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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
33.夜中の家探し
しおりを挟む「うう……後処理ってこんな大変だったのか……」
自分が出した可哀想な精子達をティッシュで葬ってやった事は数あれど、人のモノをここまで丁寧に処理してやった事など無い。他人を綺麗にするのがこんなに大変だったのかと今更ながらに思って、俺は溜息を吐いた。
そもそも、何故に俺が同じ男の後処理をと思わんでも無いのだが、それよりも先にそう思うなら手コキなんてしたんだという意味不明な怒りが湧いてくる。いやまあ、理性から言えばその言い分もご尤もなんだけどさ、目が覚めた時のごたごたを思うと手コキしといた方が楽じゃん。
レッドが夢精したら「最後までやれてなかった……!?」と思って薬を使われたんじゃないかと疑うかもしれないし、俺だけ身綺麗にしてたらそっちも変だし。
だから、ちゃんと抜いてやって綺麗にしてやったんだけど……本当に疲れた。
必死に見ないようにして手を動かすのも、その後処理もだ。もっと言うと後処理の方が大変だった。
レッドは俺より色々デカいし、そもそも他人の……しかも良く知りもしない大人の体を勝手に触って拭くとか普通に暮らしてたらそんな事やる機会なんて無いし、それに俺は男だ。同じ男の体を拭くなんてどう考えても嫌すぎる。
しかも重いし、筋肉しっかりついてるから何か起伏が有って触りたくないし……。
ああこれが女の子だったら喜んで後処理したのになぁ。
「…………はぁ」
まだ寝ているレッドの服を綺麗に整えて、布団をかぶせてやってから、ようやく俺は一息つくと額の汗をぬぐった。
本当にもう、なんで俺がレッドの世話をしなきゃなんないんだか。
でも……ブラックも、これと同じ事を毎回やってたんだよな。それを思うと、余計に申し訳なくなってしまった。だって、失神した時の俺の状態ってレッドよりも酷いワケだし……何より、俺のその……体の隅々まで洗って、ナカまでちゃんと洗うってのは凄く疲れそうだし……。
う……うぅ……。
い、いやまあ、いつも強引に流されるから、当然なのかもしれんが。……ゴホン。とにかく、後処理は大変だって事だ!
俺もちゃんとレッドを綺麗に出来て良かったな、今後に生かそう!
多分もう女の子とえっちできる事無さそうだけどな! 泣きてえ!!
「にしても、シーツ取り換える時に起きなくて良かった……」
すやすやとベッドで寝ているレッドは、今の一度たりとも起きていない。
こっそりシーツを差し替えた時にはゴロンゴロン転がしてしまったんだが、その時ですら起きなかったから、薬は相当効いているんだと思う。今更だけどすげえな俺の睡眠薬。確か効果は朝までだったっけ。ああ、久しぶりに調合したいなあ……。
「……っと、そんなことを考えてる場合じゃ無かった……。とにかく、レッドが寝ている間に色々と探っておかなければ……」
やってしまった事を今考えても仕方がない。
それよりも今は一刻も早く家探しを始めないとな。
俺は少し肌寒いのを気にして、余分に持って来たシーツを頭から被ると、ずるずる引き摺りながら一階に移動した。
とにかく今やらなければならないのは、ブラックの腕の回復だ。さすがにレッドの前では探せないし、一番上の棚とかは見ちゃいけないって言われたから、捜索は今の内にやっておかないと……。
「しかし……それにしても夜は寒いなぁ……」
霧に閉ざされた不思議な村なんだからそりゃあ寒くなるってもんかも知れないが、それにしたって冬の朝ぐらいには寒い。
確かアランベール帝国ってハーモニック連合国と隣接した国だったから、寒い事は無い国の筈なんだけどな。季節が固定されてる国でも、地域によっては温度差と言う物が有るのか。いやまあ、アコール卿国のラゴメラだって高山地帯にあったから結構寒かったし、そういうもんなのかもな。
常春の国とか常秋の国とか言うけど、こういう気温の違いを実感すると、やっぱり一筋縄ではいかないんだなと思い知らされる。
うーむ、こんな場合じゃ無かったらこの村の事も調べて見たかったんだけどな。
レッドから逃げ出したら、恐らくもう二度とこの村には来られないんだろうし。
「一番の理想は、レッドが納得して和解してくれる事なんだけど……」
それが出来たらこんなに苦労してないよなあ……はあ。
暗澹たる気持ちになりつつ、俺は薄暗い一階に降りた。
「あ、そうだ。薄暗いから【ライト】を点けようかな」
一々灯りを点けるのは面倒だし、ここは俺が創作した曜術を使おう。
【ライト】はある程度操れるし、浮かせて留める事も出来るから、探し物に最適だ。まあ、集中力が要るから他の物に意識を取られると消えちゃうんだけどな。
「よーし……我が手に球となり灯れ……【ライト】……!」
天に向いた掌の上に、暖かい光を放つ光球が浮かぶのをイメージする。
と、言葉と共に手の周囲に金色の光が集まったが――――
「あれっ!?」
ぱつん、と音を立てて霧散してしまった。
あ、あれ。なんで使えないんだ?
