異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編

24.本筋なんてだいたい逸れるもの

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「本当に申し訳ありませんでした……」

 そう言いながら、テーブルの向こうでお怒りの美女に深々と頭を下げる。
 あれ、今日の朝同じ事が有ったような気がするけど、これなんてデジャブ。

 しかし謝らないワケにも行かず、ブラックの頭もぐいぐいと押しやってやっとの事で謝らせると、エネさんはフンと鼻を鳴らして腕を組んで見せた。
 ウホォ、豊満な胸が腕を組む事でさらにバストアップ……じゃなくて。

 これで許される事じゃないだろうけど、謝らないのはダメだ。
 おっぱいに気を取られている場合じゃない。
 なので、誠心誠意の気持ちで頭を下げていたのだが……エネさんはいつものクールな表情を崩す事も無く、一度ゆっくりとまばたきをすると、一つ溜息を吐いた。

「ツカサさんは悪くありませんよ。悪いのは、そこの身だしなみを整えもしないモンスターにもおとる性欲の権化ですので。このような害獣は死ねばいいのです」
「おいテメェ人が下手にでてりゃ……」
「下手に出て本当に反省できるのなら、今頃誰もが聖人でしょうね。シアン様を酷く悲しませるようなクズなど、可及的かきゅうてき速やかに土へと還ってしまえば良いのです。そうすれば、ツカサさんもコレよりまともで立派な方と幸せになれますよ」

 い、一応俺、ブラックと同じ指輪を分け合った人なのでそれはちょっと……。
 でも、エネさんがこうまで直球でボロクソに言うのも仕方がない。だって、俺達は数週間確実にシアンさん達に心配させて迷惑をかけてたんだもんな。それを思うと、俺は申し訳ない以外に言葉が出なかった。

 だって俺、記憶が無かった期間が長いとは言え、結局のところブラックの事が優先で周囲の事なんてまるで考えてなかったし……。
 ああ、こんな事になるなら、ここに連れて来られる前にどうにかして手紙を送っておくんだった。そうしたら、もう少しエネさんも気が楽だっただろうに。

「まあ待ってくれ。この通りブラックは全然反省していないが、オレが事前に殴っておいたから、それで我慢して貰えないだろうか」

 クロウさん、突然何を言い出すんですかあなたは。
 いや確かにブラックのことを渾身の力を籠めて殴り飛ばしてたけど、アレはアレでスカッとしたような気もするけど、それでエネさんがスカッとするかは……。

「そうですか。では私も一発殴ってスッキリしたら許します。ああでも、シアン様の分も含めて二発ですね」

 そう言いながら、エネさんはいつものフードから白く美しい細腕を出し、腕まくりをしながら立ち上がる。一瞬、エネさんの綺麗なお手手で殴られるんならいいかも……なんて不埒ふらちな事を思ってしまった俺だったが、その態度にブラックが目に見えて動揺し慌てて席を立った。何事かと思うより先に、ブラックは俺の背後に隠れる。

 えっ、なになにマジでどうしたの。なんで隠れてんの。

「おっ、お前! 僕を殺す気か!?」
「え?」
「そう取るのならそう取って頂いて構いませんよ。覚悟して殴られた方が、間違って死んだ時も己の力のなさを悔いることになるだけでしょうから」
「おーまーえーはー本ッ当に乳ばっかりのクズ女だな!!」
「安心して下さい。私がクズなら貴方は男性器だけの討伐指定モンスターです」

 あっ、あっ、え、エネさんの美しい白い腕が、なんかムキムキしてくる。なんで。
 今まであんなに女性らしいほっそりした腕だったのに、今は歴戦のコマンドーかなと見間違えるくらいに筋骨隆々の腕になって……えっ、ええ!?
 こ、これ……ツノモードのクロウが渾身の力を込めた時レベルの盛りだぞ……。
 まさかそんな、こんなにたおやかで毒舌美女なエネさんが、こんな腕を。

「ほう、貴殿の特技は身体能力系だったのか」

 目の前で腕だけムキムキになって上腕二頭筋の盛り上がりを見せつけるエネさんに、クロウは感心したような声を漏らす。おい、そんな場合じゃないでしょ。
 心の中で突っ込むが、エネさんはクロウに対しては怒っていないらしく「ええ」と冷静な声音で答えて見せた。

