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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
18.不穏な報せ
しおりを挟む「で……この水晶玉は何なの」
「ビィ~?」
「お前は何故ここに居られるのだ? この感じだと、ここはモンスター避けの結界が張られているのに」
「ビィ~」
テーブルの上に、大きくて可愛い蜜蜂ちゃんがぺたんと座り込んでいる。蜂の特徴である縞々の大きなお尻がチャーミングだが、そんな蜜蜂ちゃんに向かって、大柄なオッサン二人が左右から問いかけている様は実にシュールだ。
可愛い蜜蜂ちゃん……こと、柘榴はとても頭が良いので、ブラック達が言っている事の意味は解るのだが、しかし二人の質問に対する答えを持っていないのか、さっきから頭をこてんこてんと傾げ続けている。
あーっもう可愛いっ、表情のない動物やロボットが、そうやって仕草で感情を表現するの可愛すぎるんですけどおお!
ロクやペコリア達のように表情豊かな動物も超絶に可愛いけど、表情が無い動物もこんなに可愛いんだからもう困ってしまう。みんな違ってみんないい。
柘榴と中年の要領を得ない会話をほのぼの見つつ、俺は少し温めた麦茶を三人に持って行った。クロウと柘榴にはハチミツを入れて甘くした奴な。
「そのくらいにしとけって。ザクロはまだ子供なんだから、詳しい事は聞かされてないんだよ。蜂龍さんがザクロにこれをただ手渡したって事は、後々意味が解るって事なんだろうさ。危ない物じゃないと思うし、とりあえずここに置いとこうぜ」
「ム。ではツカサ、何故このザクロはここに来る事が出来るのだ」
お茶を受け取ってズルズルと啜るクロウに、俺は柘榴が「モンスター」ではなく「龍の眷属」という別の種類なのだという話をした。
どうも、龍の眷属だとモンスター避けの障壁の術はすり抜けてしまうらしい。
その障壁が「モンスターだけが持つ特徴」に反応して侵入を防ぐからなのか、それとも龍の眷属が不思議な力を持っているからかは解らないが、神族の島に掛かっている「神様が作ったバリア」と同じく「人間が作った障壁」も物ともしないんだから、龍の眷属ってのは、本当に特別な存在なのだろう。
とは言え、おんなじ勇蜂種であるモンスターの方の蜜蜂ちゃんは、きちんと障壁に弾かれるみたいなので、そこは何となく納得出来ない物があるのだが。
モンスター化したとか、モンスターと交配して血が混じったとか、そういうのなのかなぁ。いや、そもそも柘榴が勇蜂種とまったく同じなのかもよく判んないし……うーむ、そこは俺には手に負えないからちょっと置いておこう。
とにかく、我らの柘榴ちゃんにはモンスター避けの障壁など通用しないのだ。
そんな事を説明すると、クロウは少し驚いたような感じで納得していた。
さもありなん。この世界には基本的にモンスターしかいないんだもんな。小動物ですら、何らかのモンスターなんだし……。
「まあそれはそれとして……このチビはいつまでここにいるの?」
最近は砂糖ナシの麦茶を俺と一緒に飲めるようになったブラックは、コップを傾けつつ柘榴をちらりと見やる。その声は何となくよそよそしい感じだ。
「いつまでって……別にいつまででも良いじゃん。なあザクロ」
「ビビ~!」
「それだとコイツに僕とツカサ君のセックスを見せる事になるけど大丈夫?」
「お前は大人としての配慮というモンがねえのかよ!」
なんちゅうモンを見せようとしとるんだお前は!!
つーか子供の前でセックスしようとすんな。いや、このオッサンの場合、他のヤツなんてどうでもいい存在でしかないんだっけか……。
くそう、コイツはヤると言った事は絶対にヤる奴だから、そうなると柘榴に悪影響が出ない内に森に帰すしか……いや待て、それじゃいつもと同じじゃないか。
俺はブラック達の暴挙を叱れる大人に成ろうと思ったばかりだろう。ここで退いていたら、いつまで経っても一矢報いる事など出来ないぞ。どうにかしてブラック達を御する方法を探さないと……。
「それにしても……この水晶玉は一体なんなのだろうな」
柘榴の正体に納得が行って興味が薄れたのか、クロウはテーブルの上に放置されている白煙入りの水晶玉を指で突いて転がす。
その仕草は獣みがあって、思わずキュンとしてしまったが――いきなり、ボンと音がしたと思ったら、水晶玉から白煙が飛び出してきた。
「うおあ!?」
「ビーッ!!」
「なっ、なんだこれは!」
「おいバカ駄熊! なにやってんだテメェ!!」
白煙の中で柘榴が抱き着いて来る。それを受け止めながら、何がどうなったのかと固まっていると、なんだか煙が薄らいできた。
どうやら危ない煙では無かったらしいが……何がどうなっているのだろう。
ぷにぷにもふもふの柘榴をだっこしながら見守っていると、水晶玉のある位置から光が漏れて来て、煙が風に追いやられたかのように霧散する。先程までの煙さが嘘のようにクリアになった視界には……熊の耳をブワッと膨らませて無表情のまま固まっているクロウと、波動拳でも出そうなよく解らないポーズで立っているブラックと……水晶の上に浮かび上がっている、ちっちゃなものが……。
「って、ええ!? ほっ、蜂龍さん!?」
そう。水晶玉の上にぷかぷか浮かんでいるのは、誰であろう蜂龍さんだった。
しかし今の彼女はかなり小さくて、それでいて透けている。もしかしてこれは立体映像という感じなのだろうか。
『突然の事で申し訳ない。驚いたと思うが、今の煙は魔を払うためのものだ。どうか驚かせたことを許して欲しい』
「あっ、喋る方向が……」
「ツカサ君こっちおいで」
やべえ。俺、蜂龍さんが向いてる方向と反対側にいたわ。
これでは締まらないぞと慌ててオッサン達の間に入り込むと、真正面に顔を向けた蜂龍さんは、どこか深刻そうな雰囲気で頭をわずかに下へ動かした。
『それで、用件なのだが……昨晩、この大陸の東の方に……大よそ生物が出したとは思えない、凄まじい光を見たのだ』
「……?」
東の方に光?