俺ってばもしかしてスキルがリセットされちゃったの? いやこの世界には熟練度なんて無かったはず。記憶もはっきりしてるし、一度は曜気……っていうか大地の気を集められたんだから、術を発動する手順を忘れている訳でもスキルが足りないワケでもないだろう。でも、だったらなんで発動しなかったんだ……?
「もしかして、この村だと曜術が使えない、とか……」
いやでも森ではブラックが【フレイム】を使ってたよな。
とすると、俺自身が何らかの制限を受けているのか?
その予測が真実なら、この原因も調べておかないと後々面倒な事になるかも……。
だけど今は、立ち止まって考えている暇はない。他の明かりを探さねば。
「……仕方ない……蝋燭を使うか……」
蝋燭は光源が不安定で小さいが今は仕方がない。
月明かりで少しは廊下が見やすいお蔭で、俺は厨房から蝋燭を取ると火打石でなんとか火を付けて、手燭(蝋燭を立てる為の、取っ手が付いた皿みたいな道具)に蝋燭を刺し俺は書斎へと向かった。
「…………おじゃましまー……す」
ぎぃ、と、扉が開いて、中から古い本の香りが漂ってくる。
こんな世界でも、古い本の匂いは一緒だ。俺は興味のある本しか読まないけれど、こういう香りは結構好きなんだよな。婆ちゃんの家の本棚と同じ香りだ。
なんか、こういう古いって解る香りに囲まれていると自分がちょっと大人になった気がするんだ。本に囲まれた自分の部屋……うーん、俺だと絶対漫画ばっかりになりそうだけど、でも憧れちゃうぞ。なんか格好いいもんな。
この書斎も天井近くまで本棚が伸びていて、とても格好いい。
書斎を作るなら俺もこんな「大魔導図書館!」みたいな感じの書斎にしたい。まあ実家にはそんなスペースなんぞないんだが。
家を用意してクロウに頼んだら素敵に造ってくれない物だろうか。
クロウ。……クロウかぁ。
「クロウ……会いたいなあ……」
台をずりずりと動かして、一番上の棚に届くように用意しながら呟く。
クロウだけじゃない。ロクショウやザクロ達にもシアンさんにも会いたいし、そう思うと色んな人に会いたくなってくる。何だかあの【工場】の時みたいで、不覚にも寂しくなってしまった。……本当、思い出したくないのに思い出してしまうよ。
ラトテップさんだって、こんな風に思い出して欲しくは無いだろうにな……。
「……一番上、一番上……」
そんな気持ちを振り切るように、俺は梯子のように伸びた台をよじ登り、一番上の棚から手がかりを探し始めた。だが、部屋の壁を埋め尽くすほど本があると言う事は、そうそう探し物は見つからないというわけで。
台を小刻みに動かして上り下りしながらの調べものだったから、中々進まない。
だけど、一段目や二段目を何故レッドが読ませたくなかったのかは何となく察しがついてしまった。……だってここらへん……大人向けの本ばっかなんだもん。
「性的愉悦術、悦楽の論法、夜の営みを豊かにする方法・男女編……。これ、もしかしてレッドのお母さんの持ち物なのかな……」
親父さんの部屋の物置にあった本が親父さんの物だったとすると、ここに並べられている本は間違いなくレッドのお母さんのもんって事になる訳で。
「…………見なかった事にしよう……」
正直ちょっと見たい。ちょっと見たいけど、そんな場合じゃないじゃん今。
今はブラックの腕を治す方法を見つけるのが先決だ。
そう思いつつ、本棚を探る。だが、俺が見慣れた棚に取りかかる頃には、もう夜も明けかけてしまっていて。
今回はここまでがタイムリミットだった。
「あ~……。もう駄目だ……。でもまあ、無い事が解っただけでも収穫か……」
