異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
1,085 / 1,264
最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編

7.失踪

しおりを挟む
 
 
 
   ◆



 ツカサがディルムから落ちて、三日が経過した。

 三日、とは言っても、ブラックの体感としては二日ほどしか経過していない。
 恐らく、丸一日眠ってしまっていたせいだろうとは思うが、何も出来ずにただ眠っていた自分を殴り飛ばしたくなる。いくら重傷だったからと言っても、敵から受けた炎の傷を回復する為に丸一日掛かる事など、炎の曜術を操るブラックとしては自尊心が傷付けられたようで、我慢がならなかった。

 なにより、その間ずっとツカサを放っておいた事になるのだ。
 休めとは言われたが、愛しい存在の事を思うと居ても立ってもいられなかった。

 だが、今のブラックに出来る事は何もない。左腕を失ってしまい動きに制限が出る事を考えると、一刻も早く隻腕せきわんに慣れなければいけなかった。
 今は、そうする以外に出来る事が無かったがゆえに。

(左腕で重心を操作する事も有るからな。今の内に慣れなきゃいけない……。いっそ左腕が全部なければ意識もしないんだが、肘から上は残ってるからな……万が一の時に誤動作を起こして体勢を崩したら、それこそ命取りだ)

 ディルムの王宮の一室で、宝剣・ヴリトラを様々な角度で振りながら、ブラックはひたいからにじみ出る汗を首を動かして強引に飛ばす。
 剣をあつかっている今は、額をぬぐう事すら出来ない。
 仮にここが戦場だったなら、汗で目を取られて死ぬ可能性も有っただろう。隻腕になったことを認識しきれずにいた場合、左腕で拭えると思い込んで隙を作り、相手に重要な機会を与えてしまう事にも成り得るのだ。

 だからこそ、いざと言う時の為にあらゆる危険を知り、対処するすべを学ばなければならなかった。ツカサの所へ、生きて辿たどり着くために。

(だけど……ある意味、これは……キツいな……)

 腕よりも足が消えた方が、まだどうにかなったかもしれない。
 そう思う程に、腕の重要性は計り知れなかった。特に、ブラックのように縦横無尽に飛び回る戦法を使うものには、尚更なおさら

(軽く飛ぶ時ですら、体全体やマントを使って調整するんだ。今まであまり気にせずにやってたけど……意識して左腕を使わないようにすると、とんでもなく難しいな)

 左腕に頼らないように意識しながら、今までの自分のように体を動かす。
 そんな事が出来るのかと考えてしまうが、やらねばどうにもなるまい。なにより、止まっていては永遠にツカサに逢う事が出来ないのだ。
 この島から出られるようになった時に、すぐに行動できるようにしておかねば。

(だけど、この状態じゃ……ツカサ君をさらって逃げる事すら出来ないかも……)

 つくづく、自分が嫌になる。
 大切な存在を守るどころか、つかめもしなかった。

 それどころか、今になって……自分がどれほど様々なものに頼っていたのかを思い知らされるなんて。

「はぁ……」

 息を吐いて、剣を降ろす。
 ひたいを流れる汗が鬱陶うっとうしくなって、ブラックは剣を捨て右腕で汗をぬぐった。
 まったく、隻腕せきわんとは不便な物だ。考えて、再びある事が思い浮かぶ。

(……それにしても……僕の腕はどこに行ったんだろう……)

 あの時はそれどころではなかったので気が回らなかったが、丸一日も眠ったからか頭が少し冷めて来たようで、今はその事が気になっていた。
 何故なら、あの腕には大事なものがはまっていたからだ。

(腕なんてどうでもいいけど、指輪がなくなったら困る……。あれは、僕とツカサ君を繋ぐ絆なんだ。別に代わりなんて幾らでも作れるし、もっと良い指輪が出来るならすぐにでも作りなおしてツカサ君に“プレゼント”するけど、今はあの指輪じゃなきゃ駄目なんだ。あの指輪じゃなきゃ……)

 そう。自分の腕にさして価値は無い。だが、あの指輪には多大な価値がある。
 だからこそ、今はどうしても指輪を見つけなければならなかった。

 何故ならあの指輪が、ツカサと自分を繋ぐ唯一の手がかりとも言えるのだから。

(だけど、探しても見つからないし、なにより指輪の位置が把握はあくできない。にはしてないつもりなんだけど……何で反応しないのかな)

 それがよく解らず、結局ブラックは大事な物すらも見つけ出せない有様だった。
 こんなザマでは、ツカサを見つけられるかどうか不安になってくる。無理だ、とは言っていないが、己の情けなさを思うと焦燥を覚えずにはいられなかった。

