1,133 / 1,264
最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
47.心の鏡に映ったものは
しおりを挟む「す、まない……すま、ない……っ、お前に、こんな……っ、こんな怪我を……」
……えっ。怪我?
あ、そうか、指輪の効果で痛みが抑えられてたけど、俺今すんげえ火傷してるんだっけか……。うう、そう言われるとどんどん耐えられなくなってきたぞ。
だけど今レッドから離れて良い物だろうか。燃焼は収まってるみたいだけど、体を離したらまた燃えるのが始まるんじゃないか。
ううむ、自分もなった事が有る現象とは言え、終わらせどころが解らない。
そもそもレッドが今まともなのかどうかって事は、俺一人じゃ判断しきれないし。
でも、良く考えたらこの状態で服に引っ付くのってヤバいんじゃ……。
「ツカサ、すぐ手当てを……」
「あっ、いや、俺の事はどうでもいい。それよりこの炎をどうにかしないと……」
このままじゃ俺もレッドも共倒れだ。
体を離してレッドの顔を見ると、相手は泣きそうに顔を歪めたまま唇を噛む。
「だが、お前は、そんな……っ」
レッドは怪我を気にして、涙を流している。
今の状況に焦るのではなく、俺に対して、焦って。
……そこで俺は、やっとレッドは「違うのだ」と思い直した。
ああ、そうだ。レッドはどちらかと言うと俺に近い。ブラックやクロウみたいに、物事を優先するよりも俺みたいにビービー泣くタイプなんだ。
だから、俺が強がれば強がるほど、レッドは何をやるべきか見失ってしまう。
俺が「こっちなんぞ放っておいて、さっさと鎮火しろ」と言っても、目の前で痛々しい怪我をした相手を真っ先に心配するような事を優先させてしまうんだ。
実際、自分がやりそうなことを目の前でやられるととても愚かに見える。
そうじゃない。俺なんてどうでもいいんだ。なのに、何故心配するんだと。
けれど、自分が無事で相手が怪我をしていれば、俺もレッドのように周りも見ずに心配してしまうだろう。それがブラックやクロウや、俺の大事な人達やロクショウ達であったなら、尚更だ。だから、俺はレッドの事を笑えるような身分じゃ無かった。
だが今はそれじゃいけない。
死んだって死なない俺を心配するのは、時間の無駄なんだ。
それを、理解して貰わないと。怒鳴るんじゃなくて、自分みたいで滑稽だと思うんじゃなくて、レッドの意識を別へ向けるんだ。
己の心を制御させないと、結局この炎は消える事など無いのだから。
「……レッド、良く聞いて。俺が黒曜の使者で、何をしようが傷は治るって解ってるだろ? だから、俺なんて心配しなくていいんだ。それより、レッドには他にもっと大事な事が沢山あるはずだ」
何を言っているんだ、と相手の顔が歪む。だがこれは譲れない。
いつかは治るものと壊れて消えるものを天秤にかけるなら、間違いなく後者の方が絶対的に重いのだから。
「このままレッドがグリモアを制御出来なかったら、ベルカシェットが炎に巻かれてしまうかも知れない。お前だって無事じゃいられないんだぞ。家も、全部、何もかも……この谷の何もかもが消えてしまうんだ。グリモアの力はそれほどの物だって、レッドだって解ってるはずだろう? 今は、自分の力を制御する事を考えるんだ」
徐々に痛みが増してくる体を、指輪を握って耐える。
ここで俺が痛がってしまえばレッドは再び心を乱してしまうかも知れない。
強く堪えて、俺は引き締めた顔でレッドを見上げる。だが、相手は弱々しい表情のままで、態度も煮え切らない。まごついて、目を泳がせていた。
「だ、だが、俺は……お、俺は、どうしたら……」
「制御出来ないのか? 心が落ち着かないから……?」
母親の事を考えればそうだろうが、しかしレッドは首を振る。
では何故制御できないのかと眉根を寄せると、レッドは震えながら息を吸った。
「さっき、から、冷静になろうとしてる……してるんだ……炎を制御しようと、感情を抑えようとして、けど……だけど、ダメなんだ……っ。俺は、こういう押さえ方を、知らない……!」
「……?!」
知らないって、どういう事だ。
レッドを見返した俺の周囲で、熱風の風が巻き起こる。
周囲に火の粉が散り始めた狭い空間では逃れられず、熱で頬を強かに打たれた。だが、俺もレッドも動けない。ごう、と風の音がして一瞬耳を取られるが、そんなことすらも気に出来ないほど、俺達の間には緊張感が漂っていた。
どう返答すればいいのだろう。問うのか。代替案を探るのか。
でも代替案ってなんだ。何を言えばいい?
