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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
8.人は何がさいわいか
しおりを挟む一緒に暮らす……というか、二人きりで一か所に留まって暮らすってのが、こんなに大変な事だとは思わなかった。
……と言っても、別に家事が大変とかそう言う話ではない。
テレビもスマホもない、娯楽の少ないこのような異世界では、むしろ洗濯や料理をしたり家庭菜園を弄ってた方が楽しいし、俺としては野山に混じりて野草を取りつつよろずのことに使いけりみたいな生活も苦ではないので別に良い。
むしろ、そんな生活に魔法のような力が加わっているので、楽しいくらいだった。
では何が大変なのかと言うと…………その……えっちだ。
ブラックとのアレコレが、非常に大変だったのである。
……べ、別に、嫌とかじゃないんだけど……そうじゃなくて。
そうじゃないんだけど……でも、毎日何回も何回もえっちってのは、どう考えても俺みたいな一般人の体力じゃ無理だろ!?
一日に一回やれば普通はそれで充分だよな!?
なのに、ブラックは下着を破いてからずっと纏わり付き絡んできて、気が付いたら俺はベッドの中で存分に泣かされてしまっていた。
いや、気が付いたらってか普通にブラックにベッドへと連行されたんだけどな……。どうせ洗濯物が乾く間はすっぽんぽんだからって言ってさ。
そんで、今までベッドの上で転がされまくって、挙句の果てに今までドンツクされていた訳で……ああもう、理性がなければ失神して楽に終われたのに……。
とにかく、今日二度目のえっちをしたわけで、それだけでもう俺はへとへとになり疲れ果ててしまっていた。
そんで今、虫の息でへばっているわけでして……。
「……はぁ……も……もう、つかれた……。もう勘弁して……」
さすがに今日はもう相手が出来ない。そう言ってベッドから這いずり出ようとする俺を、素っ裸のブラックが引き摺り戻そうと手を伸ばしてくる。
しかし俺はこれ以上やらせてなるものかと、近付いて来るブラックの顔を手で制止して、相手の行動を防いだ。というか、そのくらいしか抵抗が出来なかったのだ。
そんな俺の必死の拒否に、ブラックは頬を膨らませぶーぶー文句を言いやがる。
「え~っ、まだ二回目じゃないか! しかも僕、一度目はスマタだよ? ツカサ君のナカに出してないんだよ!? まだ一回しかツカサ君のナカに挿れてないのに、もう終わりだなんてそんなの蛇の生殺しだよぉ!」
「二回も出しといてなにが生殺しか!!」
生殺しってのは手が出せない状態で言うもんだろうがっ、今日は二発も三発も放出したくせして「何も出来てないですぅ」面してんだよお前は!
いい加減にしろよと睨み付けるが、ブラックは不満顔のままで眉根を寄せた。
「だって全然足りないんだもん。あと最低二回はやらないと治まんないよ」
「そ……そんなに……」
「ツカサ君は僕の腕が治らなくてもいいのっ」
「それとえっちすんのは別問題だろーがっ!!」
ぐでぐでになりつつもツッコミを返すと、ブラックは痛い所を突かれたようで声を詰める。しかし食い下がろうとしてか、俺の背中に覆い被さった。
「だけど、あの熊公みたいに精液とかだけ舐めるなんて……なんか癪じゃないか」
「はぁ?!」
「だって僕、ツカサ君の恋人……いや、婚約者なんだよ? ツカサ君とセックスして良いたった一人の男なんだよ……? そんな肌の触れ合いも少ない行為よりも、愛に満ちた行為で傷を癒したいじゃない」
お前、クロウの事を持ち出してよくそんな事が言えるな。
呆れてしまったが、しかしブラックにはクロウの気持ちは解りようがないだろう。
例え解っても、関係性が関係性だから、恐らくどうしようもないだろうし。
ブラックの言い分も解るけど、それもちょっと納得出来なかった。
…………えっちすんのだけが、愛に満ちた行為とでも言うのか?
