異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

  赤き猛りの狂想2(遅れてスミマセン…

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「ツカサ、大人しくしていてくれ」

 大人しくって、お前らが勝手に連れて来ておいて何を言う。
 誘拐だぞこんなの。それで大人しくしとけって、どういう事だよ。俺が素直な子供ならもうとっくに逃げ出そうと騒ぎ立てとるわ。

 それでも逃げ出さないのは、俺が賢明だからだ。
 いや、自画自賛するレベルの話では無いんだが、俺とレッドの体格を比べりゃ格闘でも競走でも勝てっこないってのは一目で分かるからな。くやしいけれど、レッドにはまるでかなわない。だから、泡を食って逃げ出す事は出来なかった。

 それに、混乱したままじゃロクなことにならないからな。
 考えなしに飛び出して今よりさらに警戒が厳しくなるよりは、相手の隙を突いてから逃げ出すほうがよっぽど勝算が見えるってもんだ。

 本当はレッドと話したくないけど、相手の情報を聞き出すには会話するしかない。
 あの【工場】の時みたいにレッドが上手く乗せられてくれるか解らないけど、なんとか頑張らなきゃ。絶対にブラック達と合流するんだからな。

 俺は改めて気合を入れると、深呼吸をしてから、部屋の外を気にしているレッドに恐る恐る話しかけた。

「俺を……どこに連れて行くつもりだ」

 そう問いかけると、レッドは大仰に体を震わせてこちらを振り向く。
 外から漏れてくる光に照らし出されたレッドの顔は、驚いているような怯えているような、なんというかとても妙は表情を浮かべている。
 それはどんな意味の顔なのだと眉を歪めそうになったが、ぐっと堪えて相手をただ見返した。すると、レッドは再び俺に近付いて来て、地面にひざを付く。

 どうするのだろうかと思っていたら、レッドは少し視線を彷徨さまよわせて口を開いた。

「……アランベールに、連れて行くつもりだった」
「お前の故郷だからか」
「それもあるが、そこが一番安全だからだ。外の世界にはお前を利用しようとする奴が無数に存在する。お前の能力は、それほど強大で恐ろしい力なんだ。だから、俺の一族の屋敷でかくまおうと思っていた」

 勝手に決めないでほしい。
 俺は一度も「閉じこもりたい」なんて思った事などない。ブラックを冷遇して来た奴らの本拠地で匿われたくなんてない。それに俺は……俺の事を“恐ろしい”と断じるような人間と、一緒に居たいなんて欠片も思えなかった。

 ……だって、そうだろう?
 ブラックは、黒曜の使者という存在ごと俺を受け入れてくれた。クロウだって俺の事をおもんぱかって、ずっと付いて来てくれたんだ。
 何より……二人は俺の正体を知っても、俺が暴走しても、それがどうしたと態度で示してくれたんだ。何度も、何度も何度も何度も。

 俺の事を、態度だけじゃなく……全身全霊で、好きだって言ってくれた。
 だから俺は男の自尊心を振り払って、二人が望むように受け入れたんだ。
 ブラックとクロウは、心の底から俺を思って、俺の望みを……自由に旅をしたいと言う望みを、ずっと叶えてくれていたんだから。

 …………やっぱり、絶対にコイツに付いて行く訳には行かない。

 逃げる為の情報をもっと引き出すために、俺は慎重に会話を続けた。

「レッドがここに居るのは、そのためだけ?」
「ああ、そうだ。そう言えば、この前は怖がらせてしまってすまなかった。やはり、あんな男のふりなんぞするものではないな……。ツカサを出来るだけ早く連れて来たかったからやった事だが、こんな事になるなんて」
「…………俺が裏庭に移動してたのは、やっぱりこのハンカチのせいか?」

 上手くハンカチを取り出して、レッドに見せる。
 警戒されている中で取り出して放り投げたら、逃げる為かも知れないとかんぐられてしまう。だけど、こうしてさりげなく出せば、今のレッドなら気付かないだろう。
 まずはこのハンカチを捨てなければ。