思わず顔に出そうになる焦りを、指輪を握り締めて必死に抑え込む。そんな俺を知ってか知らずか、レッドは沈痛な面持ちで俯いた。
「俺のグリモアの制御法は……紅炎のグリモアの象徴である【嫉妬】を、あの男に向ける事によって制御していた……。それで、上手く行っていたんだ。だが、今は何も浮かばない、どうしようもない、どうすればいいのか分からないんだ……!!」
「そん、な……」
嫉妬する事でグリモアを制御出来ていたなんて、そんな事ってあるのか。
いや、だが、それなら今までレッドの感情が不安定だったのも頷ける。さっきの話を聞けば、象徴である【嫉妬】をどうやって保っていたのかも納得出来た。
レッドは元からブラックを犯人ではないかも知れないと思っていた。
だけど、ブラックがレッドのお母さんを魅了していたのは事実で、レッドはその事に酷く嫉妬していたんだ。その思いが、紅炎のグリモアを目覚めさせたんだろう。
だけど、七冊の魔導書の中で最も攻撃力が高いとされる炎属性の【紅炎】は、並大抵の感情では使いこなせない。だから今まではブラックに対して異常とも思える憎しみを抱き、なんとか制御していたのかもしれない。
でも、それも……自分の母親の事を聞いて、大きく揺らいでしまった。
嫉妬の気持ちは有るんだろう。だけど、ブラックの言葉にレッドは「自分の母親は絶対に悪くない」と信じる気持ちを失ってしまったのだ。
人は、信じた物に一度でも疑問を持ってしまえば、今までの硬い意志が簡単に瓦解してしまう。そして、その隙間にどんどん疑問が入り込んでしまうのだ。
こうなると、もう再度盲目的に信じ込むことは難しい。
レッドも、母親の知りたくなかった一面を暴露されて、その事で動揺し「ブラックを憎み嫉妬する」という気持ちを強く保てなくなってしまったのだろう。
……だとすると、危険だ。
制御しきれない力は身を滅ぼす。そんなの俺だって重々承知の事だ。
このままじゃ、俺達ホントに死んじゃうよ。
「すまない……ツカサ、すまない……ッ」
再び周囲にあの雷を伴った火の粉が舞い始める。
またレッドの感情が不安定になっていると言う事なんだろうか。
だけどここからどう立て直せばいい。どうすれば良いんだ。
俺に出来る事が有るのか。レッドに何をすればいいんだ?
こんな時、ブラックはどうしてくれただろう。クロウは、何をしてくれた。
俺がレッドみたいに思い悩んでいる時、二人は。二人は…………。
「…………っ」
それを、レッドに行う。
今の俺にとって、とてもハードルが高い事だったけど、でも。
「レッド……」
呟いて、指輪を自分の服にねじ込む。
そうして俺は…レッドの顔に、触れて。
「ッ……!」
途端に襲ってきた表しようのない凄まじい苦痛を必死に抑えて、相手の顔を優しく持ち上げると、その泣き乱れた顔を見て。そして……――――
額に、出来るだけ優しくキスをした。
「っ、ぁ……つか、さ……」
「だい、丈夫……ッ。今は……考え、なくて……いいから……っ」
呻きそうになる口を抑えて、何かに触れる度に激痛が走る腕の震えを殺し、俺はレッドの頭を自分の胸元に押し付ける。
そうして喉を絞り、指を鉤爪のように曲げそうになる衝動を我慢しながら、レッドに焦りと不安を与えないように、ゆっくり、優しく、髪の毛を、撫でる。
それは、ブラックやクロウが俺にしてくれた事。
みっともなく不安がる俺を宥めてくれた、二人の真似だ。
俺には広い胸も大きな腕も無いけど、でも、いま出来る事はこれしかない。
自分がされて一番嬉しかった事を、レッドにしてやるぐらいしか出来なかった。
「お、れは……だって、俺は……」
「辛い事を……すぐに、解決、しようったって……そんなの、出来ない、からさ……。だから……ゆっくりで、いい……今は、逃げたって……いい、んだ……。今は……まず……落ち着いて……」
そう。逃げて良い。
ショックな事が有って、動けないほど打ちのめされた。
それをすぐに呑み込んで立ち上がれだなんて、そんなの根性論だ。