なんか、そう言われると……。
「…………アンタは、えっちだけすれば幸せなの?」
「え……」
思わず、口をついて、言葉が出ていた。
一瞬、自分でも何を言ったのか解らなかったが、すぐに自分が言った事の意味が解ってしまって俺は口を塞いだ。しかし、そんな事をしてももう遅い。
俺の言葉にブラックは完全に止まり、いつもならすぐに何か言い返してくる口も、全く動いてはいなかった。恐る恐る覆い被さるブラックに振り返るが……その表情は目を丸くして、ただ俺を見つめていた。
「……あ……え、っと……その……」
「…………幸、せ……」
「あ、う、あの、そ、そんな深く考える事じゃなくて……」
何でこんな時にばっかり真剣に考え始めるんだよ。
いつもなら、俺が怒ったってアハハと笑ってロクでもない言葉で流すくせに。
そんなに驚く事でもないだろうと慌てると、ブラックは口を少し開いた。
「ツカサ君は……幸せじゃないの……?」
「えっ……お、俺?」
思わぬ問いかけに驚くが、ブラックは頷くだけでおどけようともしない。
急に雰囲気が変わってしまった相手に戸惑う気持ちも有ったが……思い浮かんだ事を言わなければ嘘になるだろうと思い、俺は素直に答えた。
「正直……幸せかどうかなんて、俺には判んないけど……。アンタを嫌いだったら、こうやって一緒に居ないよ」
「ツカサ君……」
「…………それじゃ、ダメか?」
ぶっちゃけた話、一般的な「好き」という感情ですら明確な説明が出来ないのに、そのうえ「幸せかどうか」なんて言われたって俺に解るはずもない。
普段は簡単に「幸せだなぁ」なんて言っちゃうけど、人生を総括して幸せだったかどうかなんて、俺に分かるワケがないじゃないか。もちろん、他人にだって解らないはずだ。なので、そうとしか言いようが無かった。
そんな俺のよく分からない返答に、ブラックは何かを考えたようだったが……覆い被さる形から、俺の体の下に腕を挟んで抱き締める形に変えた。
なすがままに抱き上げられて、裸の胸に背中をくっつけられる。
熱い体温とむず痒い感覚が伝わって来て思わず息を呑んだが、ブラックは何故だか縋るように俺の髪の毛に顔を埋めて、頬ずりを繰り返した。
「ツカサ君……」
「な、なんだよ……」
「…………僕とセックスするの、幸せだよね? 大好きだよね?」
「う……」
「きらいなら、僕の事嫌がってよ……ね……」
……ずるい。
そんな事を言われて拒否できる奴が、世の中にどれくらい居ると言うのだろう。
嫌いじゃないから一緒に居て、恥ずかしいことも我慢してるのに……今更アンタを嫌がるなんて、出来るはずもないじゃないか。
結論なんて決まり切っていて、ただそれを言葉に出来ないだけだ。
心の中ですらまだ、こ……「婚約者」ってすらっと言えないで情けなく照れている俺が、ブラックに今更キライだなんて言えると思ってるんだろうか。
いや、そんなに……さっきの問いかけは……ブラックにとって、不安になるような呪いの言葉だったのかな……。
だとしたら、俺、なんてこと言っちゃったんだろう。
ブラックには、俺が知らない部分がまだ沢山あるんだぞ。その中には、誰にも話せないような傷だってあるだろう。なのに俺は、その事を考えないでバカみたいにポンと言葉を吐き出して……。
「……ごめん、ブラック……ごめんな……」
俺を抱き締める手に触れて、さする。
ブラックは俺の事を抱き締めたまま、しばらくずっと動かなかった。
――――翌日。
結局あの後、俺達は朝までベッドの中に居て、夕食すらとれなかった。
しかも、別にえっちな事もしないで、ただ抱き合ったままで。
……ちょっと異様だけど、まあ、仕方がない。原因は俺だし……。
だけど、結果的にブラックは気分を持ち直したようで、俺が目覚める頃には昨日の調子を取り戻していたのか、ニコニコと笑いながら「おはよう」と言ってくれた。