まだ離しの方向性がよく判らなくて、三人で眉間に皺を寄せながら首を傾げると、タイミングを見計らったかのように蜂龍さんは続けた。
『もしかすると、あれは……お主達にとって、危うい兆しとなるやもしれん』
「危うい兆しって……」
『詳しい事はまだ判らん。だが、何か胸騒ぎがするのだ。……遥か昔に感じた尊い光のような、なにか…………だが、しかし、今となっては……』
そう言って、蜂龍さんは完全に俯き、空のように綺麗な青い瞳を暗く明滅させる。
彼女の様子はいつもより深刻そうに見えた。
「蜂龍さん……」
『本当は、確かな情報による報告を送りたかったのだが……申し訳ない。今は、時間が無い。とにかく我の眷属を探りに行かせたが、現状は謎のままだ。……しかしな、我には何か異様な物が感じられてならん。お主達になにか、障りがあるような予感がしてならぬのだ。故に、今は少し待ってほしい。そこに留まっていて欲しいのだ』
「待つ?」
どういう事だろうかと思わず呟くと、蜂龍さんは言葉を続けた。
『もしかすると、お主達にもなにか報が齎されるやもしれん。我の予感が現実のものであれば、何か……ツカサにとって、悪い事になりかねん』
蜂龍さんの、予感……。
それは、神様によって造られた存在だからこそ分かる物なのだろうか。それとも、その「東に現れた光」というものは、蜂龍さんのような凄まじい存在であれば容易に感じとれるような物なのか。
よく判らないけど……彼女がここまで言うんだから、尋常じゃない現象だったってのは確かだよな。だとしたら、言う通り下手に動かないほうが良いかも。
「東に光……ねえ……」
「水麗候なら既に感知しているのではないか。やはり連絡を取るべきだ」
「えー……」
クロウの言葉にブラックが不満げな顔をするが、そうも言っていられないだろう。
蜂龍さんが言う「光」が俺達人族にも観測できたとするのなら、どの道シアンさんに聞いてみなければならない。どうして俺達に障りがあるのかって事も、分かるかも知れないしな……しかし、一体どういう事なんだろう。
『では、一旦これをザクロに持たせる。次の報せまで、どうかそこを動かぬよう』
そう言うと、蜂龍さんの映像は徐々に薄くなって消えてしまい、水晶玉もその場で溶けて水になってしまった。よく解らないけど……これも蜂龍さんが作った物だったのかな……いや、本当に『龍』って凄いな。
三人で水晶玉が溶けた所をしげしげと見つめていると、柘榴が俺の腕の中から飛び出して、どこか名残惜しそうに手で顔を擦った。
「ビィ~」
「あ、ザクロもう帰っちゃうの? でもそっか……蜂龍さんの周囲には蜂達が少なくなってる状態だもんな……。じゃあ、きっとまた来てくれよ」
「ビビビッ、ビビィ」
俺をぎゅっと抱きしめて、それから柘榴は名残惜しそうに帰って行った。
あー……柘榴ぉ……。
「……まあ、水麗候に報せを出しても、数日は掛かるだろう」
クロウがそう言うのに、ブラックはブーブー言いながら腕組みをする。
しかし、不満を吐いてもどうにもならないと知ってか、溜息を吐いて呆れたような声を出した。
「あーあ。……ま、仕方ないか……。あと数日っていうんなら……」
「え?」
隣にいたブラックが、俺を抱き締めてくる。
何事かと思っていたら、背後からニヤついた声が聞こえてきた。
「まぁ、その間じっくりと楽しめばいいよねえ」
「ム。そうだな」
「………………」
そうだな、じゃねええええよ!!
お前ら今の話聞いてた!?
なんか不穏な気配があるんですけど。一大事なんですけど!?
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