異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編

44.手を伸ばす先1

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「僕は、ここに来た事が有る」

 ――――え?
 ここに、来た事が有るって……どういう、こと?
 でもブラックはここに来た時は何も……だけど、来た事が有るって言うって事は、つまり……ブラックは、ここで、レッドのお母さんと…………。

「…………」
「なあ、お前さぁ、僕が手に傷を持ってないのにかたきかたきだって散々追い回してくれたけど、それって“僕がかたきだから”じゃないだろ?」
「え……」

 どういう事だと思わずレッドの方を向くと、相手はわかやすくびくりと肩を震わせて顔をそむけた。俺には全く話が見えない。だけど、レッドがブラックの言葉に反論すらもしないと言う事は……その言葉の通りなんだろうか。

 レッドは、最初から「ブラックは仇ではない」と解っていたのか?
 いや、そんな事は無いはずだ。でなければ、あれほど憎めるわけがない。
 だけど、否定はしない。と言う事は、ブラックを仇だと思う理由は「母親を殺したから」だけじゃないって認めた事になる……のかな。

 でも、俺が見ていたレッドは間違いなくブラックに対して憎しみを持っていたし、嘘とは思えない程に真っ直ぐに「仇である」と断言していたし……。
 一体何がどうなってるんだ。レッドは何か隠してるのか?

 困惑しながら二人の顔を見比べる。だけど、レッドは一言も話さないし、ブラックもレッドを睨んだまま目を細めているだけだった。
 お……俺、どうすれば良いんだろう……。
 困っていると、俺に気付いたブラックが近付いてきた。

「ツカサ君おいで」
「えっ、うわっ」

 近付いて来たと思ったら、ブラックは俺の脇下から手を入れ片手で軽々と俺を抱き上げると、そのまま歩いてベッドに座った。
 いっ、いやいやいや、アンタなにしてんのそう言う場合じゃないでしょ?!
 つーかホコリが舞うだろ、なに座ってんの!!

 そんな俺に予想通りに、ベッドから膨大なホコリが舞う。ブラックはマント越しにベッドに座ったけど、これは付着を避けられないだろう。その惨事を想像して思わず顔を歪めてしまったが、しかし、そのホコリは俺達の周囲に来る前にちりちりと音を立て、小さな光をともない次々に消えてしまった。

 もしかして、ブラックが曜術を使って燃やしているんだろうか。それとも……陽炎かげろうのようにブラックの周囲に立ち昇っている赤と黒を混ぜた不可解なオーラが、勝手に余分な物を燃やしているのか。よく解らないけど、でも……ブラックがいらついているのは分かった。
 だから、レッドの前でひざの上に座らされても、抵抗も出来なくて。

「はぁ~癒されるぅ」
「う……ちょ、ちょっと、こんな事してる場合じゃ……」
「こんな事してる場合だよ。だってさあ、こんな胸糞悪い変態部屋にいるんだよ? ツカサ君がそばにいないと、僕爆発しちゃいそうなんだもん」
「おっ、お前なあ!」

 今さっき読んだ手紙覚えてる!?
 人の母親の知っちゃいけない事情を知って、言うに事欠ことかいて変態部屋って!
 いや、待てよ。そう言えばブラックは最初から、この部屋に対して何か思う所があったようだった。と言う事は……この部屋が何なのか最初から知っていて、その事をレッドに話そうとしてたって事なんだよな。
 じゃあ、その……少なくとも……ブラックは、この部屋を「胸糞悪い」と遠慮なく言えるような事を、過去に体感したか知ったわけで……。

「…………」
「あは……ツカサ君のそう言ところ好きぃ……」
「わっバカ、調子乗んな! もっ、もうお前、話が進まないだろ!?」

 何か話すんじゃなかったのかよ!
 いい加減にしろともがくが、片腕で押さえられているだけなのに逃げられない。
 そんな俺達を見て、レッドはいらついたような顔を見せたが、それでも何も言っては来なかった。なんかもう、二人ともおかしい。変だよ!

