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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
26.袖振り合うも多生の縁1
しおりを挟むベランデルン公国の港町の一つ、ランティナ。
そこは活気あふれる港町で、海には海賊、陸には冒険者が構え、年に一度の祭りでは所属身分問わず海へと船を出し、血気盛んな交流が行われている。
ベランデルンには多くの港町があるらしいけど、俺の中ではもうこのランティナがベランデルン公国の港の代名詞になってしまっていた。
だって、この港町には見知った人が沢山居るんだ。
冒険者ギルドのギルド長である、漫画に出てくるような中国人みたいな姿をしたファランさんに、金の巻髪で可憐なグラマラス美少女なのに、その正体はランティナの海賊ギルドをまとめる凄腕のギルドマスターであるリリーネさん。
それに、ちょっとアホで俺の事も攫った小悪党だけど、ブラックよりはまだまともだった海賊船長のガーランド(今は反省中)に、お爺ちゃん海賊のベリファント船長さん。それに、ランティナを拠点にしている冒険者パーティー【東風馴らしの騎士】リーダー双剣士・イメルダさんに……リリーネさんを愛するあまり凶行に走ってしまった、ファスタインことタイネさん。
……みんな、同じ釜の飯を食った仲だ。
その他にも知っている人は沢山いる。両手じゃ数えきれないくらいいるんだ。
俺にとって、思い出深い土地に変わりは無かった。
――――――だけど、ランティナは……俺が知っている頃とは全く違っていた。
「これは……」
初めてランティナに到着した時に見たのは、とても綺麗な街並みだった。
白く美しい石畳の大通りに、青みがかった壁の家が並んでおり、淡いパステル色のような屋根の群れはまるでおとぎの国のようで。そして、そんなランティナの一番の広い通りだった街の入口からの道は、一直線に活気づいた港に続いていて……まるで夢の中の外国の港町そのものだった。
だけど今は、あの時の感動がやってくることはない。
大通りは閑散として、いつもランティナに響いていた賑やかな声が聞こえない。
空は晴れているのに、白い石畳も綺麗な壁も可愛い色の屋根も、輝くほどの美しさを見せる事は無い。むしろ、人のいない廃虚のようになったこの町では……まるで、閉鎖されてしまった遊園地のようで。
綺麗なはずなのに、悲しい。
思わず涙が出て来そうになるくらい……ランティナは、人っ子一人いない、静かな町になってしまっていた。
「人の気配がしないな」
俺の背後で、クロウの声がする。
その声に、同じく後ろにいるだろうシアンさんが答えた。
「……今は、町民のほとんどに避難して貰っています。中には街を防衛するために残った人々もいるけど……いずれは、陸海二つのギルドに属する者のみが留まる町になるでしょうね……」
この状況を憂えている、綺麗なお婆ちゃんの声。
その声に少しだけ心が落ち着くけれど、だからといって心が鎮まる事は無い。
昔の賑やかな風景を知っているからこそ、今は落ち着いていられなかった。
「ツカサ君」
「っ、あ……」
背後から両肩を掴まれて、思わず驚いたような声が出てしまう。
そんな俺の顔を、ブラックは横から覗いて来た。
「大丈夫?」
ブラックは、何とも思ってないみたいに平気だ。
だけど、この光景に俺が動揺している事は理解していて、だからこうして気遣ってくれているのだ。俺の気持ちは解らないけど、こうして心配してくれる。こういう時にブラックが大人だと感じるけど、俺は甘えてはいられないと思い頷いた。
「うん……ゴメン、ちょっとショック……えっと、衝撃的で……」
「まあ、そりゃそうだよね。廃墟とは訳が違うもの。人の気配が濃厚に残ってるのに人が居ないってのは、違和感を覚えても仕方がない」
う、うむ、そういう驚きも有ったけど……何て言うか、ブラックは俺とは違う所に目が行ったって感じなんだな……うん。まあ、そこは人それぞれだし仕方ない。
でも、ブラックの発言のお蔭でちょっと冷静になれたぞ。
これも計算の内だったら何気に恐ろしいが、とにかく今はやるべき事をやらねば。
俺は後ろを振り返ると、クロウの隣にいたシアンさんに問いかけた。
「それで……俺はどこに行ったら良いんですか」
「ああ、そうだったわね。付いて来て」
そう言いながら俺達を抜き去って先頭で歩き出したシアンさんに続く。
――ランティナに来る前、俺達は一度神族の浮島・ディルムに戻り、シアンさんと事前に話をしていた。
事は緊急を要するもので、そのうえディルムもまだ立て直せてない状態だった為、後処理や業務に追われるエメロードさんやバリーウッドさん達とは残念ながら会えなかったが、そんな事は言っていられない。
ディルムに戻って来たのは、神族の門を使って即座にベランデルン公国への移動を行うためだ。これは、シアンさんとエメロードさんが許可を出してくれたらしい。
そのうえ、もう世界協定経由でベランデルンへの報告も済んでおり、国境を越える事に関しては問題がないように取り計らってくれていた。
ここまでしてくれるのは、彼女達が聡明だから……と言うのと同時に、それほどの緊急事態だからだ。そして、その緊急事態を抑えるためには俺の力を使うしかないと確信している。だから、ベランデルンの公主もすんなりオッケーしたんだろう。
でなければ、あの偏屈そうな王様は、黒曜の使者の俺が国に入ってくることも認めなかっただろうしな……。
……それはともかく。