 しかし、今となってはもうどうしようもない。
 あの指輪が無ければ、こうやって待つ事しか出来なかった。

(……ツカサ君…………)

 本当に、もどかしい。
 準備が必要な事も、休息が必要な事も解っている。だが、それでも、飛び出せるのなら今すぐにでも飛び出したかった。
 早くツカサを見つけて、もう二度と離さないと抱き締め彼にほおずりをしたかった。

(ツカサ君がそばに居ないことが、こんなに辛い事だなんて思わなかったよ……僕、それだけずっと、ツカサ君と一緒だったんだなぁ……)

 数日離れる事は有ったにせよ、いつもその優しい気配を感じていた。
 ツカサは確かにそこにいるのだと思えば、安心も出来たのだ。

 だが、今はその気配も無くどこに居るのかすらも解らない。ツカサは生きていると確信しているが、どんな状態で生きているのかは判断が付かないのだ。もしかしたら、モンスターや悪人に囚われて死ぬより酷い目に遭っているかも知れない。それか万が一にでも、誰かに拾われ保護されていたとしたら……。

(…………誰かが……ツカサ君を……かくまっていたら……)

 もしかしたら、それが、一番……――――

「…………」

 考えて、再び噴き出してきた汗を拭った。
 ――――と。

「……ん……?」

 窓の方から何か気配を感じて、不意にそちらを向く。と。

「ビィ……びっ、びぃ……ビィイ……」

 困ったように鳴きながら、窓にコツコツと何度も頭をひっつけてこちらに来ようとしている変な蜂が、赤い目玉を光らせて飛び回っていた。
 ……いや、あの蜂は確か……ツカサの守護獣だかなんだかという蜂だったか。
 そう言えばあの蜂は、ツカサのバッグを持ったままどこかへ行ってしまっていたが、今更戻って来たと言うのか。もう主は居ないと言うのに。

(よく考えたら……あの蜂はどうしてディルムで自由に出歩けているんだろうか)

 この島は神の力によってモンスターが存在できないようになっているらしく、半分はモンスターである駄熊も力が半減している有様なのだが、それなのにどうしてこの蜂は元気そうにぶんぶんと飛び回っていられるのだろう。

 ツカサが言うには、鳥人族に似た者達が住んでいるラゴメラ村で仲良くなったのだと言っていたが、この蜂とは初対面に近いのでよく解らない。
 そういえばツカサが「蜂龍ほうりゅう」と言っていたが、もしかして関係があるのだろうか。
 色々と考えたが、まずはツカサのカバンを返して貰わねばと思い、ブラックは蜂が何度も頭をぶつけている窓を開けて、中に招き入れてやった。

「ツカサ君はいないけど、何の用?」

 本来ならモンスター相手に優しくする必要も無いのだが、逃げたとて相手はツカサの守護獣だ。優しくしておいた方がいい。
 そんな思惑を抱きながらの対面だったが、普通のモンスターよりも二回りほど体が小さい蜂は、ほっとしたように目玉の奥で赤い光をゆっくり明滅させて、それから改めてと言った様子でブラックの方を見やった。

「ビビッ、ビィッビビビ」
「えーと……僕はお前のいう事が解らないんだが……」

 モンスターの主人であれば、何となく相手が言っている事が解るようになるらしいのだが、ブラックは蜂と契約した覚えはない。
 伝えたい事が有るのは解るが、これでは平行線だろう。

 蜂もその事に気付いたのか、焦ったようにふらふらと飛び回ったが、やがて何かを思いついたのか、掴んでいたカバンを部屋の端にあった机に置いて、改めてブラックに近付いてきた。どうやら、カバンを渡すために来たわけではないらしい。
 何をしたいのかと首を傾げていると、蜂は一番前の足を掲げるように上げた。

「ビビビ……ビィ……ビィイ……」

 何事かを呟くと、蜂の真上に小さな白い光が現れる。
 すると、蜂はそこに前足を入れてそのままその足をブラックの方へ近付けて来た。
 まさか攻撃では無かろうなと思いながらその足を見てみると。

「あ…………」

 そこには、琥珀色の宝石を嵌め込んだ指輪が挟み込まれていた。

「ビィ」
「これを、僕に渡すために……?」
「ビィ! ビビビッ、ビィッ、ビビッビ~……ッ」

 なにか身振り手振りで伝えようとしているが、やはり何だかよくわからない。
 しかし、さきほどの謎の能力を見て感じる所が有り、ブラックは「なるほどな」と妙に納得した気持ちになった。

(そうか。こいつも金の属性なんだ。……だから、この指輪の“真価”に気付いて、僕に渡しに来たんだな)

