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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
7.失踪
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ツカサがディルムから落ちて、三日が経過した。
三日、とは言っても、ブラックの体感としては二日ほどしか経過していない。
恐らく、丸一日眠ってしまっていたせいだろうとは思うが、何も出来ずにただ眠っていた自分を殴り飛ばしたくなる。いくら重傷だったからと言っても、敵から受けた炎の傷を回復する為に丸一日掛かる事など、炎の曜術を操るブラックとしては自尊心が傷付けられたようで、我慢がならなかった。
なにより、その間ずっとツカサを放っておいた事になるのだ。
休めとは言われたが、愛しい存在の事を思うと居ても立ってもいられなかった。
だが、今のブラックに出来る事は何もない。左腕を失ってしまい動きに制限が出る事を考えると、一刻も早く隻腕に慣れなければいけなかった。
今は、そうする以外に出来る事が無かったが故に。
(左腕で重心を操作する事も有るからな。今の内に慣れなきゃいけない……。いっそ左腕が全部なければ意識もしないんだが、肘から上は残ってるからな……万が一の時に誤動作を起こして体勢を崩したら、それこそ命取りだ)
ディルムの王宮の一室で、宝剣・ヴリトラを様々な角度で振りながら、ブラックは額から滲み出る汗を首を動かして強引に飛ばす。
剣を扱っている今は、額を拭う事すら出来ない。
仮にここが戦場だったなら、汗で目を取られて死ぬ可能性も有っただろう。隻腕になったことを認識しきれずにいた場合、左腕で拭えると思い込んで隙を作り、相手に重要な機会を与えてしまう事にも成り得るのだ。
だからこそ、いざと言う時の為にあらゆる危険を知り、対処する術を学ばなければならなかった。ツカサの所へ、生きて辿り着くために。
(だけど……ある意味、これは……キツいな……)
腕よりも足が消えた方が、まだどうにかなったかもしれない。
そう思う程に、腕の重要性は計り知れなかった。特に、ブラックのように縦横無尽に飛び回る戦法を使うものには、尚更。
(軽く飛ぶ時ですら、体全体やマントを使って調整するんだ。今まであまり気にせずにやってたけど……意識して左腕を使わないようにすると、とんでもなく難しいな)
左腕に頼らないように意識しながら、今までの自分のように体を動かす。
そんな事が出来るのかと考えてしまうが、やらねばどうにもなるまい。なにより、止まっていては永遠にツカサに逢う事が出来ないのだ。
この島から出られるようになった時に、すぐに行動できるようにしておかねば。
(だけど、この状態じゃ……ツカサ君を攫って逃げる事すら出来ないかも……)
つくづく、自分が嫌になる。
大切な存在を守るどころか、掴めもしなかった。
それどころか、今になって……自分がどれほど様々なものに頼っていたのかを思い知らされるなんて。
「はぁ……」
息を吐いて、剣を降ろす。
額を流れる汗が鬱陶しくなって、ブラックは剣を捨て右腕で汗をぬぐった。
まったく、隻腕とは不便な物だ。考えて、再びある事が思い浮かぶ。
(……それにしても……僕の腕はどこに行ったんだろう……)
あの時はそれどころではなかったので気が回らなかったが、丸一日も眠ったからか頭が少し冷めて来たようで、今はその事が気になっていた。
何故なら、あの腕には大事なものが嵌っていたからだ。
(腕なんてどうでもいいけど、指輪がなくなったら困る……。あれは、僕とツカサ君を繋ぐ絆なんだ。別に代わりなんて幾らでも作れるし、もっと良い指輪が出来るならすぐにでも作りなおしてツカサ君に“プレゼント”するけど、今はあの指輪じゃなきゃ駄目なんだ。あの指輪じゃなきゃ……)
そう。自分の腕にさして価値は無い。だが、あの指輪には多大な価値がある。
だからこそ、今はどうしても指輪を見つけなければならなかった。
何故ならあの指輪が、ツカサと自分を繋ぐ唯一の手がかりとも言えるのだから。
(だけど、探しても見つからないし、なにより指輪の位置が把握できない。そういう風にはしてないつもりなんだけど……何で反応しないのかな)
それがよく解らず、結局ブラックは大事な物すらも見つけ出せない有様だった。
こんなザマでは、ツカサを見つけられるかどうか不安になってくる。無理だ、とは言っていないが、己の情けなさを思うと焦燥を覚えずにはいられなかった。
しかし、今となってはもうどうしようもない。
あの指輪が無ければ、こうやって待つ事しか出来なかった。
(……ツカサ君…………)
本当に、もどかしい。
準備が必要な事も、休息が必要な事も解っている。だが、それでも、飛び出せるのなら今すぐにでも飛び出したかった。
早くツカサを見つけて、もう二度と離さないと抱き締め彼に頬ずりをしたかった。
(ツカサ君がそばに居ないことが、こんなに辛い事だなんて思わなかったよ……僕、それだけずっと、ツカサ君と一緒だったんだなぁ……)
数日離れる事は有ったにせよ、いつもその優しい気配を感じていた。
ツカサは確かにそこにいるのだと思えば、安心も出来たのだ。
だが、今はその気配も無くどこに居るのかすらも解らない。ツカサは生きていると確信しているが、どんな状態で生きているのかは判断が付かないのだ。もしかしたら、モンスターや悪人に囚われて死ぬより酷い目に遭っているかも知れない。それか万が一にでも、誰かに拾われ保護されていたとしたら……。
