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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
15.人の思う定義はあいまいなもの
しおりを挟むまずは……というか、こちらの状況を把握して貰わなければクロウも安心できないだろうと思ったので、最初はブラックに今までの事を話して貰う事にした。
ブラックは自分が先攻であることに不満そうだったが、話してくれなければ始まらない。と言うワケでなんとか持ち上げて、話をさせた。
……まあ、本当は俺が聞きたかったって所も有るんだけど……。
だって、俺をどうやって助けに来てくれたのか俺も詳しくは知らないし、その……ちょっと性格悪いかも知れないんだけど、俺が落ちちゃった後、ブラックは俺の事をどんな風に心配してくれたのかなって……心配してくれてたらいいなって、その……なんか、気になっちゃって……。
…………いや、あの、そ、それが知りたいから話させたんじゃないからな!?
二人ともお互いの苦労を知らなきゃ行けないと思ったから、俺は話し合おうって言っただけで、そういう不埒な事がしたかったわけじゃないぞ!
誓って、本当に誓って!!
はあ、はあ、閑話休題。
とにかく、ブラックには俺が島から落ちてここに来るまでの事を話して貰った。
もちろんその話は、数分で終わるような物ではない。俺が聞きたかったソロ行動の時も含めて、数週間の話だ。かなり要約してもそれはとても長い話だった。
俺は……本当は、ブラックがどんな旅をしたか細かく聞きたかったけど……でも、二人がのぼせたり湯冷めしたりすると悪いので、そこは我慢した。
しかし、ブラックの話はとても簡素で、それでいて……辛くて。
国境の山に降りて一人で崖を駆け下りた事や、ガストンさんと出会って指輪を取り返し……いや、多分預かっていた物を返して貰って、それからガストンさんが教えてくれたというアランベール帝国東端にある渓谷の中の村を目指して、強いモンスター達を退けながら必死に走って来た事を聞くと、胸が痛んだ。
ブラックが教えてくれた事は本当に少なかったけど、でも、少し不満げな顔をして話すのは、自分の弱みを見せているみたいで嫌だからなんだろう。
ブラックは、自分一人で探していた時の事を「不名誉な事実」だと思っている。
それは多分、俺の目の前に満身創痍で現れたからだ。
――片腕さえあれば、充分に戦えた。そう思っているからこそ、俺にあの姿を見られたからこそ、自分が辿って来た道を話すのが恥ずかしいんだ。
その気持ちは、俺にもよく判る。
好きな子に情けない事は話したくない。でもそれは、ダチだって一緒なんだよな。むしろ、友達だと思っていればいるほど、虚勢を張りたくなっちまうんだ。そりゃ、笑い話になるような事なら勿論ネタにはするけど……そうもならない、ただただ自分が惨めなだけの過去なんて、誰だって身近な奴に聞かせたくはないだろう。
話したって自分が弱かった事を認めるみたいで癪だし、なにより同情を引くようで嫌だ。同じ男である友達に話すのも、自分を侮られるみたいで嫌だった。
友達だろうが、相手は自分と同格の相手だ。ゲームだって、本当は負けたくない。相手と自分は同等の存在だと、心の中では思いたいんだ。
だからこそ、そういう格好悪い事は言いたくないんだよな……。
…………でも、ブラックはちゃんと話してくれた。
凄くはしょってるけど、やっぱりそう言う所は大人なんだろうな。
話せるだけでも立派だよ。
そう思いながら、俺はクロウの背中を流したり剛毛な髪を洗ってやったりしつつ、ブラックが話し終えるまで耳を澄ませて注意深く聞いていた。
「…………で、今ここに居るわけ」
「……なるほど。そう言う事だったのか……」
