異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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暗黒都市ガルデピュタン、消えぬ縛鎖の因業編

4.奴隷ってこういう物だっけ?

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 俺がこの恐ろしい黒狼館で目が覚めてから、数日が経った。

 何度目が覚めてもやっぱり現実で、俺はまだ黒狼館に居る。
 やっぱり、俺は異世界に来てしまったらしい。

 そんな訳で、神社から謎の落下を経て異世界で奴隷となってしまった俺は……ちょっと自分でも不思議なくらい、奴隷生活に馴染なじんでしまっていた。
 ……誓って言うが、俺は奴隷根性が在る訳じゃないぞ。

 だけど何故だか不思議とこの世界の生活を受け入れてしまっているのだ。

 まあ俺はチートな主人公の小説をたくさん読んでる訳だし、そもそも子供の頃からファンタジーも好きだったからな。西洋ファンタジーな世界の薄暗さや、非現実的な現象に対しての耐性が出来ていたし、暮らしてみると意外と婆ちゃんの田舎でやっていた事と変わりなかったもんな。

 それに……奴隷と言っても、今の所は日本でやってた事と変わらない仕事ばっかりやらされてるし……。
 なんちゅうか、勉強しなくていいのと命令されるの以外は別に学校と変わりがないんだよな。まあ俺としては女子の冷たい視線が無いだけありがたいんだけど。

「ふぅ……掃除は終わったから、次は洗濯だな……」

 俺が目覚めた牢屋のような施設――奴隷“置き場”の空き部屋を綺麗に掃除しつつ、俺はひたいの汗をぬぐう。
 当初は首輪に鎖をずっと付けられていたけど、掃除を任されるようになってからはその重たい鎖も無くなった。首輪や手足のかせはそのままだけど、まあ適度に重いから筋トレの効果もあるだろうし、俺的には気にならない。

 むしろ、鎖を外されたのは「こいつは自力で逃げられないほど貧弱だから、鎖とか付けなくて大丈夫だろう」みたいな解釈にも思えて逆に不満だったんだが……まあ、実際重かったしそこは言わないでおこう。信用されたんだと思う事にしておこう。

 つーか別に逃げる必要もないんだよな、今の所……。
 聞いたところによると、この世界には「奴隷紋」みたいな危険な魔法は無く、俺の容姿――特に黒髪はこの国では忌避されるとのことで、早々売れないみたいだし。
 それなら、今はこの【黒狼館】でこの世界の常識を学んで、外に出てもすぐに行動出来るようになっておいた方が良い。逃げるにしろ情報は必要だからな。

 それに……。

「…………なーんか、逃げようって思えないんだよな……」

 モップのに両手とあごを乗せて、首を傾げる。
 そう。何故だか自分でもよく解らないけど……俺は、ガストンさんの事を妙に気にしてしまっていた。いや、別にホモとかそういうんじゃないぞ。

 なんかこう……何でか判んないけど、ほっとけないんだよ。

 だってあの人、なんか危なっかしくてさ。

「悪徳貴族っぽいくせに、なんか常にイライラしてるし不機嫌だし食事の量も少ないし、大のオッサンが神経質に体に香水振り掛けてたりするし……」

 まあ、奴隷部屋も奴隷も基本的には汚いから臭いが移るのがイヤってのは解るんだけどさ、でも奴隷商人なんてやってるくせに、妙に繊細なんだもんな。
 それに、こういう悪そうな奴隷商人って基本的に部下とか奴隷に当り散らすけど、ガストンさんは睨んだり嫌味を言ったりはしても、よっぽどじゃないと暴力も振るわないし。俺や他の奴隷に対しても、凄く質素だが食べれない食事は出さないし……。

 …………いやそこは鬼畜と言った方が良いのかな。
 怒らないとは言っても、奴隷に対しての扱いが酷いのは変わらんしな。

「夜はすっげえ冷える石造りの狭い牢獄に、臭くて寝心地の悪いベッド。首輪だけじゃなく手足に重いかせを付けさせて、ゲンナリする食事をさせつつ仕事を強要……うーん、まあ、控えめに言ってもクズだけども」

 あれ、やっぱりあのデカ鷲鼻おじさん悪い人じゃないの?
 なのに何で俺ガストンさんの事「さん」とか呼んじゃってるんだろう。
 自分で自分がよく解らない。女子のリンチよりましだって思っちゃってるから?
 にしたってなあ……。