 そんな俺の算段は間違ってなかったようで、レッドは動揺したように目を泳がせたが、それでも俺に応える事が誠実さを示すすべだと思ったのか口を開いた。

「そのハンカチには、紋様が見えないように白糸で呪符を縫い込んだと言っていた。だから、それを持っている限りいつでもお前の移送が出来る」
「……クロッコの事がバレるまえに連れ去ろうとしてたから、こんな事をしたのか」
「ああ。……あの男は、出来るならば穏便に済ませたいと言っていた。……けれども、それも結局は無駄になってしまったがな」

 そう言いながら、レッドは皮肉めいた笑い声を漏らす。
 あれ……なんだか「いい気味だ」とでも言っているかのような感じだ。

 …………もしかして、レッドもギアルギンには思う所があるのか?

「……あんた、本当はこんな事……したくなかったのか……?」
「え……」

 虚を突かれたかのようにほうけるレッドに、俺は思った事をぶつけた。

「だって、いつもみたいな感じじゃないし……よく解んないけど、今までのアンタと微妙に違うっていうか……」

 その辺りは何とも言えないけど、とにかくなんかそう思ったんだよ。
 なら、もしかすると簡単に逃げられるんじゃないか。そう考えたから、つい違和感を指摘してしまったんだが……それは、悪手だった。

「つ、かさ」
「え……」

 レッドの顔が、何か言い知れぬような感じに歪む。
 なんだこの顔。どういう表情だ?
 驚いてるのか嬉しいのか泣いてるのか怒ってるのか解らない。けど、興奮しているというのは何となく分かる。分かるけど……――――

「ッ……!?」

 押し倒される事までは、予想できなかった。

「ツカサ……ああ…………ツカサ、ツカサ……っ! お前は本当に、俺の事を一番に見てくれている、解ってくれているんだな……!!」
「ひっ……!」

 目を見開いたレッドの顔が近付いて来る。
 それがどうしてか異様に恐ろしい。さっきまで冷静だったはずなのに、どうしても背筋を怖気おぞけが駆けあがって来て、俺はレッドを押しのけようとした。

 だけど、ブラック程ではないとは言え長身のレッドと俺では、勝負にもならない。
 ハンカチを手放して両手でレッドを押しのけようとするが、相手は俺をすくい上げて抱き締めてきやがった。

「~~~~~ッ!!」
「こんな事などしたくなかったんだ。あの男の真似をして連れ去るなんて、あの男がやっている下衆な行動と一緒だ……ッ! 本当はやりたくなかった、ちゃんとお前を迎えに行きたかったのに、ギアルギンは俺を約束で無理矢理……」

 いやだ、抱き着くな。抱き着くな抱き着くな抱き着くな!!

 思わず体が拒否し、相手を引き剥がして殴り倒そうとする。でも、俺の体は腕までがっちりとレッドに捕えられていて、満足に動かす事すらままならない。俺が必死に逃れようとしても、レッドの腕はびくともしなかった。

「何故急にこんな事をしたのか、俺にも解らない……ギアルギンの行動はいつも読めないんだ。目的を持って行動したかと思えば、急に理由なく姿を消す。行動や考えを説明する時も有るが、何故か重要な事は話そうとしない。……あの男は……俺のことなど、理解していない、結局そうだ誰もがそうなんだ……!」
「っ……く……」

 首筋に息がかかる。生暖かい息だ。この感覚はもう慣れ切った物だった。
 だけど、いやで仕方ない。感じるのは暖かい息なのに、体が冷たくなる。怖くて、震えて、嫌な感覚に肌がぞくぞくして逃げたくてどうしようもなくなる。
 でもどうしようもない。どうする事も出来ない。

 嫌だ、触れられたくない。こんな事、ブラックとクロウ以外にされたくない……!

