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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
2.一抹の不安
しおりを挟む俺としてはもうマグナと話したいが先だってソワソワしっぱなしだったのだが、今は緊急事態なのでそう言う訳にもいかず、とりあえずは物資補給をする間に話を纏めようと言う事で、俺達は港近くにある宿の大部屋を借りる事となった。
何をするかってえと、まあこの場合は話し合いだよな。
シアンさんは俺達に最前線に行って欲しいって言ってたけど、詳しい話はまだしてないからな。あのアフェランドラという戦艦に無事乗れるのかもアヤシイし……。
なので、俺としては話し合いの場を設けるのには大賛成だったのだが、ブラック達は先程から不機嫌で、なんだかずっとむくれた顔をしていた。
なんでそんな顔してんだよ。移動する途中で怒る場面あったっけ?
まあいいか。とにかく俺達は長机を持って来て、そこに六人で座ったのだった。
「それで……詳しい話を聞きたいんですが」
俺がそう言うと、真向いのシアンさんは頷く。
隣にはエネさんとマグナが座っているが、三人が揃うと美男美女光線が強すぎて目が焼かれてしまいそうだ。くそっ、相変わらずマグナが美形で嫌になる。
この世界での親友と言っても、顔面偏差値は釣り合わないんだから本当悲しい。
いやそういう感じで友達を選んだわけじゃないんだけどさあ、俺の周りにはオタ友ばっかりだったから、ジャンルが違うと何か余計に顔面の事がな……。
いや、それは今考える事ではない。邪念よふきとべ。
心の中で頭を振る俺に、シアンさんは答えた。
「さっきもお願いしたのけど……ツカサ君達には、最前線で“謎の影”と戦ってほしいと思っているの。勿論、貴方達の実力を見込んでって事もあるけど……それ以上に、貴方達の“分析力”に賭けたいの」
「分析力?」
怪訝そうな声を出すブラックの言葉に、意外にもマグナが答えた。
「あの“謎の影”だが……水麗候の情報とお前達の情報を元に、こちらでも調査した。その結果だが……残念な事に、スライムに非常に似た形状と言う事までは解ったのだが、それ以上は難しくてな……結局、報告以外の成果は出ていないんだ」
「えっ……」
俺達の情報って……いや、マグナのこの態度だと、俺達がどういう存在かっていうのは教えてないのか。それなら良かった。
ブラックやシアンさんは元から俺の事を異世界人だって知ってたし、クロウも特に出自を気にしない性格だったから、話をしたらびっくりするくらいすんなり受け入れてくれたけど……マグナだとそうはいかないかも知れないもんな。
いや、マグナを信じてないって事じゃないんだが、頭が良い奴って色々と深く考えちゃうじゃん。思っても見ない事で悩んじゃったりするし、俺がどうしてこの世界に来たのか考えて、ちょっと疎遠になっちゃったりしそうだし……。
それを考えると、その……話したくないなと……。
だって、マグナは俺の友達だし、ダチと微妙な仲になるの絶対ヤダもん。
自分の家族がヘンだったら絶対友達になんて話したくないし、家にだって呼びたくないだろ。部屋にエグい趣味のエロ本があったら、絶対に隠して公言しない。それは誰だって同じだ。
マグナを信用してないんじゃなくて、自分の負の部分……というか、相手にとって一時でも理解しがたい奴になりたくないっていうか……とにかく、イヤなんだ。
自分が後ろ暗いからそう思うんだけど、でもこれってやっぱりマグナの事を信用してない事になるのかな……それは絶対違うんだけどな。
なんだか、マグナの顔が見られなくなってきた。そんな事を思っていると、相手は突然申し訳なさそうに目を伏せた。
「……すまんな。かつては技術大国と謳われたプレインも、一度崩れてしまえばこのザマだ。……いや、元々金の曜術師には前線など向かなかったのかも知れんな」
「いっ、いや、そんな……てか、誰だって未知の物に遭遇したら混乱するし、すぐには正体なんて判らないって。それは誰であろうが絶対同じだよ」
なんでそんな風に自分を卑下しちゃうんだ。あ、もしかして、俺がさっき「えっ」とか言っちゃったから、マグナはそう言う方向に受け取っちゃったんだな。でも変な方向に取られないで良かった。
「ツカサ……」
「まあ……そう言うワケで、港に防衛網を引くとしても『スライムに似ていて、海上と金属の上を縦横無尽に走る』という情報だけじゃ、どうしようもないでしょう? だからツカサ君達には、調査をお願いしたいと思って」
「で、あの鉄の塊に乗れって?」
面白くなさそうに言うブラックに、シアンさんは困り顔で頬に片手を当てた。
「見慣れない船で不安なのは解るけど……現状、あの戦艦が、この大陸では一番強い船なのよ。といっても、竣工からまだ間もないし、突貫工事だから……」
…………ん?
ちょっと待てよ、竣工って船が完璧に出来上がった日って事だよな。それなのに、突貫工事って……もしかして、あのアフェランドラって元々プレインの【海上機兵団】で働いてた船じゃないのか?
まだ建造途中だったり設計図の中にしか存在しなかったものを無理矢理に作っちゃったから、突貫工事って言ってるんじゃ。
…………だ、だとしたら……あの船……本当に大丈夫なのか……?