「た、頼むから真面目に話してってば……!」

 このままだとまた要らぬ火種が燃え上がる。
 早く話を進めろと目で訴えると、ブラックは不満げな顔をしながら口をとがらせた。ああもう、何でお前って奴はそんな風にシリアスをぶち壊すんだ。

「むー……。まあ、仕方ないか。教えるって言ったもんな」
「っ、あ……」

 ブラックが俺を深く抱き込んで自分の体にぴったりと添わせる。
 そんな風にされると、その……お尻に、嫌でも当たって……う……そ、そんな事を考えてる場合じゃないんだってば。俺の馬鹿、俺だけでも真面目にやらなきゃだろ!

「ぶ、ブラック、それで……どういう事なんだ……?」

 うなじにブラックの吐息が掛かってぞわぞわする。
 疲れていて感覚もにぶってるはずなのに、ブラックに触れられると何故か肌の感覚が鋭敏になって、どうしようもなかった。

 レッドが目の前にいるから余計にそう思うんだろうか。
 我ながら過剰反応が嫌になる。こんな時ぐらい、自分の事など気にせずに話にだけ集中できてりゃいいのに。でも、この状態じゃ気にするなって方が無理だって。ああもう馬鹿、ブラックの馬鹿。もうちょっと波風立たない方法で癒しを探せばいいのに……。

「はー……。そうだね。長々引っ張っても仕方ないし、本題に入ろうかな」

 そう言いながら、ブラックはレッドの方を見やる。その表情は白けたような顔だ。
 しかしレッドも明らかに不機嫌な顔をして、俺達を見ている訳で……。
 …………いざと言う時は、俺が飛び出さなきゃ……。

「さっきの話だけど……お前、僕に対してずっと怒りをぶつけてたよな? お前が持ってる手がかりと、僕の特徴が合致しないって解ってて」
「…………」

 レッドは答えない。その態度にブラックは少し声を低くしながら続けた。

「それって、僕があの女が求めてる“あの者”とやらだって解ってたからだろ」
「え……」

 思わず、声が出た。
 “あの者”って……ブラウンさんの手紙に書いてあったあの者なのか。
 じゃあ、レッドのお母さんが会いたがってた奴って、本当に……。

大方おおかたあの女がお前の前で失言でもしたんだろ? それか、その手紙の男が言ってた下衆げすな連中が僕の事をお前に教えたのか。……まあ、どっちにしろしょうもないよな。不貞を働いといて隠しもしないなんて、あの女も大したタマだ」
「ッ……母上を呼ばわりするな!!」
「はぁ? お前らだって僕の事を“あのもの”呼ばわりしてただろうが。自分達はさげすむ対象を作っても問題なくて、僕はだめだってのか。はぁ~、さっすが選ばれた奴らは言う事が違うな。自分達は自由に他人を見下しておいて、いざ他人から責められるようになると、その扱いは不当だと騒ぎ立てるなんてな……素晴らしい貴族根性で感動すら覚えるねえ」

 とげのある言葉がレッドに遠慮なく放り投げられる。
 その声音が示すのは、ブラックの言いようもない程の嫌悪感と怒りだ。
 ブラックは、怒っている。昔の事を思い出して、忘れる事すら出来ない辛く苦しい記憶を呼び起こして、レッドを責めているんだ。

 ……何をされたのかは、俺にはまだ分からない。
 だけど、いつもの怒りとはまるで違う、まるで心の底に沈んでいた重い感情を引き摺り出したかのような静かな怒りに、俺は思わずブラックの服を掴んでいた。
 何だか、俺が話しているんじゃないのに胸が痛くなったから。

「……ツカサ君は優しいなぁ……。こんな嫌な部屋だってのに、そんな風にされると不能も治っちゃいそうだよ!」
「ブラック……」

 明るい声が、逆に痛々しい。
 心配になってブラックの顔を見たが、相手は軽く笑って見せた。

「ま、昔の事なんて、今は別にどうでもいい事なんだけどね。ツカサ君と僕を放っておいてくれれば、それで良かった訳だし。……だけどお前が引っ掻き回すから、話さなきゃ行けなくなったんだ。恨むなら自分の無知と愚かさを恨めよ」
「だからっ……お前は何を知ってると言うんだ!!」

