異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

4.海を嫌いになる理由の一つはコレ

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   ◆



 “謎の影”と対峙した地点は、普通の木造帆船で進むと、ランティナから大体三時間ほどかかる場所だという。

 ……と言っても、この世界での船旅は「波任せ、風任せ」ではない。
 有事とあらば、木造帆船の速度は飛躍的に上がるのである。それは何故かと言うと、この世界には“気の付加術”というものが存在するからだ。

 気の付加術というのは、大地の気を使って行使する術で、曜術と性質が違う。
 なので曜術を扱えない人でもこの術だけは扱えたりする場合が有って、冒険者達は大体の人がマスターしている。らしい。

 で、その気の付加術だが、俺の世界では無属性魔法のような効果がある。
 例えば……脚力を強化して移動速度を上げる『ラピッド』や、そよ風を発生させる『ブリーズ』、その派生の『ウィンド』や強風の『ゲイル』などなど……まあ、身体強化魔法とか、風魔法を発動する事が出来るって感じだな。

 これらは、曜術と違って努力次第しだいでそれなりに使えるようになるらしい。
 個人差はあるけど、冒険者は気の付加術を手軽に使える程度には鍛錬しているので、例え曜術が使えなくても仕事をこなせるんだとか。
 しかし一般の人は修行なんてしないので、曜術と同じく気の付加術を使いこなす力が無いんだそうな。街の人達が本当に普通に生活しているのは、そういうワケだったんだなあ。……とまあ、それはともかく。

 そんな“気の付加術”だが、そのような便利な物なら使わない訳がない。
 なんせ風を人工的に作り出せるのだ。この術を使える奴が一人いれば、無風状態のなぎの時でも船なんて簡単に出せてしまう。

 というワケで、この世界での三時間の航路は実際かなりの距離を稼ぐのだ。
 エンジンやスクリュー付きの船くらいとはいかないみたいだけど、それでも短距離航行ならかなりの所まで行けるんだって。

 ブラックが言うには、熟練した気の付加術の使い手がいれば、帆にうまいこと風をぶつけてかなりの速度で航行できるのは確かだが、それでもやっぱり人工ブーストは短い距離が精一杯らしい。

 まあ、この世界の海は水の曜術で操れない特殊なものだし、訊いた所によると海上はかなり大地の気も少ないようで、そんな事が出来る人も少ないと言う話なんだが……。うーむ、そう上手くはいかないか。

 でもまあ、そうだよな。誰もが自在に船を動かせるんなら、今頃この世界は大航海時代どころか俺の世界みたいに船で自由に世界を行き来していただろう。
 今のところ海賊ギルドだけが海にある【空白の国】を探しているので、この世界はまだまだ航海黎明期と言った感じなのかもしれない。

 まあ、こんな戦艦も出来た事だし、もしかしたらもう大航海時代が始まっているのかもだけど……うーむ、俺だけじゃなくブラックやクロウも、海の事に関してはあんまり興味ないから分からないみたいだしなあ。

 マグナ……も、情勢は流石さすがに知らんだろうし……現役海賊であるガーランドなら、今の海はどうなってるのか教えてくれるんだろうか。
 無事に帰港できて、ひまがあったら教えて貰おうかな。

 おっと、話がれた。閑話休題。

 とにかく、この世界の船ってのは、わりと足が長い。
 だから三時間の距離も、実際は陸からかなり遠い場所なのである。

 けど……三時間船に乗ってるってのも、中々キツいよなあ。
 もちろんこの曜力艦・アフェランドラはこの世界では高速船の部類に入るので、もっと距離は短縮されるらしいが、それでも船が揺れるのは三半規管に厳しい。

 俺は何度かフェリーや観光船に乗ったことがあるから、ゆるい揺れくらいなら全然大丈夫なんだけど……それすらダメな奴がいたようで。

「う゛え゛ぇ……づがざぐんん……」
「まさか、お前が船酔いするとはな……ブラック……」

 今、俺のひざの上に頭を乗っけているのは、青ざめた顔をしてえづいている小汚いオッサンだ。いや、本当にそう見えるんだから仕方ない。
 弱っていると顔がやつれるというが、その状態のブラックは無精ひげも相まってか、不摂生ふせっせいを働いているような場末のオッサンそのものだった。

 そんな男を膝枕している俺もどうなのよって話ではあるが、船酔いしてるんだから仕方ないよな。俺もなったことあるから解るけど、酷い時には床に頭を置いてるだけでも我慢が出来なくて、しまいにゃフラフラ歩くしかなくなるし。

 その気持ちの悪さが膝枕で少しでもやわらぐなら、その……まあ……恋人と、して、介抱かいほうしてやるのもやぶさかではないというか……。

 と、ともかく!
 まさかブラックが船酔いだなんてビックリだよなー! あははー!