「おい奴隷、掃除は終わったのか」

 色々考えていると部屋のドアが開き、枯れ草色の髪をしたそばかす青年が俺に声をかけて来た。そうそう、俺はこの館の人に「奴隷」と呼ばれてるんだよな。
 その理由はと言うと、某お宿で働きたい映画の「名前を奪う戦法」みたいに奴隷と呼ぶ事で名前を捨てさせて、自分が本当に奴隷に成り下がったんだと自覚させるためっぽい。まあ別に辛くないから俺にはあんまり効果が無いんだが。

 しかしそれを悟らせるとまた面倒な事になりそうだったので、俺は素直にその名称に応えて、ドアの方を向いた。

「あっ、マルセルさん。はい、終わりました」
「……相変わらずきっちりやるな。お前、本当に何者だよ」

 逃げる気配もなく立ち竦む俺をじろじろ見ながら、マルセルは部屋を見回す。
 ホコリ一つ見逃さない俺の日本仕込みの丁寧な掃除は、この世界の人達には「やりすぎだ」と思われているらしくて、見に来る人が変わっても反応は同じだ。

 俺としては学校でやっていた掃除と同じ事をしているだけなのだが、この異世界は掃除する事をあんまり重要視していないらしい。……まあ、ダニやノミどころかアリすらいないみたいだし、もしかしたら俺の世界よりやまいのモトが少ないから掃除なんかやる必要が無いと思ってるのかも知れないけども。

「しかし、メシが多く貰える訳でもないのによくやるなお前も」

 磨き上げられた石の部屋にあきれながらマルセルが言う。
 まあ、そりゃそうなんだけど。

「でも綺麗になったらいい気持ちになりません? 俺は出来ればシーツとかも綺麗に洗濯したいし中の干し草も変えたいんですけど……」

 そう言ったら、マルセルはムッとして俺にいきなりゲンコツしてきやがった。
 痛いっ、暴力反対!

「バカがッ、奴隷の住処すみかを居心地良くしてどうすんだテメェはっ! 奴隷の販売元の奴隷置き場なんざ、最低なぐらいが良いんだよ!」
「え、えぇえ……なんでですかあ……」

 そんなの不衛生じゃないか。汚い奴隷なんて売れるの?
 どうにも納得が行かなくて頭を手で押さえながら相手を見やると、マルセルは深い溜息を吐くと、人差し指を動かして俺に言い聞かせるように説明しだした。

「あのな、良く考えて見ろよ。奴隷ってのは、モノ扱いされてんだぞ。モノだモノ。なのに人ってのはなァ、食いモンと違って育つ場所を良いモンにすればするほど図に乗る生き物なんだよ。そんな商品を甘やかすだけ甘やかして贅沢ぜいたくもんにして出荷したら、働かせる先で頑張らねえだろうが」
「あー……確かに」

 言われてみればそうだな。
 もしここの居心地が良かったら、誰も売られたくなくなってしまうだろう。
 それに売られたとしても、行った先の家が劣悪な環境だった場合、逆らったり逃げ出したりしかねない。そんな事になったら奴隷商としては信用問題に関わる。

 だから、それを防ぐためにえて過酷な状況に置く……のはまあ解るんだけど。

「だから、こうして最低限の掃除はするが、身の回りの物や食事も最低限しか与えねぇんだ。……とは言え、奴隷の用途によっては待遇も違うがな」
「だったら、ベッドも無い方が良かったんじゃないっすか?」
「んなモン俺に言っても仕方ねえだろ。これはガストン様が『奴隷が床ずれでも起こしたら商品価値が下がる』とか言って、ベッドを入れろって命令したんだよ。だから誰も逆らえねえって訳だ。……まあ俺もおかしいとは思うんだがな」

 さもありなん。だからあんな風に劣悪なベッドにしてるんだろうけど、でもそんな風にするくらいなら、普通に地面に縛り付けて寝かせていればいいだけなのにな。

 そもそも、奴隷ってんなら床で寝る事が普通なワケで、チートな主人公が活躍する小説の奴隷は大概「ベッドなんて使えません! 使った事なんてないです!」とか言って拒否するわけだから、逆にベッドに寝かせちゃいけないと思うんだが。
 しかも固く無くてそこそこ柔らかいベッドって。今まで地面の上で寝ていた奴隷の人ならすぐに満足しちゃうんじゃ……。
 ……やっぱり、案外優しい人なのかなあ。