 我慢出来なくなったのか、レッドが怒鳴る。
 しかしブラックはその声にすら平然として――――とんでもない事を、言った。

「あの女が僕をここに監禁して、毎晩ここの道具みたいに使ったって事かな」

 ………………。
 やっぱり……そう、なんだ……。

「…………ッ!」

 レッドも、何も言い返せない。
 俺と同じように「やはり」と思う所があったんだろう。
 だから何も言えなかったんだ。

 言葉を失った俺達に構わず、ブラックは平然と続けた。

「僕は十八年間館に囚われてる間、クソみたいなメスどもの相手をさせられる事がよくあってね。お前の母親もその内の一人だったんだよ。……良く覚えてる。あの女は驚くほど人を見下すのが好きで、僕と寝る間ずっと噂話ばっかりしてたよ。やれ『あそこの領主は醜い顔だ』とか『あの女は売女ばいただ』とか、外の事情をほとんど知らない僕ですらウンザリするくらいの、馬鹿みたいな噂話ばっかりね」
「…………」
「それだけでも辛かったってのに、あの女こともあろうか僕を連れ出して、この部屋に三日ぐらい監禁しやがったんだ。そこの本棚の本なんか全部暗記しちゃったよ。はぁ……。お前んところのジジイが連れ戻しに来なかったら、僕は一生お前の母親の自慰棒みたいなもんだったろうな」
「そん、な…………」

 レッドが一歩後退る。
 だが、ブラックは容赦なく畳みかけた。

「そんな事が有るかって? この部屋を見て今更何言ってんだ? 現実から逃げるのもいい加減にしろよクソガキが。いいか、お前の母親は僕を性欲処理の道具として買ってたんだ。お前の母親はお前が憎んでた、蔑んでた僕を、もてあそんだ挙句あげくに勝手に発狂したんだよ!!」
「言うな言うな言うなぁああ!!」

 二人の怒鳴り声が交差する。耳をつんざくほどの声が悲鳴のようで、俺は二人を交互に見たが……どうすれば良いのかすら解らなかった。

 母親を傷つけられたレッドと、その母親に良いようにされていたブラック。
 そんな二人が相容れようはずもない。
 俺には、二人に掛ける言葉が見つからなかった。

「うんっざりしてたんだよ! お前の母親に棒代わりにされて寄りかかられて、聞きたくもない下らない話ばっかり聞かされて!! お前、このベッドであの女が僕に何を囁いたか分かるか!? 全部を知ったらお前の中のあの女の上っ面なんて吹っ飛ぶだろうなぁ!!」
「ッ、く……う、そだ……嘘だ、嘘だそんなの、お前が……ッ!」
「テメェの親父が殺した事すら解らなかった奴が、他人を断じるな!!」

 今まで聞いた事も無い、半ば狂ったような怒りを含んだ声。
 俺には絶対に向けない乱暴な言葉でレッドに怒鳴ったブラックは、ひたいに青筋を浮かべて目を見開いていた。まるで……ブラックこそが「やっと憎いかたきを見つけた」とでも言うように……。

 だけど、レッドはその視線にあらがう事もなく。
 ひざから崩れ落ちて、頭を抱えた。

「う、そだ……っ、うそだ、うそだこんなの……ッ」

 ゆらりと、レッドの体から赤い光が湧き上がる。
 と――――その、瞬間。

「嘘だ…………嘘だぁああああああ!!」

 現実に耐え切れずに叫んだレッドの体から、渦を巻いた炎が巻き起こる。
 天井に勢いよくぶつかる赤い光は、そのまま……部屋を、呑み込んだ。













※またちょっと遅れました…申し訳ない……
 
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