(…………誰かが……ツカサ君を……匿っていたら……)
もしかしたら、それが、一番……――――
「…………」
考えて、再び噴き出してきた汗を拭った。
――――と。
「……ん……?」
窓の方から何か気配を感じて、不意にそちらを向く。と。
「ビィ……びっ、びぃ……ビィイ……」
困ったように鳴きながら、窓にコツコツと何度も頭をひっつけてこちらに来ようとしている変な蜂が、赤い目玉を光らせて飛び回っていた。
……いや、あの蜂は確か……ツカサの守護獣だかなんだかという蜂だったか。
そう言えばあの蜂は、ツカサのバッグを持ったままどこかへ行ってしまっていたが、今更戻って来たと言うのか。もう主は居ないと言うのに。
(よく考えたら……あの蜂はどうしてディルムで自由に出歩けているんだろうか)
この島は神の力によってモンスターが存在できないようになっているらしく、半分はモンスターである駄熊も力が半減している有様なのだが、それなのにどうしてこの蜂は元気そうにぶんぶんと飛び回っていられるのだろう。
ツカサが言うには、鳥人族に似た者達が住んでいるラゴメラ村で仲良くなったのだと言っていたが、この蜂とは初対面に近いのでよく解らない。
そういえばツカサが「蜂龍」と言っていたが、もしかして関係があるのだろうか。
色々と考えたが、まずはツカサのカバンを返して貰わねばと思い、ブラックは蜂が何度も頭をぶつけている窓を開けて、中に招き入れてやった。
「ツカサ君はいないけど、何の用?」
本来ならモンスター相手に優しくする必要も無いのだが、逃げたとて相手はツカサの守護獣だ。優しくしておいた方がいい。
そんな思惑を抱きながらの対面だったが、普通のモンスターよりも二回りほど体が小さい蜂は、ほっとしたように目玉の奥で赤い光をゆっくり明滅させて、それから改めてと言った様子でブラックの方を見やった。
「ビビッ、ビィッビビビ」
「えーと……僕はお前のいう事が解らないんだが……」
モンスターの主人であれば、何となく相手が言っている事が解るようになるらしいのだが、ブラックは蜂と契約した覚えはない。
伝えたい事が有るのは解るが、これでは平行線だろう。
蜂もその事に気付いたのか、焦ったようにふらふらと飛び回ったが、やがて何かを思いついたのか、掴んでいたカバンを部屋の端にあった机に置いて、改めてブラックに近付いてきた。どうやら、カバンを渡すために来たわけではないらしい。
何をしたいのかと首を傾げていると、蜂は一番前の足を掲げるように上げた。
「ビビビ……ビィ……ビィイ……」
何事かを呟くと、蜂の真上に小さな白い光が現れる。
すると、蜂はそこに前足を入れてそのままその足をブラックの方へ近付けて来た。
まさか攻撃では無かろうなと思いながらその足を見てみると。
「あ…………」
そこには、琥珀色の宝石を嵌め込んだ指輪が挟み込まれていた。
「ビィ」
「これを、僕に渡すために……?」
「ビィ! ビビビッ、ビィッ、ビビッビ~……ッ」
なにか身振り手振りで伝えようとしているが、やはり何だかよくわからない。
しかし、さきほどの謎の能力を見て感じる所が有り、ブラックは「なるほどな」と妙に納得した気持ちになった。
(そうか。こいつも金の属性なんだ。……だから、この指輪の“真価”に気付いて、僕に渡しに来たんだな)
他の属性の物には解らないだろうが、一級以上の金の曜術師であれば、この指輪がどのような存在なのか解るはずだ。ましてや金の曜気を糧として生きるモンスターならば、この指輪から繋がる「糸」が見えたとしても、不思議ではない。
「そうか……お前も解るんだな」
そう言いながら指輪を受け取ると、小さな蜂は肯定するかのように真紅の目を明滅させた。やはり解っているのか。
モンスターだと侮っていたが、やはりツカサの守護獣は一味違うらしい。
「これを使って、ツカサ君を探せって言うんだな」
「ビィッ!」
「お願いします」とばかりに手を合わせてへこへこと頭を下げる蜂に、ブラックは自然と顔に笑みが浮かぶのを感じて息を吐いた。
「ありがとう。……お前のおかげで、ようやくツカサ君を追う事が出来るよ……」
指輪を右手で握り締め、机の上にあるツカサのカバンを見やる。
そこにはもう彼の面影はないが、彼が所有していた物は残っている。
あれさえ有れば、もう、何も必要ない。
「…………行くか」
今度こそ失くさないように、指輪を上着の内袋に大切にしまいこみ、カバンを取り部屋を出ようとする。と、小さな蜂が後ろを付いて来る気配が有った。
どうやら一緒に探しに行きたいようだ。
正直、何者かが付いて来るのは好ましくなかったが……。
(誰かが付いて来るよりは、自由に動けるかもな)
汚い手も使わざるを得ない以上、誰とも一緒には行けない。
ツカサと再会した時に、彼に告げ口をされるとたまった物ではないからだ。それに――――心配をされるのは、ツカサだけで充分だ。
「ビィ……」
「……わかったよ。付いて来い。だが、付いて来る以上、僕の言う通りに動けよ」
そう言うと、小さな蜂は嬉しそうに羽音を立てて上下に浮き沈みを繰り返した。
……ツカサがその姿を見たら、どんなに喜んだだろうか。
そんな事を思いながら、ブラックは小さな蜂と共に部屋を後にした。
――――数時間後、シアン達に「ブラックがディルムから忽然と消えた」との報告が入る事になるが……その頃には、もう誰もブラックの所在を探せなくなっていた。
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