髪と熊の耳と尻尾を洗い終えると、クロウはケモ部分だけをぴるぴると震わせて、少し水気を飛ばす。
話を聞いている内に冷静になってくれたのか、その声はもう怒ってはいなかった。
ブラックも不満顔ではあったが、話し続ける内に少し落ち着いたらしく、先ほどのようにイライラはしてないみたいだ。うむ、やっぱり冷静に話し合うのは大事だな。
「これで解っただろ。お前らが付いて来たって、役に立たなかったって」
風呂の縁に腕を組み、そこに顎を乗せるブラックに、クロウは大きい毛玉のような熊の尻尾をぱふんと一度動かして、少し眉を顰めた。
「役に立たない事なんてない。オレは国境の山だって一緒に越える事が出来たし、館に侵入する時の足場にだってなれた。それに、お前が一人でモンスターの相手をする事も無く、時間も大幅に短縮できたはずだ。……あの小僧のことだって、オレも一緒だったら、もっと早く解決したかもしれない」
「…………」
ブラックは答えない。だが、クロウはブラックを見つめて続けた。
「……オレは……いや、オレ達は、ツカサが島から落ちてお前がいなくなってから、必死にお前達の痕跡を探していた。水麗候は、責務に追われながらも自分の持てる力すべてで捜索を行い、神族達も己の力を限界まで使って消息を追っていたんだぞ」
「僕達“だけ”を探したんじゃないだろ。クロッコの行方だって、追っていたはずだ。そんな片手間でやられると迷惑だから僕一人で探しに出たんだよ」
「人には出来る限界がある……! 道理を知らない赤子でもないお前が、そんな事を解らないはずは無いだろう」
そうクロウが言うと、ブラックは怒りに目を見開いて浴槽から体を起こした。
「片手間って事はツカサ君を一途に探せてないって事だろ。ツカサ君が一番大事じゃない奴らになんか、探して欲しくない……お前らに僕の気持ちなんか解るもんか!! そんな奴らなんかについて来られても迷惑だ!!」
「ぶ、ブラック……」
なんか、か、体が熱い。なんで俺の顔が痛くなってるんだ。
でも、今のブラックの言葉は裏を返せば、その……そういう……ことで……。
そんな場合じゃないと解っているのに、顔に熱が上がるのを止められなかった。
けれど、今はそんな場合じゃ無い。気が付けば目の前のクロウが、しとどに濡れた熊の耳を少し膨らませていた。
「そうやって子供のようにだだをこねて満足か」
「……ッ!」
「お前にはしがらみがない。それはそうだろう。お前もツカサも、望み合った番だ。愛しいメスを奪い返そうと思う気持ちを通すのも仕方がない。だが、ならば、他人が自分のように振る舞えない事を知っていてもなお、“自分と同じ気持ちになれ、それを理解しろ”というのは、子供のわがままでしかないぞ。番を持つ立派なオスとしては、失格だ」
「なにを……ッ」
「オレは!!」
唐突に大きな声を出したクロウに、ブラックは目を丸くして言葉を飲み込む。
その剣幕に押された様子に構わず、クロウは肩をいからせて続けた。
「オレは……お前にとっては邪魔者だ。それは自覚している。だが、オレもお前達の群れの一員だ。オレの頭上に居るのは、ツカサだけではない。お前もなんだ。だからこそ、お前が失格するような事が我慢できないし、文句を言わずにはおれない。それだけお前の事も心配しているんだ。オレは、お前には立派な長で居て欲しいんだ」
「…………」
気圧されてか、ブラックは言葉を言い出せない。
そんなブラックに、クロウは真剣な表情で訴えた。
「なにも、お前の力を軽んじている訳ではない。お前が充分に強い事は解っている。ツカサをどれほど大事に、一番に思っているかもオレには解る。だからこそ、頼って欲しかったと、言っている。群れの長として、オレを使って欲しかったと言っているんだ。ツカサを一番に考えているのは、オレも同じだからこそ……オレだけにでも、頼って欲しかったと」
「……駄熊……」
