異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
1,157 / 1,264
廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編

13.それは今まで感じた事のない物だったから

しおりを挟む
 
 
「あっ……」

 く……クロウ……?
 本当に、クロウなのか。俺の幻覚とかじゃないのか?

 仲間があんまりにも恋しいからついつい想像しちゃったとか、これはそういうたぐいのモノじゃないのか。だって、シアンさん達に手紙を送ってまだ数日しか経ってないし、この世界の郵便物がそんなに早く届くワケがないよな。

 じゃあ、やっぱりクロウじゃないのでは。
 だけど俺達の目の前に男らしく立っている相手は、間違いなくクロウでしかない。

「く……クロウ……。クロウなのか……?」

 ブラックに抱き上げられたままで問いかけると、クロウはすぐに俺に向かって嬉しそうに牙を見せて微笑んだが……視線を俺の下半身に落とした、途端。

「……――――ッ!」

 クロウの髪の毛や熊耳が、思いっきり逆立った。
 後ろで束ねて尻尾のようになっていた髪も例外なくふくらみ、その異様さはアニメのキャラクターのようで、現実だとはとても思えなかった。
 だが、クロウの周囲に渦巻きながら現れ始めた橙色だいだいいろ禍々まがまがしい光が風を起こし、それが幻覚ではない事を俺に思い知らせて来る。

 じゃあ、目の前に居るのは本当に。

 驚いた俺の横で、ブラックが舌打ちをした。

「チッ……もう見つけたのか……」

 まるで誘拐犯みたいな言い草だが、その事に突っ込む余裕は俺には無かった。
 だって、目の前にいるクロウは……ブラックの言葉を聞いて、まとう光と同じ橙色の瞳をぎらりと怒りに光らせたのだから。

 ……ヤバい。これは、絶対にヤバい。
 クロウが怒ってる。それこそ、今にも角を出しそうなくらい。

 なにかヤバい事が起こりそうだ。これは絶対に止めた方がいい。
 そう思って下に降りようとするが、ブラックが俺を離してくれない。

「ぶっ、ブラック! 降ろして……っ」
「え、なんで?」
「状況わかんねーのかよ!? クロウが怒って……っ」
「ああそう言えばそうだね。……はぁ……仕方ないなぁ」

 何が仕方ないのか全く理解出来ないが、ブラックは俺を渋々降ろす。
 しかし、クロウはそんな俺達に対して一歩二歩踏み込んできた。

 ――と、思った瞬間。

「グゥウッ……!!」

 うなるような、歯を食いしばるような怒声が耳に聞こえて。
 まばたきをする暇もなく、俺の横に居たブラックがふっとばされていた。

「…………え?」

 ブラックが、吹っ飛ばされた?
 訳が解らなくて、というか理解出来なくて、飛んで行った方を振り返る。
 すると、ブラックは既に状態を起こし、口をぬぐっていた。もしかして口の中が切れて血が出たのだろうか。そのけわしい顔に思わずそちらの方へ向かおうとしたが、その前にクロウがブラックの方へと大股で近付いて行く。

「なんだよいきなり!! 馬鹿かお前は!」

 当然、ほおを赤くらしたブラックは怒っている。
 しかし、クロウはブラック以上に怒っているみたいで、再び拳を振り上げた。

「お前こそなんだ……ッ!! こんなっ……こんな所に、連絡一つ寄越よこさず……!」

 そう言いながら拳を降ろすクロウから、ブラックは逃げる。
 しかしまずい事を言われたと思ったのか、その顔は苦々しい顔つきだった。

「連絡一つ、寄越さず……?」

 ちょ、ちょっと待ってよ。俺、手紙書いてブラックに渡したんだけど。
 俺達は「この場所に居るから心配しないで」ってシアンさん達に向けて手紙を書いて、お使いに行くブラックに手渡したんだけど!?

 それが届いてないってどういう事、ま、まさかブラック……送ってない……?