「そんな事より、ここが終わったら庭の草むしりしに行くぞ。俺まで付き合わされるんだから、さっさと終わらせろよな」
「あ、はい」

 何だかはぐらかされたような気がするが、まあ良かろう。仕事が先だ。
 俺は掃除用具を片付けると、草を入れる箱を持って外廊下のある中庭に出た。
 この三日間ぐらいずっと掃除はさせられてきたが、草むしりは初めてだな。普通は外に出すのも嫌がるんだろうけど、俺は逃げないと判断されたんだろうか。

 まあ……それもガストンさんの指示なのかも知れないけど。

「剣の刃のような形の草だけ抜いて箱の中に入れろよ。根っこは抜かなくて良い」
「干し草にでもするんです?」
「察しが良いな。……この街の周辺はモンスターがよく出るし、ちょうどいい干し草を作れるような草だってそうそう探せねえ。だからここで生やしてんのさ。雑草みたいに見せて、干し草の原料だってわかんねえようにな」
「……干し草にもそんな用心をしなきゃいけないんですか……?」
「ガルデピュタンはそういう街なんだよ」

 さっさとやれ、と、せっつかれて、俺はとりあえずしゃがんで草を摘み始めた。

「剣の刃……ここらへんか……」

 固まって生えている所を発見し、根元近くから摘んでいく。
 ……それにしても、さっきの話から考えると……俺は愛玩用じゃなさそうだよな。掃除や庭仕事をさせられてるんだし。なら、何ので働かされているんだろう。

 ガストンさんに初めて会った時、俺が「何か覚えていないのか」を探るような会話をされたけど……俺が大抵の事を忘れていると知ると、掃除や洗濯が出来るか問うてすぐにこの仕事を任されたんだよな。
 別に「お前は○○のための奴隷にする!」なんて宣言をされる事も無く……。

 でもマルセルの話を聞いた限りだと、やっぱり変だよな。
 小間使いをやるための奴隷として働かされてるのかな。それにしては、別に何かを教えられたりする訳じゃないし、俺の監視役のマルセルも見てるだけだし。
 うーん、性奴隷じゃなさそうなのはありがたいけど、やっぱり自分の立ち位置くらいは聞いておいた方が良いんじゃないかなあ。

 しかし、マルセルに問いかけても教えてくれなさそうだし……やっぱガストンさんに直接訊かないと駄目なのかな。

 そんな事を考えながら箱にぽいぽいと草を積んでいると、背後で誰かが喋っている気配がした。なんだろうかと振り返ると、なんとそこには俺が今思い浮かべていた人が居て、マルセルと喋ってるじゃないか。

 何を喋っているんだろうと草をむしりながら見ていると、不意にガストンさんがこっちを見て、ずんずんと近付いてきた。

「っ……」

 あれ。なんかドキドキしてきたぞ。
 何この動悸どうき、もしかして俺凄くビビッてる?

「おい。草むしりは良いからちょっと来い」
「は、はい」

 緊張しているのか何だか知らないが、とにかくドキドキしている心臓を抑えながら立ち上がると、ガストンさんは大きな鷲鼻をフンと軽く動かしてきびすを返した。
 別に抵抗する理由も無かったので、俺は大人しくついていく。

 俺がやり残した分はマルセルが行うのか、すれ違った相手は嫌そうな顔をして「あーあー」と面倒臭そうに呟いていた。まあそりゃ、やりたくないよなあ。
 後で鬱憤うっぷん晴らしにどつかれるのも嫌だし、帰って来たら続きをやるとガストンさんに頼んだ方が良いだろうか。

「あの……草むしりは後で俺が全部やるので……」
「構わん。どうせ今日お前は雑務に戻る時間は無いからな」
「……?」

 どういう事だろう。何か別に新しい用事を言いつけられるのかな。
 不思議に思いつつもガストンさんに付いて行くと、またもやあの執務室に通され、俺は机の前に立たされることとなった。
 うう……なんか職員室に呼ばれてるみたいで居心地が悪いんだが……。

 執務机に就いたガストンさんに凝視されて居た堪れなくなっていると、相手が不意に妙な事を言い出した。

「服を脱げ」
「えっ……」
「早くしろ」

 一瞬面食らってしまったが、ガストンさんの顔はいつものしかめっつらだったので、何か変な事をするのではないと解り、俺は素直に麻袋のような服を脱いだ。
 といっても、腰紐を解いて一枚だけの布を脱ぐだけだったから、勿体もったいぶるモンでも無かったんだけどな。まあ、下は穿いてないんですけど。

 正直、執務室みたいな場所で全裸になるってのは抵抗が有ったけど、ここには主であるガストンさんしかいないし、その相手も俺をからかったり変な目に遭わせようとしているんじゃない様子だったからな。何とか恥ずかしがらずにいられた。
 多分彼は、俺の傷の具合を確かめたかったんだろう。

「…………やはり、脇腹のあざと、左ひじから先の腕は先日と変わらんか」

 俺の予想はドンピシャで当たったようで、ガストンさんは思わしげな顔をして深い溜息を吐く。きっと商品価値が更に下がったと考えているんだろうが、まあ俺だって不名誉な傷だなと思うから仕方ないよな……。

 記憶が無いから分からないけど、どうしてこんな火傷やけどみたいな傷を負ってしまったんだろうか。もしかして俺って、知らない内に伝説の勇者サマになって、ドラゴンと戦ってたり……は、しないか。だって弱いまんまだもんな……俺……。
 でもそれなら、本当にどうしてこんな火傷を負ってしまったのか解らない。
 何かと戦ったとかでないと、こんな限定的な火傷なんて負うはず無いのになあ。

「その怪我が在る限り、お前の競売はまだ先だな……」

 ガストンさんは実に残念そうに言うが、俺にとってはありがたい。
 俺だって奴隷におさまるのは御免だし、出来るなら逃げたいですし……。
 内心ほっとしてしまったが、頭痛を覚えたかのように額を指で押さえている相手を見るのは忍びない。何か話題を変えたいなと股間を隠しつつ、俺は先程思い付いた疑問をぶつけてみる事にした。

「あの……そう言えば、俺ってどんな『用途』の奴隷になるんでしょうか」
「あ?」
「いえ、その、俺奴隷ってよく解らなくて……。初日から掃除とか洗濯とかさせて貰ってますけど、掃除や洗濯は普通に覚えるものなんですか?」

 そう問いかけると、ガストンさんはまた何かに驚いたように目を丸くしたが、しかし俺の疑問に思う所があったのか、律儀に答えてくれた。

「お前の言う通り、小間使いをさせる普通の奴隷なら掃除洗濯は教える事だ。だが、お前は今の所、どの用途にするか困っている。だから、一応は小間使いがする仕事をやらせているだけだ」
「じゃあ、俺って小間使いって訳じゃないんですか……」
「冗談言え。お前みたいな肉付きの良い奴隷を小間使いで売るなんて勿体ない」
「に、にくづき……」

 それ俺が太ってるって事ですかね。やめて下さい俺は普通の体型ですってば。
 むしろ、ここ数日は質素な食事と半日労働で、インナーマッスルが付いてるんじゃないか疑惑があるんですけど! 俺きたわってるんですけど!!

 心外な事を言わないでほしいと内心むくれていると、今の会話で何か気付いたのか、ガストンさんは机から身を乗り出して、俺の体を上から下まで何度も見やる。
 そんな事をされると流石に恥ずかしくなってしまうんだが……などと思っていると、相手はまたもや苦悩するかのような溜息を吐いて、片手で顔を覆った。

「ハァア……クソッ、そう言えばそうだった……お前を痩せさせてどうすんだ……」
「はぇ」

 間抜けな言葉で答える俺に、ガストンさんは何を思ったか急に席を立つと、コートけに預けていたコートを羽織って俺の手を強引に引っ張ってきた。

「おい、ちょっと来い。食事をとるぞ」
「えっ!?」

 ちょっ、ちょっと待ってどういう事ですか。
 っていうかあの、俺全裸、全裸なんですけど!!

「ガストンさんあのっ、あの俺全裸……!!」
「どうせ着替えるんだから捨てとけ!」

 着替えるって、何にですか。
 もしかして何かまた変な格好させようとしてます!?

 勘弁かんべんして下さいよ、あの麻袋かぶっただけの服でも、現代人の俺にとっては結構キツかったのに!












※奴隷なのにご主人さんと普通に喋ってる時点でおかしい
 が、そこは次回突っ込むので許して下さい…
 
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