね!」
「マシって程度だろうがな。とりあえず、コレ飲ませて吐かなかったら次に冷たい物を飲ませてやんな。吐きたいっつうんなら、吐かせるのも大事だぞ」
「それ、胃が荒れません……?」
のどにずっとまって苦しむよりマシだろ」

 まあそりゃそうなんですが……うーん、まあでも色々知ってる人の言う事に従う方が良いか。うだうだ悩んでいても仕方がないしな。
 それに、悩んでいる間に折角作って貰った薄荷茶が冷めてしまう。
 水とバケツと一緒に早く持って行ってやろう。

「これ、いただいて良いですか?」
「お前のために作ったんだから、持ってってダメなワケなかろうもんさ。遠慮せず持ってけよ。ソレで駄目なようだったら、もっぺん来い。荒療治を教えてやる」

 さあ行け、と、水が入った水筒すいとうとバケツを一緒に持たせてくれるナルラトさん。
 あまりのいたれり尽くせり具合に思わず感動してしまったが、こんなに色々良くして貰って良いんだろうか。さっきの事もまだちゃんと話せてないのに……。

「あの、あの、ありがとうございます」
「いーから。……ま、上手く行ったら、後で俺んトコに来てくれや」

 話す事が有るからよ、と言われて、俺は深く頭を下げ食堂を後にした。
 今はとにかくブラックを楽にしてやらなきゃな。

「よし、これで何とかなるかも……」

 バケツに水筒とタオルとカップを入れて、大事にティーポットを抱える。
 こぼさないように慎重にしつつも、俺は出来るだけ足を速めて甲板へと向かった。
 数分の事とはいえ、ブラックは今にも吐きそうになっているかも知れない。揺れはゆるいままだけど、これでもキツい人はいるもんな。

 急いで階段を上がり再び甲板へと出ると、日差しが目を焼いてきた。
 やっぱり船の中の明るさと外の明るさは違う。目を慣らしながら、俺はマストの柱に背中をくっつけて体育座りで突っ伏しているブラックへ駆け寄った。

「ブラック、戻って来たよ」

 デカい声で呼びかけると頭に響くかもしれない。なので、おさえた声音でブラックに話しかけてそばに近付く。するとブラックはひざに顔を埋めたままでうめいた。
 良かった、まだ吐き気をもよおしてはいないらしい。

「バケツ持って来たけど、吐く?」

 そう言うと否定するようにうめく。頭を振る事すら気持ち悪くて無理なんだろうなぁ……。それを考えると気の毒で仕方ないが、ここは少し頑張って貰わねば。

「じゃあ、飲み物は飲めるか? 温かい薄荷茶を作って貰って来たんだ。飲んだら、少しは気分が良くなるかもって」
「う゛ううぅ……」

 ブラックは、ゆっくりと顔を上げる。
 やっぱり青白くやつれていて、ひたいに手を当てると冷たい。
 体が冷えてるのもあまり良くないらしいし、お茶で少しは落ち着いてくれると良いんだけど……この状態でお茶、飲めるかな。

「ほら、飲める?」

 カップにお茶を注いで近付けてやる。
 ブラックはうつろな菫色すみれいろの瞳でしばらくあらぬ場所を見つめていたが、やがて潮風に乗って己の鼻孔びこうに入って来たお茶の香りに「すひっ」と鼻を鳴らした。

「のう゛ぅ」

 飲む、と言いたいのかな。言語になってないぞ。重傷だぞ。
 大丈夫かなと思いつつも、ゆっくり体を起こすブラックを見守りカップを手渡す。
 数秒躊躇ためらっていたブラックだったが、手が温かくなる感覚に何か良い感触を覚えたのか、恐る恐ると言った様子で上唇を伸ばしてずぞぞとすすった。

 ちょっとずつ、カップの中の温かい薄荷茶を飲んでいくブラック。
 いつ我慢出来なくなるかとバケツをもって待機していた俺だったが……意外な事に、ブラックはお茶を飲み干してしまった。

「おかわり、いる?」

 問いかけると、ブラックは頷いてカップを差し出す。
 体温が自分の発熱とは異なるもので温められたのが利いたのか、少しだけ体が楽になったらしい。とはいえまだ気分が悪いのは継続しているだろう。
 カップにお茶を注いでやると、ブラックは一度ずつ口に茶を含み、うがいをするかのように飲みこむたびに空を見上げるようにあごを上げる。

 恐らく、スースーする感覚をよりのどや鼻に伝える為に、上顎うわあごにぶつけるようにして呑み込んでいるのだろう。実際、熱がある時や温まりたい時はそうする事も有る。
 時間をかけてポットの中のお茶をカラにする頃には、ブラックもだいぶ落ち着いたようだった。顔も、ほんのり青さが抜けて来たぞ。
 その調子だと水を渡すと、ブラックはゆっくりと口に含みながら呑み込んだ。

「……どう?」
「…………ん゛……ちょっとは楽……みたい」

 良かった、喋れるくらいには回復したようだ。
 本当はもっと良くしてやりたいが、俺にはどうすればいいのか解らないからなあ。
 いざとなったらナルラトさんに聞きに行かなきゃ。

「ふう……まだ気分悪いけど、さっきよりは良いよ……ツカサ君、ありがとう」
「礼を言われるほどじゃないよ。お茶だって、厨房の人に作って貰ったんだし。後でお礼を言いに行こうな」
「えぇ~……お礼ぃ?」

 ロコツに嫌そうな顔をするブラックに、俺はびしっと指をさす。

「こらこら、その人は俺達の恩人の弟さんなんだからな」
「おとこなの」
「だーもーっ! 普通のお兄さんだから気にすんな!!」

 ったくコイツは俺が男と話すと一々疑いやがって!

 大体、俺に変な事を仕掛けて来るのはアンタやクロウみたいな嗜好の持ち主だけで、普通の人は俺と普通に接してくれるんだってば!
 なのに、なんでこうも攻撃的なんだろう……。

 でも、そうやって考える余裕が出て来たんだから、もう平気だよな。
 だったら、次にやる事は一つだ。

「なあブラック、まだキツかったらそこに居て良いんだけど……俺、ちょっと兵士の人に話をしてきて良いか?」
「話? どーして?」

 まだ少し気分が悪いのか、しかめっ面ながら目を瞬かせるブラックに、俺は先ほど見つけた謎の白い影の事を話した。
 一笑に付されるかなと少し心配したけど、ブラックは真面目に話を聞いてくれた。

「……そうだね、話しておいた方が良いかも。海では逃げ場がないし足も遅くなる。このデカブツに乗ってる以上、モンスターが出たら強制戦闘だ。気になる事が有るのなら、きちんと知らせておいた方が良い」
「一緒に行ける?」

 問いかけると、ブラックはちょっと目を見開いてほおを緩めた。

「うん。もう平気だから、一緒に行くよ」

 先に立って手を差し出すと、ブラックは手をにぎってくれる。
 大きくてゴツゴツしてて、てのひらも皮が厚くて硬い、大人の手。

 だけど、目の前の相手は子供みたいに嬉しそうに笑っている。
 その顔を見ると、何故だかホッとして俺まで嬉しくなった。











 
しおりを挟む
感想 1,344

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...