「お前ッ、ツカサ君の前で……!!」
うるさい!! オレ達がどれだけ走り回ったと思っている、どれだけ水麗候すいれいこうや他の者達がお前らを心配したと思ってるんだッ!!」
「うおっ! このクソ熊、危ないだろうが殺すぞ!!」

 助走を付けた拳で頬を殴られても、ブラックは持ち前のタフさで倒れもしない。
 それどころか、力いっぱいに向かって来る拳を簡単にかわしていた。恐らく、クロウが怒りに任せて攻撃しているから、難なく避けられるんだろう。

 だって、本当なら拳闘はクロウにがあるんだ。思いっきり殴られた後のブラックが簡単に避けられるだなんておかしい。
 クロウは、怒りに呑まれて自分でも抑えられなくなってるんだ。

 だから、自分の攻撃が上手く当たらなくても破れかぶれで何度も何度もブラックを殴ろうとしている。逆に言えば、それだけ怒りが抑えられないんだ。

「う……っ」

 足にまとわりついた液体が固まって、肌をおおっている。
 その感覚に居心地の悪さを覚え……俺は、拳を握った。
 ……そうだよな。何を言おうが、結局俺はクロウ達に連絡できなかったんだ。

 ブラックが手紙を届けなかったせいだと怒るのは簡単だが、ずっと一緒に居る俺がコイツの考えを読めなかったというのは、だいぶ問題だ。
 確かにブラックも悪い。だけど、それなら俺だって悪い。
 これが、赤の他人だったり友人だったり仲間だったりしたのなら、俺はただ「手紙を届けなかったブラックが悪い」と言って怒れただろう。

 だけど、俺は……ブラックの、恋人だ。同じ指輪を持っている関係なんだ。

 俺は、一緒に背負せおう存在だ。
 ブラックが悪い事をしたのなら、俺も共にその罪をそそがなければならない。
 俺が選んだのは、そういう関係だ。
 婆ちゃんが言ってたのは、そう言う事なんだ。

 ……だから、これは俺だって謝らなければいけない事だ。

 ブラックの為にも、クロウの為にも、俺が責任を持って謝らなきゃいけないんだ。

「……っ……! ふ……二人とも、やめろって!」

 オッサン二人はいまだに殴り合っている。
 こんな時に止めないで、何が男だってんだ。殴られたってどうせ治るんだ。
 前にも一回本気でぶっ飛ばされたんだから、平気だこんなの。

「オレはっ、オレ達は!!」
「ああもううるさいなァ!! そんなに殺されたいのかお前は!!」

 二人ともヒートアップしてる。このままじゃ駄目だ。
 俺は一瞬離れた二人の隙を狙ってその間に入り込んだ。
 そして、ブラックに再び拳を振り上げようとしていたクロウに抱き着く。

「クロウごめん、俺が悪かったんだ! ブラックにちゃんと連絡してって言わないで、ずっとここでのんびりしてたから……!」
「ウッ、グ……ッ!!」

 その言葉に、クロウの動きが止まる。
 やっぱり、我を忘れた訳じゃ無かったんだ。良かった……。
 安堵しながらも、俺はクロウを見上げて必死に謝った。

「ごめん……クロウ、本当にごめんな……。心配させて、本当に……」
「ツカサが、悪いんじゃない……っ。どうせ、こいつが悪いんだ……! 連絡をする手段があったのにそうせず、どうせツカサと二人きりで居たいからなどと考えて、ずっと黙っていたんだ! そうでなければこんな廃虚にひそむはずがない!!」
「っ……」

 図星を刺されたのか、ブラックは言葉にまる。
 お前やっぱりそんな事を考えてたのか……いや、黙って連れ去られて、ブラックと二人っきりの生活に浮かれてた気もする俺も悪いだろう。
 もうちょっと俺が利口だったら、クロウ達の事を気に掛けていたはずだ。そしたらブラックだって、傷を治しながら連絡をしようと思ったかもしれないのに。
 ああもう、やっぱり悪いのは俺なんじゃないのか。