もしかしたら秘伝の書とかが混ざってないかなって思ったんだけど、まあ、別荘にそんなモンを置いておくわけもないわな。
でも、まだ捜索は始まったばかりだからな。ここに無いのが解っただけでも収穫だ。他の場所を探せばいいってのはハッキリしたわけだし。
「ふー……結局徹夜しちゃったけど……ちょっとは寝られるかな……」
深追いはしない。面倒臭い事に成ったら嫌だから。これが俺のポリシーだ。
レッドの両親の部屋は掃除のついでに堂々と探索できるし、焦る事は無い。
一息ついて、俺はろうそくの明かりを消した。
……と。
「ん……?」
大きな窓の傍のソファに、本が置き去りにされているのを見つけた。
近寄ってその本を取ると、それは俺が記憶を失っていた時にとてもご執心だった絵本……森のお姫様の絵本だった。
ああ、返す返すも恥ずかしい……この本を読んでいたせいで、アホになってた俺はブラックを「森の王子様」と勘違いして、お姫様の森に帰してあげるんだあ! とかアホな事を真剣に思って接してしまっていたんだっけ……。
なんでアホなところだけは記憶を失っても変わらないんだよ俺は。死にたい。
まあでも、そのお蔭で俺も記憶を取り戻せたって所もあるんだけどな……。
「……でも、不思議だなあ。なんで俺、これを見て泣いたんだろう」
お姫様が可哀想という気持ちだけじゃ無かったと思う。王子の方に自己投影して、お姫様の元に帰れなかった事を悲しんだ気もするし、番人のお爺さんの気持ちを慮って切ないと思った気もする。
何だか全部が可哀想で、どうしようもなく悲しかったんだ。
お姫様は石になる事で永遠に王子様を待つ事が出来るようなったけど、その王子は戦死してもう二度と帰って来る事は出来ない。
仮にあの白い鳥が王子の生まれ変わっただったとしても、最早彼女の望む王子の姿に戻れない彼は、二度とお姫様を元に戻す事も出来なくなってしまったのだ。
そして、街も人も森も、その事を忘れる事で幸せすらも失ってしまった。
森の番人のお爺さん達ですら、お姫様を守っても何も報われない。
……悲しい物語だ。
誰も幸せになれない物語。永遠に誰も救われる事のない物語。
そこに確かに魔法は存在するのに、幸せになれる奇跡は誰も起こせなかった。
こんなおとぎ話がある物かと思った。だけどそれ以上に俺は……もしかしたら……その登場人物の誰かに、自分の境遇を無意識に重ねていたのかも知れない。
だからあんなに泣いて、あんなに好きになったのかも。
「俺達だって、こんな結末を迎えるかも知れないんだもんな……」
この世界には、魔法のような力が溢れている。だけど、それは決して「何でも自分の思い通りに出来るようになる力」ではない。
俺はその力に振り回されて、今でもこんなに苦労している。
レッドにだって、支配されてしまえばどうしようもない。もしかしたら、命令一つで、このお姫様のように石になってしまうかも知れないのだ。
それを思うと…………
「いし…………」
うん、石?
命令一つで、石……?
そうか。この世界はいわゆるファンタジーな世界なんだから、支配されてしまえばこの絵本みたいな事も起こるかも知れないんだ。
そこまで考えて――――俺は、ある事を思いついた。
「…………試してみる価値は……あるかな……」
何も情報はつかめなかったけど、やる価値は有るかも知れない。
ブラックのためなら、出来る気がする。
そう思って、俺は息を呑んだ。
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