「そのようなものです。ランク3程度のモンスターなら殴って頭も潰せますよ」

 ランク3って……数字の割にかなり強いモンスターじゃなかったっけ……。
 待って下さい、そのフルパワーな腕でブラックを殴るって、もう完全にブラックの頭を潰すつもりじゃ無いんですかエネさん。まって、家を血に染めないで。

「ええええエネさんさすがにそれはヤバいですっ、ダメです! 俺が謝りますからっ何でもしますから許してやって下さい!」
「ほ、ほらツカサ君だってこう言ってるし!」
「ツカサさんの申し出は魅力的ですが、私はこのクズの頭に鮮血の花を咲かせないと我慢できないくらいには怒ってしまっていますので」
「あああせめて普通にっ、普通で勘弁かんべんしてやってくださいいい!」
あきらめないでツカサ君!」

 なにが諦めないでだ! お前のせいでこうなってんだろうが!!

 頼むからお前はもうちょっと反省の気持ちを持ってくれ。しかし、他人の事なんて気にもしないのがブラックなわけで、もうこうなると殴られるしかないのでは。
 クロウに殴られても反省しないんだから、手打ちにするにはもうそれしかない。

「お前マジで一回殴られろよ! お前が反省しないから悪いんだぞ!」
「はぁっ!? 反省って言われても、僕は一番良い方法をとっただけじゃないか! なんでそれで殴られなきゃなんないのさ!」
「その男にはいくら説教しても無駄ですよツカサさん。さあ、避けて下さい」

 もう背中越しにはオッサンがギャーギャー言うし目の前には素晴らしいおっぱいと怖いマッチョな腕が見えて天国と地獄だしで、どうしたら良いのか解らない。
 混乱してしまって思わず頭をかたむけた、瞬間。

 目の前の腕が一瞬ぶれて、背後でゴッという物凄い音がした。

「ッ…………ぁあ゛~~~……っ」

 なんだかこらえたような、のどをぎゅうっと締めたような声が背後から聞こえる。
 振り返るとそこには……頭のてっぺんを両手で抑えてうずくまるブラックが……あれっもしかしてもう処刑執行されちゃってました……?

「……チッ。やっぱりこのくらいじゃ潰れませんね」
「くっ、そ……お、おまえ゛ぇ……ッ!」

 ブラックが痛みをこらえながらの憎々しげな声を漏らすが、エネさんは煙をまとこぶしを俺達に見せつけながら、これまた涼しい顔だ。ああやっぱり殴ったのね。
 でも、俺にはその攻撃が全く見えなかった。もしかしてエネさんって超人的な身体能力を自在に引き出せる特技を持ってるんだろうか。

 だとしたら、さっきクロウが言ってた事も納得が行くな。
 けど……あんな風に部分的にマッチョになるなんて思わなかったよ……。
 てっきり、筋肉とか全く関係なく身体能力が上がるものだと……。

「ふぅ……少しは気が晴れたので良しとします。では、本題に行きましょうか」
「ぐ、ぉ……ぉ、お前……この……ッ」
「ツカサさん、貴方はここでこの男性器害獣の回復を手伝っていたと言う事ですが、実際どのくらい治療できましたか」

 えっ、ここから別の話するんですか。
 腕を元に戻してすんなり席に戻ったエネさんに思わず驚くが、しかし彼女がここに来たのは俺達とシアンさんを繋ぐためなのだ。そりゃ話もするだろう。

 いまだに床の上に蹲っているブラックはちょっと可哀想だったが、これは自業自得と言う事も有る。というか構っていたら話が先に進まないし、ここは心を鬼にして無視しておこう。よし、気持ちを切り替えて話をするぞ。

 俺はコホンと一つ咳をすると、エネさんの問いに答えた。

「本人は、まだ完全に自分の意のままに動かせないって言ってますが……ほぼ治せたと俺は思ってます。あとはリハビ……訓練だけじゃないかと。でも、俺には判らない事も有るから、一度シアンさんに見せたほうが良いかも知れません」
「そうですね、医師の真似事は死を招くということわざも有ります。シアン様は今神族の国の事で手一杯ですので、それは後になるでしょうが……とにかく、治ったとみていいと……そう言うことですね」
「俺の感覚から言えば……。クロウはどう思う?」

