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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
19.今までずっと離れていたから1
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実際問題、ジャンケンって便利なものだと思うんだ。
争いには違いないけど、最も簡単にてっとり早く勝敗が決められて、数人の勝者を選ぶとなった時にも変な小細工ナシでまとまってくれる。
班分けなんかにはちょっと向いてないかも知れないし、近しい人だけでの決め事に限られるかもしれないけど、それでも有無を言わさぬ超短期決戦で勝敗を決める事が出来るってのは、俺達にとってはかなり有用だった。
殴り合ったりしなくて済んで、この方法ならブラックだって文句は言えない。例えうっかりミスをしようが、判定にケチは付けられないのである。
なので、ブラックには潔く「シアンさん達に連絡を取るために、街に行く役目」を押し付け……おっと、託す事が出来たのだが……いや、本当に良かった。
こんな方法でも無ければ、最悪家が崩壊してたかもしれないんだからな。
「ふう……なんとか行ってくれたか……」
俺達が大通りに出てお見送りをしても、後ろ髪を引かれるようにチラチラこちらを振り返りながら前進していたブラックだったが、やっと背中が見えなくなった。
その事に安心して溜息を吐く俺に、隣にいたクロウがすんすんと鼻を鳴らす。
「うむ、真面目に歩き出したみたいだな」
「あ、そう言うのも解るの?」
「無論だ。状況にもよるが、このように穏やかな気候の地域なら、わりと広範囲で人の動きが解るぞ。だからお前達がここに居ると解ったのだ」
「あ~、なるほど……」
やっぱ獣人の鼻って凄いな。風が吹いたりするとまた違ったりするんだろうけど、その能力の凄さは疑いようがない。ほんと獣人って凄い種族だわ。
そんな凄い種族と生身でボコボコ殴り合えるブラックって一体……いや、その辺りは深く考えまい。頭から煙が出るからな。
それはともかく、じゃんけんで全てが簡単に済んでよかったよ。
蜂龍さんの話を聞いた後、じゃあシアンさんに連絡を取ろうと言う事になり、誰が町まで行って手紙を頼んで来るんだって話になったけど、じゃんけんのおかげで喧嘩にならずすぐに決着がついたんだよな。
ブラックは不服っぽかったけど、勝負は勝負だからって引いてくれたし。
やっぱりじゃんけんは偉大だな!
俺は負けるのが嫌だからじゃんけんしないけど!
「さて、ツカサ」
「ん?」
何が「さて」なのかと横のおっきい熊さんを見上げると、相手は熊の耳をぴるぴると小さく振るわせて、俺に抱き着いて来た。
お、おう。どうした。
「邪魔者がいなくなったのだから、オレを甘やかして貰おうか」
「あ……甘やかしてって……」
そんな、よく直球で言えるな。つーかお前、仮にも友達だと言った奴を昨日の今日で邪魔者扱いっていいんかそれは。
色々思う所があり閉口してしまったが、そんな俺に構わずクロウはぎゅうぎゅうと腕の力を強めて、ついには俺を抱き上げやがる。ええい畜生、これだから筋骨隆々の獣人は困るんだよ! 俺が小さいみてーじゃねえか!!
「ツカサ、ツカサ。もっと髪を梳いてくれ。それと、膝枕と、それと……」
「…………」
子供みたいにはしゃいで、熊耳をぴこぴこさせているクロウは、興奮でちょっと頬が赤らんでいるように見えなくもない。浅黒い肌だから分かりにくいけど、多分赤いと思う。そんで、嬉しそうに薄ら笑っているもんだから、その、なんというか……
か……かわ……かわ、いい……っ……気がする……!
「うっ、うぐぅうっ」
「ウグ?」
思わず攻撃を受けた時みたいな世紀末声を上げてしまったが、しかし仕方がない事だろう。だって、だってそんなの、オッサンがするとかズルいじゃんかっ!