そこまで至れり尽くせりで出発準備を整えていた俺達だが、実際ディルムに行って何をすれば良いのか分からない。準備が出来るまでの間、シアンさんがそれを丁寧に説明してくれた。
曰く、今直面している最大の問題は「増員が追いつかないこと」らしい。
影のような謎の物体は、今のところ直接的な攻撃をして来ることは無い。だけど、人間の気配を察知するとまるでスライムの如く縦横無尽に動き、その相手を捕食するかのように取り込んでしまうのだと言う。
そうやって攻撃された人達は、外傷など無いのに何故か全員倒れてしまう。
どれほど強くても、どれだけ巨体でも、例外は無かった。
そして、そんな彼らは倒れた後も昏睡状態が治らず、今も眠り続けているのだ。
エネさんから聞いたのはそこまでだったが、この話には続きがあった。
どうも、その「倒れた原因」というのが……常に体内に流れているはずの“大地の気”が、慢性的な枯渇状態に陥っているから、らしいのだ。
「しかし……慢性的な枯渇状態って、そんなこと本当にあるのかな」
俺が今までの事を思い出しているのを察したかのように、ブラックは歩きつつ納得していないような声音を漏らす。
どうも、博識なブラックにとっては妙な事らしいが……この世界の理がよく解っていない俺には何の事だかチンプンカンプンだ。しかし、そこはブラックと同じように博識なシアンさんが答えてくれた。
「確かに、通常ならありえない事ね。ツカサ君にも解るように話すけど、大地の気は常にそこに存在して、私達はそれを無意識に吸収して循環させている。だから、普通は大地の気が枯渇するなんてありえないの。……それは、曜気が少ないプレインやオーデルでも同じ事……人が生きて行ける程度の気は、常に私達の周囲に存在していて、枯渇するなんて事はない。そんな事になれば、草木は枯れて水も止まるから……それこそ死の大地になってしまう」
なるほど、見えなくても一応は存在してて、微量でも普通に生きて行けるんだな。
でもまあそうか。そうでないとオーデルもプレインも不毛の地になっちゃうしな。
プレインでは夜中に見える大地の気の光が全く見えなかったけど、それでも薄らと気は存在していて、人が生活する分には困らない。でも、気の付加術を使うには気が足らないから、曜術が使えない……みたいな感じなんだろうか。
それなら納得だけど、人間が取り込む大地の気って意外と少ないもんなんだな。
……あっ、だから俺が大地の気をめいっぱい注ぐと、自己治癒能力がめちゃくちゃ早まってたんだろうか……。
「気が無くなると、死にはしませんが人は動けなくなります。感情を伝動するのは、大地の気……それが途切れてしまえば、意識も消えてしまうのよ」
「まさに“気を失う”だな」
クロウの言葉に、シアンさんは深く頷く。
「ええ。だからこそ、大地の気はとても大切な……生命力のようなものなのです」
うーん……ゲームで言うHPみたいなものなんだろうか。
詳しく説明されるとよく判らなくなってきたが、とにかく。生きていく上で大事な存在だってことなんだよな。で、それは普通は体内から枯渇する事は無い、と。
……だとしたら、本当にブラックの言う通りだな。
「だからさぁ、なんでソレが常時枯渇状態になるんだって話だよ。一時的なものなら解るけど、昏睡状態って事は今も大地の気が取り込めてないってことなんだろう? そんなこと普通はありえないよ。人体の構造的に不可能だ」
「ええ、そうね。だからこそ、ツカサ君を呼んだのよ。昏睡状態に陥った人達を救い出して、この危機的状況を打破してくれるんじゃないかって……」
そ、そんなに頼りにしてくれてるだなんて……。
いや待て、俺が照れて良いのかこれは。必要とされているのは、俺の黒曜の使者の能力であって俺自身ではないと言うのに。
それに、浮かれてる場合じゃないよな。
何か出来る事が有るなら、俺がやらなくちゃ。
「分かりました。いや、分かってないかも知れないけど、とにかく急ぎましょう」
「ありがとうツカサ君……さ、こっちよ。倉庫を一時的に使わせて貰っているの」
港へ続く通りを一直線に抜け、倉庫街へと急ぐ。
すると、ある一角に人が集まっているのが見えた。
倉庫の大きな扉が開いているが、もしかしてあそこが目的地なのだろうか。
ブラック達と一緒に近付くと、その中の一人が俺達に気付いて駆け寄ってきた。
なんかヘビみたいな悪人面したスキンヘッドのお兄ちゃんだが……あれ、待てよ、あの顔にはなんだか見覚えがあるんだが……誰だっけ……。
「あっ、あっ、姐さんんん!! 来てくだすったんですね!?」
あねさん。誰だあねさんって。シアンさんの事か。
思わず眉根を寄せて立ち止まった俺達に向かって、側頭部の刺青が眩しいスキンヘッドお兄さんは駆け寄って来て……何故か、俺の目の前に突っ込んできた。
「大変なんですっ、大変っ、がっ、ガーランドの兄貴がっ姐さん、どうか、どうか一目だけでも兄貴に会ってやってくだせぇ、後生ですから……!」
…………ん?
んんん?
ちょっと待て、色々ちょっと待て、ええと、まず俺はあねさんでは……
「おいテメェなにツカサ君に近付いてんだ!」
「なんだこの腐れ卵は」
「わーっもう! がっガーランド、ガーランドだな!? と、とにかく行こう!」
オッサン達がにわかに騒ぎ出したので、ヤバイと思って俺はスキンヘッドお兄さんの手を取って倉庫へと駆けだした。
こんな状況で喧嘩してる暇なんてないのだ。とにかく行かないと。
でもガーランドって……もしかして、あのガーランド……?
アイツなんて殺してもし死ななそうだったのに、一体なにが起こったってんだ。
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