異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編

2.さいはての村

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 アランベール帝国の最東端に近い場所には、山と谷がつらなる場所がある。

 この国は海洋側の地域がほとんど山か崖で構成されており、大陸の地理を研究する学者からは「天然の要塞」とも呼ばれていた。
 そのため、この国は古くから他国との交流も少なく、その特殊な地形に時には悩まされ、時には助けられて生きて来た。その最たる例が、“二つ名”と曜気である。

 この国は常春とこはるの国のライクネス王国と若干じゃっかん気候が似ているからか、それとも、何か地形にる物があるのか、アランベールは建国時から五属性全ての曜気が豊富に湧く特殊な環境に加え、モンスターも他国では見られないような種が多く見られた。

 そんなある意味豊かな国土を持つがゆえに、その特異性を研究しようとする文化が生まれ、潤沢な曜気を活用する曜術や学問を究める学術院が設立されたり、他国とは異なる法律や習慣が作られていったのだという。

 だが実際のところ、国に大きく影響しているのは生態系でも曜気でも無い。
 前述の“二つ名”という特殊な存在だった。

 ――――二つ名、と言うのは、己の家名や存在を現す名前とは別の名の事だ。
 多くは「紅蓮の荒鷲」と言うように、仇名あだなのような称号のような別名をもちいる事になるが、その用途は何も武勲の象徴という訳ではない。
 なんの実績がなくとも、冒険者や貴族などは必ず二つ名を持っていた。

 何故なら、この国では“二つ名”が無ければ曜術を使えないからだ。

 遥か昔、この国の建国の時に或る神が“導きの鍵の一族”と呼ばれる者達と数名の人族を伴ってこの未開の地を訪れ、連れて来た彼らを悪しき存在から守るために「王に認められた名を持つ者以外は、この国で力を行使してはならない」と定めた。
 それ以来、この国には“識名帳”という名を記す為の書物が生まれ、この国の帝王は代々国民の名をつづって来た。だが、年月を経て民や異邦人が増え、帝王が全ての名前を記す事も困難になって来たという。

 そこで考えられたのが、その“二つ名”だったのだ。

 元々、この国では貧民平民貴族王族と言った階級の壁が高く、国民達もその区別が当然だと思っている。そのため、貧民は曜術の資質を見る事すらもない。
 平民でも冒険者になろう曜術を使おうという者は少なく、その結果“識名帳”に名を記される者の多くは、平民以上の数人か他国の冒険者のみということになった。

 つまり、二つ名は“識名帳”に名を登録された存在であるという証明になり、それと同時に力を悪しき方向へ使う存在を特定する手がかりにも出来ると言う訳だ。
 その取り決めは、他国との行き来がさかんになった今とても重宝している。

 だがその特殊な制度こそが、この国を他国と相容あいいれぬ関係にしているのだ。

 この制度によって、この国は少なくとも「曜術や気の付加術を使う盗賊」が出る事は無い。気性が荒い曜術師達の無駄ないさかいも見なくて済む。
 なにより、二つ名の程度によって相手がどれほど強い存在なのかを判断できる事が便利なため、アランベールの民はほとんど外国に出る事が無かった。

 そう。この国は、とても閉鎖的な国なのだ。

 外よりも内へと向かい、荒れる事も有る大海を見るよりも目の前の静かな池を見て満足する事を望む。よく言えば愛国心が強く、悪く言えば排他的な国だった。

 ――――そんな国の、最東端に近い山脈のふもと。

 そこから延びる細く長い谷を越えた先には、滅多に人の来ない秘境が存在した。
 細い谷を伝って流れてくる霧が溜まって、その霧の向こう側に何があるのか見当もつかない場所。かつてその場所を、誰かが【隠者の庵】と呼んだと言う。
 厭世的になり他者をもうとんだ隠者が、霧で他人を入って来れないようにした。この国の者には、そのような場所に見えたのかも知れない。

 確かに、この場所に溜まる霧は、川につられて一定の場所を流れることで、天然の壁のようになって外界と霧の向こう側を完全に切り離している。
 この川を渡るか、周囲の険しい山を越えない限り、隠者の庵へ入る事は出来ない。
 だが、だからと言ってここに隠者が済んでいる訳ではないのだ。

(そう、ここには……隠者どころか、普通の民が住んでいる)

 霧を越えた向こう側にあるのは、草原と深緑樹の森。そして……――
 外の世界と変わらない、素朴な煉瓦の家々だった。

(隠者の庵は、発見者が付けた名前だ。今のこの場所は別の名前で呼ばれている)

 そう。ここは、こう呼ばれている。

 最果ての村、ベルカシェットと。








「レッド様、統主とうしゅ様には本当にご連絡なさらないのですか……?」

 窓の外から差し込む朝日に照らされて、壮年の男の心配そうな顔に陰が掛かる。
 彼の顔は少し疲れているが、しかしそれはこちらが急に押しかけて来て、ひと騒動有ったからに他ならない。本当に申し訳ない事をしてしまったなと思いつつ、相手とは反対に陰の中に沈んでいるレッドは小さく頷いた。

「連絡したとて、どうしようもない。これは俺の問題だ。……お前には迷惑をかけるが、ここしか安全な場所が無い……どうか、この事は内密にしてほしい」

 そう言うと、彼は少し悩んだようだが決心したように頷いた。

「承知しました。……私で良ければ、お手伝いできることは何でも致しましょう。……さしあたって必要なのは……家、でしょうか」
「ああ。出来れば……あの家を使おうと思っているのだが……」