「うぐぅう……ぎぼぢわる゛い゛よ゛ぉお゛……」
「よしよし。確認したらすぐ帰るらしいから、もう少し我慢しろよな」

 気が楽になるかと頭を撫でると、ブラックは口をもごもごと歪める。
 気持ち良いのかどうかは判断出来んが、ブラックの気が楽になっているならそれで良い。しかし、こんな事になるんなら、酔い止め薬が有るか調べれば良かったかな。うーむ……。

「ブラックずるいぞ。仮病じゃないだろうな」

 悩む俺を余所よそに、真向いのベッドに座っているクロウは不機嫌そうに耳を伏せている。無表情ながらも口をちょっとだけとがらせているが、熊耳のせいでほんのり可愛く見えなくもない。くそう、オッサンなのにくそう。

「なにがずるいだぁあ……お前この獣人のくせにけろっとしやがって……」

 ブラックが、地の底から這い上がって来るかのような低い声を口から零す。
 平気そうなクロウがよっぽど憎らしいのか、真下に見えるブラックの横顔は微妙に涙目なようだった。よしよし、気分が悪いと世界の全てを恨みたくなるよな。

 でも、確かに言われてみれば不思議だな。
 クロウは五感全てが人間より優れているのに、どうして船に酔わないんだろう。

「クロウは船酔いとかしないのか?」
「ム。オレは武人ぶじんだからな。一般人よりも感覚を整える術にけているんだ。普通の者なら耐え切れないかもしれんが、武人ならば丸太で大河を渡る事も想定して訓練を行ったりする事はよくある。だから、その時に感覚を制御する術を覚えるのだ」
「ま、丸太で大河を……」
「とは言え、オレ達にとって嗅覚や聴覚は生き抜くうえで重要な物だからな。整えるにしても少し時間が要るから、咄嗟とっさの事には判断できないが」
「なるほど……だからいつもは驚いたりするんだな」

 船酔いが平気だったのは、波に揺られる感覚を酷く感じないよう徐々に体を整えた結果なのだろう。
 まあ、確かに、国を作るほど頭が良い獣人が、タマネギ一個でギャーギャー騒いで滅亡するとか有り得ないもんな……。対策してる奴がいるのも当然か。

 ……クロウも過去の事を語りたがるクチじゃないから聞かないようにしてるけど、今までの情報からすると、クロウはどうやら軍か何かの戦闘集団のトップに近い存在みたいなんだよな。しかもその集団は、騎士団も真っ青の武闘派ときてる。
 獣人の国でどんな職業に就いていたのかは分からないが、武人である自分をほこれるくらい鍛錬してた事は確かだろうな。

 やっぱりクロウは真面目だなあ……まあ、凄い性癖持ってる奴だけど……。

「ああもうそんな事どうでも良いよぉお! ぎぼぢわるいぃい、ううぅうう~~~!」
「うわっ、ごめんごめん! もうずっと無理? 外行ってみる?」
「ぐぅうう……」

 問いかけると、ブラックはうなりながらゆっくりと体を起こす。
 もう膝枕ひざまくらは良いのだろうかと思っていると、ブラックは青くなった顔とうつろな目で俺を見て、う゛う゛という返事だと分かりにくい声を漏らした。
 これは……外に出たいってことだよな。

「じゃあ外の空気吸いに行こっか。そしたら少しは気分が良くなるかも知れないし……クロウ、手伝ってくれるか?」
「うむ、わかった。部屋の中で吐かれたら臭くてかなわんからな」
「ぐぅううう」

 クロウ、お前ちょっとブラックの事をおちょくってないか。
 さてはいつも暴言吐かれてるから仕返ししてるな?

 まあ、そこを突くとろくでもない事になるから、今は置いておこう。
 クロウに肩を貸して貰い、俺はブラックの体がこれ以上揺れないように支えながら、二人がかりで狭い船室から甲板へと向かった。

「ブラック、吐きそうになったらすぐに言うんだぞ」
「うぐぐぅ……」

 なんだか本当に辛そうだ。涙目も、耐え切れないくらい頭がユラユラしてて気分が悪いからなのかな。だとしたら相当重傷だぞ、この船酔い。
 出来る事なら治してやりたいけど、どうしたものやら……。