「あの……もしかして、強度試験的なことも含んでます……? 今回のこと……」
ちょっとシアンさんの声音が自信なさげだったので恐る恐る問いかけると、彼女は「あらあら」と言わんばかりに眉をハの字にして、困り笑い……いや、困り微笑みを浮かべた。困り微笑みってなんじゃと思うが、そんな顔だったのだから仕方ない。
「さっきも言ったけれど、今回の事は本当に寝耳に水の事なの。あのアフェランドラも、本当なら真っ当な建造の仕方をしてたんだけど……」
「水麗候、それは……」
ん、なんだ。マグナが何か苦い顔をしてるぞ。
「あっ……ごめんなさい。……コホン。とにかく、アフェランドラは木造帆船よりずっと強力な船よ。だから、テストも兼ねてるけどあの船で一度海に出て欲しいの」
「戦わなくていいのか。最初は戦えと言っていた気がするが」
クロウの問いに、シアンさんは違うのと言わんばかりに手を振る。
ううん、困っているけど何かキュンとしてしまう。何年経っても女性っぽい仕草は男の胸をときめかせるのかなあ。
「今回はそこまでは頼まないわ。最前線で戦ってほしいのは本当だけど、まだ敵の事が全く判らないんですもの。……とにかく、一度目は謎の影の調査をお願いするわ。出来れば、あいつらの本拠地を突きとめて欲しくは有るけど……それが出来なくても、せめて“体の一部”でも採取出来れば助かります」
「やむを得ず敵に遭遇になった場合は戦闘試験を兼ねる事になるが、基本的には戦闘はしない物と思ってくれ。船の強度も調べたいからな」
「マグナも来てくれるのか?」
思わず問いかけると、マグナはグッと何かを堪えたようだったが、俺から目を逸らしつつ軽く何度か頷いてくれた。
よく判んないけど、一緒に来てくれるなら心強いぞ!
俺達だけだとプレインの兵士達と衝突しちゃうかもしれないし……その、俺としても、色々と不安だからな。……何がとは、ちょっと言いにくいけど……。
「てか、コイツなんで付いて来るの?」
「ブラック!」
お前はもうっ、本当にマグナに辛辣だな!
頼むからもうちょっと俺の友達に優しくしてよ!
「マグナさんは、アフェランドラの整備と細かい調整を行っているの。だから必要な人なのよ? 久しぶりの再会なんだから、少しは仲良くしなさい」
「チッ、整備士かよ……」
だったら仕方ない、とばかりに舌打ちするブラックだが、そうじゃなかったらマグナを乗船させなかったんだろうか。いや、何でだよ。マグナはあの船に乗って来たんだから、普通に乗って帰るでしょうに。
「あ、そう言えば……シアンさん達はどうするんです?」
「私とシアン様は、ここに残ります。戦闘になったら参加しますが、あの“神霊樹の実”は下等な人族に扱わせるとロクな事になりませんので、監視しないと」
「あぁ、なるほど……」
神霊樹の実って、大地の気の塊みたいなもんだもんな。
もしアレが悪い人達の手に渡ったら悪用されかねないし、神族の島も危険だ。この非常事態に更にとんでもない事が起こったら目も当てられない。
それを考えると……動ける人が少ない今は、シアンさん達が直接監視に当たった方がいいのか……。まあ、ずっと海の上に居るんじゃないんだしいいか。
今回の俺達の仕事は「調査」だ。
戦闘は出来るだけしないと言っているし、こちらの準備が整ってガチの戦闘になる前に、海に慣れておこうじゃないか。
「それで……やってくれるかしら」
いつになく不安そうに伺うシアンさんの声に、俺は両隣のオッサンを見る。
その俺の視線にブラックもクロウも不機嫌そうな視線を寄越して来たが……ハァと小さく溜息を吐いて、それぞれに頷いた。
「やらなきゃ先に進めないんだろ。あのクソ野郎の件も有るし……やれるだけやってみるよ。……ただ、ツカサ君を前線に出すのは絶対に反対だからな」
「ム……オレもブラックに同意だ。調査はするが、ツカサは戦闘させない」
えっ、なに突然。何で俺が戦闘に参加するしないの話になってるの。
よく解らなくなって縋るようにシアンさんを見ると、彼女は思わしげに俺をじっと見つめて、それから「そうね」と深刻そうに一言呟いた。
「ツカサ君を前線に出すのは私も危険だと思っているわ。……クロッコが絡んでいると推定される以上、この子は私達にとっての船の櫂よ。奪われれば、何が起こるかも分からない……だけど、彼が絡んでいるかもしれない以上、ツカサ君にしか掴めない事もあると思うの。今はツカサ君にそうして貰うしか、影の正体を突き止める手段がない。だから……この子を守ってあげて」
そうか。
すっかり、忘れていた。
あの“謎の影”は、クロッコが作り出した可能性のある謎の化け物なんだ。
それなら当然、俺が出て行けばとんでもないことになるかも知れない。
だけど、今はそうする事でしか影の正体を掴めないんだ。
…………けど、だとすると……この調査も、かなり危険なんじゃないか?
もしかしたら、俺達を認識して影がやって来るかも知れない。
調査どころじゃ無く、みんな襲われてしまうかも知れないんだ。
もしかしたら、マグナだって……。
「マグナ……」
思わず名前を呼ぶと、相手は俺を見て、真剣な表情で頷いた。
「心配するなツカサ。……アフェランドラは、泥船じゃない」
「……うん。ありがとう」
どこまでシアンさんから話を聞いているのかは分からない。でも、マグナだって影に襲われると思えば怖いはずだ。
なのに、今は俺を不安にさせないように真面目な顔をして頷いてくれている。
……だったら俺も……覚悟を決めなきゃ駄目だよな。
アフェランドラに乗って、なんとしてでも影の正体を突き止めるんだ。
ランティナの人達の為にも……俺達の、ためにも。
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