 無意識に沈んでしまう声でそう言うと、相手は嬉しそうな色をにじませながら、そうですかと言葉を零す。レッドが望む事を読み取って、何かを喜んだのだろう。
 だが今はその声に応えてやることが出来ず、レッドは頷くだけで返した。

「ああ、それならご安心ください! 別荘はマルーン様がいらした頃のように、いつも綺麗に保っておりましたゆえ!」

 そう言いながら、相手は嬉しそうに笑う。
 あまりにも能天気な言葉に思わず激昂しそうになったが――そもそも、彼は事情を知らないのだ。そんな相手に怒っても仕方がない事だろう。
 レッドは己の心を押し込めて、彼に礼を言った。

「それはありがたい。感謝する。……今は少しでも早く、ベッドで体を休めたいからな……。早速使わせて貰うとしよう」
「はい、是非とも。……お連れ様は、私がお運びしましょうか?」

 こちらが「疲れた」と言ったからそう提案したのだろうが、余計なお世話だ。
 レッドはその申し出を丁重に断ると、席を立ち、別の部屋で寝かせていた同行者……ツカサを横抱きにして、村の外れにある「別荘」へと向かった。

 まだ早朝だからか、周囲には薄らと霧が掛かっていて詳細が見えてこない。
 昼になれば、このベルカシェットにも届く霧は退しりぞけられるのだが、朝の内は気温が低く安定していないせいで、谷からの霧がほんの少し流れて来るのだ。

 幼い頃はそんな不思議な光景に目を丸くしていた物だが、今はもう気にもせずに、石が敷き詰められた古い大通りの道を歩く。
 ……この村は、自分が幼い時と全く変わってはいない。

 その事が今はありがたく思えて、レッドは周囲を見回した。

(本当に、昔のままだ。やはり、冒険者や盗賊もここまで来ようとは思わないのだな。まあ……こんな場所に来る冒険者など、物好きしかいないか……)

 そもそも、この村は普通ではない。
 見かけはそこらへんの村と変わりないが……実を言うと、ここはレッドの一族の者が緊急避難をする時に訪れる村で、あの白い霧の恩恵だけではなく、ありとあらゆる術をこの村全体にかけてある。
 この村に逃げ込めば、災難もやり過ごせないことはない。
 それをレッドも知っていたが故に、ツカサと一緒にここに逃げて来たのだ。

「ところで……その、お連れ様はどうしてそのような事に……?」

 別荘へと向かう途中、村長である相手にそう問いかけられて、レッド自分の腕の中で安らかに眠っているツカサの姿を見やる。
 その姿は、確かに村長が心配するのも無理はないものだった。

(火傷の痕に、首輪に手枷……そりゃあ、気になるだろうな。何故俺が奴隷をこんな風に大事そうに抱き抱えているのかと。普通なら、奴隷にこんな事をするはずがないのだから……)

 大人しくしているつもりであれば、こんな事はしてはならない。
 例えツカサが憔悴しょうすいしていようとも、奴隷と言う以上は無理にでも歩かせて、主人の為に様々な気遣いをさせなければならないのだ。目立ちたくないのなら、彼を無理にでも起こして、従わせねばならなかった。

 けれど、レッドはツカサを奴隷のように扱うつもりはなかった。
 素性を隠すためにツカサには奴隷でいて貰うつもりだが、それでも彼を奴隷のように使役するような事はしたくなかったのだ。

 だが、そんな都合は村長には関係ない。
 ここはもっともらしい理由を付けるべきだろうと思い、レッドは村長に答えた。

「この子は奴隷だが、その前に俺の大事な存在なんだ。今は、ワケがあって奴隷になっているがな。……だから俺は、この子に対して精一杯優しくしてやりたい。この腕の火傷の痕も……俺に責任があるからな……」
「なるほど……レッド様は本当にお優しい方だ……」

 「自分に責任がある」と言っているのにそう言う認識になってしまうのは、やはり彼らの中で、奴隷は貧民よりも見下すべき存在だという認識があるからだろう。
 こんな村でも、そのような認識がまかり通っている。これが普通なのだ。

 その事を考えると、今からの事が酷く憂鬱ゆううつに思えたが――

「ああ、やっと見えてまいりました。」

 考えている途中で村長の声が聞こえて、レッドは顔を上げる。
 すると前方に、他の家屋とは少し異なる家が見えてきた。

 小さくは有るが、災厄を避ける鮮やかな色彩がしっかりと塗り込められていて、さほど古さは感じない。今更ながらに、自分達の帰還を待ちながらあの家を保ち続けていた村長に感謝したくなってしまった。
 家は残っているのだろうかと少し不安があったが、この分なら大丈夫そうだ。

「必要な物がありましたら、後で届けさせましょう」
「ああ、頼む」

 気を利かせてくれる相手に心地良く答えながら、レッドは腕に抱えているツカサのあどけない寝顔を見下ろして笑った。

(ここなら、もう誰にも邪魔されない。……やっとお前と落ち着く事が出来る)

 ここは、最果ての村ベルカシェット。

 排他的な国の中でも更に排他的で、知らぬものを寄せ付けない秘境の村。
 そして、導きの鍵の一族が途方もない数の術を掛けて、徹底的に外部の物に存在を気取られないようにした、本物の「隠れ里」である。だから。

 ここならもう、誰にも見つからない。













※かなり遅れてしまいすみません…
 
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