 話を振られて、俺の隣に座っていたクロウは視線を空に彷徨さまよわせた。

「オレも……そこまでおかしくはなかったと思う。ツカサの言う通り、やはり元の腕のように動かす訓練をする程度ではないか」

 その言葉にエネさんは頷き……両手を組むと、テーブルに置いた。
 まるで、今から深刻な話をしますとでも言わんばかりの格好をして。

「主戦力がほぼ動くようになっていて安心しました。これで、本題に入れます」
「エネさん、その本題って……」

 俺がそう聞くと、エネさんは一度目を伏せたが……決心したかのように、もう一度こちらを見て、息を吸った。
 いつもとは少し違う、いつも以上にあらたまった態度。
 この先の言葉は余程重要な物なのか、それとも……。

 何故か言い知れぬ緊張感に動けなくなったが、そんな俺に――――
 エネさんは、静かで冷静な声で、告げた。

「単刀直入に言います。クロッコが動き出しました」

 ――――え……。

 ……あ……そう、いえば……そう言えば、忘れていた。俺は、俺達はまだ、アイツとの事が解決してなかったんだ。

 いや、そうじゃない。俺は多分意図的に忘れていたんだと思う。
 アイツの事を考えたら、それだけで色んな苦しい感情が浮かんでくるから。
 そんな感情に引きずられたまま、ブラックと二人きりでいたくなかったから。
 だから俺は、ブラックと一緒に居て心底楽しめるように……アイツの事を、今まで心の外に放り投げていたんだと思う。

 ……だけど、それじゃいけない。
 エネさんが告げた瞬間から、もう……逃げる事は、出来なくなってしまったんだ。

 何故なら俺達は、アイツとの決着をつけなければいけないんだから。

「……動いたって、どういうことだよ」

 復活したのか、ブラックが空いた方の椅子に座って来る。
 俺の隣でテーブルに肘をつき、不貞腐ふてくされたかのような顔を見せるブラックに、エネさんは冷ややかな目を向けたが続きを答えてくれた。

「数日前、東の方から強烈な光が放たれたあと……“脅威”が東の海に出現しました。それらは、今まで見た事のないバケモノ……ヒトの形をしていても明らかにヒトではなく、モンスターとも違う……まるで【影の出来そこない】が、海を渡り突如としてベランデルンの方へ侵攻し出したのです」
「影の出来そこない……?!」
「既に海賊ギルドが海賊を派遣していますが、報告によるとそれらはスライムのように切っても溶けて逃れ、しかしその攻撃方法は特殊で……人を襲い、その体の力を奪って行くのだそうです」
「……っ」

 その言葉に、何故かブラックが目を見開いて驚いたような顔をする。
 何かを知っているのだろうか。問いかけたくなったが、何故だか聞いてはいけないような気がして、口が動かなかった。

 その間にも、エネさんは話を続ける。

「人を襲うと、その影は消えます。ですが、襲われた者は必ず昏睡状態になり、医師の手当ても受け付けません。今は海賊ギルドの人員で抑えられる程度ですが……霧の海の向こう側からやってくる謎の存在は、いつか増えるかもしれない」
「それがクロッコとどう関係があると?」

 ブラックのあきれたような、しかしどこか冷静さを含んだ声に、エネさんも真面目な顔をして振り向く。二人の表情は、硬い。だけど、それはいがみ合っているからじゃない。この状況に対して、緊張しているからだ。

 それほど今の状況が異常事態なのだと、二人の表情が告げていた。
 ……そう、いがみ合っている暇も無いほどの、異常事態なのだと。

 思わず息を呑んだ俺とクロウを余所に、エネさんは答えた。

「報告したのに覚えていないと? 貴方達が言ったのではないですか。『クロッコ達が【魔物を造るキカイ】を手に入れて、そのうえ【大量の黒籠石】を奪って行った』のだと……」














 
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