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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
5.まさかの出会い
しおりを挟む「づがざぐぅ……どぢだのぉ……」
どしたのお、じゃないよ。お前がどうしたのだよ。
いつの間にか体育座りで膝に頭乗っけてるし、お前の方は大丈夫なのか。
俺の様子が変わったのを目敏く見つけたらしいブラックだったが、今はもう普通に声を出す気力すらも無いらしい。それは構わないし、気の毒なんだけど、俺の事を気にするよりも自分が楽になる方法を考える事に注視して欲しいんだが。
でも、気を逸らせるものが俺しか無いんなら、それを指摘するのもなあ。
俺を見て気が紛れるなら幾らでも見て欲しいが、この状況ではそうもいかない。さっき見たのがモンスターだとしたら、見て見ぬ振りなんて出来ないぞ。
俺は知ってるんだ。「なんだ見間違いか」とか言って放置したら、いつのまにか船の周りをクロコダイルやドデカい鮫が取り囲んでいるっていうパターンを……!
映画で見る分には「あ゛ー!」とか叫ぶだけで良いけど、現実じゃそうもいかないじゃないか。俺は嫌だぞ、とんでもない事になってから慌てるのは。
だから、今見たモノは絶対に報告しておかないと……例え「お前の見間違いだろ」とか言われて笑われても、こう言うのは知らせておくのが大事なのだ。後から「あの時、ちゃんと知らせておけば良かった……!」なんて思いたくないしな。
しかし、こんな状態のブラックを放っておくのも良心が疼く。
誰かに言いに行っている間に船酔いが悪化したら可哀想だし……あっでも、バケツとか持って来たほうが良いよな。そうなると水もいるし、布も必要だ。
ああ、クロウがいてくれたら、ブラックをお願いしてすぐに取りに行くのに。
でもこのままこうしてても、やがては俺が手で受け止める事態になりそうだし……ううむ、仕方ない……。
「ブラック、ちょっとだけ一人で我慢出来る? 俺、バケツとか水とか取りに行って来るから……」
「う゛ぅう……? ばけつ……?」
アカン、顔がさっきより青くなってる気がする。
っていうか言葉を出すのもしんどい状態だ。これは放っておくと限界を越えるぞ。
真面目にブラックがやらかさないようにしないと……。
「ばけつ、いぃ……海に、吐ぐ……」
「そうすると、モンスターを呼び寄せちまうかもしれないだろ? だから、ちょっとだけ一人で待っててくれるよな?」
子供に言い聞かせるように優しく言うと、ブラックは虚ろな目で俺を見つめながら「うぅ」とまた呻いた。これは納得してくれたってことかな……。
「すぐ戻って来るからな」
ブラックの船酔いを酷くする気がして肩を叩く事すらも出来ず、俺は立ち上がってすぐさま船内へと戻った。とにかくバケツと布だ。
たしか、タオルは部屋の中に何枚か用意されていたな。ばたばたと階段を下りて人気のない通路を進み、タオルをひっつかんで踵を返す。
あとはバケツと水なんだが……厨房に行ったら分けてくれるだろうか。
でも、厨房は何処だろう。
早足で通路を歩いて確認するが、俺達の部屋があるエリアには厨房が無い。
となると更に下の階だろうか。タオルを抱えたまま通路の終りにある階段を下りて進むと、なにやら通路の奥から湯気が漂ってきた。
ふむふむ……これはタダの湯気じゃなさそうだぞ。ほんのり別のニオイがする。
湯気が流れて来る方――通路の奥へと導かれるように進んでいくと、木製の通路には似つかわしくない鉄の扉が壁に張り付いているのが見えた。
あそこから湯気が出てるみたいだけど……入って大丈夫かな。でも、俺がこうして躊躇っている間にも、ブラックは静かに限界を迎えているかも知れない。そして、俺がダメだって言ったから我慢して口を押さえて……くっ、これ以上は考えたくない!
ブラックにそんな不名誉な事をさせてしまう訳には行かない。
入って来るなと怒られたらその時だ。ええいままよ!
覚悟を決めた俺は、思いっきり……とは行かず、重い鉄の扉をえっちらおっちら横に引いて、少しだけ出来た隙間から部屋の中に入った。
「おおっ! やっぱり厨房だった!」
以前、海賊船に乗った時にも食堂に入った事が有るが……あの食堂とは段違いだ。さすが国所有の船だな。海賊船の食堂はだいたい八畳ほどで、むさくるしい中年達が二十人も入ったら満杯だったけど、ここはちょっとした会議室ぐらいの広さがある。
並んでいる長机と椅子の間隔も広いし、机の脚もガッチリと固定されているから、横転する心配が無くて安心だな。それに、厨房の入口もフードコートのお店みたいになっていて、カウンターから食事を受け取れるようだった。
うーむ、やっぱり金を持ってると設備が違うな……。いや、この船の設計図は多分マグナが描いたんだろうし、そうなるとマグナが気が利く奴ってことなのかしら。
ちょっと考えてしまったが、今はそんな場合では無かった。
気を取り直して、俺は湯気を天井に流しているカウンターへ手をかけて厨房の中を無遠慮に覗いた。……なんかホントにお店の厨房みたいだ。銀ピカだわ。
でも人がいないな。湯気が出てるし、何かガシャガシャ音がしてるから、人がいるのは確かだと思うんだけど……よし、勇気を出して呼びかけてみるか。
「あのー」
…………反応が無い。もっと大きな声を出すぞ。
「あのー!」
……ダメだ。この厨房わりと広いのかな。それとも音に掻き消されてる?