子供っぽい行為をせがんではしゃぐのって、お前そんな、女の子がやっても鼻血が出るほど可愛いのに、オッサンとは言えケモミミのイケメンが邪気ゼロでこんな風にキラキラと目を輝かせているなんて、そんなの、そんなのずるいぃ!
「ツカサ……だめか……?」
「はぇっ」
心の中で悶えるも必死で平静さを保つ俺に、クロウが切なそうな声を漏らす。
ふと見たクロウは……悲しそうに耳を伏せて、俺をじっと見つめていた。
ちょっ……そ、それは……っ。
「甘えたら、ダメなのか……?」
きゅーん。という、子犬が切なそうになくような声が、聞こえたような気がした。
ああ、あぁあ……こ、こんなの暴力だ。可愛いの暴力だ……!
くそう、なんでクロウはオッサンの姿なんだよっ、これが熊さんモードだったら、もう恥も外聞も無くよーしよしよしと煙が出るぐらい撫で撫でしてるのに。もしくはチート物でよくある美少女獣人だったら、辛抱堪らんで頭を撫でるのにぃっ!
ちくしょうっ、俺って奴はどうしてオッサンの姿をした獣人相手にも、こうも節操なくキュンキュンしちゃうんだよ。どう考えてもおかしいだろ、変だろこんなの。
だけど、実際……目の前で、きゅ~んってされると……もう、もぉお……。
「だ……だめ、って……いってない、じゃん……」
「ツカサ……!」
ああもう、嬉しそうな声出すな、表情和らげるな!!
おっ、大人がそういうので喜んでどうすんだよ、普通そうじゃないだろ!
アンタみたいなのは、その……お酒とか、そういう大人がやってる奴みたいなので喜ぶのが本当で、こ、こんなで喜んじゃいけないんだからな。いけないんだからな!
「そうと決まれば早く帰ろう、早くオレの髪を梳いてくれ」
「あっ、ちょっ、ちょっと……!」
抱えられたまま、すごい速さで家へと連れ戻される。
クロウの図体はデカいもんだから、大股歩きなら簡単に今までの距離を短縮できてしまう。俺だと五分はかかる道だって、三分も有れば踏破してしまうんだ。
くそう、なんでこう、この世界の奴らはどいつもこいつもデカいんだよう……。
そうこうしてる内に家の中へと到着してしまい、ドアにはしっかりと鍵を掛けられてしまった。……クロウって、こういう時だけ物凄い用意周到だよな……。
「さあ、甘えさせてくれ」
「う、うぐぐ……ま、まあ、いい……けど……」
そりゃ、まあ、クロウには散々心配させた訳だし、ワガママ言っても良いって俺が言ったんだから、なんというかその……これくらいは……。
膝枕とか、髪を梳いてやるくらいは良いよな?