結局、何がブラックの心を傷つけたのか解らなかったけど、昨日の事に触れようとせずに俺に甘えて来るのは、もう話題にしたくないと言う事なのだろう。
それを思うと問い質す事も出来ず、俺はただ成すがままにされるしかなかった。
…………だって、もうギスギスしたくないし。ブラックの事、傷つけたくないし。
本人が触れて欲しくないと思っているのなら、俺はもう何も言えなかった。
いや、本当に立ち直ったって可能性もあるけど……ブラックって、俺の前では割と道化になるっていうか……強がる所も有るからな。
その強がる気持ちも解るので、俺も普通に接するしかない。
相手に心配かけたくないんだよな。せっかくの休息なのに、ギスギスしたくないって気持ちは、ブラックも一緒なんだろう。
ならば俺は、ブラックをより健やかにするために努力するしかない。
とにかく、もう不意に言葉が出るような事がないようにしなければ。
アレは本当に不意打ち過ぎて俺も何でそんな事を言ったのか本当に解らなかったが、気を付けていればもう二度と言わないですむはずだ。
そんな事より、ブラックの腕の治療が最優先。俺も頑張らなければ。
昨日頑張ったおかげで、また少しブラックの腕が治ったんだ。今度は肘の下の半分ほどまで再生していたから、今日も頑張って、え、えっちな事をしなければな。
だから、その……やっぱ、薬をまた飲んだ方がいいよな……。
最初は慣れなかったけど、精液の量が増えるのはマジだし、理性が消えにくくなる以外は特に副作用もないし……。
「…………」
今日は俺が朝ごはんを用意しようと台所でぐるぐる鍋を掻き回しつつ、背後で飯を待つブラックをちらりと盗み見た。
ブラックは大人しく椅子に座って朝食を待っているが、とても退屈そうだ。
腕は治って来ているが、やはり動くのには不便だもんな。
…………昨日の事は、腕の治療も進んでなくて不安ってのも有ったのかも。
いつもよりえっちな事を強要するのも、その一因なのかもな……。
だとしたら、やっぱり俺……薬を飲んで、頑張らなきゃ。
ブラックが不安に思うのも、回数を増やす事をせがむのも、腕の再生に何か思う所が有るからなのかも知れない。だけどそれは、俺が受け入れてやりさえすれば、万事解決する話なのだ。ならば、俺が奮起するしかない。
俺はいつも気絶してしまうから、今度はちゃんとやらないと。
い……いつかは、ブラックと一緒に暮らすかも……しれないし……。
だったら、ブラックがえっちな事を沢山してくるのも、慣れなきゃいけないんだ。
ブラックは元々スケベなんだし、今回の事だって、二人っきりになってそのスケベ心が解放されてしまっているだけなんだもんな。
二人で暮らすようになったら、そう言う事も有るんだ。
いやだいやだって思って拒否ばっかりしてたら、俺の方が愛想を付かされる。
……本当に、今気付けて良かったよ。
もしリアルに……ど、同棲、するってなった時……昨日みたいに変な事を言って、ぎくしゃくしてしまったら……俺は今以上に混乱したかもしれない。
だから、今……ブラックの事を改めて考えられる時間が出来て、良かった。
俺は、ブラックの事を知らない。何が傷になっているのかも判らない。
だからこそ、慎重にならなければいけないんだ。
ずっと、一緒に居たいのなら。
「ツカサくーん、まだー?」
「あ、ああ、もうちょっとで出来るよ」
胸の真ん中で服を押し上げて主張する「一緒に居ると誓った証」を握り締め、俺はブラックに平然を装って声を返した。
今日も多分、そう言う事をするんだろう。
だから今から……ちゃんと覚悟しておかないとな。
何が幸せかなんて、俺には判らないんだから。
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