もっと大きな声を出さなきゃ聞いて貰えないってのか。
上等だ、こちとら時間が無いんだからもう遠慮なんかしないからな!
「あのー!! すみませーん!!」
「うるせえな! こちとら仕込みの途中なんだよ!!」
ぎゃっ、めっちゃ怖い声が返ってきたんですけど!!
なにこの声、ヤカラ? ヤカラがいるんですか!?
思わずビクついてしまった俺のところに、誰かが近付いて来る。
もしかして屈強なオッサンが来るんじゃないかと思っていたが……
「誰じゃオイの仕事ば邪魔す……ん? 何だお前」
「え……」
カウンターの向こう側から現れたのは、思っても見ない容姿の人物だった。
「見慣れん顔だな……誰いやお前」
そう言いながら疑うような目つきをする相手は、当然のことながら背が高い。
だけど屈強と言う訳ではなく体型は標準で、組んだ腕もちょっと鍛えてるかなって程度の筋肉量だった。兵士にしては鍛え足りない感じだ。
しかし、俺が驚いたのはそこではない。
切れ長の目で、ちょっと怖いが醤油顔の整った顔立ちに、黒に近いダークグリーンの直毛を片方だけ垂らした、東洋系のただならぬ感じを覚える雰囲気。
そんな彼の頭乗せられた丈の低いコック帽の隣から……生えた、もの。
大人の男の掌くらい大きなソレは……まさしく、ネズミの耳だった。
「ね、ねず……いや、もしかして貴方は鼠人族……?」
そう言うと、相手は意外そうに目を少し開いてネズミ耳をわずかに動かす。
「ほう。お前、オイの種族ば知っとるんか。……うむ?」
「……?」
何だか相手の様子が急に変わる。
喧嘩を売っているような不機嫌そうな表情は変わらないが、何だか俺の事を値踏みするかのようにジロジロと上から下まで観察して来た。
な、なんだ。これはメンチ切られてるのか。今から殴られるのか?
「黒い髪に……その目の色……。まさかお前、ツカサって奴か?」
「えっ……俺のこと知ってるんですか?」
もしかして悪い噂で知られてるんじゃないだろうな。
思わず警戒してしまったが……意外な事に相手は顔を明るくして、強引に俺の肩にグイッと腕を回してきた。うごご、カウンター越しだと机の角が当たって痛い。
「知ってるも何も、兄貴が恐ろしかごと……おっと。あの兄貴が、とんでもなく大事にしてたらしい存在だからな! プラクシディケ様に聞いてどんな奴かと思っとったが、こりゃ懸想しても仕方ねえわ。ガハハッ」
「えっ、え、えええぇ……?!」
なに、話が全然解らないんですけど!
困ってしまって相手を見上げた俺に、顔に似合わぬ笑い方をする鼠人族の青年は、おどけたように俺にウインクをしてみせた。
「この耳で思い出さんか?」
「耳って……」
そんなの、一人しかいない。
ネズミの耳を持ってる人なんて、一人しか知らないんだ。
いないけど、でも……。
「…………ラトテップ、さん……」
言うと、胸が痛くなる。どうしてもあの時の気持ちを思い出してしまう。
態度に出さないようにしようと一生懸命抑えたのに、それでも声や表情は自分でも解るくらいに落ちこんでしまっていて。
だけど、相手はそんな俺の肩を抱いたままポンポンと手で軽く叩き、笑った。
「兄貴もそんだけ思われてりゃ幸せだ。……気にすんなよ、人族のぼっちゃん」
「……でも、その……貴方は、弟……なんですよね……?」
伺うように問うと、相手はニカッと歯を見せた。
注視しなければ気付かないほどだが、ほんの少しだけ前歯が長い。そんな白い歯を見上げる俺に、相手は己の事を親指で指して見せた。
「おうさ。オイは、長兄ラトテップの弟……ナルラトだ! ま、仲良くしようぜ」
やっぱり。
やっぱりこの人は、ラトテップさんの弟なんだ。
「…………あの……その、俺……」
「おう待ち待ち、そがん話は仕事の後たい。喋りたいんなら後でゆっくり聞いてやんよ。それよりお前は用が有って厨房に来たんじゃないんか」
「……! あっ、そ、そうだ、あの船酔いしてる奴がいて、水と……出来ればバケツが借りられる所を教えて欲しいんですけど!」
慌てて要望を言う俺に、ナルラトという鼠人族の男は再びニカッと笑った。
「なんだ船酔いか! おっ、じゃあ水よりいいモンがあるぞ。ちょっと待ってな」
「……?」
水より良いモノ?
なんだろう……もしかして、薬をくれるのかな?
カウンターに身を乗り出して厨房を見ようとすると、奥から声が聞こえてきた。
「まあ入れよ。お前なら入ってもいいぞ。汗臭くないしな」
「は、はい」
なんだかよく判らないけど、ナルラトさんも悪い人じゃなさそう。
お邪魔するのは気が引けるけど、ブラックの為だ。入らせて貰おう。
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