そんな風に考えていると、俺は寝室に連れて行かれてしまい、気が付けばベッドの上に座らされていた。うわ、そうだった。寝乱れたまんまじゃんベッド。後でシーツを取り換えて洗濯しなきゃ……。
「ツカサ」
「うおっ」
俺が座った途端、クロウが膝の上に乗って来る。
なんだか猫みたいに両手をグーにして胸上だけ乗って来たが、それでも俺の膝にはクロウの体はデカすぎだ。乗ってない。膝の上にマグロ乗せてる気分だ。
「ぬぅ……髪を梳いて貰おうと思ったのに、半身がずり落ちそうだ……」
「う、うーん……ベッドの上に載って足を延ばそうか?」
「それだと座った時と太腿の弾力が違うから嫌だ。オレは膝枕がいい」
「お前そのこだわりなんなの」
いやまあ良いけど、分からんでもないけども。
確かに、寝そべった足の上と膝枕ってのは、だいぶ違いがある。女の子と俺で考えれば、ムード的にも何か色気が足りない感じだった。なんか、だらだらしてる感じと言うか……いやまあ、それはそれでムードがあればいいのかも知れないけど。
「膝枕がいい。膝枕」
「仕方ないじゃん。ほら、観念しておいでってば」
ずりずりとベッドに乗り上げて足をピンと伸ばす。
不満げなクロウに、自分の太腿をぺちぺち叩いて見せると、その音には惹かれたのかクロウは四つん這いでずりずりと近寄って来て、再び俺の太腿の上に猫の如く胸上をのっけた。ぐうっ、重い。筋肉ってなんで重いの。
「ムゥ……膝ではないが、これはこれで……」
「よしよし、今から梳いてやるからな」
まんざらでもないクロウの頭を撫でると、相手は嬉しそうに目を細める。
なんだか本当に猫みたいだ。全くもう、なんでオッサンなのに熊の耳が生えてるんだよ……普通のオッサンだったら、多分可愛いと思う事も無かったのに……。
改めてクロウのずるさに悔しく思いながら、俺は目の前の髪紐を解いて、野性児の髪のように膨らむ不可思議な色の毛髪を手で優しく梳き始めた。
頭のてっぺんからゆっくりと、絡まった髪を引っ張らないよう手を動かしていく。
クロウの髪はブラックよりも硬くて強いけど、でもそれはそれで絡まった時が頑固で解かしにくい。毛根も強いっぽいから、無暗に力を入れるとそのぶん痛かろう。
この世界に来るまで、他人の髪の毛なんてほとんど触った事とか無かったけど……人によって本当に髪質って違うんだなあ。
そう言う事を感じられるって、俺って意外とレアな体験してるのかも?
いや、イケメンとか美女なら日常茶飯事なんだろうな……ああ羨ましい。
「んん……」
そんな事を思いながらも髪に対しては優しく触れていたお蔭か、クロウは気持ちが良さそうな声を漏らす。ブラックもそうだけど、クロウもホントこれ好きだよな。
まあ、俺だってえっちな事よりこういう事の方が好きだけどさ、大人なのにこんな風な甘えた行動が好きなのって、今でもちょっと不思議な感じがする。
俺だって女の子に甘えたいな~ごろにゃんとか思ったりしたけど、でも、そういうのって、女の子に頼んだらすっげーキモがられそうだし、向こうから甘やかしてくれないと出来そうにないじゃん。
なのに、クロウもブラックも自分から強請るからある意味凄いよ。
恥が無い……とは言わないけど、やっぱ俺の世界とは認識が違うのかな。
性欲に素直な世界だから、こういう風に甘えられちゃうんだろうか。
でも、ラスターとかアドニスとかは、別にそんなこと言わなかったけどなあ。
「ツカサ、耳もしてくれ」
「ああ、はいはい」
ゆったりと動く熊の耳を優しく掴んで、ホコリやゴミが付いていないかを気にしながら、こまめに指で毛を逆立てたり直したりしてやる。
熊の毛って大型獣らしく表面は剛毛ってのが普通なんだけど、人の姿の時の熊耳は、人族の毛質に引っ張られているのか柔らかめだ。まるで猫の毛みたいで触ってるこっちも気持ちが良い。
「耳の中も掃除してくれ」
「えっ、指で良いの?」
「汚れてるかもしれんが、ツカサがしてくれるなら指が良い」
うーん……まあ良いか。垢なんて誰だって溜まるしな。
ペットわんちゃんねこちゃんの鼻水なんて別に汚いなんて思わないんだから、仲間の耳だって触って気持ちの悪い物でも無いか。
特に嫌悪感も湧かなかったので、俺はハンカチ代わりの布を取り出して、クロウの熊耳の中に指を突っ込んだ。
「むぐっ」
くすぐったいのか、クロウは俺の足に身を伏せながらも肩をそわそわと動かす。
筋肉質の肩が浮いたり沈んだりして、笑いを堪えてるみたいだ。
ふとお尻の方をみやると、おそらく尻尾が有るらしい部分が膨れたり萎んだりして忙しなく服を動かしていた。
うーん、やっぱり獣人ってズルい。
「んふ……ふふ……ツカサ、優し過ぎてくすぐったいぞ」
「だって、耳の内側って繊細な部分なんだぞ? 丁寧にしないとだめだろ」
動物の耳の内側の感触は、人の鼻の穴の中と同じだ。慎重に扱わねば血が出るかもしれないし、無暗に奥を突いてはならない。鼻血は危険なのだ。
俺は他人の耳掃除……というか獣人の耳掃除なんてやった事がないので、慎重にも慎重を重ねて、指の腹でそろそろとクロウの熊耳を掃除しているのである。
でも、クロウにとって、それはこそばゆいらしい。
獣人ってやっぱり耳の中も強いのかな。耳の中が強いってワケ解らんが。
「ツカサの手は、どこまで行っても優しいな」
「そうか?」
「普通、ここまでしてくれる人族はいない。ツカサだけだ、掃除してくれるのは」
そういう……もんなのかな……?
