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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
真実は玻璃の鏡2
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「何故お前まで付いて来る」
「は? ツカサ君は僕の恋人なんだから、付いて来て当然だろ。お前みたいな凶暴なクソガキにまたツカサ君を勝手に弄られないとも限らないしね」
「ふざけるな……! 俺はお前のような色狂いじゃない!!」
「はぁあ? 何勘違いしてんの? 僕は『頭』を弄られないか心配って意味で言ったんですけど。お前の方こそ欲求不満で頭おかしいんじゃない?」
「このっ……貴様……!!」
人気も無い暗い道を進むたびに、背後からギャンギャンと言い合う声が聞こえる。年齢差があるが、声質的にはどちらも大人のものだ。なのに、どうしてこうも口汚い言葉が飛び交っているのだろう。
思わず溜息を吐きそうになったが、大きく息を吸うと胸がぎりりと痛むので、俺は小さく溜息を吐いた。しかし、背後の赤髪二人は声を抑えるどころか言い合いがどんどん酷くなっていく。
そりゃ犬猿の仲みたいなもんだし、ブラックが一緒について来るって言った時からこうなる気はしてたけど……でも、ちょっと二人とも雰囲気ぶち壊しで口喧嘩しすぎじゃありませんかね。
さっきのシリアスな雰囲気は何処に行ってしまったんだろう。
ああ、頼むから黙ってくれないかなあ。頼むから歩きながらずっと喧嘩すんのやめてくれないかなあ……。止めようとしても全然言うこと聞いてくれないし、俺が口を出したら更に口論が悪化するし……ああもう、一体どうすりゃいいんだよこいつら。
溜息を吐きたい気分だが、しかしそんな事をすれば更にこじれるだろう。
こんな事になるんなら、何か遭ったら危ないからってペコリアとロクショウを返さなければ良かったよ……ああ、癒しが欲しい……。
いや、こんな事でグチグチ言っている場合ではないんだ。気を緩めるな俺。
今から俺達は……嫌でも重い話をしなければいけないんだから。
せめて俺だけでも冷静で居なければと思い直し、深く息を吸って呼吸を整えつつ、いつのまにか到着していた別荘の扉を開いた。暖炉の隠し通路はそのままにしてあるので、すぐに入れるな。
二人を居間に連れて来ると、レッドはこの有様を見て絶句したようだった。
「なっ……!? こ……これは……」
暖炉に隠し通路が有るとは教えられていなかったのか、案の定レッドは唖然とした様子で暖炉だった場所を凝視している。
さもありなん。自分が慣れ親しんだ家にこんな得体のしれない通路があるなんて、誰も考えはしないだろう。そんな通路を見つけてゾッとするのもよく解る。
だけど、今はとにかくここに入って貰わねばならない。
俺はレッドに近付くと、その怯えたような驚いたような顔を見上げた。
「……ブラウンさんは、ここの事を俺に伝言で託したんだ」
「あ……ぇ……。伝言……とは、どういうことだ……?」
やっと人心地着いたのか、レッドは俺を見下ろしてくる。
何だか不安な様子で、少し気の毒に思えたけど、俺は言葉を続けた。
「ブラウンさんは、別れる時にこう頼んできた。もし息子と出会う事が有るのなら、『暖炉の前に座った事があるのなら、それが全ての真実だ。私達は間違いなく、お前を愛していた』と伝えてくれと」
「……!?」
再び目を丸くする相手に、俺はしっかりと視線を合わせた。
「…………レッド、俺は詳しい話を知らないから、どうとも言えないけど……でも、俺が話したブラウンさんは、すごく優しくて良い人だった。……その事だけは、確かだよ。それだけは……覚えていてほしいんだ」
「……ツカサ……?」
何を言ってるんだと言わんばかりに顔を歪めたレッドに、俺は全てを話そうかとも思ったが……俺が伝えても、何にもならないんだと堪えて、軽く息を吐いた。
「とにかく、下りよう」
付いて来てと言い、俺が先に地下へ降りる。
背後で何だかまごついたような気配があったが、ケッと誰かが毒づいたような声が聞こえて、聞きなれた足音がすぐ後ろについて来た。
たぶんブラックだ。レッドが二の足を踏むから、先について来てくれたんだろう。
その行動に負けん気を発揮してか、レッドも歩き出したようだった。
……俺だって、本当はあんまり気が進まないんだ。
でも、ブラウンさんが残した伝言の本当の意味を知るにはこうしないといけない。
レッドが「誰が仇なのか」という事を知って、ブラックへの憎しみを鎮めるには、こうするしかなかった。例えそれが、レッドにとって一番つらい事だったとしても。
「……階段が劣化してるみたいだから、気を付けて」
注意をしつつ、先程と同じように階段を降りる。
今度は余裕を持って慎重に、息を整えるように降りて行く。
傷は痛むし心臓もまだ少し苦しかったけど、さっきよりはマシだ。いや、この心臓の痛みは、もしかしたら違う物なのかも知れないけど。
そんな事を思いつつ階段を下りきって、ドアを開く。だけど、あまり正面を見たくなくて、俺は部屋に入ると机の方へと避けて目を逸らした。
ややあって、俺の次にブラックが入ってくる。