 他の属性の物には解らないだろうが、一級以上の金の曜術師であれば、この指輪がどのような存在なのか解るはずだ。ましてや金の曜気を糧として生きるモンスターならば、この指輪から繋がる「糸」が見えたとしても、不思議ではない。

「そうか……お前も解るんだな」

 そう言いながら指輪を受け取ると、小さな蜂は肯定するかのように真紅の目を明滅させた。やはり解っているのか。
 モンスターだとあなどっていたが、やはりツカサの守護獣は一味違うらしい。

「これを使って、ツカサ君を探せって言うんだな」
「ビィッ!」

 「お願いします」とばかりに手を合わせてへこへこと頭を下げる蜂に、ブラックは自然と顔に笑みが浮かぶのを感じて息を吐いた。

「ありがとう。……お前のおかげで、ようやくツカサ君を追う事が出来るよ……」

 指輪を右手で握り締め、机の上にあるツカサのカバンを見やる。
 そこにはもう彼の面影はないが、彼が所有していた物は残っている。
 あれさえ有れば、もう、何も必要ない。

「…………行くか」

 今度こそ失くさないように、指輪を上着の内袋に大切にしまいこみ、カバンを取り部屋を出ようとする。と、小さな蜂が後ろを付いて来る気配が有った。
 どうやら一緒に探しに行きたいようだ。
 正直、何者かが付いて来るのは好ましくなかったが……。

(誰かが付いて来るよりは、自由に動けるかもな)

 汚い手も使わざるを得ない以上、誰とも一緒には行けない。
 ツカサと再会した時に、彼に告げ口をされるとたまった物ではないからだ。それに――――心配をされるのは、ツカサだけで充分だ。

「ビィ……」
「……わかったよ。付いて来い。だが、付いて来る以上、僕の言う通りに動けよ」

 そう言うと、小さな蜂は嬉しそうに羽音を立てて上下に浮き沈みを繰り返した。
 ……ツカサがその姿を見たら、どんなに喜んだだろうか。

 そんな事を思いながら、ブラックは小さな蜂と共に部屋を後にした。





 ――――数時間後、シアン達に「ブラックがディルムから忽然と消えた」との報告が入る事になるが……その頃には、もう誰もブラックの所在を探せなくなっていた。












 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ウザキャラに転生、って推しだらけ?!表情筋を殺して耐えます!

セイヂ・カグラ
BL
青年は突如として思い出した。イベントで人の波にのまれ転び死んでいたことを、そして自らが腐男子であることを。 BLゲームのウザキャラに転生した主人公が表情筋を殺しつつ、推し活をしたり、勢い余って大人の玩具を作ったり、媚薬を作ったり、攻略対象に追われたりするお話! 無表情ドM高身長受け ⚠諸事情のためのらりくらり更新となります、ご了承下さい。

身の程を知るモブの俺は、イケメンの言葉を真に受けない。

Q.➽
BL
クリスマス・イブの夜、自分を抱いた後の彼氏と自分の親友がキスをしているのに遭遇し、自分の方が浮気相手だったのだろうと解釈してしまった主人公の泰。 即座に全ての連絡手段を断って年末帰省してしまう主人公の判断の早さに、切られた彼氏と親友は焦り出すが、その頃泰は帰省した実家で幼馴染みのイケメン・裕斗とまったり過ごしていた…。 何を言われても、真に受けたりなんかしないモブ顔主人公。 イケメンに囲まれたフツメンはモテがちというありがちな話です。 大学生×大学生 ※主人公が身の程を知り過ぎています。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完結】ぶりっ子悪役令息になんてなりたくないので、筋トレはじめて騎士を目指す!

セイヂ・カグラ
BL
⚠縦(たて)読み推奨⚠ ひょろっとした細みの柔らかそうな身体と、癖のない少し長めの黒髪。血色の良い頬とふっくらした唇・・・、少しつり上がって見えるキツそうな顔立ち。自身に満ちた、その姿はBLゲームに出てくる悪役令息そのもの。 いやいや、待ってくれ。女性が存在しないってマジ⁉ それに俺は、知っている・・・。悪役令息に転生した場合は大抵、処刑されるか、総受けになるか、どちらかだということを。 俺は、生っちょろい男になる気はないぞ!こんな、ぶりっ子悪役令息になんてなりたくないので、筋トレはじめて騎士を目指します!あわよくば、処刑と総受けを回避したい! 騎士途中まで総受け(マッチョ高身長) 一応、固定カプエンドです。 チート能力ありません。努力でチート運動能力を得ます。 ※r18 流血、などのシーン有り

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

処理中です...