「ツカサ、あぁ……お前だけだ、お前だけが俺の事を解ってくれる……!」
「ぃ、やだ……離れろ……ッ! 離れろってば……!」

 一生懸命に拒否する。もうレッドの機嫌の事なんて考えられずに拒否してしまったけど、レッドはそんな俺の言葉など気にもせず、抱き締める事もやめない。
 それどころか、俺の、首筋に、キスを……っ。

「ひぃ゛ッ!」

 柔らかい物が首に触れる。鳥肌が立つ。
 体が明確に拒絶してレッドを引き剥がそうと力を入れるが、しかしもう、どうにも出来ない。曜術を封じられた俺には、レッドを突き飛ばす力すらないんだ。

 悔しい。ブラックを守るって言った癖に、こんなことすら一人で満足にできない。
 嫌がっているのに良いようにされて、何も言えなくて、キスまでされて……。

「ツカサ……」
「は、なせ……ッ、いやだってば……!!」

 こばんでいるのに、レッドは離れてくれない。それどころか、俺の拒否を照れだろうと勘違いしているような雰囲気すら感じる。
 こいつはいつもそうだ。俺の事など一ミリたりとも考えもしない。誰にも理解されないとなげいているくせに、理解者だと思っている俺の事すら解ろうとしてないんだ。

 どうしてそうなる。どうして解ってくれないんだ?

 アンタが好きだと言う俺のことですら、アンタは理解しようとしない。自分の考えだけに固執して、俺が本当は何を望んでいるのかすらも気付かないじゃないか。
 なのに俺の事を好きだなんて笑わせる。
 そんなの「好き」じゃない。こんなものは、恋や愛とは遠い場所にある行為だ。

 そんなものを、ブラックが一生懸命に伝えてくれた「好き」と同じだと言うな。
 アンタがしている事は、違う。ブラックがくれた物とは絶対に違うんだ……!

「ああ、やっとお前をこうして抱き締める事が出来た……」
「い、やだ……ッ! 離せ、は、なせぇ……!!」

 もうこれ以上触れられたくなくて、全力で相手を引き剥がそうとする。
 だけどやっぱり、レッドの力には敵わない。熱くなってきた吐息が首筋にかかり、抵抗する暇もなく徐々に押し倒されてしまって。

「や、だ……やめろ……!」

 頑張ってるのに、どうすることもできない。
 このままじゃ、本当に嫌なことをされてしまう。こんなの嫌だ。ブラック以外とはしたくない、ブラックを殺そうとしている奴とこんな……!

「ツカサ……」
「――――ッ!」

 吐息が首を登って来る。
 もう、駄目だ。そう思ったと同時――――

「ビィイイ――――!!」
「ッぐぁ!?」

 どん、と衝撃が伝わって来て、俺に触れていた熱が全部とんだ。
 何が起こっているのか解らなくて思わず真正面を見ると、そこには。

「あっ……ざ……ザクロ……!?」
「ビィイッ!」

 暗がりでも銀光を散らす羽をせわしなく動かして飛ぶ、綺麗で大きな蜜蜂……柘榴ざくろが、怒っているかのようにチカチカと目を明滅させていた。
 で……でも、なんで。どうしてここに柘榴が…………あっ、そ、そうだ。バッグも一緒に持って来てたんだった……!

「そ、そっか、ザクロ助けに来てくれたんだな!?」
「ビィッ!」

 誇らしげにポンと胸辺りを叩く柘榴。その可愛さに、今までのあせりが消える。
 なにより、俺を守ろうとする存在が現れた安堵あんど感が、俺を冷静にしてくれた。

 レッドがどうなっているか解らない。だけど、今の内だ。
 もう耐え切れない。何もつかめてないけど、もうここに居たくない。
 俺が立ち上がると同時に、柘榴がバッグを掴んで飛んでくれる。その事に感謝して俺はドアらしき形に光が漏れている方向へ駆け出した。

「ッ……ぐ……つ、ツカサ……」

 声が聞こえたが、構っていられない。
 俺は震える手でドアノブを探すと、一気に扉を開けた。

「う、ぁ……っ」

 途端に、光の雨が降り注いでくる。
 その眩しさに思わずひるんだが、立ち止まっていられない。

 俺はそのまま駆け出し、木々が群れる森に飛び込んだ。











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