と……。
「…………ん……?」
ブラックが、妙は声を出した。
どうしたんだろう。部屋の中で立ち尽くしているブラックに振り返ったと、同時。最後に部屋に入って来たレッドが、驚愕したような声を発した。
「なっ……なんだこれは……!!」
驚いたような、怒ったような声。
さもありなん。何故なら、ドアの真正面に現れたものは……――――
鎖手錠が付いた高級そうなベッドと、説明する事すらも憚られるような物ばかりが収められた、扉のない棚だったのだから。
「なっ……こ……こんなっ……こん、な……ッ」
こんなふしだらな部屋が何故、とでも言いたいのだろう。
レッドはレッドで、ちょっと変だと思うけど……でも、ここまで露悪的……いや、娼館みたいな風な部屋を作るなんて事はしないはずだ。
俺だって、その……お、大人のおもちゃとかを、こんな風にこれ見よがしに木製のラックに並べたりとかは、さすがに出来ないし……。
だから、最初にこの部屋に来て、あの光景を見た時……俺は、驚くよりも居た堪れない気持ちの方が強くなって、直視できなかったんだ。
なにより、この部屋って……どう考えても、ブラウンさんかレッドのお母さんが……作った、部屋……だろうし……。
「…………ああ」
ブラックが、何故か小さい声でそう漏らした。
だけどレッドはその声を聞く事すら出来ないのか、目を見開いたまま顔を真っ赤にして、握り拳を震わせていた。
「ッ……こ、んな……もの……!!」
レッドの体の周囲から、赤いオーラが湧き上がっている。
まだ炎には成っていないが、感情をコントロールできずに漏れ出させてしまうほどレッドは動揺しているのだ。レッドも、自分の両親のどちらか……もしくは二人ともが、この直視できない部屋を作ったのだと確信しているんだろう。
だから、これほどまでに動揺しているのだ。
……でも、そうなる事を責めるほど俺も強くない。
「……レッド……」
どうしよう。落ち着かせた方がいいと思うんだけど、どうすれば良いんだろう。
無意識にブラックの方を見ると、ブラックは何故か冷めた目をしていたが……俺の視線の意味に気付いたのか、少し考えるように視線をそらしてから、軽く顎を動かし俺に「好きにやってやればいい」と示してくれた。
ブラックのは多分、気遣いとかとは違うと思うけど、でも今はありがたい。
俺はレッドに近付くと、彼の服の袖を軽く引いた。
「っ……!」
「落ち着いて。……ブラウンさんが見せたかったのは、それじゃない」
「…………ツカサ……」
レッドの震えた手が、袖を引いた俺の手に触れようとする。
一瞬、戸惑ったけれど、レッドのやりたいようにさせた。
「……こっちだ」
緊張で汗が滲んでじっとりとした手が、俺の手を握る。
自分の肉親がこんな部屋を作っていたという事実も、それを見つけてしまったのも、レッドにとっては酷いショックだろう。けれど、今から知る事を考えると、この手を邪険に振り払う事も出来ない。
ブラックが怒っているような気配を感じたが、しかし今更手を離す事も出来ず、俺はレッドを机の上に載った箱へと誘導した。
「俺は、ざっとしか見てない。これは、アンタの家の問題だし……レッドの家の事に他人の俺が踏み入るのも、失礼だと思ったから。……でも、間違いなくこれがレッドのお父さん……ブラウンさんが教えたかったことだと思う」
箱の中から紙束を取り出して、レッドに差し出す。
だけど、レッドは戸惑うようにたじろいで、中々受け取ろうとしない。
「ツカサ君が音読してやれば?」
ブラックはそう言うけど、でも人の家の問題だし、俺が読むのはちょっと……。
レッドだって、深く知られたくはない事かも知れないし……。
「これは……レッドだけが知ってた方がいいと思う。だから……」
「いや……読んでくれ、ツカサ……」
「えっ……」
思いもよらない言葉に思わずレッドを見上げると、相手は震えながらもしっかりと俺を見て、緊張したような顔をしながら頷いた。
「お前が言う“真犯人”が、この手紙の中に書かれているのなら……お前達は、部外者なんかじゃない。……だから、読んでくれ。……信じるかどうかは、それからだ」
レッドは、迷っている。
この部屋の光景を見て「何かがおかしい」と思い始めているんだ。
だけど、まだ今まで自分が信じていた事を否定したくない。だから……自分一人では抱えきれないかもしれない事を、共有したいんだろう。
もし、この紙束の中に書かれている事を「正しい」と確信してしまえば、自分でもどうなるか分からない。それが、怖かったから。
……その気持ちは、分かるよ。
だって俺も、黒曜の使者の事を聞く時に同じような事を思ったもの。
例え俺がレッドを嫌いでも、その気持ちだけは理解出来るから……この手を、拒否するように振りほどく事は出来なかった。
「…………じゃあ、読むぞ」
一度レッドから手を離して、俺は紙束を整える。
綺麗な文字で記された膨大な文章は、まるで何かの報告書のようだ。
それを記した人の姿が見えてくるようで、俺は何か言い知れない気持ちになったが、その思いを振り切って紙束……いや、息子に向けた長い手紙を、読み始めた。
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