「お前は、一人でだって何でもやれる。だが、二人でやればより容易になる事も有るはずだ。ツカサのためにも、お前の体のためにも、無理はして欲しくなかった」
「だけど、お前は僕の事なんてどうでも良いはずなんじゃないのか」
ブラックが揶揄するように言うと、クロウは少し息を吐いて軽く何度か頷く。
だが、それでは言葉を止めなかった。むしろ再びしっかりと相手を見据えて、己の裸の胸に手を当て何かを誓うように言葉を継いだ。
「……確かにオレは、ツカサが一番大事だ。だから、お前の事を二の次にしか心配しない。お前が長から転げ落ちる好機があれば、喜んでその背を押そうと思う程度には、その地位を狙っている。だが、それは“お前を心配していない”という事にならないとオレは思う。……オレは、この群れの二番目の雄になると言った。だからこそ、お前も助けたいんだ。二番目の雄として、同士として……一人の、友人として」
クロウのその言葉に、ブラックは目を瞬かせる。
何を言われたのか解っていないのか、それとも言葉が出てこないのか。
迷ってしまうほど、その表情は何だか頼りなかった。だけど……
今の真剣な言葉は……確かに、ブラックに届いていた。
「…………お前の言っている事は、よく判らん」
「……そうだな」
「従者と同士と友人ってのは、どう違うんだ。僕とツカサ君に有益なものなのか?」
「それは受け取り方次第だが、オレはそういう存在になりたい。だから、お前のやることに正直に文句を言うし、お前のやりたい事を全力で手伝ってもやる。危ない事をすれば、心配したと殴ってやりたくもなる。それは……ツカサを奪いたいと言う意志とは関係ない。お前の力になりたいから、お前に正直で居たいから、そうするんだ」
「それが……友人……?」
何だか妙な文言だが、ブラックの問いにクロウは力強く頷く。
だけど、友達と言う物を説明するのが難しい事なのだと思えば……クロウが思う「友達」という存在も、また正解なのかも知れない。
俺達の関係は変な関係だけど、でも、お互いを尊重する気持ちは恋人だろうが友達だろうが、同じ物なんだろうと思う。
少なくとも、クロウにはその気持ちが有るんだ。
群れの一員というだけでなく、ブラックと「友達」になりたいという思いが。
「…………僕には……よく、解らん」
クロウの思いを想像し切れないのか、ブラックは不機嫌なような困ったような顔をして、再び風呂に沈む。だけど、もう怒気は無くなっているようだった。
そうして少し沈黙していたが、やがて顔を上げた。
「……ツカサ君、こういう時は……どうするのが正解なの……?」
ブラックは知らない。クロウに聞いても、多分わからない。
だから俺に問いかけて来たんだろうけど、縋るような表情は困惑した子供のようで……俺は何だか、顔が緩みそうになってしまった。
「そうだな……」
ブラックの方に近付いて、俺は頭をわしゃわしゃ撫でてやる。
不安げだった相手の表情が少し和らいだのを見て、俺は笑った。
「ブラック、心配するってのは……相手が自分を気に掛けてくれてるからなんだよ。怪我をして戻ってきたり心が傷付いてしまったりしたら、自分も身を裂かれるように痛くなってしまうってくらい大事な存在だから、心配してくれるんだよ」
「…………そうなの? ツカサ君以外も、そうなるの?」
少し驚いたように俺を凝視し、それからクロウを見やるブラックに、俺は口を手で必死に抑えながらコクコクと頷いた。
なんだか可愛くて、そうでもしないと堪えられなかったからだ。
でも、ちゃんと教えてやらなくちゃ。
俺なりに考えた事を。少しでもブラックの理解を広める事が出来るなら。
「ブラックだって、俺が怪我したら焦ってくれるだろう? その……恋人、とは、ちょっと違うけど……でも、焦る気持ちだけは一緒なんだ。それくらい、クロウも俺達の二人の事を心配してくれたんだよ。友達だから」
