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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
40.かつて頼まれた
しおりを挟む「グォウ!」
俺の思いを汲んでくれたのか、ロクショウは唸り声をあげて低く頭を垂れる。
すると、どこからか白い煙が湧きおこり、巨大な竜の体に撒き付いて来て、徐々にその姿が小さくなっていった。一体どうなっているんだ。
変化の術ってこうやるのかと驚いたが、俺が落ち着く前に、もう目の前には立派な体格をした黒い鱗のリザードマンが立ち上がっていた。
「グォォッ!」
「クゥー!」
「ククゥー!!」
軽く声を上げるロクショウに、ペコリア達は「すごいすごい!」とでも言うように周囲をピョンピョンと飛び回る。うむ、確かに凄い……というか格好いい……。
顔は準飛竜だった時とほぼ変わらないが、しかし鎧の如き大きな鱗で覆われた背中や逞しい手足は飛竜のそれとは明らかに違う。
これで剣と鎧を装備すれば立派なリザードマンの戦士だ。
いつ見ても格好良くて胸が高鳴ってしまうが、今はそんな場合ではない。
「ロク、一人で出来るか?」
「グォウッ、ガウッ!」
「クゥッ」
自分達も手伝う、と言わんばかりに小さくて可愛い前足をもふっと上げるペコリア達に、俺は心配を振り切って力強く頷いた。
これまでだってペコリア達は俺を助けてくれた。
危険だけど、レッドを引き離して「あの場所」を探すには、これしか方法が無い。
「頼む、時間を稼いでくれるだけで良い。危ないと思ったら、絶対に離脱すること。これは……召喚した人間としての命令だ。絶対だぞ」
友達に命令なんてしたくないけど、そうでもしなければロクショウ達は平気で死闘を繰り広げてしまうかも知れない。彼らは俺よりも責任感が強いのだ。
そんな俺の思いを汲み取ったのか、ロク達は了承したと頷いてブラック達の方へと駆け出した。レッドは、今すぐにでも敵であるブラック達を殲滅するかもしれない。それを思うと、思わず「やめろ」と言い出してしまいそうだったが、今更な事だ。
それに、このままでは泥仕合になる。ブラックがレッドに対抗できたとしても、今のブラックは腕一本分のハンデがあるのだ。そんな状態だってのに、このまま離れて本当に大丈夫なんだろうか。
だけど、俺がいたってどうにも出来ない。
ここにいても守られる事しか……ブラック達の邪魔になる事しか出来ないのなら、俺は俺に出来る事をやるしかないんだ。
それに、レッドに首輪を操作されたら俺はもう動けない。
人質に取られる前にどうにかしなきゃ。曜術も黒曜の使者の力も使えない今の俺は、ブラック達にとってはデカい荷物にしかならないんだから。
「くっ……」
俺は今から離れる、と言いたかったが、そんな事をすれば気付かれる。
ロクショウもいつ帰ってしまうか解らないんだ。その前に決着を付けねば。
レッドが「ブラックは仇ではない」と確信してしまえるような証拠を探すんだ。
「必ず……必ずすぐに戻って来るからな……!」
踵を返し、ロクショウが振り下ろす鋭い爪に思わぬ苦戦を強いられているレッドに気付かれないようにそっとそこを抜け出し、村に戻る。
集落の外は騒がしいと言うのに、家々からは物音の一つもしない。それどころか、何が起こったのかと灯りを付けて外を見る事もしない有様だ。
まるで、誰も居ない廃村のようにも思える。村の外であれだけ騒いでいるというのに、どうして誰も外に出てこないんだろう。その事を考えたら、なんだかまた背筋が寒くなったが……今はその事を考えている場合ではない。
俺は一刻も早く別荘に行かなければと振り切って、緩やかな坂道を登った。
もう足はガクガクしていて息も途切れ始めている。何度も何度も走ったから心臓が苦しくて、肺が痛くて、立ち止まってしまいそうになった。
でも、ここで休んでしまえばそれだけ時間が無駄になる。ロクショウが、ペコリア達が、ブラックが……酷い目に、遭ってしまうかも知れない。
ふらふらになり、足も縺れ始めて、もう駄目だと思った所で家が見えて、俺は一気に門の中へ倒れ込む。ハァッハァッと息すらも乱れて呼吸が上手くいかない体を引き摺り、なんとか起き上がって、ふと集落の外を見ると――――
「ッ……!!」
村の外、草原で、何度も何度も光が閃いているのが見える。
時折炎の線が一方向に放出されているのが見えて、俺は背筋が凍った。
炎に照らされて、辛うじて二つの陰が抗っているのが見える。だけど、それがいつまで続くのか解らない。ブラックとロクショウが耐え切れなくなる前に、自分が見た物が正しかったのかどうか確かめないと。
「はっ……ハァッ、はっ、っ、ゲホッ、ゲホッ……ハッ……はっ……」
息が続かない。四つん這いで開け放たれた玄関から入り、居間へ向かう。
もう靴がどうとかは構っていられない。とにかく、確かめなければ。俺が見たあの“絵画”が、見間違いかどうかを確かめる為に。
そうしなければ、俺はどうする事も出来ない。
いざとなったら俺がどうにかしなければ。自惚れになるかも知れないけど、でも、今レッドを抑え込めるのは、多分俺だけだ。
どんな事になっても、ブラック達だけは絶対に殺させない。
俺が、どんな事になっても……。