 乗船してる兵士に聞いたら治す方法が解るかな。でも、彼らは俺達を警戒しているのか、ずっとこちらを遠巻きに見てるだけだし、近付くと逃げるしなあ。
 一言も喋ってくれないくらい嫌われてるみたいだから、訊く事も出来ない。
 マグナも機関室に行っちゃってて、到着しないと呼びに来れないほど忙しいみたいだから、仕事の邪魔をしに行くのも心苦しいわけで。

 ううむ、こんな事なら先に薬を調べて調合しておけばよかった。
 最近色々ありすぎて、携帯百科事典を開く事すらも忘れていたからなあ……。俺も調合の腕がなまっちゃってるかも……ああっ、こんな事件が無かったら俺だって普通にブラック達とワイワイ旅してギルドで依頼を受けまくってたかもしれないのに!

 考えても仕方ないし自分がサボッてたのが悪いんだけど、なげきたくなってしまう。
 はぁ、ブラックの船酔い一つ治せないなんて、俺は木の曜術師失格かも……。

 自分の体たらくにちょっと落ちこみつつ、ゆっくりと階段を上がって甲板へ出る。
 すると、ほのかに海の香りがする風が顔にぶつかって来た。
 ひんやりとしていて、少し強い。耳をかすめる風の音は鋭かった。

 でも、この風なら少しはブラックの熱を持った頭も冷えるだろう。
 どこかに座る所が無いかと探して、俺達はマストの柱にブラックをもたれさせた。
 今は帆を張ってないから、マストの近くに居てもいいだろう。

「ブラック、どう?」

 気分はいいか、なんて聞いたら、余計に気分が悪くなる人もいるので、調子を聞くだけにとどめる。するとブラックは青白い顔で「うぅ……」とうめいた。

「さっき、よりは……いぃ……」
「んじゃ少しここに居よう」

 振り返ってクロウにそう言うと、相手はコクリと頷く。
 イマイチブラックの苦しみが理解出来ないようだが、まあ連れて来てくれただけで感謝だ。俺一人じゃるしかなかったもんな。

 これで少しはブラックも船の揺れにれてくれたら良いんだけど。
 そう思いながら、ブラックの隣に座って俺もマストの柱に背を預けた。別に気分が悪いワケじゃ無かったけど……何となく、隣に居たかったんだ。
 そんな俺を見かねたのか、クロウは少し何かを考えて俺の方を向いた。

「オレが医務室で酔い止めの薬が無いか聞いてこようか」
「あ、そっか。その手が有ったな。じゃあ俺が……」
「いや、ツカサはブラックの隣に居た方が良い。何かあった時に、オレではブラックを止められんからな」
「…………」
「では行ってくる」

 ああ、否定できないうちに行ってしまわれた。
 でも仕方ないよな……ブラックがもし暴れたら、クロウが止めたって絶対に言う事とか聞かないだろうし……。

「…………」

 …………べ、別に、俺も一緒に居たかったワケじゃ無いけどな。
 ブラックが心配なのはそうだけど、だからって四六時中くっつきたいワケじゃないし、その、こう言うのはガラじゃないし……って、誰に言い訳してんだか。

「ツカサくぅうん……」
「ん、そばにいるから」

 体調が悪い時に一人になったら、大人だって不安になるもんな。
 よし、俺がちゃんと一緒にいて安心してやらなきゃ。

 兵士達の目は恥ずかしいでもなかったが、背に腹は代えられん。ブラックの体調が最悪だと、後々ヤバい事になるかも知れないんだ。
 ヘンな目で見られても我慢するんだ俺。

 そんな事を思いながら、しばし二人で潮風に吹かれていると。

「…………ん?」

 真正面に見える、船尾の方。その向こう側の海に、何か見えたような気がした。
 なんだろ。気のせいかな。
 でも、こんな青一色の世界で何かを見間違える事なんてあるんだろうか。

 そう思うと段々気になって来てじーっと眺めていると…………

 後方の海面に、確かになにか――――白い何かが、浮かんですぐに沈んだ。

「……え?」

 な、なに今の。なに今の白いの!!

 ちょっと誰も見てないのか、おいブラック……は目を閉じてるな!
 兵士の人達は……ああ全然船尾みてない、六割こっち向いて残りの四割は別の方向を警戒してる!

 あ、あっ、でも、警戒してないって事は安全って事だよな? 平気なんだよな?
 じゃあアレはやっぱり俺の見間違い……だよ、な。
 見間違いのはず……。

「…………ど、どうしよう」

 ちゃんと確かめるべきかな。人に言うべきか?
 でも、こんな総スカン状態で兵士達に話し掛けられるのかよ俺ぇ……。












 
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