「それなら、やっぱり俺だって悪いよ。クロウ達が心配してたのに、俺……ここで、ブラックの腕を治す事ばっか考えてて……。だから俺も悪いんだ。ごめん、クロウ、本当にごめんな……っ」

 殴って済むなら俺も殴っていい。ブラックを止められなかった俺にも非がある。
 普通ならそうしなくてもいいかもしれない。
 でも、俺はブラックを知っている。だから、俺も怒られなきゃいけないんだ。

 クロウの大きな体を出来るだけ抱き締めて、それから体を離す。
 いくらでも殴っていいと態度で示した俺に、クロウはまた苦しそうに顔を歪める。
 しかし、ブラックはと言うと。

「心配? はっ、どうだか。どうせツカサ君が僕にかされてないか心配だったダケじゃないの? この横恋慕熊が僕の事なんて心配するわけないだろ」

 そんな事を言いながら、殴られた頬を抑えて不機嫌そうに顔を歪める。
 口から血がにじんでいるのに急に心配になって、思わず近付こうとする。と……
 背後から、絞り出すような声が聞こえた。

「ッ……ぐ……お、前は……お前と言う奴は……!!」

 思わず振り返えると、そこではクロウが……――
 クロウが、ぼろぼろと、涙を流して……泣いて……いて……。

「クロウ……」

 思わず声をかけると、クロウはけわしい顔で涙を流しながら、俺の所までよたよたと歩いて来た。そうして、鼻をすすりながら覆い被さるように抱き締めて来る。
 久しぶりの、クロウのにおいだ。
 ブラックとは違う太くたくましい浅黒い色の腕が俺を捕え、首筋に何かがひっつく。
 ずびずびと動く鼻の感覚と吐息が感じられて、それがクロウの顔だと解った。

「お、れは……オレは、お前達の事を心配して……っ」

 俺を抱き締める腕は、とても震えている。痛いくらいに抱き締めて来るのに、その様はとても頼りない感じだった。
 いつものクロウらしくない。いや、これは……元々隠していたはずの、寂しがり屋でいつも不安を抱えている、だ。これも、クロウの一部なんだ。
 ああ、そうか。だから……出会いがしらにブラックを殴ったんだな。

 本当に、心配だったから。心配で、どうしようもなくて、不安だったから。
 だから……俺の「我慢しなくて良い」という言葉に従って、殴ったんだ。
 ブラックの事も、どうしようもなく心配だったから……。

「ごめんな……でも……ありがとうな、クロウ。俺とブラックの事を、こんなに心配してくれて……本当に、ありがとう……」

 肩にうずまる頭の髪を、優しく撫でる。
 少し硬くてボリュームのある、不思議な色をしたクロウの髪。

 精一杯の感謝と謝罪をこめて撫でると、クロウは泣き声を漏らしながら、俺の肩になつくように頭をすり寄せて鼻を鳴らしていた。

「…………」

 その様子に、ブラックはただ黙っている。

「……ブラック。クロウは本当に、お前の事も心配してたんだよ」
「…………なんで」

 本当に解らないとでもいった様子で怒ったような声を返すブラックに、俺は笑顔になり切れていないだろう顔で笑った。

「クロウは、お前の事を大事な仲間で……大事な友達だって、思ってたからだよ」

 こんな格好で、こんな事を言っても、しまらないかも知れない。
 だけどブラックは目を丸くしてただ言葉を失くし――クロウの事を見つめていた。













 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完】ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが

BL
 俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。  ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。 「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」  モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?  重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。 ※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。 ※第三者×兄(弟)描写があります。 ※ヤンデレの闇属性でビッチです。 ※兄の方が優位です。 ※男性向けの表現を含みます。 ※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。 お気に入り登録、感想などはお気軽にしていただけると嬉しいです!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

処理中です...