「…………友達……」
「……今は解らないかも知れないけどさ、クロウがお前の事を心配したのは本当の事なんだ。……だから、友達ってモンを知るための第一歩として、ごめんなさいって謝ってみないか? 俺達だけしかいないここで」
謝った所で何かが変わる訳じゃないかも知れない。
だけど、いつもと違う事をするのは、気持ちの変化をもたらす事も有るのだ。
期待に目を輝かせるクロウに、ブラックはどうしようかと迷うように視線を動かしていたが……不承不承と言った様子で、クロウを見るとぶっきらぼうに言い放った。
「……悪かったよ。今回の事は、謝る」
「ブラック……!」
思わず耳と尻尾をピンと立てて嬉しそうな声を出すクロウに、ブラックはと言うと謝ったからこれで終わりだとでも言わんばかりに表情を変え、訝しげな顔でクロウをビシビシと指差し始めた。
「だけど、お前、本当に僕の言う通りにするんだろうな? 文句も言うって言ってたけど、都合の悪い時だけ友達ヅラして逃れようって魂胆じゃないのか」
「ムッ、それとこれとは別だぞ。悪い事をする時は怒るし、愚策だった時は反発するが、別に命令を聞かんと言う訳ではない。友人と言うものは、気兼ねなく正直な言葉を交わすものだからな」
「ふーん? ……じゃあ……」
ちらり、とブラックが意味深な視線で俺を見る。
おや、なんだか寒気がするぞ。長い間外にいすぎたかな。
……じゃなくて、これ十中八九ブラックが嫌なコト考えてるって悪寒だよな。
おい、まさかお前……。
「今ここで僕がツカサ君とセックスしたいな~って思ったら叶えてくれんの?」
「お前ーッ!!」
またそんなとんでもない事をいう!!
クロウっお前なら断るよな、こんな話したすぐ後にこんな事を言ってるんだから、絶対に拒否してくれるよなあ!
「対価次第だな。ツカサの精液一回分で手伝おう」
「まあそれくらいならいいか。っていうか、図々しくなるのが友達って事なのか?」
「正直に話して対話を続けられるのが友達というものなのだ」
「ふーん……? まあいいや。さてツカサ君、お待たせしました!」
「待ってねーよ!!」
散々トンチキな会話しやがって、最後に言う事がそれかい!!
ちくしょう、もういい、俺は風呂からあがってやる。
さっき後処理したから別にもう風呂に入らなくても良いし、後から入るし!
そう思ってすぐに踵を返そうとしたが。
「おっと。ツカサ、逃げてはいかん」
すぐ側に居たクロウに体を捕えられて、二人の間に連行されてしまった。
……おい。お前ら本当に友達って概念知らないのか。本当か?!
お前らどう考えても悪友っぽいんですけどお!!
「よーしよしよし。熊公、そのままツカサ君の腰を上げて」
「ム。こうか?」
「わーっ!!」
無理に腰を浮かされて、足が地面に付かなくなる。
その浮遊感が怖くて思わず風呂場の縁に両手を描けると、クロウは背後で風呂椅子を動かして座ったようだった。おい、なに人の腰を浮かせたままで落ち着いてんだよ。てかそれだと俺、今クロウの目の前に尻を向けてるんじゃ……。
「ツカサ君、そう言えばまだお尻のナカ処理してなかったよね! 僕今日は疲れちゃったから、特別に熊公に頼む事にするよ」
「え゛っ!?」
「でもその代わりぃ~、ツカサ君の目の前には僕が居てあげるし、たっくさん気持ち良くしてあげるから安心してね!」
そう言いながらざぶんと風呂に浸かって俺に微笑みかけて来るブラック。
ああ、あ、あの、あの、尻に息が。なんか生暖かい息がかかってるんですが!
「ハァ……ハァ……つ、ツカサの尻……久しぶりの……ッ」
ひぃっ、背後でクロウのヤバげな声がしてるんですけど。
おい、ちょっと、ブラックってば一体何のつもりなんだよー!!
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