「っ、ぐ……ぅ……う、ぅ」
息が辛くて声すら出せないのに、笑いたくなる。
……変だよな。さっきまで「レッドから逃げたい」と思ってたのに、いざブラック達がピンチになったら、レッドに縋りつこうだなんて。
あれだけ逃げようとしてたのに、ブラック達が無事なら俺自身がどうなろうと構わないなんて、考えてみれば本当におかしい言い草だ。そんな心変わり、俺がレッドだったら信用出来ないクズだなって頭の一つでも張り倒しただろうに。
だけど、そう思ってしまったんだから仕方がない。そうとしか思えないんだ。
ブラックが助かるのなら……俺は一生、レッドの奴隷でも良かった。
もちろん、ブラックがそう簡単に負ける訳はないと思っているけれど、もし負けてしまったらという事を考えれば、そう言う事しか考えられなかった。
ブラックがレッドにどうにかされるぐらいなら、俺がやられたほうがずっといい。
殺されるのもいいようにされるのも怖いけど、ブラックのためだと思えば、何でも耐えられる。ブラック達が無事なら、何をされようがきっと我慢出来る。
だから、もし俺でどうにか出来るなら、そうなる前に戻らなきゃ行けない。
最悪の事態になってしまうけど、でも、そう思うと不思議と怖くなかった。
「っ……は……はは……俺……どんだけブラックの事、すきなんだよ……」
掠れた声で必死に吐き出した言葉に、自分で恥ずかしくなる。
けれど、それ以上に言いようが無かった。
大切な相手を守れるなら、誰だってきっと体を投げ出すだろう。例えそれが相手の望まない事だったとしても、ソイツに永遠に害が及ばなくなるのなら誰だって。
ブラックだって、いつも俺の事を命がけで守ってくれてるんだから。
「…………や……やっと……着いた……」
ゆっくりと居間に入り、俺は迷うことなく暖炉の前に辿り着く。
そうして、震える体を必死に立ち上がらせて、ある場所――――暖炉の口のすぐ上にある煤けた部分を、指で擦って汚れを落とす。
中々落ちない。どうしたら綺麗になるだろうかと考えて、唾で水分を含ませた袖で何度も何度も擦り上げると、やっと元々の色が見え始めた。
早く、早く汚れを落とさないと。
考えて、一心不乱に煤を落とすと、そこには。
「…………!! あった……!」
やっぱり。やっぱりあった。
汚れに隠されていた“あるもの”を見た俺は、思わず鳥肌を立てて息を呑んだ。
だって、そこには……とても綺麗な文字が、刻まれていたんだから。
「う……えっと……」
長い間煤に汚れていたのか、うまく見えない。
指で文字を辿ると、そこにはこう書いてあるのが解った。
『己が姿を見返し、常に見下げる物であれ。
お前が今見ている己は、乗り越える物である』
「…………おのが、姿を……見返し……?」
己が姿……姿を見返す……。
どういう事だろう。これを見て、どうすればいいんだろう。
考えて、俺は――壁に掛けてある鏡に気付いた。
あっ、そっか、鏡だ!
この文章は鏡を指しているんだ。本来の意味なら「今見ている自分の姿よりも良い自分を目指せ」という教訓みたいな物なんだろうけど……。
「…………」
鏡に近寄って自分の姿を映すが、変わった所は無い。
……いや、今の俺は「本当の俺」だ。赤い瞳でもない、まだらな色の瞳でもない、本来の俺の持ち物だった茶色い瞳が目の前に映っている。
これが、俺の本当の姿なんだ。
確かに、今の自分は乗り越えるべきものかもしれないが……見下すよりも、昨日の自分を良い時分だったと思い出せるような奴になりたい。
それこそが難しいって事は、よく解ってるんだけどさ。
「……でも、ここからどうしたらいいんだろう……」
きっと、鏡が手掛かりなんだと思う。
でも鏡は何の変哲もないちょっと高級そうな鏡だし、何度か姿を映した事もあるが何も変化しなかった。いや、そう考えるのはまだ早い。もしかしたら、鏡の裏に何か仕掛けがあるのかも。考えて、鏡を取り外そうと少し動かすと。
「っ!?」
がこん、と音がして、鏡が勝手に下にずれた。
途端、暖炉の中からずるずると音がして――――
「うっ、うぇえ!?」
いきなり暖炉の煙突と天板が天井の方へ動き、暖炉の地面から階段がせり上がる。隠れていた壁には……人ひとり分がやっと通れるような細いドアが、現れていた。
「こ……これが……あの人が言っていた……暖炉の……?」
…………やっぱり、そうだったんだ。
俺が考えていた事は、正しかったんだな。
「…………やっぱりあの絵画、見間違えじゃ無かった……」
古い扉を、ゆっくりと開く。
その奥に続く地下へと続く階段を見て、俺は目を細めた。
「下に降りれば……何かわかるのかな……」
呟く声が、地下へと続く闇の中に消えて行く。
だが、俺が階段へ足を踏み入れると自動的に壁に埋め込まれたランプのような物が次々と光り始めて、道を明るく照らしてくれた。
それはまるで、俺を地下へと誘うかのようで。
「ここに、アンタが教えたかった事が有るのか……?」
問いかけるが、誰も答えてはくれない。
だが立ち止まっている訳にも行かず、俺は息を飲み込むと階段を下り始めた。
彼が本当に見て欲しかっただろう相手よりも先に真実を知ってしまう事に、幾許かの罪悪感を覚えながら。
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