獣人と人族のカップルなら、やると思うんだけど……クロウの周囲にはそういうカップルが居なかったんだろうか。まあでも、仲間同士じゃやらないか。
俺とクロウは特殊な関係だし、その……クロウがして欲しいって言うから、出来るだけ叶えてやりたいなって思って、やってるだけって言うか……。
でもこう言うのって、人間同士に置き換えたら恋人がやる事なのでは。
いやしかし、ペットは別物だし……でもクロウはペットじゃなくて掛け替えのない存在だし……お母さんと子ども……的な……そんな感じ……?
うーん……未だに何と言っていいのやら……。
クロウは“二番目のオス”だと自称してるけど、二番目だったらこう言う事もやって良いのかな。だったら別に良いんだけど。
……いや、俺がメスかどうかは別にしてね。
「んん……ツカサぁ……気持ちいいぞ……」
色々な事を思いながら耳をほじほじしてやっていると、クロウは体を伸ばして本格的に俺の足に体を預けて来る。
熊の耳は小刻みに動いているが、明らかに緊張が解けてリラックスしていた。
そっか、気持ち良いって思ってくれてるんだな。……なんか嬉しいかも。
「もう片方もやるから、仰向けになって」
手を伸ばしながらは少々やりにくいのでそう言うと、クロウは素直に従う。
髪をわさっと俺の太腿の上に散らしてこちらを見たクロウの表情は……なんだか目がトロンとして気持ちよさそうで、喉からはグゥグゥと低い音が聞こえていた。
ああ、これって、クロウが気持ちが良い時に鳴らす音だ。
大きな猫みたいに喉を鳴らすんだよな。
「つかさ……」
「ん」
どうした、と語りかけるようにクロウの額を手で優しく撫でてやると、クロウは普通の時なら絶対に見せない、緩み切った笑顔を俺に見せて来た。
……そんな、顔、されると……その……。
「…………」
思わず口籠ってしまった俺に、クロウは手を伸ばしてきた。
何をしようと思ったのか、俺の後頭部を優しく掴んで俺の状態を屈ませて来る。
一気に顔が近くなって顔が熱くなった俺に、クロウは……笑みを深めた。
「だいすきだぞ、つかさ」
「……っ」
そ……
そん、なの……反則だろ……っ。
「照れるツカサも、可愛い」
「ばっ……ばか!」
「ツカサの『ばか』は好きだ。もっと言ってくれ。もっと甘やかしてくれ」
「う……ううぅ……」
こう言うところ、ブラックと似てるんだけど……でも何で俺はクロウだとなんにも言えずに言う通りにしちゃうんだろう。
やっぱり、獣人だから? それとも、何か違いがあるのかな。
よく判んないけど……とりあえず、ブラックには言わない方が良いだろうなぁ。
→
※クロウのターン(`・ω・´)
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