例え立ち上がれても、心に傷は残るだろう。むしろ、我慢して蓋をした分酷くなるかも知れない。誰だってそうしなきゃ行けない時はあるだろう。だけど、今はその傷を我慢して立ち上がって欲しくなかった。
まだ何が悲しかったのかも、何に動揺したかも聞けていない。
レッドが何に一番傷付いたのかすら、聞けていないんだ。
それを吐き出さないまま蓋をしてしまったら、レッドはまた暴走するだろう。
クロウだって、ブラックだって、俺だってそうだった。ブラックとクロウは、俺の人生の倍以上苦しみ続けて、やっと吐き出せたくらいだったんだ。
そんな辛さを今から誰かが味わうのだとしたら、俺はそれを止めたい。
レッドの事は嫌いだ。嫌いだけど、苦しんで欲しくないよ。
アンタは悪い奴だけど、「本当に悪い奴」じゃない。
心の底から嫌えるほど酷くも、鬼畜でも無かった。そのうえ俺は、同情してしまうような過去も知ってしまったんだ。
そんな事で許す俺は甘いのかも知れない。だけど、もう、嫌なんだ。
俺達の、俺のせいで人が傷付くのは、もう見たくないんだよ。
これは聖人君子ぶってるんじゃない。俺のせいで誰かが不幸になると、俺自身の心が痛いから。ずっと嫌な気持ちになるから、救いたいんだ。
俺はもう、誰かを不幸にしたくない。悪く思われたくない。俺に好意を持って接してくれる人に、笑顔で、幸せでいて欲しい。だから。だから…………
「あんたのこと……許すよ……。だから、一緒に……話を、しよう……。ちゃんと、聞くから……アンタが、何を望んでたのか……聞くからさ……」
ああ、そうだ。最初から分かっていた。
結局俺は、許さないという意志すらも貫けないんだって。
……レッドは悪い奴なのに、完全に憎む存在にはなり切れなかった。
不完全で、ずるくて、俺を散々傷付けたのに良い顔をしようとする相手でも、俺は結局憎む事なんて出来なかったんだ。
だって、同じだから。
レッドは……卑怯で、ずるくて、間違ってばっかりの俺と……同じだったから。
「つか、さ……っ。ツカサ……っう……ぅ、うぅ……ぅあぁあ……っ」
ほら、許された途端に泣きだした。
まるで俺みたいだ。ガキくさくて、誰かに許されたらすぐに靡いて、甘える。
間違えた事ばっかりして、相手を怒らせて……だけど、いつだって、自分は何でも出来るんだと勘違いして、とんでもない事をやろうとする。
マジで俺みたいで、本当に笑えてくるよな。
けれど、だからこそ、分かったんだと思う。レッドが何を望んでいるかを。
…………俺とレッドは何もかも違うけど、後ろ暗い部分は一緒だったんだ。
だから、今まで俺はコイツの事を完全に嫌えなかったのかも知れない。
例え、理性がどんなにこの男を嫌っていたとしても。
「…………あ……」
レッドが俺の体を抱き締めて来る。
すると、子供のように体を震わせながら嗚咽を漏らすレッドの周囲から、火の粉が消えて行った。それと同時に、あれだけ凄まじい轟音を立てていた炎の柱がぱちぱちと大人しい音に成り始めて、目の前で徐々に小さくなっていく。
今はもう、天井を舐める炎の壁も無い。
レッドが纏っていた赤い光も、ゆっくりと薄くなって空気に溶けていった。
「…………収まった……のか……?」
小さな声で呟くと、少し遠い所から「あ゛ーッ!!」と静寂に水を差すような声が耳に激突して来る。何事かと思って振り返ると、そこには、俺を指さしてワナワナと震えているブラックが蟹股で立っていた。
なんとも、まあ、締まらない。
「……ふふっ……」
「ちょっとツカサ君っ! それどういう事っ、離れなよ!!」
いつも通り怒ってビシビシと俺とレッドを指さすブラックに、笑いが零れる。
怒ってはいるが、状況を理解して俺達を引き剥がそうとはしない相手に。
……ああ、本当に……俺はずるくて、甘えん坊な奴だ。
そうは思うけど、でも、開き直ってしまったのか、不思議と悪い気はしなかった。
→
11
お気に入りに追加
3,649
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる