異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

60.時はいつも一瞬で変わってしまう(遅延スミマセン…

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「ツカサく……ぐすっ、シアンに見せに゛行ごっ、ねっ……! ぢアンなら、ぎっどずぐになおぜるがら……!」
「う……うん……」

 多分「シアンさんならばきっとすぐに治してくれる」と言っているんだろうけど、でもそれより俺はクロウの方が気になるんだが。だって、クロウは今レッドと戦ってくれているんだよな?
 ブラックと一緒に来たのに、レッドの所に留まってるって事は、俺達が逃げる時間を稼いでくれているんじゃないだろうか。だとしたら……クロウがヤバくないか?

「な、なあ、ブラック……クロウは……」

 叫び過ぎたせいで、少し声がかすれているみたいだ。
 腕はもう痛みは無い……というか、痛みすらなくなるぐらいのヤバい状態になっているのかも知れないが、今は確認したくないな。なんにしろ、利き手で握らなかったのは幸いだった。これなら、まだ耐えられる。
 どうして痛みが無くなったのかは解らないが、まあ、今はどうでもいい。

 とにかく、俺よりクロウの事が心配だ。
 そう思いブラックを見上げると、相手は格好悪くずびずびと鼻を啜りながら眉間みけんしわを寄せて見せた。

「ツカサ君そんな腕になってまであの駄熊のことを……」
「じゃなくて! ゲホッ、お、お前、クロウはレッドと戦ってるんだぞ……!?」

 心配じゃないのかと俺もブラックを睨み上げるが、ブラックは鼻水をらしたままで不満げに顔を歪めた。

「…………別に、大丈夫だよあんな奴」
「え……」

 目を見開いた俺に、ブラックは少し口をとがらせると前を向いた。

「……あんなクズに負けると思ってたら……まかせたり、しない」

 負けると思っていたら、レッドと戦わせてなかった?
 それって……。

「ブラック……」
「あっ、ああもう、それは良いからっ! とにかく、ツカサ君の怪我の治療が最優先だよ! 早く王宮に戻るんだ!」

 風に赤い髪をなびかせながら、ブラックはヤケクソ気味にそう吐き捨てる。
 ぱちんぱちんと流星の光がブラックの頭に当たって光るのが、なんだか滑稽こっけいだ。
 だけどその滑稽さが微笑ましく思えて、俺は思わず笑ってしまった。

 ……そっか。ブラック、いつの間にかそんなにクロウの事を信頼してたんだな。

 クロウならレッドを引き留められると思ったから、ブラックはその役目を頼んで、今も後ろを振り返らずに走っていられるんだ。
 それってつまり、クロウの実力を認めてるって事だよな。
 任せるって言えるくらい、ブラックはクロウの事を信頼してるんだよな……!

 ……きっと、ブラック自身は気付いてないだろうけど……心の底ではクロウの事を信頼できる仲間だと思ってくれている。俺やシアンさんだけじゃない。ブラックにも、そうやって無意識に背中を預ける事の出来る“友達”が、やっと出来たんだ。

 自分の事じゃないのに、何故かその事がとても嬉しかった。

「ツカサ君、森を抜けるよ! しっかりつかまっててね!」

 ブラックに言われて、同じように前方を見やる。
 すると、薄暗い森の向こうに光が跳ねて落ちる草原が見えた。だが、草原の右端は何も無い。吸い込まれるように流星が幾つも落ちて行くのが見えた。
 ……って事は、もしかして……横って……崖……?

 じゃあ、方向を考えずに駆けだしていたら、俺も真っ逆さまに……。

「うぁ……」

 柘榴ざくろに道案内して貰って良かった。本当に良かった。
 そう思いながら無事な右手でブラックの服を掴んで、森の外への警戒に努める。
 森はまだ隠れられる場所があったけど、草原に出たとなると隠れる場所が無いからな……俺には何も出来ないかも知れないけど、迎撃したり逃げたりする覚悟だけは、ちゃんとしておかないとな……。

「ツカサ君。万が一の事も有るから、しっかり掴まっててね」

 ブラックが言うのに、強く頷いて胸元に身を寄せる。
 ――と、一気に視界が開けて目の前に広大な草原と星の雨が広がった。

「うあ……」

 こんな状況じゃ無きゃ、とても綺麗な光景なのに。
 無意識にそう思ってしまうほどの光景が、目の前に広がっていた。

 広い草原に様々な色の光の雨が落ちて、はじけては消える。まるで地面の上で線香花火がパチパチとはじけているみたいで、どんなイルミネーションより美しい。
 なにより足元が七色以上の鮮やかな色の陽炎に灯されていて、まるで全ての曜気が混ざり合って立ち昇っているかのようにも見えた。

「ブラック、こ、ここどこ」
「王宮から少し離れた……ええと、僕達が最初に通された森が在っただろう? 今の森はあそこと道を挟んでちょうど反対側にあるんだ。だから、そこまで王宮とは離れてない。すぐに連れて行ってあげるからね」
「う、うん」

 ここってそんな場所だったのか。だからブラックも俺の事を見つけられたのかな。
 でも、ここで気の付加術って使えたっけ。何か色々腑に落ちないんだけど、でも俺の頭が上手く働いていないせいかもしれない。
 とにかく今は、早く安全な場所に行かなければ。そうでないと、レッドを抑えてくれているクロウに申し訳が立たない。

 とにかく、早く逃げる。これ一択だ。
 ブラックと言葉も無しに頷き合って、俺達は草原を駆け抜けた。

 ――王宮と集落がある前方を見やると、地面より下の空がうっすらと明るくなっているような気がする。気が付けば鉱石の種となる流星の雨は、徐々に少なくなっていて、もう夜が明けるのだと知れた。

 そうか、もう、記念日は終わってしまったのか。
 とうとうブラックに何も返してやれずじまいだった。その上、二人にはこんな風に迷惑までかけて……いや、そんな事を言っている場合じゃない。
 そんな事を言えば、記念日が悲しい日になってしまう。
 今の状況は、きっと次の日の出来事だ。記念日には影響しない。俺が貰った指輪だって、大切な思い出にはれど決して汚れる事は無い。

 それになにより、ブラック達は昨日の内に俺を助けに来てくれた。
 夜が明ける前に、記念日が悲しい日になる前に俺を救い出してくれたんだ。

 救いはある。悲しい結末なんかで終わらない。俺達は今まで何遍なんべんだってそうやって乗り越えて来たじゃないか。今度だってきっと笑える終わり方になる。

「夜が明ける……」

 ブラックの言葉に、ただ頷く。
 流星の雨がついに途切れ、視界の右端に見える崖下がけしたから朝の光が漏れて来るのをとらえながら、俺はぎこちなく動く肺で息を吸った。

 朝の冷たい空気。澄み切った、空気だ。
 熱い空気じゃない。もう、あの熱さは無い。痛みだって消えた。
 だから、恐れる事なんてないんだ。

 そう思って、ゆっくりと近付いて来る朝ぼらけの街並みを見た。
 と、同時。

「そっちに行ったぞ!!」

 爆発音が何発も背後から聞こえて、凄まじい爆風がブラックを押す。
 その衝撃に思わず体が浮いてつんのめったブラックだったが、そのまま飛び上がり見事に地面に着地した。だが、まだ終わっていない。誰かの大きな咆哮ほうこうと謎の轟音に思わず背後を振り返えり――――同じ方向を見た俺達は息を呑んだ。

「――――!!」
「も、森が……っ!?」

 森が、燃えている。
 赤く燃え上がる炎が森を包み、何本もの大木が引き裂かれるような音を立てながら崩れ落ちる様が見えた。まるで山火事だ。
 何が起こっているのかと一瞬目を疑ったが、しかし――森の方から凄まじい速度でこちらへ駆け抜けて来る赤い光をまとった存在を見て、俺達は戦慄した。

「ツカサ君ごめん!」

 ブラックが叫んで、俺を背後へと放り投げる。
 草の地面に乱暴に着地させられたが、しかし痛がっている暇はない。
 地面に突っ伏しながら見上げたブラックは、白い光を纏い、かじを回すように片手を動かす。そのブラックに、赤い光を纏った男――レッドが、剣を構え突進してきた。

「ブラック!」

 ヤバい。ブラックは剣すら持っていない。炎はレッドには効かないんだぞ。
 このままだとブラックが斬られてしまう。
 片手だけでもなんとか立ち上がろうとして体に力を籠めるが、体が言う事を聞いてくれない。その間にも、鬼の形相をしたレッドが迫っている。
 ブラックは白い光……金の曜術で何かをしようとしているのか、動けない。

 守らなきゃ。俺が、俺が盾になって、ブラックを守らなきゃ。そう思うのに、体は何をこばんでいるのか、地面にひざを付く事すらやっとで、どうしようもない。
 嫌だ。守れないなんて、助けられないなんて、嫌だ!

 思わず叫びそうになった、瞬間。

「我が【紫月しげつ】の名にこたえ目覚めよ、地に眠りし数多あまたの石華の種!
 【ノヴァ・リモデラル】――!!」

 ブラックの声に呼ばれたように、地面に白い光で描かれた魔方陣が現れ、その場をまばゆい光で照らす。だがレッドの足は止まらない。
 だめだ、間に合わない。レッドの剣が振り上げられて足が踏み込もうとする。
 刹那、ブラックと俺の周囲に立ち昇っていた陽炎が――――

 一気に、鋭い針となって隆起した。

「ぐあっ!?」

 完全にブラックの事しか見ていなかったレッドは、その剣山のように隙間なく敷き詰められた金属の針に飛び退く。片足を負傷したのか、かばっているようにも見えた。

「き、さま……何を……!」
「何も【紫月】は幻術しか使えない訳じゃない。専門職には劣るが、お前を殺す程度の術くらいは簡単に使えるんだよ」

 ざまあみろ、とでも言いたげにブラックは吐き捨てる。
 確かにこれは金の曜術師の力だ。
 ブラックは恐らく、落ちた直後のごく小さな鉱石の種達を操ったんだ。この剣山のようにも思える針の地面は、金の曜術の「鉱石を加工する力」で種を変形させた物に違いない。だけど、普通に考えても数百の種をこうやって操るなんて有り得ん。
 やっぱりこれも、グリモアの力って事なんだな……。

 でも、これでレッドは迂闊うかつに俺達に近付けないはずだ。

 俺のその予測は正しかったようで、レッドは足を庇いながら剣を地面に突く。

「こんなもの、俺の炎で……ッ」
「金の曜術でしか操る事の出来ない金属すらも燃やせると?」

 無論、ハッタリだろう。ブラック自身が「紅炎こうえんのグリモアの攻撃力にはかなわない」と言っていたのだから、レッドが本気になれば恐らく全ての鉱石を燃やせるはずだ。けれど、レッドは金の曜術師では無いから、その事を知らない。だから、ハッタリでも通じたのだろう。
 現に、自分には把握はあくできない攻撃が来るかもしれないと、手負いのレッドはこちらを警戒して動けないようだった。

卑怯ひきょう者……!」
「丸腰の相手に剣で斬りかかる奴の方がよっぽど卑怯者だと思うけどなあ」

 今までクロウと戦っていた事に加え足を負傷しているせいか、レッドはブラックを睨んでいるけど襲い掛かろうとはしない。剣山の動きが気になっているのか、俺達を守るように囲んでいる針の群れをちらちらと確認していた。

 隙をうかがっているのか。いや、攻撃を恐れているのかも知れない。
 そのくらいの冷静さが有るのなら、なんでこんな事をするのか。
 お前のせいで森が燃えたのに。お前のせいで、クロウだって……!

「クロウは、どうした……」
「……ツカサ……」
「クロウはどうしたって聞いてるんだ!!」

 声を出すたびにジリジリと痛むのどを抑えて、精一杯怒鳴る。
 力の入らない体で必死に膝立ちになって睨む俺に、レッドは目を見開いていた。

 だけど、許さない。クロウを炎の中に置き去りにして、柘榴ざくろにも酷い事をしようとして、エルフ達が大事にしている森まで考えなしに燃やしやがった。
 アンタが自分勝手に激昂して起こした行動のせいで、沢山のものが傷付いたんだ。

「う……お……俺は……」
「クロウに何かあったら許さない……アンタの事、絶対に許さないからな……!」

 俺のその言葉に、レッドが明確に動揺する。
 その怒気が抜けそうになっている様子を見て、ブラックがとどめを刺そうと思ったのか、再び白い光を纏って左手を軽く上げようとした。と――――

「おっと。困りますねえ、私の契約者をいたずらに傷つけて貰っては」

 そんな、場違いに軽い言葉が聞こえた瞬間。

「あ……――――」

 一瞬、銀の閃光が走って


 ブラックのひじから先が   消えた











 
 
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